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預金金利規制下での銀行行動

第 3 章 金融システムショックと内生的貨幣供給理論 39

3.6 金融イノベーションを伴う岩佐 (2002) モデル

3.6.2 預金金利規制下での銀行行動

最初に預金金利規制下での市中銀行行動を考察していく。まず市中銀行は以下の目的関数に従い、利潤最大化 行動をとるものとする。

Maxπ=F(L)−rDD−φ(D) s.t. R+L=D, R=kD, D=D(rD), rD≤r¯D

ここで貸出による収益F(L)についてはF0 >0, F00<0であり、さらにD0>0, ε≡D0· rD

D は一定、預金の管 理コスト44φ(D)についてはφ0>0, φ00>0を仮定する。ここで、πは銀行利潤、Lは銀行貸出、Dは預金、Rは 準備金、kは準備率、rDは預金金利、r¯Dは上限規制預金金利、²は預金の利子弾力性を表す。分析の簡単化のた め、流動性・定期預金を単に預金で統一している。ラグランジュアンを導入すると次式で示せる。

L=F[(1−k)D]−rDD−φ(D)−λ(rD−r¯D) ここでクーン・タッカー条件から、以下が導ける。

∂L

∂rD = [

(1−k)F0−φ0−rD

( 1 +1

ε )]

D0−λ= 0 rD≤r¯D λ(rD−r¯D) = 0

さらに2階の条件(S.O.C.)が成立し、rD = ¯rDというような制約条件がバインディングである場合を仮定する。

その結果、次式が成立するとする。

2π

∂rD2 <0 λ= [

(1−k)F0−φ0−rD

( 1 + 1

ε )]

D0 >0 (3.42)

λで示される制約による負担のボリュームが(∆φ−∆π)よりも大きければ金融イノベーションの成立条件が満た される。ここまでで、金融イノベーションの成立条件(3.41)および預金の上限が規制されているもとでの銀行行 動を描写してきた。以下ではこのような環境下における銀行行動の結果を考察していく。ただし分析の簡単化の ため(∆φ−∆π)に影響を及ぼす諸要因は考えなく、λに影響を及ぼす要因に焦点をおいて検討を加える。

規制金利水準の変更効果によるイノベーション

規制金利水準の変更効果は次式で表現できる。

∂λ

∂rD

= 2π

∂r2D <0

つまり、中央銀行による規制預金金利r¯D(=rD)の上限引き下げは現状維持のときのコストλを引き上げる。(3.41) からこうした上限引き下げによる金利規制強化は金融イノベーションを誘発することがわかる。これは規制金利 水準の変更効果による市中銀行のイノベーション(regulation-induced innovation)である。

銀行の運用機会好転によるイノベーション

市中銀行の運用機会好転による影響は、

∂λ

∂F0 = (1−k)D0>0

44個別銀行でみた場合、預金量をある一定の量以上獲得しようとすると、逓増的費用が発生することを免れ得ない。広告費、預金勧誘の人 件コスト、支店新設等をここでは包括的預金管理コストとし、コンベックス(convex)な関数として表している。

となることがわかる。つまり、1単位貸出当たり収益増加は現状維持コストλを上昇させることから、イノベーション への誘因が生じることがわかる。これは市中銀行の運用機会好転によるイノベーション(market-constraint-induced innovation)である。

預金者の金利感応度上昇および金利弾力性上昇によるイノベーション

預金者の金利感応度上昇および預金の金利弾力性上昇による効果は、(3.42)の仮定を考慮して

∂λ

∂D0 >0 ∂λ

∂² =rDD0ε2>0

であることからイノベーションを誘発しやすくなる。これは預金者の金利感応度上昇および預金の金利弾力性上 昇によるイノベーション(rate-induced innovation)である。

単位当たり経費の下落によるイノベーション

最後に、市中銀行の努力、あるいは何らかの外的要因による単位当たり経費の下落に付随して発生するイノベー ション(technological-progress-induced innovation)を考察する。

∂λ

∂φ0 =−D0<0

このような単位当たり経費の下落は金融サービスの生産に影響する技術の変化によるものである。

ここまでで規制がバインディングであり、市中銀行がその規制に従順に従っている状況のもと当局による規制金 利水準の変更、外生的な運用機会好転、預金者の金利選好の敏感化、それと市中銀行の単位経費下落のλへの効 果をそれぞれみてきた。このような制度的枠組みに忠実に行動する銀行像は、アコモデーショニストのスタンス と同一のものである。次にこうした制度的枠組みの緩和を認めると、バンキングセクターが利潤の最大化を図る うえでどのようなビヘイビアをとるか、具体的事例を挙げつつ考察していく。これは市中銀行のALMにより金融 イノベーションを生起させていこうとするストラクチュアリストのスタンスに立脚するものである。

