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本章では貨幣をマクロ経済モデルに導入する方法として、オーソドックス・ビューに属する主要なモデルをサー ベイしてきた。そもそも貨幣には価値尺度機能・交換機能・資産機能といった社会的機能と、取引動機・投機的動 機・予備的動機、さらに金融動機といった私的なインセンティブに基づく需要動機が存在する優れて多様性を持 つ財であるといえる。

 まず、シドラウスキモデルから得られる含意として貨幣の超中立性を見い出した。しかし労働の弾力性を追加し だだけで超中立性が認められない、すなわち貨幣の非中立性が導出されたというふうに必ずしもロバストである とは言えない。こうした貨幣の中立性に関して二分化したシドラウスキの理論モデルを一本化させたものとして

Ono(1994)[67]モデルがある。多面的な貨幣の特性を単一のモデルで捉えるのは非常に困難である中、オノは貨幣

の効用が消費による間接的な効用とは別に、貨幣保有から直接生み出される直接的な効用の存在、すなわち流動 性選好に着目したモデルを構築した。そしてこのような直接的な効用が存在するゆえに貨幣が効用の非飽和性を 具備し、マクロの不完全雇用均衡が生じてしまうことを論証すると同時に貨幣の非中立性が生じる可能性を提唱 している。

 次に、貨幣と実体経済の関係を示す体系として貨幣需要関数に注目した。その導出にはボーモル=トービンモ デルでは交換手段としての機能に着目したモデル、ショッピングタイムモデルでは取引の促進に着目したモデル、

というふうにそれぞれ異なる機能に特化したモデルから派生する誘導形となっている。導出された貨幣需要関数

も変数やその偏微分符号が異なっている。両貨幣需要関数は主にケインズの言う貨幣の取引動機に特化したもの であった。一方、トービンのポートフォリオに着目したモデルは貨幣の資産機能に着目したモデルでありケイン ズの貨幣の投機的動機を敷衍した分析であったが、交換手段としての貨幣を全く考えていないモデルとなってい て、これも貨幣の特性把握に十分であるとはいえない。ケインズのいう貨幣保有動機に照らすとさらに予備的動 機と第4の動機である金融動機が存在するが、オーソドックス・ビューではこれら動機について何も語るもので はない。こうした動機が入る余地が非常に小さいといえることから、オーソドックス・ビューに基づく貨幣需要 関数が貨幣の特質を十分に捉えたものであるかといえば疑問が残る。金融動機や予備的動機も考慮に入れた貨幣 需要関数を分析することが必要である。

 このように本章では貨幣の非中立性と貨幣需要に注目して分析を進めてきた。提示してきた貨幣の諸モデルで 一貫して批判されるべきは、代表的経済主体と称し消費者サイド寄りの分析に依拠している点が強調されている 一方で、市中銀行をはじめとする金融仲介機関が介在しての資金のファイナンスについてほとんど触れていない ことである。こうした金融部門の等閑視ゆえ、貨幣は外生的性格を有するものとして描かれていた点に本論文は 疑問を投げかけるのである。

 デビッドソンの金融動機分析から、金融機関を含めた貨幣の需要と供給の関係をさらに詳しく分析していく必 要性が生じてきた。アニマル・スピリットや金融機関のビヘイビアが貨幣的生産経済において重要性を持つ場合 には、本章のモデルから導かれる貨幣と実体経済の関係についての考察は限定的なものであると言わざるを得な い。企業と金融機関の間での資金のファイナンスを考えるに際しては、ケインズのいう貨幣の金融動機が重要性 を帯びてくるであろう。さらに金融環境の不安定性を考えると、より包括的な概念である貨幣の予備的需要も考 慮しなければならない。1990年代末期の金融機関の連続破綻のような状況を目の前にして、本論文が重要視しな ければならないと考える領域は、まさにこうした金融セクターであり金融システムなのである。そうすると、市 中銀行を起点とした資金のファイナンスプロセスに重点を置く分析が必要となってくる。こうした分析に応える 理論が次章で展開される内生的貨幣供給理論であり、ここで貨幣内生性の妥当性および外生性の仮定が強すぎる ものであることが示されよう。ただし、この内生的貨幣供給理論も本章での多様な貨幣需要関数同様、考え方に 幾分差がある。よって次章では内生的貨幣供給理論の中でも代表的2派の視座を整理・展開し、金融システムを 考慮する際のストラクチュアリスト・ビューの妥当性を検証していく。

APPENDIX: ブロック再帰について

 ブロック再帰の経済的意義について、Sargent(1979)[80]に基づき、まず古典派モデルとケインジアンモデルの 比較をしたうえで、2.2.2節でブロック再帰が成立しなかったSidrausuki系モデルを考察してみる。表記法は次の とおりである。W:名目賃金、P:一般物価水準、Pi:企業iの設定価格、Pi/P:相対価格、N:雇用量、K:資 本ストック、Y:産出量、NS:労働供給量、F:生産関数、δ:資本減耗率(外生変数)、C:消費、I:投資、M: 貨幣、B:債券、π:インフレ率。

古典派モデル

古典派モデルは均衡条件式か行動方程式で表される一組の同時方程式によって構成される。まず労働需要関数を W/P =FN(K, N)

のように定式化する。これは、実質賃金は労働の限界生産力に等しいことを示す。次に労働市場の均衡条件は N =NS(W/P) (

NS)0

=d( NS)

