第 8 章 非線形 VAR による金融政策効果分析 170
8.2 実証分析
8.2.1 LST-VAR のフレームワーク
経済構造が異なることで金融政策効果の異なるレジームが存在すると考え、それぞれをV ARA, V ARBモデル で描写する。ここで、05F(zt)51を構造変化のウェイトと考えると、当該レジームは次のように表現できる。
Ft×(V ARA) + (1−Ft)×(V ARB) +ut
当初の金融システムV ARA体系から金融イノベーションによる変容を経て、最終的に新たな金融システムV ARB
体系にレジームシフトしていくと考えるのである。構造変化のウェイトF(zt)は連続な遷移関数であり、utはホ ワイトノイズである。LST-VARモデルでは(8.1)のようなロジスティック関数を仮定する。未知パラメータはγ とλであり、σzは経済構造を左右するスイッチ変数ztを基準化するための標準偏差である。λはその周辺でモデ ルの動学特性が変化する臨界値である。γは遷移関数F zの増加の滑らかさあるいは構造変化の滑らかさを示し、
大きな値になればなるほど変化は急となる。γ= 0の時にはF(zt)はコンスタントとなり、モデル全体の非線形性 は消失し、単純な線形VARモデルになる。
F(zt) = [
1 + exp {
−γ
(zt−λ σz
)}]−1
, λ >0 (8.1)
以下では次のような手順でLST-VARモデルを構築する。
i) VARモデルを構成する変数の選択および属性の判断
ii)ベースラインとなる線形VARモデルのラグ数決定 iii)スイッチ変数の選択
iv)遷移関数の特定化
v) LST-VARモデルの推計
i) VARモデルを構成する変数の選択および属性の判断
本章では、変数は生産量として実質GDPの対数値y、貨幣量としてマネーサプライの対数値m、銀行貸出量の 対数値としてl、政策変数としてのベースマネーの対数値bの4変数を四半期ベースとして設定する(表8.1)。期 間は1973年第1四半期から2004年第2四半期までとする1。
各変数の単位根検定は第5章の結果を流用し、全て階差定常I(1)とみなすことにする。また、共和分検定は
Johansen(1995)[43]をもとに行った。結果は表8.2に示される。最大固有値検定とトレース検定で共和分数が分か
れたが、今回は最大固有値検定の結果を評価して共和分個数が0であるという判断のもと、分析を進めていく。
1データを月次にすればサンプル数はさらに確保できるが、例えばGDPが利用できないために代替変数として鉱工業生産指数を用いると、
GDPの7割以上を占める第3次産業の動きをとらえられないためである。さらに、一般に月次データには多くのノイズが含まれ、傾向とし てラグ次数が4半期データに比べ長くなりやすいといった短所を持つ。
表 8.1: 使用データ一覧
変数 単位 出所
実質国内総生産、季節調整値 10億円、95年基準 内閣府「国民経済計算年報」
M2+CD平均残高、季節調整値 10億円 日本銀行「金融経済統計月報、同年報」
国内銀行 銀行勘定 貸出残高 億円 日本銀行「金融経済統計月報、同年報」
ベースマネー 億円 日本銀行「金融経済統計月報、同年報」
表8.2: Johansenの共和分検定 Data Trend: None
No intercept or trend Intercept (no trend)
Statistic 0.05 Critical
value Prob. coint
num. Statistic 0.05 Critical
value Prob. coint
num.
Max-Eig. 18.078 24.159 0.268 0 27.405 28.588 0.070 0
Trace 34.632 40.175 0.162 0 61.566 54.079 0.009 1
Data Trend: Linear
Intercept (no trend) Intercept and trend
Statistic 0.05 Critical
value Prob. coint
num. Statistic 0.05 Critical
value Prob. coint
num.
