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第 6 章 内生的貨幣供給理論をふまえた貨幣総量再評価 132

6.2 理論モデル

内生的貨幣供給理論をコンパクトに表したモデルにPalley(1987)[68]がある。このモデルを用い、銀行を中心と する部分均衡体系を日本に準じて示した後、その妥当性を後節の実証分析で検証する。このモデルでストラクチュ アリスト・アプローチは、貨幣供給プロセスの内生化に際し、利潤を追求する銀行が準備節約を可能にするよう な効率的なALM(資産負債管理行動)をとるとしている。

6.2.1 ミクロ銀行部門

まず、銀行の費用サイドから定式化していく。銀行の資金調達条件は以下の式で示される。

M CD,i=M Ccall,i≤M CBR,i (6.1)

ここで、M C:限界調達コスト、添え字のD、call、BR、iはそれぞれ預金、コールレート、借入準備、個別銀行 の識別記号を示す。各限界コストはさらに以下のように表せる。

M CD,i= (iD,i+cD,i)/(1−k) (6.2)

M Ccall,i =icall,i (6.3)

M CBR,i =id,i+φ(BRi) φ0 >0, φ00>0 (6.4) ここで、iD,iは名目預金利率、cD,iは預金1単位あたり管理コスト、kは所要準備率(0< k <1)、icall,iはコール レート、id,iは公定歩合、φは借入準備から生じるフラウン(frown)コストを示す。(6.2)は預金を取り扱うための 限界コストであり、銀行は支払い準備を必要とするためのコストをiD,i+cD,iに対して 割り増している。(6.3)は コール・マネーの限界コスト、(6.4)は日本銀行借入の限界コストをそれぞれ表している。

 次に銀行の資金運用サイドの定式化を行う。

M RL,i=M Rcall,i =M RB,i (6.5)

ここで、M RL,iは貸出の限界純収入、M Rcall,iはコール・ローンの限界純収入、M RB,iは債券保有の限界純収入 を示す。各限界純収入はさらに以下のように表せる。

M RL,i=iL,i−α−p

M Rcall,i=icall,i (6.6) M RB,i=iB,i−l

ここで、iL,iは貸出金利、αiは貸倒準備金やモニタリングコストが該当する貸出の限界管理コスト、piは貸出1単 位当たり貸出先デフォルト率、iB,iは債券利子率、liはタームプレミアムを表す。

 完全競争市場における銀行の利潤最大化条件は、

M RL,i=M RB,i = M Rcall,i

= M Ccall,i=M CD,i=M CBR,i

であり、(6.2)、(6.6)を代入することにより、以下のようなポートフォリオ均衡条件が導出できる。

iL,i−α−p=iB,i−l=icall,i=id,i+φ(BRi) = (iD,i+cD,i)/(1−k) (6.7)

この式から、α, p, l, cD,iを一定とすると、個別銀行の最適ポートフォリオ行動は金融市場の各金利iB,i, icall,i、日 銀借入BRiと日銀の政策変数id, kに依存することがわかる。

6.2.2 銀行信用を加味した金融市場マクロモデル

前節のミクロ的ファンデーションをふまえて、さらに銀行信用を加味した金融市場マクロモデルを提示する。な お、記号は前節を踏襲する。

LD(rL, rB, Y, x) =LS(rL, rB) (6.8) CD(rB, rD, πe, Y) +kDD(rB, rD, πe, Y) =HS (6.9)

HS =N BR+BR(N BR, L) (6.10)

iB =icall+l (6.11)

icall=id+φ(BR(·)) (6.12)

rL=α+p+icall−πe (6.13)

iD= (1−k)icall−cD (6.14)

rD=iD−πe (6.15)

rB=iB−πe (6.16)

Y =Y (L) (6.17)

M =CD(rB, rD, πe, Y) +DD(rB, rD, πe, Y) (6.18)

ここでLDは貸出需要、LS は貸出供給、CDは現金需要、DDは預金需要、HS はベースマネー供給、N BRは 非借入準備2、BRは借入準備、Y は名目所得、xは企業家のアニマルスピリッツ、rLは銀行貸出のコスト(実質 ベース)、rBは債券発行のコスト(実質ベース)、πeは期待物価上昇率を表す。

 (6.8)は信用市場の需給均衡式を示す。需要サイドのxは企業の投資に対する長期的期待を示すアニマルスピ

リットであるが、ケインズの貨幣保有動機の面からいえば金融動機として捉えることができる。偏微分記号は LD1 < 0, LD2 >0, LD3 > 0, LD4 > 0, LS1 >0, LS2 < 0である3。(6.9)はベースマネー需給均衡式を示し、銀行は 超過準備を全て債券S の形態で所有すると仮定している。偏微分符号条件はC1D <0, C2D <0, C3D < 0, C4D >

0, D1D<0, D2D>0, DD3 <0, DD4 >0である。(6.10)はベースマネーの定義式であり、その構成要因BRについ てはBR1<0, BR2>0である。BR1<0となるのは、中央銀行の買いオペすなわちN BRの増加により、逼迫 感が薄れたインターバンク市場でのコールレートが低下するため、銀行が利潤最大化行動を通じより割高になっ た日銀借入を減らすようなビヘイビアを起こすことを意味する。すなわち、買いオペによる金融緩和効果は、借入 準備の返済によりある程度セットバックされるのである。(6.11)、(6.12)は銀行部門のポートフォリオ均衡条件、

