第 3 章 金融システムショックと内生的貨幣供給理論 39
3.1.1 金融システムおよび金融システムショックの定義
以下では金融システムの定義に関して、特定化を試みている文献を紹介する。まず石野(1993)[98]は、金融シ ステムを貨幣の金融的流通において資金の余剰単位(貯蓄主体)から資金の不足単位(投資主体)へと資金が流れる 資金のチャンネル又はネットワークに形成される組織体と考えている。すなわち、金融システムは資金の貸手と 借手との間に形成される組織体として理解し、具体的には金融市場と金融機関から形成されると考える。そこで、
金融市場、金融機関というコンセプトに加えて 金融取引 というコンセプトが必要であり、この3つのコンセ プトを軸にしての金融システムの構造を考えている。
一方、金融調査研究会(1998)[113]では、不完全な資本市場の下では金融システムの不安定性は、貨幣量や信用 量が実物経済の活動水準に及ぼす影響を増幅し、貨幣・金融部門と実物経済との相互依存関係を強めると考え、次 のように捉えている。
『また、金融恐慌が起き金融仲介システムが不安定化する可能性が、銀行全体の中での不健全な銀 行との割合や、健全な銀行が情報開示を行い正しい情報を提供するための費用の大きさに依存する。
金融システムが不安定になると、資金配分が効率的に行われなく、実物経済が円滑に機能しなくなり、
経済活動全体が停滞することになる。逆に、こうした実物経済の悪化は、多くの市中銀行の経営を悪 化させ、一般的に不健全な銀行の割合を大きくさせ金融システム全体を不安定化する。このような金 融システム全体の不安定化の影響は(銀行同士の連鎖破綻といった)相互依存関係をさらに強めること になるであろう。それは、マクロ経済の変動をさらに増幅し、かつ経済をより不安定にするかもしれ ない。』(カッコ内は筆者補完による)(金融調査研究会(1998)[113]p.51)
また、Berglof(1990)は金融構造の問題を不完全契約理論という視点から取り扱う。そこでは、企業の債務契約 は、事態の進展に完全に対応するのに必要とされる行動を特定することはできないと考えられている。彼は産業 金融システムを銀行主義(banking principle)と市場主義(market-based principle)システムの分類に関して、「貯 蓄を投資に変換し、産業部門内の代替的な用途に資金配分することを企図した制度的仕組み。」(p.243)と金融シ ステムを定義している。
これら論者からは金融システムは資金仲介システムであると捉える見方が強いことがうかがえる。一方、本論 文の考えは企業、市中銀行そして中央銀行の関係の中で貨幣が積極的に実体経済に関わっていくというものであ
り、次に示す日本銀行の金融システムの考え方に近い。
日本銀行(1986)[134]は、金融に関わる法・規制・慣行等、金融取引の前提となっている金融の枠組みを、金融 構造の静態的フレームワークとし、一方そのフレームワークのもとで実現されている金融機関、企業、個人等各 経済主体の金融取引のビヘイビアないしバイアスを金融構造の動態的側面として捉えている。あるいは金融機関 の個々の具体的行動を伴う金融取引の態様を狭義の金融システムと捉えている。そしてこれら2つを統合して(広 義の)金融システムと定義づけている。金融システムの安定性は、金融機関の連鎖的な破綻や金融市場の閉鎖など が起こらず、円滑な金融取引が行われることを意味する。しかしいったん金融システムの安定性が揺らぐと、破綻 した金融機関や市場の規模、取引関係の範囲・密度等によって破綻が社会に及ぼす影響は当然異なるであろう。