Max-Eig. 27.405 27.584 0.053 0 27.572 32.118 0.163 0
Trace 53.401 47.856 0.014 1 64.872 63.876 0.041 1
帰無仮説は、「共和分階数あるいはランクは0である」である。
帰無仮説、「共和分階数あるいはランクはせいぜい1である」の検定に関しては省略してあるが、全 てのケースにおいて受容された。
ここで用いるデータはm、y、l、bである。
共和分個数は5%有意水準で判断している。
ラグ数は表8.3のAIC基準より判断して4とした。
p値はMcKinnon-Haug-Michelis(1999)[57]による。
ii) ベースラインとなる線形VARモデルのラグ数決定
次にAIC(Akaike Information Criterion)およびSBIC(Schwartz Bayesian Information Criterion)2を基準とし てベースラインとなる線形VARモデルのラグ数を決定する。VARモデルは通常モデルでさえ自由度確保の観点 から充分なラグが設定できない難点があるが、パラメータがさらに増えるLST-VARに関してはさらに困難とな る。よって本章では最大ラグ数を4としてAICおよびSBIC基準によりラグ数を決定する。表8.3より、AICで 判断するとラグ4、SBICで判断するとラグ2が適当となった。本章では作業の簡単化および自由度確保の観点か らラグ2で以下の推計を行うこととする。
表8.3: AICおよびSBIC基準による最適ラグ数の決定
lag AIC SBIC
1 -24.5567 -24.1042 2 -25.4801 -24.6613 3 -25.7578 -24.5689 4 -26.0697 -24.5068
2AICおよびSBICは推計式の当てはまりを表す指標であり、残差平方和をSSR、サンプル数をn、定数項を含む説明変数の数をKと
するとAIC= log(SSR/n) + 2K/n, SIC= log(SSR/n) + (logn)K/nである。最も小さい方程式を探せばよいのだが、係数の追加に対
してSBICの方が大きくなりやすく、説明変数を追加することに関してより厳しい基準だといえる。
iii) スイッチ変数の選択
ベースラインとなる線形VARモデルに関し各スイッチ変数候補の非線形性を検出する。この段階で各スイッ チ変数候補の篩い分けを行い、スイッチ変数のラグもこの段階で決定する。検出方法はGranger and Terasvirta (1993)[34]に従う。具体的には、帰無仮説H0:γ= 0、対立仮説H1:γ >0とする3。VARモデルのラグ数2と4 個の変数が確定している状況で、以下のモデルを推計する。
xit=βi0+
∑2 j=1
βijWt+uit
ここで、Wtは当該変数のベクトルであり、残差uˆitから∑ ˆ
u2itを求める。次に、
ˆ
uit=αi0+
∑2 j=1
αijWt+
∑2 j=1
δiztWt+vit
の推計を用い、残差vˆitから残差平方和∑ ˆ
v2itを求める。
最後に、統計検定量LMi = T(Puˆ2it−P ˆ v2it)
Puˆ2it を計算すると、この統計量は帰無仮説の下で自由度8(= 2×4)の χ2分布に従うことがわかっている。ただし、この検定はVARモデルの中の個別式に関するものであり、全体の 線形性は次の尤度比検定に従う統計量を用意する。
LR=T(log|Ω0| − |Ω1|)
ここで、Ω0、Ω1はそれぞれuˆi、ˆviの分散・共分散行列式であり、検定統計量はモデルが線形という帰無仮説の下 で自由度32(2×42)のχ2分布に従う。
上記プロセスを経てGranger and Terasvirta(1993)[34]の不均一分散頑健推定量による線形性の検定を行った。
その要約表は表8.4で表される。これを見ると、VAR全体としての有意性ではどのスイッチ変数候補も1%有意 水準を満たしているが、各方程式の有意性がバランスよく高かったこと、および北坂(2003)[110]や粕谷・福永
(2003)[106]が実質生産変数をスイッチ変数として挙げていることから、y−2をスイッチ変数とすることによって
分析を進める。
表 8.4: Granger and Terasvirta(1993)の不均一分散頑健推定量による線形性の検定
y l m b 全体
遷移変数 χ2値 p値 χ2値 p値 χ2値 p値 χ2値 p値 χ2値 p値 y−1 16.313 0.038 22.704 0.004 15.276 0.054 32.657 0.000 77.785 1.10E-05 y−2 16.841 0.032 22.265 0.004 15.340 0.053 32.918 0.000 78.395 9.10E-06 l−1 15.428 0.051 19.100 0.014 18.216 0.020 27.313 0.001 68.704 1.73E-04 l−2 15.666 0.047 18.973 0.015 17.705 0.024 27.499 0.001 67.860 2.21E-04 m−1 17.709 0.024 22.475 0.004 14.126 0.079 33.905 0.000 79.622 6.16E-06 m−2 17.709 0.024 22.475 0.004 14.126 0.079 33.905 0.000 79.622 6.16E-06 b−1 17.658 0.024 27.263 0.001 11.186 0.191 35.300 0.000 86.928 5.70E-07 b−2 18.731 0.016 27.231 0.001 11.697 0.165 35.245 0.000 88.244 3.67E-07
