第 3 章 金融システムショックと内生的貨幣供給理論 39
3.5 モデルの整理
3.5.3 ストラクチュアリスト・モデル
次に Palley(1987,1994)[68][70]をベースに、ストラクチュアリストの視座に立った内生的貨幣理論のモデル
(structuralist model)を提示する。最大の特徴は、市中銀行の利潤最大化行動についてより精緻化された描写がな
され、各経済主体の流動性選好がマネーサプライを決定する上で重要となることにある。すなわち、政策当局と バンキングセクターとの相互関係に言及していることにある。具体的なアコモデーショニスト・モデルとの差異 は、バッファーストックとしての機能を付した債券Sの保有概念の導入(3.29)と、バンキングセクターの資産負 債構成に関する銀行選択(資産負債管理行動[ALM])のモデリングにある((3.31)〜(3.37))。これら導入により簡 単な構造変化を捉えることができるようになる。
本論文のモデルがパリーと異なる点は、市中銀行のビヘイビアをローン金利rL、債券金利rBで特定化してい ることであり、単純にプライステイカーとして行動しないことを明示化していることである。さらにバッファース トックとして債券を持つこと、借入準備をrC, rdの2変数それぞれに依存させていること、そして貨幣としてM2 を定義していることというように、より緻密な金融市場の描写となっている点がパリーモデルとの差異である。た だし、これらの設定変更によりパリーモデルから導かれる含意が損なわれることはない。以下にそのモデルを示 す。各等式の横には説明が付してある。
CD=CD(rD
−, rT
−, rB
−, y
+) (現金需要) (3.26)
DD=DD(rD
+
, rT
−, rB
−, y
+) (流動性預金需要) (3.27)
TD=TD(rD
−, rT +
, rB
−, y
+) (定期性預金需要) (3.28)
S=ED (超過準備需要) (3.29)
HS =N BR(rC
+, A
+
) + Max[0, BR(rC
+
, rd
−)] (ベースマネー供給) (3.12)0
HD=CD+k1DD+ED (ベースマネー需要) (3.30)
HD=HS (ベースマネー市場均衡条件) (3.13)
LS(rL
+
, rB
−) =LD(rL
−, rB
+
, x+) (ローン市場均衡条件) (3.15)0
L+S+k1DD=DD+TD (銀行のバランスシート制約) (3.17)0
MS =CD+DD+TD=MS(rD
?
, rT
?
, rB
−, y
+) (貨幣市場均衡条件(M2)) (3.14)00
M RB=rB+p (債券の限界収益) (3.31)
M RL=rL−cL (ローンの限界収益) (3.32)
M CC=M RC=rC (コールレートの限界費用と収益の均衡式) (3.33)
M CD= rD+cD 1−k1
(流動性預金の限界費用) (3.34)
M CT =rT −cT (定期性預金の限界費用) (3.35) M CBR=rd+φ(BR
+ ) (借入準備の限界費用) (3.36)
M RB=M RL =M RC=M CC=M CD=M CT =M CBR (F.O.C.) (3.37) y=y(L
+
) (所得) (3.38)
∗1 これらモデルで, F.O.C.は当該市中銀行の利潤最大化行動から導かれる39。
∗2 簡単化のために定期性預金の必要準備はゼロと仮定している(k2= 0)。
変数群3 rD:流動性預金利子率、rT:定期性預金利子率、rB:債券利子率、A:拡張的金融政策変数、M Rj:資産jか
らの限界収入、M Cj:負債jの限界費用、φ(BR):借入準備を利用することの銀行の限界ペナルティコスト、p:ロー ンに対する債券の流動性プレミアム、cL:貸出1単位当たり限界モニタリングコスト、cD:流動性預金1単位当たり 限界管理コスト、cT:定期性預金1単位当たり限界管理コスト(cT < cD)、y:所得、S:バンキングセクターが保有
する第2線準備(債券)、その他変数は変数群2に準ずる。
(3.12)0で非借入準備は短期市場金利、拡張的金融政策変数の反応関数として表されている。(3.26)、(3.27)、(3.28)
で債券市場を考慮する変数rB をはじめ、オーソドックス・モデルに比べ金利変数を細分化させ、さらにアコモ デーショニスト・モデルよりさらに一般的な形にした。(3.29)ではバッファーストックとして超過準備を全て債券 Sで保有すると簡単化している。(3.36)では、借入準備に頻繁に依存する市中銀行に対して、中央銀行がサーベイ ランスの強化や割引窓口へのアクセサビリティー制約等の形で暗黙の付加的な費用を課すとしている40。
(3.27),(3.28),(3.12)0,(3.30),(3.15)041を(3.13),(3.17)0にそれぞれ代入整理すると、これらストラクチュアリスト 方程式群はベースマネー均衡式とバンキングセクターのバランスシートの2つの誘導形方程式にまとめることが
39完全競争条件下にある各銀行の利潤最大化条件は以下で与えられる。
Max V
L,S,T ,D=rLL+rBS−(cL+p)L−(rT+cT)T−(rD+cD)D subject toL+S= (1−k1)D+T. 代入および選択変数の微分により以下が得られる。
dV
dL =rL−rB−p−cL= 0 dV
dT =rB−rT−cT= 0 dV
dD=rB(1−k1)−rD−cD= 0.
