第 3 章 金融システムショックと内生的貨幣供給理論 39
3.5 モデルの整理
3.5.2 アコモデーショニスト・モデル
アコモデーショニスト・モデル(accommodationist model)とオーソドックス・モデルとの重要な差異は、マ ネーサプライを決定する上で銀行貸出を明示的に導入していることにある。そして銀行貸出量、預金量、ベース マネー、マネーサプライが内生的に決定されることにある。以下にアコモデーショニストの金融市場に注目した
部分均衡モデルを示す34。
L=LS=LD(rL
−, x
+) (ローン市場の均衡条件) (3.15)
rL= (1 +m)rC (ローン金利決定式) (3.16)
LS+RD+ED=D+TD (銀行のバランスシート制約) (3.17)
CD=cD (現金需要) (3.18)
TD=tD (定期性預金需要) (3.19)
RD=k1D+k2TD (必要準備需要) (3.20)
ED=eD (超過準備需要) (3.21)
H =HS =HD(=CD+RD+ED) (ベースマネー市場の均衡条件) (3.22)
M =MS =MD(=CD+D) =MD(= (1 +c)D) (貨幣市場均衡条件(M1)) (3.14)0
変数群2 LD:ローン需要、rL:ローン金利、x:アニマル・スピリッツ35、m:マークアップ率、LS:ローン供給、rC:
短期市場金利(コールレート)、t:定期・流動性預金比率、e:超過準備率、c:現金・流動性預金比率、その他変数は 変数群1に準ずる。
現金、定期性預金、必要準備需要を流動性預金の一定割合とした(c, t, k1, k2を一定)のは、モデルの簡単化のた めである。なお、各等式の名称は横に付してある。これら条件式を代入、整理すると以下を得る。式には偏微分 符号が付されている。さらに0< t <1であることを考慮すると、∂Φ
∂k1
> ∂Φ
∂k2
>0 (t6= 1, Φ=D, H, M)である ことがわかる。
D= L((1 +m)rC, x)
1 +t−k1−k2t−e =D(m
+, rC +, t
−, k1 +
, k2 +
, e+, x
+) (3.23)
H = (c+k1+tk2+e) L((1 +m)rC, x)
1 +t−k1−k2t−e =H(c
+, m
−, rC
−, t
+, k1
+
, k2
+
, x
+) (3.24)
M = (1 +c) L((1 +m)rC, x)
1 +t−k1−k2t−e =M(c
+, m
+, rC
+, t
−, k1
+
, k2
+
, e+, x
+) (3.25)
各経済主体のビヘイビアは表3.3に示されるようにそれぞれの関数に影響を与える。このモデルの特徴はローン 市場およびバンキングセクターのバランスシートを含んでいるところである。そして、ローン市場が均衡すると いうことは、ローン需要がマネーサプライに影響を及ぼしうるということを意味する。さらに、偏微分符号より 以下のことがわかる。
34以下のモデルは、3.4節冒頭で示したところの初期型のアコモデーショニスト・ビューをより忠実に描写しているモデルであると理解し ていただきたい。
35LDに正の影響を及ぼすその他要因のベクトルであり、長期期待と捉えてもいい。ただ心理的要因が強く、詳細な分析には経済心理学や 群衆心理学の分析がさらに必要になっていくると思われる。
アニマル・スピリッツの増加は流動性預金、ベースマネー、マネーサプライをそれぞれ増加させる。現金・流動 性預金比率の上昇はベースマネー、マネーサプライを押し上げる。一方、定期・流動性預金比率の上昇は流動性預 金、マネーサプライを押し下げるが、ベースマネーを増加させる。マークアップ率の上昇は流動性預金、マネー サプライを増加させるが、逆にベースマネーを減少させる。超過準備率の上昇は流動性預金、マネーサプライと もに増加させる。短期市場金利の上昇は流動性預金、マネーサプライを増加させるが、ベースマネーは減少させ る。必要準備率(k1, k2)の上昇は流動性預金、ベースマネー、マネーサプライをそれぞれ増大させる。ただし、変 動幅は流動性預金準備率のほうが定期性預金準備率より大きい。
市中銀行からのファイナンスによる企業投資が総需要に影響を与えることを考えると、政策当局は直接銀行貸 出量に影響を及ぼすためには短期市場金利を操作する他ない。なお、政策当局には準備率操作という金融政策手段 が存在するが、経済の起動が企業の貸出需要にあり、市中銀行による貸出供給の結果銀行預金が発生すると考える アコモデーショニストのアプローチ36では、政策当局の操作変数である預金準備率k1, k2が直接貸出量に影響を与 えることはない。たとえ中央銀行が準備率を上昇させたとしても、市中銀行が調達する準備資金のアベイラビリ ティーに中央銀行による数量制約が存在しない本モデルの場合、準備金供給が完全同調的に増大するのみだから である。ただ、本モデルのように中央銀行が無限弾力的に準備金を供給するという仮定はあまりにも極端であり 非現実的といえよう。これはアコモデーショニストがあくまで銀行貸出量の決定[(3.15)]→預金量の決定[(3.24)]
→準備量の決定[(3.25)]という一方向的因果を重視しているからに他ならない。中央銀行による準備率操作といっ たフィードバック効果を考えた場合、預金準備率k1, k2の操作は市中銀行の信用創造能力に直接影響し、企業の 貸出需要から供給につながるチャネルに作用するであろう。しかしそれでもなお、準備率操作の効果の非対称性か ら準備率操作が望ましい金融政策手段ではないといえる37。