3このことより、帰無仮説が棄却できないなら、単純線形VARモデルによる分析が妥当性を持つことになる。
iv)遷移関数の特定化
スイッチ変数の特定ができたら遷移関数を以下に従って特定化し、LST-VARモデルを推計する。このとき、レ ジーム変化が有意かどうかも検定する。
スイッチ変数が実質GDPの2期ラグと決定したことより、その標準偏差σzも0.2723であることがわかった。
次はレジームが逆転する閾値λにスイッチ変数y−2を定数項、タイムトレンドに回帰した残差についてゼロとす る値のうち最も最近のもの、すなわち1997年第3四半期の金融システムショックが顕在化した時期の直後のそれ を選択した。これは過去の趨勢値を基準に局面が変化することを意味する4。こうして特定化された変数をもとに ロジスティック関数の滑らかさを表すパラメータγを今回0.1から50.0まで500パターン用意し、それぞれにつ
いてLST-VARモデルを推計してみた。それぞれの動きは図8.1に示される。AICおよびSBIC基準から判断す
ると、パラメータγの決定に関しては図8.2から、6.0が妥当となろう。
v) LST-VARモデルの推計
以上のようなロジスティック項のパラメータのもとで、係数行列を推計した結果が表8.5に表される。ここには 各パラメータの推定値とともに、各式のロジスティック項の有意性を検定するWald統計量が示されている。これ をみると、どのロジスティック項も1%有意水準を満たしていることがわかる。
4また、この時期は銀行の不倒産神話が決定的に崩壊した時点とも考えられるだろう。
図 8.1: γの変化によるウェイトF(z)の推移
図 8.2: パラメータγのサーチ
表8.5:LST-VARの推定値とロジスティック項の有意性検定 ylmb VAR項ロジスティック項VAR項ロジスティック項VAR項ロジスティック項VAR項ロジスティック項 coef.t-stat.coef.t-stat.coef.t-stat.coef.t-stat.coef.t-stat.coef.t-stat.coef.t-stat.coef.t-stat. const.1.698(3.6661)12.839(2.6547)1.129(1.5024)19.657(2.5047)0.185(0.8141)-12.076(-5.1038)-0.5469(-0.4171)34.1366(2.4937) yt−10.579(5.5849)0.860(2.0885)-0.164(-0.9762)0.464(0.6944)0.024(0.4789)-0.037(-0.1856)0.3677(1.2524)-2.9780(-2.5542) yt−20.193(1.9308)-1.121(-2.3944)0.025(0.1541)-1.003(-1.3203)-0.043(-0.8707)0.636(2.7784)-0.2804(-0.9898)0.4710(0.3555) lt−1-0.025(-0.2605)-0.200(-0.6765)1.022(6.4577)-1.134(-2.3634)0.056(1.1826)0.120(0.8263)0.1240(0.4493)0.4038(0.4825) lt−20.029(0.2984)-0.227(-0.8108)-0.041(-0.2594)0.185(0.4058)-0.030(-0.6181)0.200(1.4613)-0.1160(-0.4164)-1.4568(-1.8355) mt−10.748(4.9051)-2.722(-2.9787)0.774(3.1263)1.216(0.8198)1.496(20.058)-1.143(-2.5560)1.1590(2.6856)-1.1169(-0.4317) mt−2-0.677(-4.7671)2.493(2.7610)-0.611(-2.6539)-1.150(-0.7850)-0.555(-7.9974)1.148(2.5989)-0.9901(-2.4649)2.0829(0.8150) bt−10.026(0.4721)-0.042(-0.3195)-0.041(-0.4555)-0.519(-2.4049)0.006(0.2216)0.061(0.9348)0.9399(5.9916)0.3146(0.8355) bt−20.000(-0.0012)-0.025(-0.1744)-0.072(-0.8138)0.429(1.8680)0.041(1.5207)-0.068(-0.9830)-0.2180(-1.4114)-0.3139(-0.7834) Wald3.096[0.0024]3.329[0.0013]4.772[0.0000]4.4282[0.0001] []はp値を表す。