第 3 章 金融システムショックと内生的貨幣供給理論 39
3.3 ストラクチュアリスト・ビュー
3.3.1 中央銀行のコントローラビリティーと ALM
3.2.2節でみたdynamic operationsのように中央銀行が日々の金融市場での信用供与を少なめに行うことによ
り、ベースマネー需要に対し短期金融市場にて金利上昇圧力をかけてくるような限定的アコモデーションを行う根 拠は、Pollin(1991)[76]p.374によると、1)インフレへの恐れ、2)為替レート減価への影響を考慮するため、3)信 用需要量についての情報の非対称性による不完全情報のためであるという。いずれにせよ中央銀行はある程度の 量的コントローラビリティーを保有している。少なくともアコモデーショニストよりはより積極的にコントロー ルしていこうとする中央銀行像を想定している。こうした理由で中央銀行が限定的アコモデーションを行うから こそ、市中銀行にAsset and Liability Management(以下ALM)21を行うインセンティブが生じるのである。すな
21このALMはそもそも、資産・負債の総合管理で、業務上発生する各種リスクの最小化と収益最大化をめざし、資産と負債の最適な組み 合わせを同時に決定し、管理するという意味のファイナンス論での用語であるが、本論文では特に負債サイドに注目した議論を進めていく。
というのは金融自由化の進展で、企業および個人の金融資産蓄積が進み、高利回り資産の選好が高まった結果、市中銀行の預金が伸び悩んだ ことや各種金融規制の緩和により競争圧力が高まったことが負債サイドの管理によるものであり、このメカニズムを解明することが重要と考
わち企業の資金需要に十分応えるだけの準備が調達できないという制約ゆえに市中銀行にALMといったアクショ ンを起こさせるのである。
貸出資金を捻出することを可能とするためのALMの実施は、経済環境その他に変化がないならば、より魅力的 な高金利の設定をすることで預金者にマネーサプライに定義されるようなより流動性の低い資産に乗り換えさせ る。結果として一般的預金金利は上昇し、貨幣供給曲線は右上がりとなる。しかし、ベースマネーの供給量に変 化がないならばALMの実施によって必ず市場から貸出需要量が確保できるかどうかは不確実であり、そのマネジ メントにはおのずと限界があろう。
具体例として日本のデータを表3.1に示す。ここでALMの実施により、流動性預金を相対的により低い準備率 が課せられる定期性預金へと転換させると、市中銀行の準備量は低下する。2004年8月現在、普通預金残高は215 兆円存在する。これが定期性預金に振り替われば単純計算で準備金から約1.6兆円フリーになる資金が生成される ことになる。これは銀行貸出残高の約0.5%に相当するのである。
アコモデーショニストはALMを市中銀行が追加的な必要準備を求めているか、中央銀行がどの程度アコモデー ションをしているかに関わりなく行っている銀行活動の(常態的)一部分であるとみなしている。すなわち、貸出 資金を捻出する必要性が出てきた場合のみ行うものとしてALMを捉えていないのである。それに対しストラク チュアリストはALMを中央銀行による限定的アコモデート強化に対して一時的に行う銀行活動と捉えている。中 央銀行がフルアコモデーションのスタンスをとった場合、市中銀行が準備金を需要するだけ確実に同じベースレー トで準備金が中央銀行より供給される。このような状況においてALMを行うインセンティブがどの程度あるかは 疑問だ。機会費用を貸出利子率としたうえで必要準備を一種の税ととらえ、この税負担を少しでも軽減しようと する手段としてALMを位置づけるならば、アコモデーショニスト・ビューにも一定の妥当性があるように思われ る。しかし中央銀行のベースレートコントローラビリティーに重心を置き、より従順な市中銀行像を想定するの がアコモデーショニスト・ビューであることから判断すると、ALMを積極的に行う根拠に薄いといえるだろう。
また、ALMの実施は利子率の上昇圧力を招く22ことにより、3.6節で詳しくモデル展開されているように、新
表 3.1: 日本における預金に関する準備率(単位%)
対象:銀行・長期信用銀行・外国為替銀行・相互銀行・信用金庫
定期性預金(譲渡性預金含む) その他の預金(流動性預金等)
設定時期 2.5兆円超 〜1.2兆円 〜0.5兆円 〜0.05兆円 2.5兆円超 〜1.2兆円 〜0.5兆円 〜0.05兆円
1986.7.1 1.75 1.375 0.125 0.125 2.5 2.5 1.875 0.25
1986.12.1 1.75 1.375 0.125 0.125 2.5 2.5 1.875 0.25