金融システムを日本に照らしてクロノロジカルに分析すると、特にバンキングセクターが高度成長期に機能し た金利規制を中心とする諸規制を桎梏とみなすようになった。そして、それらに対しての規制回避的な行動への 誘因を強めることになり、実際そうした行動がとられたと考えられる。こうした状況に対し、金融構造の静態的 側面を維持し続けようとすると狭義の金融システムが崩壊するとの恐れから、当局主導での金融制度改革いわゆ る金融ビッグバン2が行われた。その結果、護送船団方式の崩壊を招くことになった。こうした一連の変革は金融 資産の多様化とともに、貨幣の定義付けが困難となってきたという意味で貨幣の貨幣らしさ(moneyness)の変容 を生じさせるとともに、貨幣と実体経済の関係に変化を促してきた。
上記先行研究は、そのどれもが金融システムを直接・間接市場をとりまく包括的概念と捉えていることに注意 が必要である。その金融システムが不安定あるいは不完全になる状態をいわば所与の案件として捉えている。一 方、次に示すミンスキーのダイアグラムで表現される金融システムは、バンキングセクターと企業のファイナン スに特化しているモデルであるが、金融システムが不安定に至るプロセスと根拠を、資本主義金融経済の本質的 帰結として明確に捉えている点で興味深い。
金融不安定性仮説
本論文で扱う金融システムを想定していくに際し、有用なのはミンスキーの金融不安定性仮説を主張する際に示した 有名なダイアグラム(Minsky’s two price diagram)であろう。ミンスキーのダイアグラムはMinsky(1986)[58]p.191、
Rochon(1999)[78]p.188,p196、ミンスキー(1988)[137]p.126,p.322等様々なバリエーションをもつが、以下ではそ の概略を図3.1に沿って述べたうえで、日本の場合での適応可能性について考察していく。
まず変数を定義する。PKは資本資産の貨幣価格=投資財の需要価格であり、将来にわたる長期的利潤に関する 現在の予想をEπ、資本資産ポジションをファイナンスする諸条件をrとする。rの上昇がその諸条件の悪化を表 し、下落がその改善を示す。PI は粗投資の供給価格であり、投資財生産者の短期利潤期待に依存する。すなわち、
2金融ビッグバンは、金融市場の規制を緩和・撤廃して、金融市場の活性化や証券業界の国際化を図ろうとする趣旨のもと、1996年に橋 本内閣が提唱した金融制度改革である。金融自由化の3つのキーワードをフリー(自由)、フェア(公正)、グローバル(国際化)とし、具体的 行動として外為法の改正、銀行と証券、生保と損保の業務の相互参入、間接金融から直接金融へのウェイト移行を進めた。
投資財の引渡しが済み生産過程で稼動し始めると、それが資本資産となるのである。このPIの動きに関し、通常 は企業、銀行とも同質の期待を共有していると仮定すると、それは企業が想定する投資財供給価格と言い換える ことが可能である。IF曲線は期待される内部資金フロー量を示す直角双曲線である。IF曲線とPI曲線との交点 は、内部資金で賄いうると予想される投資量水準を示し、Iˆで表示されている。
投資がIˆの水準を上回れば、企業は銀行借入による外部金融を必要とする。すなわちPK > PI ならば、企業は 投資財を取得するために外部金融資金への需要が生じることになる。外部金融に頼るとすると、投資財供給価格 は負債金融に伴う費用部分だけ修正されなければならない。負債金融に伴う費用のうちには一定の利子率に対す るプレミアムとして表出する貸し手リスク(lender’s risk)が含まれる。貸し手リスクには借り手企業に対する信用 リスクおよび市中銀行自身の流動性リスクが含まれ、I/Iˆがこれらリスクの関数であると考える。よって
PI =PI
( I/Iˆ
)
I >I,ˆ PI0 >0, PI00>0
と表せる。一方、投資財需要曲線も借り手企業のリスク(borrower’s risk)を反映して、その分だけ資本資産価格曲 線から下方へ乖離することになる。借し手リスクは期待収益Eπが実現する確信の程度やファイナンスの技術的条
件r、それとレバレッジの程度I/Iˆに依存すると考えられる。投資財需要価格は資本資産ストックをKとすると、
PK =
∑∞ t=0