/d(W/P)>0

で示される。これは労働需要は企業のビヘイビアから、労働供給は労働者のビヘイビアから得られ、両者が合致 するところで労働市場は均衡することを意味する。労働供給は実質賃金の増加関数である。総生産関数は

Y =F(K, N) FK >0, FN >0, FKK <0, FN N <0

である。収穫に関する制約(一定、逓増、逓減)は課せられていないが、通常、生産関数は1次同次であり収穫一 定である。すなわちF(λK, λN) =λ[F(K, N)] =λY である。また生産要素の限界生産力は逓減を仮定する。

 消費関数は

C=C((Y, T, δK,((M+B)/P)π, I), i−π) C1>0, C2<0 である。これはC=C(YD, i−π)に書き直すことができる。この場合、可処分所得YD

YD=YD(Y, T, δK,((M +B)/P)π, I)というふうに(Y)と投資(I)の増加関数であり、税(T)、資本減耗(δK)、

貨幣創造によりファイナンスされた政府支出(M)と債券(B)、それらの実質価値[(M +B)/P]πは可処分所得の 減少関数とする。消費は可処分所得(YD)の増加関数であり(i.e., C1<0)、また実質金利の減少関数である(i.e., C2<0)。

 投資関数はdK

dt ≡I=I

(FK(i+δ−π) i−π

)

あるいはI=I(q(K, N, i−π, δ)) (I0 >0)と表せる。ここで は実質利子率(i−π)は常に正であることを仮定する。もし資本の限界生産力FKが実質資本コスト(i+δ−π)を 超過するなら投資に正に効くことになる。また投資機能はK, N, i−π, δで構成されるqの関数として再定義する こともできる。

 次に国民所得定義式は

Y =C+I+G+δK

というふうに総生産は家計消費、投資、政府支出、そして減耗して置き換えられなければならない資本ストック δKから構成されるものとする。

 最後に金融市場均衡条件を次式で定式化する。

M/P =m(i, Y) mi<0, mY >0

ここではマネーサプライ(M/P) = 貨幣需要m(i, Y)が成立するものとする。 貨幣需要関数(m)は投機的需要 (mi<0)と取引需要(mY >0)で示される。

ケインジアンモデル

ケインジアンモデルは労働需要関数、総生産関数、投資関数、国民所得定義式、金融市場均衡条件は古典派モ デルと同一、消費関数では

C=C(Y −T−δK−((M +B)/P)π, i−π) と表し、古典派モデルの消費関数より簡単化されている。

古典派とケインジアンモデルの相違

ケインジアンモデルは古典派労働市場の均衡条件として組み込まれている労働の供給曲線を含んでいない。そ のためモデルを閉じるためにケインジアンモデルは賃金を外生変数としている。しかしこれは賃金が時間を通じ て全く変化しないことを示すものではなく、モデル内諸力によっては決定されないことを意味する。古典派モデル では労働需要と労働供給が合致するところで決まる労働市場の均衡条件を含んでいたが、ケインジアンモデルで は労働市場は需要条件により決定される。そのためここでいう均衡とは需給の均衡を意味するものではない。こ のことにより労働市場条件は労働需要によって決定される。そのため非自発的失業という現象を捉えることがで きる。これは需給均衡が常に達成され非自発的失業が存在し得ない古典派モデルとは決定的に異なる。これが政 策の役割を重視するケインジアンモデルと等閑視する古典派の違いとして表れてくる。

行列による考察

古典派モデル

全方程式を全微分しAdx=dbの行列で置き替える。dxは(7×1)の内生変数ベクトル、係数行列Aは(7×7) の係数行列である。古典派モデルの場合、その(7×7)の係数行列は2分して解くことができる。すなわちd(W/P) とdNは他の変数を介さずに解くことができるし、加えてd(W/P)、dNとdY も同様である。d(W/P)、dNと dY は生産関数の形状と(外生変数である)資本ストックによってのみ決定される。このことがブロック再帰とい

われる所以であり、古典派モデルのブロック再帰的特性は実物変数の名目変数からの中立性を強く示す形式となっ ている。すなわち古典的二分法の成立である。

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1 −FN N 0 0 0 0 0

−N0 1 0 0 0 0 0

0 −FN 1 0 0 0 0

0 −C1IqN −C1 1 −C1(q1) (C1Iqiπ+C2) −C1π(M +B)/P2

0 −I0qN 0 0 1 −I0qiπ 0

0 0 1 1 1 0 0

0 0 mY 0 0 mi M/P2

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d(W/P) dN dY dC dI di dP

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=

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FN KdK 0 FKdK

−C1dT −C1δdK−C1((M +B)/P)+C1IqKdK−(C1Iqiπ+C2) I0qKdK−I0qiπ

dG+δdK dM/P

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ケインジアンモデル

一方、ケインジアンモデルの全方程式を全微分し行列で表すと、ブロック再帰の体を成していないことは明白 である。この場合は実物変数と名目変数が独立していないことがわかる 18

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1 −FN 0 0 0 0

0 FN N/FN 0 0 0 1/P

−C1 0 1 0 −C2 −C1π(M+B)/P2

0 −I0qN 0 1 −I0qiπ 0

1 0 1 1 0 0

mY 0 0 0 mi M/P2



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dY dN dC dI di dP

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18本補論はブロック再帰的関係の有無に打ついて考察しているので、内生変数の具体的な解法、AD-AS曲線やIS-LM曲線との関連につい ての詳細な考察はSargent(1979)[80]ch.1,2を参照されたい。