以下では上記アコモデーション・モデルの基礎的条件をふまえたうえで、1990年代のアコモデーショニストの 議論の精緻化を考慮していく。すなわち、市中銀行および政策当局が完全受動的(フルアコモデーション)な場合 と、不十分な調整(部分的アコモデーション)との場合において、それぞれ図示しその差異を明確化していく。
表3.3: 各変数に影響を与える経済主体 外生変数 経済主体
c, t, x 非銀行民間主体
m, e バンキングセクター k1, k2, rC 政策当局
36渡辺(1998)[152]p.100参照。
37実際に最近の主要国の準備預金制度の運営を見ると、以前ほど準備率操作は利用されない傾向が強まりつつある。準備預金の負担は、ノ ンバンク等に比し預金取扱金融機関の競争力を下げる可能性がある。また、国際金融市場間の競争においても、準備率の高い金融市場は不利 になるとも指摘されている。したがって、中央銀行の準備率の設定に当たっては、民間金融機関の負担にも十分配慮した水準とすることが適切 である。さらに近年では、市中銀行が準備率以上の資金を口座に預け、多くの貸出ができるように日銀が指導している。このため必要準備率操 作は現在では金融政策の手段として有効性はない。なお、準備率操作と公開市場操作の比較検討に関してはアシュハイム(1964)[102]pp.22-37 を参照されたい。
Case1: フルアコモデーション
上記モデルを図示したものが図3.5、図3.6にて示される38。両図とも第1象限は貸出市場、第4象限は貸出と 預金量に関するバランスシート制約、第3象限は預金量とベースマネーの関係、そして第2象限はベースマネー 市場を示す。短期市場金利から一定のマークアップを付し貸出金利とした市中銀行は、貸出要件を満たす企業に対 し、当該企業が需要するだけ完全受動的に与信を与える。すると複式簿記の原理によりその分だけ流動性預金量は 増加し、増加した分の必要準備がさらに必要となってくる。その必要分は中央銀行のベースマネー供給によって 完全に充当される。すなわち、第1象限から第4、第3、第2へと続くシーケンスが得られることがわかる。これ はベースマネーのフルアコモデーションを含意する結果によるものである。
図3.5: フルアコモデーションによる各変数の決定 ―ローン需要増加のケース―
図3.6: フルアコモデーションによる各変数の決定 ―当局による金融引締めのケース―
図3.5は中央銀行がフルアコモデーションのスタンスのもと、企業サイドからのアクションであるアニマル・ス ピリッツxの増大によりローン需要が増加(LD→LD0にシフト)するケースを示している。市中銀行は貸出需要 増加に対して、クレジットライン等のローンコミットメントを契約済みの企業に対し与信を行う。それが複式簿記 による帰結としての預金量増加を生起し、当局のフルアコモデーションにより準備量の増加がファイナンスされ
る(マネーサプライは増加する)。
図3.6は同じくフルアコモデーションのもとで、政策当局が金融引締めを行ったケースを示している。この場合の 当局の政策オプションは金利のみである。政策当局により短期市場金利が上昇すると、貸出需要が減少し、それに 反応して預金量も減少する。そして、預金量の減少に伴ってベースマネー供給量がフルアコモデートされる(マネー
38このフルアコモデーション・モデルと次の部分的アコモデーション・モデルはMoore(1989)[61]の考えに基づいてPalley(1996)[71]が まとめたものである。
サプライも減少する)。なお、中央銀行サイドのアクションである必要準備率(k1, k2)の増大は第3、第4象限の直 線の傾きを増加させるだけであるので
(
∂(c+k1+tk2+e)
∂ki
= 1>0, ∂(1 +t−k1−tk2−e)−1
∂ki
>0, i= 1,2 )
、貸出量には変化を及ぼさなく、預金量およびベースマネー、マネーサプライのみに影響を与えることがわかる。
Case2: 部分的アコモデーション
部分的アコモデーションの特徴は、図3.7に示されるようにローン供給曲線は右上がりとなり得ることにあ る。その根拠は、政策当局が目的とするインフレ抑制や外国為替の安定のためベースマネー市場にストレスを かけるためである。日本で考えると日本銀行が政策反応関数に従い、短期金融市場にて売りオペでコールレート を引き上げるというオフェンシブなビヘイビアを示すことである。この場合ベースマネー供給曲線はベースレー トに対し正の傾きを持つだろう。それに従い、貸出市場についてもローン供給曲線はマークアップを付した貸出 金利に関し右上がりとなる。その傾きの程度は、中央銀行のアコモデーションの程度による。さらに、たとえ政 策当局のベースマネー供給曲線がホリゾンタルであったとしても、市中銀行が主体的に市中銀行の流動性選好を 増大させることから、貸出利子率は増加する場合もある。よって、右上がりの供給曲線は何らアコモデーショニ ストの考えと矛盾はしない。ただしこの場合、フルアコモデーションの場合との量的比較は可能となる。すなわ ち、xの影響によるローン需要の拡張はローン需要曲線を右方シフトさせるが、ローン増加幅はフルアコモデー ションのケースに比べ小さく、それゆえ預金、ベースマネー、マネーサプライの増加幅もより小さなものになる (∂H
∂rC |Case1> ∂H
∂rC |Case2, ∂M
∂rC |Case1> ∂M
∂rC |Case2 )
。
図3.7: 部分的アコモデーションによる各変数の決定