合わせると以下を得る。
rB=rL−cL−p=rT−cT =rD+cD
1−k1
上式が本文に相当する。
40日本では総貸出の抑制ならびに商社に対する貸出、有価証券投資抑制等について指導が行われた。それは取引金融期間の協力を前提とし た道徳的説得であったが、おおむねよく守られ、金融の引締め策としては有効な金融政策手段であった。しかし、窓口指導は強い規制を受け る金融機関とそうでない金融機関との不均衡や同業態間の貸出シュア固定といった問題の発生につながるおそれがある。また金利を通じての 金融政策の有効性や企業の資金調達の多様化、市中銀行の日銀借入の低下等から、その役割は漸次後退したことより1991年第3四半期に廃 止された。
41(3.15)0は計算の簡略化のためLSがLDに従うと置き換えている。
できる。
C(rC
−, x
+) +k1D(rC
−, x
+) =N BR(rC
+, A
+
) +BR(rC
+
, rd
−) (3.39)
L(rC
−, x
+) = (1−k1)D(rC
−, x
+) +T(rC
+
, x
+) +BR(rC
+
, rd
−)−S (3.40)
ここで、内生変数はrC,Sであり、外生変数はA,x,k1,rdである。比較静学での偏微分記号は次のとおりである。
∂rC
∂A <0, ∂rC
∂k1 >0, ∂rC
∂x >0, ∂rC
∂rd >0, ∂S
∂A =?, ∂S
∂k1 =?, ∂S
∂x =?, ∂S
∂rd =?
短期市場金利rCの各外生変数に対する影響は明示されるのだが、市中銀行が超過準備として保有する債券量S に関しては、全体効果がはっきりしない結果となった。もし準備率調整後流動性預金(1−k1)Dの短期市場金利 上昇に対するマイナス効果が貸出、定期預金、借入準備の短期市場金利上昇に対するマイナス効果よりも大きけ れば、すなわちLrC −(1−k)DrC −TrC −BRrC >0が満たされるならば、クラメールの法則を用いてSの各 外生変数に対する効果を特定でき、∂S
∂x <0となる。アニマル・スピリッツの増大は当初ローン市場をタイトな ものにし、市中銀行は第2線準備である保有債券Sを売却し貸出原資に充当する。貸出によって投資がファイナ ンスされ生産プロセスが実施されると(3.38)に基づき所得が増大する。所得の増加にあわせて流動性預金および 定期性預金は増加するであろう[(3.27),(3.28)]。一方で、アニマル・スピリッツの増大は貸出金利の上昇をもたら し
(∂rL
∂x >0 )
、逆にローン需要を減少させることにもつながる。これは市中銀行による債券Sの購入をもたらす ことになる。Sの変化の方向が最終的にどちらに向かうのかはLrC −(1−k)DrC −TrC−BRrC の符号条件に依 存することになる。今回の例のように符号条件が正ならば、アニマル・スピリッツの増大は債券保有量Sの減少 につながる。また、中央銀行の政策オプションに目を向けると、∂S
∂A >0, ∂S
∂k1
<0, ∂S
∂rd
<0 となることがわか る。このことより、ある条件の下では金融緩和政策(A↑, k1↓, rd↓)は流動性が過剰となることから、第2線準備 すなわちバンキングセクターが保有する債券量Sの増大をもたらす。これらの場合は銀行貸出の増加に結びつか ず、政策効果が削がれていることになる。
ストラクチュア・モデルの体系、その利潤最大化に向けてのビヘイビアの可能性を図示したものが、図3.8、図 3.9で表される。図3.8は企業のアニマル・スピリッツ増加に伴うローン需要増を市中銀行のALMによりファイ ナンスし、その結果貸出量が増加したケースを示すものである。企業のローン需要増大に対したとえ中央銀行が ベースマネーの供給に制約をかけたとしても、市中銀行はALMにより貸出と預金の関係および預金とベースマ ネーの関係について変化を生じさせる。ここでは市中銀行により超過準備需要が体化した保有債券量Sを売却し た場合が描かれている。このALMは第2、第3象限の曲線の右方シフトを引き起こし、たとえベースマネー供給 量に変化がなくても企業のローン需要に応える形で(LD→LD0)貸出量増加を実現させることが可能となる。こ のことは中央銀行による量的コントロールがバンキングセクターのALMにより無効となるか、少なくても削減さ せられる可能性を示すものである。その程度はD2やH2曲線のシフトの程度で表される。