3.6.3 金融イノベーション生起後の銀行行動

3.6.2節では、バンキングセクターが利潤を最大化するための行動として(3.42)のような伝統的な目的関数を持

つとした。規制当局である中央銀行に従順に従う銀行像とすれば、この関数形で十分かもしれない。アコモデー ショニストの理論はこうした銀行像を想定していた。だが金融自由化が進展する中、なんとしても利益を稼ぎ出 したいと考える市中銀行は、さらに柔軟な対応をとる可能性が十分にある。こうしたビヘイビアを理論に組み込 もうとしているのがストラクチュアリスト・ビューであり、より発達した金融システムを描写するものと理解でき る。金融イノベーションがどのような形で生起されるかは一概には言えないが、岩佐(2002)[99]は金融イノベー ション生起後の銀行行動の例として暗黙金利の導入と新金融商品の導入について考察をしている。

暗黙金利の導入

まず、イノベーションが暗黙金利の導入という形で生起された場合を考察していく。暗黙金利(implicit interest

rate)を市中銀行が預金者に対して提供する景品や訪問集金といった金利以外のサービスを金利単位に変換させた

ものと定義する。規制金利r¯Dに加えて、暗黙金利m45の支払もあり得るという設定の中での銀行行動を考える。

(3.42)は以下のように修正される。

Maxπ=F(L)(rD+m)D−φ(D) s.t. R+L=D, R=kD, D=D(rD+δm), 0< δ <1

F.O.C.から以下の関係式が導ける46

( 1 +1

ε )

rD+ (

1 +δ ε

)

m= (1−k)F0−φ0 (3.43)

( 1 + 1

δε )

rD+ (

1 +1 ε

)

m= (1−k)F0−φ0 (3.44)

ここで、ε≡D0· rD+δm

D をさす。δは暗黙金利ゆえに預金者が多少なりとも通常の規制金利から割り引いて評 価するものと考えた場合の割引率である。表記の単純化のため(1−k)F0−φ0=µ >0とする。(3.43)、(3.44)を (m, rD)平面に描くと図3.10が得られる47。曲線は市中銀行の等利潤曲線を表し、π0> π1> π2> π3であるとす る。こうしたモデルを前提に、rD >0, m >0を考慮すれば、規制の強化に従って移動する市中銀行の静学ポジ ションは次のようにまとめられる。

45暗黙金利の支払が名目金利規制という制約を緩和するための1つの解決策であり、規制の隙間(loophole)であることは否定できない。金 融イノベーションの1つとして捉えることは十分可能である。

46具体的には次の計算による。

∂π

∂rD

= ∂F

[(1k)D]

[(1k)D]

∂D

∂D

(rD+δm)

(rD+δm)

∂rD

»

D+ (rD+δm) ∂D

(rD+δm)

(rD+δm)

∂rD

∂φ

∂D

∂D

(rD+δm)

(rD+δm)

∂rD

(1k)F0 D

D0(rD+m)φ0= 0 ここで、D

D0 = D

D0·(rD+δm)·(rD+δm) = 1

ε(rD+δm)を考慮することにより(3.43)が導ける。また、∂π

∂mについても、

(1k)F0 D

D0δ(rD+m)φ0= 0

より(3.44)が導ける。

47まず(3.43)(3.44)の位置関係を特定していく。(m, rD)平面において(3.44)曲線と(3.43)曲線の傾きは、

ε+ 1/δ ε+ 1 ε+ 1

ε+δ = ε1)2 + 1) (ε+δ)δ >0

から(3.44)曲線の傾きの方が(3.43)曲線よりも大きなことがわかる。横軸の位置関係は、

εµ

ε+ 1 δεµ

1 +δε= (1δ)εµ + 1) (1 +δε)>0

から(3.43)曲線は(3.44)曲線よりも右側でrD軸と交わっていることがわかる。縦軸の位置関係は、

εµ δ+ε εµ

ε+ 1= (1δ)εµ +ε) (ε+ 1)>0

から(3.43)曲線のm軸切片は(3.44)曲線よりも大きいことがわかる。次にπ曲線を特定していく。任意のm水準のもとでπが最大とな

rDの水準をプロットしたその集合がm(3.43)曲線であり、任意のrD水準のもとでπが最大となるmの水準をプロットしたその集合が m(3.44)曲線であることから、図3.10のようなπ曲線群が得られる。なお、図には割引率δ1の場合の曲線も合わせて描かれている。

図3.10: 暗黙金利と預金金利

rD2 =1+δεδεµ

rD4= 1+εεµ

εµ 1+ε

εµ

∂π δ+ε

∂m= 0

∂π

∂rD = 0 m

rD

rD1 rD3

ε+1ε+δ

εδ+1εδµ

π0

π1

π2

π3

m1

J

m(3.43)

m(3.44)

0

1. (rD4<r¯D)での均衡は(rD, m) = (rD4,0)

