第 3 章 金融システムショックと内生的貨幣供給理論 39
3.7 まとめ
本章では、中央銀行の金融政策による貸出行動抑制効果を回避するために、市中銀行がALMを進展させ金融イ ノベーションを引き起こす可能性があることを指摘する。だが一方、そうしたALM進展による金融イノベーショ ンにより当局のコントロールが効きにくくなることから、企業の投資意欲旺盛化によるレバレッジ比率の上昇を 抑えることができないという事態が起こり得る。そうなると金融システムは脆弱化し、金融システムショックが起 こる可能性が出てくるであろう。
金融システムのディスターバンスが生起する根本的な原因は、現代資本主義経済それ自体に内在する貨幣の特 質と人々の期待や慣習の脆弱性に依拠するものである。バンキングセクターと中央銀行の連関性の中で生ずる金 融イノベーションにより金融システムは絶えず変容を余儀なくされる。その過程で金融システムが脆弱性を帯び ることに繋がる可能性をはらんでいる。そして金融システムショックがひとたび発生すれば貨幣と実体経済の関係 は大きく揺らぐことになるだろう。
本章では内生的貨幣供給理論の2派であるアコモデーショニスト・ビュー とストラクチュアリスト・ビューを 各々の利子理論である自然利子率理論や自己利子率理論にまで立ち戻ったうえで構造解析し、両視座の統合を目指 した。その結果、アコモデーショニスト・ビューはストラクチュアリスト・ビューのある意味ウェイト付けされた 視座であることを解明し、金融システムは常にそれ自体の変容を内包するという現実的視点からストラクチュア リスト・ビューを支持するものである。
岩佐(2002)[99]のモデルで示されたような利潤追求型の市中銀行および他の金融機関は、金融政策により彼ら
の利潤極大化行動を制約されるような場合には、金融イノベーションによって制約を回避しようとするインセン ティブを高める。また、ミンスキーの金融不安定性仮説と併せて考えると、中央銀行が彼らの利潤極大化行動を 黙認するような場合には、過度の信用拡張を推し進める危険性が高くなるというような結論が得られた。このよ うなミクロ的基礎をもったモデルはALMの一環としての金融イノベーションにより市中銀行がファンドを確保す る手段の1つであり、ストラクチュアリストが漠然と示したイノベーションの具体例として捉えられるであろう。
経済の実態は貨幣の内生性と外生性を内包している。オーソドックス・ビューはそうした経済の一面、すなわち 外生性を前提に論理構築し貨幣経済論のまさに主要的位置を占めるようになった。本章はオーソドックス・ビュー に対し、企業と市中銀行そして中央銀行の関係の中から内生性の妥当性を論じてきた。しかしそれはアコモデー ショニストが主張するような厳密な内生性ではなく、中央銀行の政策コントロールを許容した緩やかな内生性で ある。すなわちスペクトラムの両端であるオーソドックス・ビューとアコモデーショニスト・ビューを統合するス トラクチュアリスト・ビューの提唱である。
前章で分析したように、オノは貨幣保有による効用を消費者からの視点から貨幣の非飽和性を論拠に貨幣の非 中立性を導いた。本章では貨幣保有主体を金融システムに内在する企業と市中銀行の視点で捉え、金融動機や予備 的動機といった新たな要因が貨幣の非中立性に繋がることを論じてきた。さらにその過程での2つの特性すなわ ち内生性と貨幣需要関数の不安定性を提唱し、金融政策面では金融環境の変化による同一の政策アクションが時 期によって異なる効果を持つという意味での金融政策効果の非対称性を提唱してきた。すなわち貨幣の非中立性、
貨幣の内生性、貨幣需要の不安定性、金融政策効果の非対称性を主張するものであり、これらの特性を有するス トラクチュアリスト・ビューを支持するものである。
経済活動の起動がバンキングセクターによる与信であるという内生的貨幣供給論者の主張は充分に理解できる が、そもそもの与信を需要する企業サイドの需要要因分析は 企業家の期待 や アニマル・スピリッツ という タームで漠然と大括りに捉えられ、分析がまだまだ発展途上の段階にあると思われる。さらに、貸出された資金が どう分配されて所得創出プロセスにまわるのかという労働市場を含めた流動性選好決定に関する問題もまだまだ 途についたところである。これら分析をさらに進め、マクロモデルとして完結させるのはこれからの課題である。
APPENDIX: 図 3.11 と図 3.12 の場合分けについて
図3.11と図3.12の場合分けについて、まず表記の簡単化のため
G(D+Q)≡(1−k)F0[(1−k) (D+Q)]−φ0(D+Q)
を定義する。ただし、G0= (1−k)2F00−φ00<0である。(3.45)と(3.46)の直線の傾きはそれぞれ dQ
drD |(3.45)= 1 +1
ε
G0 −D1<0, dQ drD
|(3.46)=−D1<0 であり、また (dQ
drD
|(3.45)
)
<
(dQ drD
|(3.46)
)
