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第五章 漢語系形容動詞の習得2:母語転移の可能性

5.8 誤用ごとの要因の分析

5.8.3 連体形の脱落現象

中国語を母語とする日本語学習者を対象とした語彙の習得調査に関わる誤用分析におい て、先行研究で最も多く指摘されたのは母語の干渉である(野呂 1994;張 2002;龚 2012 など)。本節では、漢語系形容動詞の習得における連体形の脱落現象を中心に、中国語から

の負の転移を確認していく。(この調査は中国と日本で 2 回行った。初回の調査は中国の西 安外国語大学で、第四章で述べた調査と同時に行ったものである。)

5.8.3.1 調査の手順と方法

張(2002)は中国語からの母語転移に関して、以下のように述べている。

留学生と話していて「あの背の高いの人は私のアメリカ友達です」のような言 い方を耳にすることがあります。この留学生は「背の高い人」と言いたいのを 形容詞と名詞の間に余計に「の」を一つ入れ、一方「アメリカ人の友達」と言 うべきところを「アメリカ友達」と言って「の」を抜かしてしまったのです。

このように「の」を使うべきところでそれを使わず、使ってはいけないところ

でそれを使ってしまうのは中国語の「的」の悪影響です。

張(2002:36)

この誤用例から分かるのは、中国語を母語とする日本語学習者は日本語の連体修飾句を 習得する過程で、母語「的」の干渉により、日本語の「の」をつけてはいけないところに

「の」をつけてしまったり、逆に、日本語の「の」が必要なところに「の」をつけなかっ たりということが見られるということである。つまり、「の」の誤用は過剰使用のみなら ず、脱落も同時に見られる可能性があるということである。

また、龚(2012:209)は初級から上級まで80人の中国語を母語とする日本語学習者を対 象に、連体形「の」の使用状況に関する文法性判断テストを行っている。その結果、学習 者が上級になっても連体形の脱落現象は残っていたと指摘し、中でも、「沖縄の音楽」を

「沖縄音楽」45にした誤用率が最も高かったと述べている。龚はその要因として、中国語 では「沖縄的音楽」より「沖縄音楽」の方がより自然であることを挙げ、結局、「の」の 脱落は母語の干渉により生じたとしている。

本研究でいう連体形の脱落とは、学習者が日本語の形容動詞の連体修飾句を習得する過 程で、母語の中国語の干渉で連体形「な」を脱落させる誤用を指す。この誤用を調査する

45 「琉球音楽」とふつうに言うが、「沖縄音楽」も日本語として不自然ではないと感じる日本語母語話 者もいる。

ため、第四章の表4.5で挙げた40個の調査対象となる形容動詞において、連体形「な」抜き 連体修飾表現を、中国語を母語とする日本語学習者の意味理解の度合を基準にして、3つの グループに分類した。この意味理解の度合は、中国語との語形上の対応の程度によって決 まる。連体形の脱落現象について本研究が調査対象とする表現は、表5.16のとおりである。

また、この調査は第四章における連体形「な」と「の」の文法性判断テストと同時に行わ れた。具体的には付録九を参照されたい。

[表 5.16:中国語母語話者の意味理解度による「な」抜き連体修飾表現の分類]

項 目 意味的に理解可能 意味的に推測可能 意味的に推測不可能

表 現

曖昧関係、平凡人生、

幸運女神、安全場所、

幸福人生、孤独生活、

重要地域、微妙関係、

重大過失、巨大影響、

対等関係、無礼態度、

単調生活、詳細内容、

不利立場、清潔服装、

公平裁判、不幸生活、

安泰国、広大土地、

健康身体、顕著業績、

巧妙方法、柔軟態度、

急激変化、危険事、

容易事

立派業績、大切書類、

粗末食事、好調出足、

厳重監視、深刻表情、

単純機械、本気人、

無事顔、無知人間、

呑気人、不便家、

強引方法 合 計 14 問 13 問 13 問

表 5.16 のうち、まず、中国語と語形上完全に一致している表現は「幸運女神」、「曖昧 関係」、「巨大影響」などである。これらは、日本語ではそのまま用いられることはないが、

中国語では基本的に四文字言葉として使用され、語形どおりの意味を表す表現のため十分 理解することが可能である。次に、「安泰国」、「健康身体」、「巧妙方法」などは、中国語と してはそのまま使えないが、「国家安泰」、「身体健康」、「健康的身体」、「巧妙的方法」のよ うに語順を倒置したり、類義語を置換したり、修飾語と被修飾語の間に助詞「的」を入れ たりすることによって、意味の推測が可能な表現である。さらに、「呑気人」、「大切書類」、

「粗末食事」などは中国語にはない表現で、意味の推測も難しいものである。

5.8.3.2 結果と考察

中国語母語話者、ネパール語母語話者、マレー語母語話者の日本語学習者を対象に、連 体形「な」の脱落に関する誤用を調査した結果、正答数の平均値と標準偏差は表 5.17 のよ うになった。

[表 5.17:連体形「な」の脱落に関する正答数の平均値]

(中①) (中②) (ネ) (マ) 条 件 平均 標準偏差 平均 標準偏差 平均 標準偏差 平均 標準偏差 意味的に理解可能 2.57 1.90 2.14 1.75 4.80 1.52 4.32 1.81 意味的に推測可能 4.10 1.66 4.59 1.43 3.23 1.29 4.76 1.46 意味的に推測不可能 5.09 1.45 5.26 1.26 4.14 1.31 4.02 1.65 (注:条件ごとに満点は 10 点である。中①=調査①の中国語母語話者;中②=調査②の中国語母語話者;

(ネ)=ネパール語母語話者;(マ)=マレー語母語話者)

表 5.17 によると、中国語母語話者(中①及び中②)の場合、彼らの意味理解の度合によ って分類した 3 つのグループにおいて、正答数の平均値の差が有意である(F (2,37)=8.033, p< .01;F (2,37)=7.594, p< .01)。一方、ネパール語母語話者とマレー語母語話者の 日本語学習者では、正答数の平均値の差が有意ではなかった(F (2,37)=1.829, n.s.)。条 件ごとに正答数の平均値の変化を観察すると、中国語にない表現の正答数の平均値が最も 高く、一方、中国語と語形が一致し、且つ意味も通じている表現の正答数の平均値は一番 低くなっている。この結果から、中国語を母語とする日本語学習者は形容動詞の連体修飾 句を習得する際、母語からの干渉を受けている可能性が高いと考えられる。

Tukey b での多重比較によると、表 5.17 における日本語学習者グループ間に有意差が検 出され、また、3 つの条件において、「意味的に理解可能な表現」と「意味的に推測不可能 な表現」の間に正答数の平均値の有意差が見られた。つまり、中国語と同形の表現である 場合、母語からの干渉が最も強くなり、連体形の脱落の誤用になる可能性が最も高くなる と考えられる。それに対して、意味的に推測不可能な表現の場合、母語からの干渉が最も 弱くなるため、連体形の脱落による誤用になる可能性も一番低くなると考えられる。この 結果は、中国語を母語とする日本語学習者に対して中国語と同形である形容動詞の連体修

飾句の指導する際には、連体形の接続と当該表現に対する意味理解の関連性を強調した方 がより効果的になることを示唆するものである。