2. (rD2<r¯D< rD4)、図のr¯D=rD3 ならば、均衡は(rD, m) = (rD3,0) 3. ( ¯rD< rD2)、図のr¯D=rD1 ならば、均衡は(rD, m) = (rD1, m1)

rD4からrD2までの領域では、市中銀行は暗黙金利を考慮せずに通常の規制金利をコントロールして利潤最大化 を目指すのだが、金利規制が厳しくなりrD2以下に制限されると市中銀行のコントロールは通常金利から暗黙金 利にスイッチすることになる。すなわち金利規制が厳しくなるにつれ、市中銀行の静学的均衡ポジションは矢印 に沿って推移していくことになる。rD2以下のどの位置で市中銀行が暗黙金利を採用するかは、金融イノベーショ ンの成立条件である(3.41)が満たされるかどうかに依存する。図では例としてJ 点で満たされたものとして描か れている。注意したいのはJ点において均衡点が急に ∂π

∂m = 0曲線上にジャンプしているということである。す なわち、市中銀行行動がJ点において非連続的ビヘイビアを示すということに特徴があるといえるのである。

このように自由金利のレジームから出発して金利規制が導入され強化されるに従い、市中銀行がどのような水 準に暗黙金利を設定し、利潤最大化を実現していくかが本モデルによって描写できる。

新金融商品の導入

次に、市中銀行のイノベーションが新金融商品の導入という形で実現された場合を考察していく。ここでは自由 金利型の新金融商品の開発・導入48という一般的な設定の中での市中銀行行動を考える。新金融商品の発行量を

Q、その金利をrとすると、市中銀行の目的関数は以下となる。

Max π=F(L)−rDD−rQ−φ(D+Q) s.t. R+L=D+Q, R=k(D+Q), D=D(rD, r)

ここで、D1 ∂D

∂rD

>0, D2≡∂D

∂r <0, ε≡D1·rD

D である。さらに、F.O.C.から以下の式が得られる。

(1−k)F0[(1−k) (D+Q)]−φ0(D+Q)−rD

( 1 + 1

ε )

= 0 (3.45)

(1−k)F0[(1−k) (D+Q)]−φ0(D+Q)−r= 0 (3.46) である49。これらの式を(rD, Q)平面に描くにあたって ∂π

∂Q = 0線と ∂π

∂rD

= 0線の相対位置に注意すると図3.11、

図3.12に場合分けが必要である。場合分けの詳細については章末APPENDIXを参照のこと。ただし、簡単化の

ため(3.45)、(3.46)とも直線近似してある。

 条件 [

(1−k)2F00−φ00 ] [

D1+ (

1 + 1 ε

) D2

]

<

( 1 + 1

ε )

が成立し、rの水準が十分に高い場合には図3.11に 示されるような動学的行動パターンが示される。新金融商品に拠らない規制金利のみの対応をとることでの臨界 点が図の点Jで示されるとすれば、金利規制の強化とともに、太い矢印線が示すような形で市中銀行の均衡ポジ ションは推移する。イノベーションが発生する水準J において不連続な推移となることは図3.10と同様である。

 次に [

(1−k)2F00−φ00 ] [

D1+ (

1 + 1 ε

) D2

]

<

( 1 +1

ε )

で、rの水準が十分に低い場合、もしくは [

(1−k)2F00−φ00 ] [

D1+ (

1 +1 ε

) D2

]

(

1 +1 ε

)

の場合には図3.12のような推移となる。ただしこの場合は 等利潤を示す同心楕円群が(Q, rD)平面の中に入ってきていることから、金融イノベーションの成立条件である

(3.41)がrDのどの水準で満たされるかに応じてジャンプの仕方が2通りあることに注意を要する。

 さらに新金融商品の発行量に上限規制が存在するとなると若干の修正が必要となる50。図3.11、図3.12のQ¯は 新金融商品の上限規制を意味する。この場合の均衡は(

¯ rD,Q¯)

となる。発行額上限が十分に低いと、Qを開発し 導入するというイノベーションへの意義は薄れ、Q¯の水準を高めるようにとの要請が市中銀行サイドからなされ

48日本では、1979年に導入された譲渡可能定期預金証書(CD)や、1985年に導入された市場金利連動型預金(MMC)、1990年代中頃に 多くの銀行で爆発的に販売されたくじ付定期預金が当てはまるだろう。

49具体的には次の計算による。

∂π

∂rD = (1k)F0[(1k) (D+Q)]φ0(D+Q)rD

1 +1

ε

«

= 0

∂π

∂Q = (1k)F0[(1k) (D+Q)]φ0(D+Q)r= 0 ここで、1

ε= D D1·rD

であることを考慮すると(3.45)、(3.46)が導ける。

50CDMMCに対して、導入が承認された時点では発行額規制が存在した。例えばCD1979年の導入当初は5億円だったのが、3 の改定を経て1988年には5千万円まで下がった。一方MMCは、1985年導入時の5千万円から4度の改定を経て大口定期預金の一類型と なる。