図3.9は中央銀行による金融引締めをALMにより回避したケースを示している。中央銀行は政策変数である非 借入準備N BRの供給削減により金融引締めを意図したとする。これは図ではHSからHS0のシフトとして表さ れている。市中銀行がALMを行使させなければ、中央銀行の引締スタンスに応じてローン供給曲線がLS から
図3.8: ストラクチュアリスト・モデルの各変数の決定 ローン需要増加にALMを行使したケース
図3.9: ストラクチュアリスト・モデルの各変数の決定 当局による金融引締めをALMにより回避したケース
LS0へと左方シフトする。この場合、市中銀行の利潤最大化行動により、貸出量の減少が好ましくないと判断する ならば、市中銀行はALM活用により貸出と預金の関係および預金とベースマネーの関係を変化させるだろう。そ して、図3.9に示すようにD3からD4、H3からH4に曲線を右方シフトさせることができれば、中央銀行の引締 めアクションに関係なく、貸出量を一定に保つことも可能となる。これは中央銀行の政策意図が市中銀行のALM により実現されるとは限らないことを意味する。
以上の考察により、ストラクチュアリスト・モデルから中央銀行は能動的に政策アクションを起こすことは充分 可能であるが、その効果に関してはバンキングセクターのビヘイビア、すなわち市中銀行のALMが決定的に重要 であることがわかる。所得創出プロセスの中に間接金融としての銀行貸出が重要なファクターとして組み込まれ ていることを鑑みれば、中央銀行の意図を適確に読み取り忠実に行動するアコモデーショニストの銀行像から離 れ、独自の利潤最大化のためのビヘイビアをとる市中銀行像を想定することで、金融政策の有効性が異なること がわかってくるのである。
ストラクチュアリスト内生的貨幣アプローチの特徴と現状
ストラクチュアリストの内生的貨幣アプローチ(Structual endogenous money approach)では、貨幣供給プロセ スの内生化に際し、準備節約を可能にするような銀行による新しい金融手段の開発を考慮したALMを重視する。
本論文ではさらに、そのプロセスで発生する金融不安定性への懸念に注目するのである。先のモデルでは、市中 銀行のALMと新しい金融手段の開発を曲線のシフトで示してきた。一方、その結果が金融システムの不安定化に つながっていく可能性があることを示すまでには至っていない。この領域の解釈は3.1.1節で行ったミンスキーの
金融不安定性仮説で補完するものである。
ケインズは企業のアニマルスピリットを考えていたが、ストラクチュアリストは「バンキングセクターのアニ マルスピリット」というものをALMによって金融イノベーションを生起させることにより考えている。ただこの ALMによる金融イノベーションは失敗するかもしれないし、中央銀行から何らかのペナルティを受ける可能性も 持っているきわめて効果に関して不確実性の高いものである。
現時点においてストラクチュアリスト内生的貨幣アプローチの特徴を全て網羅した理論を定式化することは、金 融不安定性がもつ複雑さや連続的な金融システムの変容のため困難である。さらに、構造的貨幣内生論のほとん どは記述的レベルの展開にとどまっており、ミクロ的分析に基づいたモデルとして提示されたものは非常に少な い42。本論文ではその中でも、ストラクチュアリスト内生的貨幣アプローチの特徴をかなり取り入れて構築されて いるとされる岩佐(2002)[99]を考察する。このモデルは8章での実証分析において、LST-VARを用いた場合の経 済環境変化に対応する理論的ミクロモデルとして期待される。