(6.13)は実質貸出金利決定式、(6.14)は預金金利の決定式、(6.15)、(6.16)はそれぞれ預金・債券の実質金利定義

式である。(6.17)は名目所得関数でY0>0であり、銀行貸出は所得創出プロセスにおいて支出をファイナンスす ることによって名目所得を決定する。その銀行貸出Lの中には金融動機によって具現化される分も含まれている。

(6.18)は貨幣総量の定義式であり、信用市場の諸力に反応して内生的に決定されることを示している。

 内生変数はrL, rB, rD, BR, HS, iB, icall, iD, L, M, Y, CD, DDであり、外生変数はπe, id, N BR, S, α, p, cD, l, x, k である。

 さらに、銀行部門全体のバランスシートは次のように示せる。

LS(rL, rB) +S+kDD(rB, rD, πe, Y) =DD(rB, rD, πe, Y) +BR(·) (6.19) ここで、Sは債券保有額(第2線準備)4を表す。移項すると、

LS(rL, rB) = (1−k)DD(rB, rD, πe, Y) +BR(·)−S (6.20) 銀行が流動性預金から現金への予想せざる資金移動に直面すると、銀行はこうした資金流出に対処するため保有 債券の一部を債券市場で売却する。また、貸出需要が増加するならば、追加的貸出を賄うため資産の売却行動に 出る。逆に、貸出需要が減少するかあるいはリテール預金が増加する場合には、債券を追加的に購入し、準備保 有を増加させる。さらに、(6.1)、(6.2)、(6.4)より導出できるiD1+ckD =id+φ(BR(·))を用いると、上記マクロモ デルは以下の4本の式にまとめることができる。

S = (1−k)DD(rB,(1−k) (id+φ(BR(·)))−cD−πe, πe, Y) +BR(·)

2本論文において、議論の単純化のため、N BRBR以外の全ての日銀資産を意味していると仮定している。

3貸出供給関数に関しては、ここでは単純化のため逆選択はないものと仮定している。

4銀行がホールセール短期金融市場においてローン・ポジションであればプラスとなり、マネー・ポジションならばマイナスとなる。前者 においては貸出需要、流動性および定期性預金の予期せざる変動を吸収するバッファーとして機能する。

−LD(α+p+id+φ(BR(·))−πe, id+φ(BR(·)) +l−πe, Y, x) (6.21)

CD(id+φ(BR(·)) +l−πe,(1−k) (id+φ(BR(·)))−cD−πe, πe, Y) +kDD(id+φ(BR(·)) +l−πe,(1−k) (id+φ(BR(·)))−cD−πe, πe, Y)

=N BR+BR(·) (6.22)

Y =Y (L) (6.17)

M =CD(rB, rD, πe, Y) +DD(rB, rD, πe, Y) (6.18) このモデルにおいて、企業のアニマルスピリッツxの上昇は、(6.8)の諸力により均衡貸出量Lの増加を形成す る。このLは銀行の利潤最大化行動にのっとったLであり、同時に借入企業も最適量と考えている貸出量である。

よって、(6.17)を経て完全なる需要充足を見込んだ生産量、および所得Y が形成される。さらにY により現金需 要CD、預金需要DDが発生する。このCD、DDが、(6.9)、(6.18)によりマネーサプライおよびベースマネーを 内生的に構成するのである。さらに、ポートフォリオ均衡条件から決定されるrL、rBは(6.8)を通して、やはり CD、DDに影響を与え、マネーサプライおよびベースマネーを内生的に変動させていく。つまり、貨幣供給は信 用市場における信用需要によって誘引され、貨幣需要の諸要因に依存して内生的に決定されるということである。

 アコモデーショニストでは、銀行システムが民間部門の貸出需要を充足するチャンネルは結局のところ日本銀 行の利子率設定スタンスに依存し、銀行のALMは積極的な意義を持たなかった。これに対しストラクチュアリス ト・アプローチでは、銀行のALMが企業の貸出に応じるための主要なチャンネルを形成することとなり、短期金 融市場を通じる流動性の調節が重視される。それゆえ、銀行の予備的動機に基づく第2線準備が明示的に導入さ れ、銀行のALMによる流動性調節が準備節約を可能にするということが重視される。この結果、たとえ中央銀行 がオペレーションによって非借入準備N BRの供給を抑制し、総準備供給を抑制しようとしても、金融引き締め 政策の効果は銀行のALMによって相当程度相殺され得るであろう。

 このことは預金準備を定期性預金準備率kT、流動性預金準備率kD(kT > kD)と細分化するとより明確に示され る。アニマルスピリッツの上昇による貸出増加に伴う所要準備の増加を銀行が充足する手段は、ALMによる調達 と考えることができる。貸出市場の逼迫による短期市場利子率の上昇に反応する定期性預金利子率の上昇は、よ り流動性の低い定期性預金への流動性預金のシフトを引き起こす。このことは銀行に準備を節約させ、より多く の貸出を行うことを可能にする。この作用は金融政策にも当てはまり、非借入準備の抑制による金融引き締め政 策はインターバンク市場でicallを上昇させ、(6.7)のポートフォリオ均衡条件での裁定を通じ、rB、rD、rLの各 利子率を上昇させていく。この結果、貸出市場が逼迫してもやはり銀行のALMによって貸出量の維持が図られよ う。こうしたメカニズムはアコモデーショニストにはないストラクチュアリスト・アプローチ独自のものである。