<0なので、(3.45)の方が 傾きは急である。Q軸上の切片はそれぞれG[
D(0, r) +Q|(3.45)
]=rD
( 1 + 1
ε )
, G[
D(0, r) +Q|(3.46)
]=rを
Qについて解けば得られる。G0 <0を考慮すれば(
Q|(3.45)
)>(
Q|(3.46)
)であり、(3.45)のQ切片が(3.46)より
も上であることがわかる。他方、rD軸上の切片の大小はQ= 0, H(rD, r)≡G[D(rD, r)]を定義したうえで H[(
rD|(3.45)
), r]
=(
rD|(3.45)
) (1 + 1 ε
) , H[(
rD|(3.46)
), r]
=r
を解くことで求められる(H1 = G0D1 < 0, H2 = G0D2 > 0)。ただしQ = 0のもとでのrD の位置、すな わち(
rD|(3.45)
)と(
rD|(3.46)
) の相対位置については一意に定まらないため場合分けが必要となる。0 < H2 <
1− (εH1
1 +ε )
あるいは [
(1−k)2F00−φ00 ] [
D1+ (
1 + 1 ε
) D2
]
<
( 1 +1
ε )
のとき、図3.4のaまたはbが対応 する。他方0<1−
(εH1
1 +ε )
≤H2 のとき、あるいは [
(1−k)2F00−φ00 ] [
D1+ (
1 +1 ε
) D2
]
≥ (
1 + 1 ε
) のと きcに対応する。したがってD1の大きさが|D2|に比して相対的に大でありかつrが十分に大であるとき図3.11 が得られる。そしてrが十分に小さいとき、あるいは|D2|の大きさがD1のそれに比して相対的に大きいときは (rD|(3.45)
)<(
rD|(3.46)
)となって図3.12が得られる。
表3.4: Q= 0のもとでのrとrDの関係
a b c
rD(3.45)
r rD
0
第 部
実証的分析
第 4 章 金融システムショック下の貨幣と実体経済
4.1 はじめに
前章で分析してきた金融システムの脆弱性による金融システムショックから発生する金融不安度が貨幣総量の変 動にどれだけ影響しているのであろうか。本章では金融不安度を定量化し、貨幣の予備的需要を組み入れた長期 および短期貨幣需要関数を推定する。そして不安度を組み入れていない関数と比較することで、不安度の貨幣需 要に対する影響度について考察していく。金融システムが安定的なら貨幣と実体経済の関係も安定的であるはず だという仮説に基づいた検証を本章で行うことにする。金融システムが絶えず変容しているなら、貨幣と実体経 済の関係を表す貨幣需要関数は不安定あるいはパラメータが安定しないだろう。金融システムショックが発生した のなら、その時期に劇的に貨幣と実体経済の関係は不安定となるであろうという仮説に基づく検証が本章の課題 である。
欧米、日本で金融システムあるいは金融構造が変化し、貨幣と実体経済との安定的関係が崩れたと言われて久 しい。従来の貨幣需要関数に対する適合度が低下しているのがその根拠の1つであろう。適合度低下の理由は金 融の自由化、国際化、貨幣の範囲等、多々挙げられる。だが、本当に両者の関係が崩れているのか、ならばどの 程度なのかを分析するためには貨幣量、所得、利子率等、各マクロデータを単位根検定や共和分検定により精査 したうえで、これらのデータで構成される従来型貨幣需要関数モデルに変更を加える必要がある。
従来の貨幣金融論では貨幣需要関数に資産要因を明示的に考慮してこなかったことが指摘されている1。また、
1997年以降の金融セクターでのディスターバンスも実体経済に何らかの影響を与えるものと思われる。そこで、
第4章では従来の貨幣経済論において軽視されてきた資産要因、および金融不安度を明示的に分析に取り組むこ とにより、これまでの分析方法の修正及び拡張を企図している。具体的には、資産要因を表わす変数を新たに加 えたうえで、長期均衡関係と整合的なモデル、いわゆる誤差修正モデル(Error Correction Model)を活用してい く。そして、長期・短期に区別し、推計された結果を吟味していく。
金融不安度を定量化した変数は本章および第7章で活用していくが、実証分析で取り扱うに際し、以下の点に 注目していく。まず、通常の貨幣需要関数が産業的流通や金融的流通という貨幣の使用目的を具備した貨幣を扱っ ているのに対し、予備的需要に基づく貨幣はいわば滞留しているマネーである。このことから、真の貨幣需要を 定量化するためには、使途目的が未定な金融不安心理に基づく予備的需要を推計しなければならない。なお、本
1例えば幸村(1986)[116]は「債券、株式、土地取引が余剰資金の運用対象として拡大する場合には、実物取引の代替としてこれら資産取 引が行われるわけであり、資産取引に対応した貨幣需要が生じるものとみることができる。したがって実物取引に対応する貨幣需要と並んで 資産取引に対応する貨幣需要を考慮する必要がある。」(p.91)と考えている。