1991.10.16 1.2 0.9 0.05 0.05 1.3 1.3 0.8 0.1
(出所)日本銀行
えられるからである。
22金融当局の規制の下でディス・インターミディエーション(disintermediation)に対抗し企業の資金需要を満たすためには、市中銀行が ALMの一環として高利回りの金融商品を開発・販売しなければならない。日本では1970年代半ば以降の国債大量発行とこれに伴う国債利 回りの上昇傾向からディス・インターミディエーションが発生したことは周知の事実であるし、これへの対応から事実上の負債管理手法とし て高利回り金融商品が数多く生み出されてきた。
たな金融手段の開発を促し、結果金融イノベーションを導き、利子率と貨幣量の関係を変化させる可能性もある。
そうした金融イノベーション(financial innovation)は図3.2、図3.3で示されるように、貨幣供給曲線を右方シフ トさせたり、あるいは傾きをシフトさせたりさせ得る。これは、当局の金融引締めで利子率が上昇し、貨幣供給量 がM1まで内生的に増加すると同時に金融イノベーションを誘発すると、利子率の上昇を伴わないあるいはより 小さい上昇しかもたらさない貨幣供給増加(M2−M1)を引き起こすからである23。すなわち、このことは利子率 の上昇とともに一般の事業資金をファイナンスするための新たな手段や現金資産に代わる新たな代替的投資手段 を市中銀行が求めようとする誘引が高まることを意味する。市中銀行は企業に借入を積極的に勧誘し、融資を引 き受け、企業や他の市中銀行と取引関係を結び、さらに資金の需要先を探し求める。このような行動ゆえに、貨幣 供給は貨幣需要に応じて内生的に決定されるのであって、中央銀行によって単純にコントロールされるものでは ないといえる。市中銀行は貸出の要請に基づき内生的に資金を供給するが、要請するように仕向けたのは市中銀 行なのである。
一方、ALM実施により上昇した利子率水準が銀行貸出金利に影響を与えるとすると、企業の財務ポジションが 図3.2: 金融イノベーションと貨幣供給曲線
―intercept shift―
r
M r0
r1
M1 M2
S1M
SM2
Palley(1996)[71]p.107より加筆転載 金融革新によりジャンプ
図3.3: 金融イノベーションと貨幣供給曲線 ―slope shift―
r
M r0
r1
M1 M2
SM
Pollin(1996)[76]p.499より加筆転載 金融革新によりスロープがシフト
r2
悪化することが予想される。この不安定性を示したのが前掲のミンスキーモデルであり、ストラクチュアリスト・
ビューと金融不安あるいは金融システムショックは不可分の関係にあるといえよう。その意味では金融システム ショックを捉えるうえで、より妥当性のある視座はストラクチュアリスト・ビューであると結論付けることができ る。ALMは金融の効率化を促進させる金融イノベーションを引き起こす原動力となる反面、企業の財務ポジショ ンを悪化させ、金融不安を引き起こしてしまう可能性も内包した諸刃の剣であるといえる。
ストラクチュアリスト・ビューはアコモデーショニスト・ビューと異なり、貸出金利は政策当局、バンキングセ クター双方の自律的影響を通じて決定されると考えている。すなわち、短期的には利子率は中央銀行の限定的(裁 量的)アコモデーションにより外生的(裁量的)に設定した短期市場金利にバンキングセクターの対応策としての ALMによるコストを積み上げる形で貸出金利が内生的に設定されるのである。
23ただし、金融イノベーションに失敗してしまった場合は左方シフトの可能性もあり得るだろう。
中央銀行がバンキングセクターからの準備需要に対し抑制的なアクションをとる、すなわち非借入準備によって フルアコモデーティブな公開市場操作を行わないとバンキングセクターが考えるとするならば、バンキングセク ターにとって総準備の利用可能性に関し何らかの制約が働くことになる。そうであるからこそ、バンキングセク ターにとって流動性を調節するため積極的にALMを行う根拠が生じることになるのである。仮に必要準備を超え る超過準備をバンキングセクターが保有すると、この超過分は資金の貸出需要や預金の予期せざる変動を吸収す るバッファーとして機能するようになる。前章で考察したように産業的流通に関わる貨幣の金融動機や、金融的流 通に関わる予備的動機はバンキングセクターにとって予期せざる預金の変動要因となるであろう。バッファーとし て保有する超過準備量はそうした動機が発生する確信の程度に依存することになる。こうした超過準備をベース レートの上昇をきたすことなくバンキングセクターに保有させるのも中央銀行の貨幣供給コントローラビリティー の表れと捉えることもできよう。