(Eπt) K·{
1 +r (
I/Iˆ
)}t I >I,ˆ ∂PK
∂ (
I/Iˆ
) <0, ∂2PK
∂ (
I/Iˆ
)2 <0 (3.1)
ということになる。
投資は借り手企業のリスク分を修正した資本資産価格と貸し手である市中銀行のリスクを調整した投資財供給 価格とが均衡する水準Iまで実施されることになるであろう。ここで、Iˆが内部金融で、(I−I)ˆ が外部金融とい うことになる。このように考えると図3.1から投資のファイナンスにおけるレバレッジの程度I/Iˆは、投資財の需 給価格の乖離(PK−PI)と貸し手である市中銀行、借り手企業双方のリスク評価に依存することがわかる。例え ば、過去の金融の結果を反映する債務契約が順調に履行されると、投資財価格需要曲線がPK0 の位置に上方シフ トしたり、さらに市中銀行・企業双方のリスク調整が緩慢化し、外部金融の依存度は高まっていく3(図では投資水 準はI0で示される)。図では投資財需要曲線の曲率の低下で示すことができる。そしてレバレッジ比率はI0/Iˆへ と上昇する。これは粗利潤に占める債務割合の上昇をもたらし、キャッシュフローについて配慮された安全性の余 地4は縮小することになる。また内部資金フローが増加してIF0にシフトした際にも同様にいえることである。こ のようなことが実際に生じレバレッジ比率の拡大が進むと、金融システムは潜在的に脆弱な体質に転化する。
ミンスキー・ダイアグラムを援用すると、日本のいわゆるバブル期は先行きの楽観視と市中銀行・企業双方の リスク過小評価によりレバレッジ比率が拡張されていったIからI0の投資拡張過程であり、バブル崩壊期はその 逆の急速な収縮過程であった。一方1997年にはコール市場の戦後初のデフォルトや大型金融機関連続破綻といっ
3ミンスキーはこのレバレッジ比率上昇過程をヘッジ金融(hedge finance)、投機的金融(speculative finance)、ポンツィ金融(Ponzi
finance)の有名な用語を用い解説している。
4何らかのショックにより急に流動性が必要となった場合、当該企業は資金繰りに窮するという意味においての安全性である。
たいわゆる金融機関不倒産神話の崩壊、さらには不良債権問題が悪化したことにより借り手企業の意図しない市 中銀行の信用リスクおよび流動性リスクの急上昇がバンキングセクター全体を通して起こったのであろう。この 急激な変動を本論文では「金融システムショック」として捉えるのである。図で説明すると、投資財供給曲線は バブル崩壊時よりさらに急な傾き、あるいはほぼ垂直になったと考えられる(投資水準はI00になる)。これは企業 が想定する貸出プレミアムを反映したものであるが、この曲率の変化は企業が瞬時に把握でき得るものではなく、
DI(Diffusion Index)の安定的関係の変動に繋がると考えられる。こうした考えから本論文では第4章にてDIの変
動から金融不安度を抽出していく。さらにはPK < PIという逆転現象が生じ、ほとんど投資需要がないような状 況であったと推察される。
図3.1: Minsky’s Two Price Diagram
(出所) Rochon(1999)[78] p.196より加筆転載
これら先行研究をふまえ、第2部での実証分析での取り扱いを考慮したうえで、本論文では金融システムの意 味を日本銀行(1986)[134]に倣い、金融に関わる法・規制・慣行等、金融取引の前提となっている金融の枠組みを 金融構造の静態的フレームワークとし、一方そのフレームワークのもとで実現されている金融機関、企業、個人 等各経済主体の金融取引のビヘイビアないしバイアスを金融構造の動態的側面として捉えていく。そしてこれら 静態的・動態的フレームワークの2つを統合して金融システムと定義づけることにする。そして、金融不安とは、
金融セクター、特にバンキングセクターの金融システムに対する不安心理によるものであると想定する。これは、