第一章 形容動詞に関する研究の概観
1.4 通時的観点から見る形容動詞
上原(2003)は、形容動詞という品詞は古代日本語には数が極めて少ないと指摘している。
その理由について、上原は次の 2 つの点を挙げている。まず、「形容動詞は開いたクラス
13(open class)であり,実際現代語の形容動詞の大部分が漢語を含めた外来語・借用語であ る」。また、「大多数の形容動詞が和語,外来語に関わらず,もともと名詞であったこと,
よって現代語の形容動詞の用法は性状概念へと,もの概念から意味変化を果たしたもので ある」(上原 2003:69)という。
1.4.1 「だ」の成立から形容動詞の誕生へ
形容動詞は名詞と同じように、断定を表す助動詞「だ」を後接することができる。この 助動詞「だ」の成立過程は形容動詞の誕生と強い関わりを持っている。本節では、阪倉 (1966:378)、上原(2003:77-80)の研究を踏まえ、「だ」の成立過程と形容動詞誕生との関 わりを明らかにする。
現代語で用いられている「だ」は古代語の「なり」が変化してできたものであるが、そ
の古代語の助動詞「なり」は場所を表す助詞「に」と存在動詞「あり」の結合体である。
「 に あり」 → 「なり」 → 「だ」
場所を示す助詞 存在動詞 古代語 現代語
まず、「にあり」から「なり」の変化という助動詞の形式上の変化が起こり、その後意 味上の変化が引き起こされた。
「にあり」 → 「なり」(助動詞の形式変化 → 意味変化)
A. 「にあり」の接続:位置表現から状態表現へ 例 3:太郎、京にあり (位置表現)
Taro is in the capital.
13 「開いたクラス(open class)とは、新しい項目が絶えず加えられるために、メンバーが原則として限 定されていないものである。英語では、動詞、名詞、形容詞、(そしておそらくは副詞も)はすべて開 いたクラスである」。一方、「閉じたクラス(closed class)とは、メンバーが大体固定しているもので、
限定詞、前置詞、接続詞などがそうである」(ウェイリー2006:63)。
例 3 の「にあり」は最初は場所・位置を表す表現であった。しかし、徐々に抽象名詞の 後ろにも「に」の接続が可能になり、そのとき、「にあり」は位置表現以外に、例 2 のよう に、状態概念の表現機能を付加的に得た。つまり、「にあり」は場所名詞と抽象名詞両方に 接続することが可能になり、位置表現と状態表現を表している。
例 4:太郎、健康にあり(状態表現) Taro is in (good) health.
その後、場所表現に助詞「に」がそのまま残る。一方、状態表現は助詞「に」を除いた 残りの形式を担わされる。助詞をとることは名詞であることの証であるため、「に」の消滅 は名詞を示す唯一のマーカーを失ったことになる。
B.「に」の消滅
例 5:太郎、健康なり (名詞文:もの概念)
Taro is (good) health.
ところが、例 5 による「に」の消滅はただ形式上の変化だけであり、意味上の変化まで はしていないことが分かる。
最後に、残された「なり」が助動詞に形成されることによって、原初のもの概念から例 6 のような性状概念が生成された。
C. 「だ」の形成と助詞の取り込み
例 6:太郎、健康なり (形容動詞文:性状概念)
Taro is healthy.
つまり、「だ」の形成は、文法的機能が空間位置表現と状態表現の形式の同一性という メタファーによって引き起こされた結果であり、それをきっかけに、抽象名詞は形容動詞 へと意味上の変化を遂げたのである。
1.4.2 連体形「な」の形成
前節では、助動詞「だ」の形成が形容動詞の誕生となるきっかけであることを明らかに した。形容動詞と名詞の最も顕著な一つの違いは体言を修飾するとき、連体形「な」をと ることである。また、形容動詞は修飾語の場合、通常、「語幹+連体形+被修飾語」という 文型をとる(柳沢 1984,野呂 1994,田野村 2002,原田 2001,羅 2004)。
この連体形「な」も「だ」と同じように、文法上の変化を経て現代語になった。本節で は、上原(2003)の研究をもとに、「な」の形成過程を明確にする。すでに述べた助動詞「だ」
の形成と似ているが、連体形「な」の古代語は「なる」である。この「なる」は名詞や形 容動詞に接続できる。また、「なる」よりさらに古い表現は「にある」であり、最初は存在 表現として用いられた。
「にある」 → 「なる」 → 「な」
存在表現 古代語 現代語
上原(2003)によると、形容動詞の表現における助動詞「だ」及び連体形「な」は存在表 現と同一の形式を有する。それは「形容動詞が空間を根源領域とするメタファーによる拡 張によって成立したもの」(上原 2003:81)だからである。この現象は形容動詞が統語的に 名詞と著しく類似していることと深く関係していると考えられる。
1.4.3 語形上の変遷
村田(2001) は平安初期から中期の作品において、「~カナリ」と「~ゲナリ」で接続す る和語系形容動詞の出現率を調べた結果、「22 作品全体では、異なり語数は 1,089 語で、
その内ゲナリ型が 392 語で 36 パーセント、カナリ型が 152 語で 14 パーセント」(村田 2001:
19)であり、「~カナリの比率が高く、それ以降の作品では~ゲナリは語の種類は増加する ものの、使用率では~カナリを凌ぐには及ばず、依然として~カナリの方が優勢である」(村 田 2001:16)と述べている。また、「このような使用状況の差異が現れた背景」に関して、
「両形容動詞の歴史性の違いが大きく関わっている」と指摘している。つまり、~カナリ は「すでに前時代に存在する同じ語基をもつ~カニという形態の情態副詞にアリが後接し、
それが縮約を起こして成立した副詞分出型の語が元来のものであるのに対して、~ゲナリ は平安時代に入ってから新しく形成された新造語型の語彙であり、造語法におけるこうし
た歴史性の違いが両者の使用状況の差異として現象化したもの」(村田 2001:16)であるこ とを示している。また、村田(2005:248)は、「形容動詞(ナリ活用)の成立」は、形容動 詞が「形容詞本活用とは異なって活用が整備されており、形容動詞が中古に飛躍的な発達 を促す背景には、この点も重要な意味をもっていたに違いない」とも述べている。
1.4.4 品詞性の変遷
永澤(2011:147)は漢語「~な」型形容動詞 700 語の変化を対象に、国立国語研究所「太 陽コーパス」(近代語コーパス)を用いて調べた結果、近代期に「名詞性質を有する『-の』
型と『-なる』型が衰退し」、代わって「『-な』型の形容詞用法が伸張した」ことが明ら かになったことを示している。特に、1917-1925 年の間に「~な」型の増加率が飛躍的に 高まったことが分かった。また、「この 1917-1925 年という年代区間は『-さ』型の漢語名 詞用法の出現数が飛躍的に増加する時期と重なる」と述べている。この現象について、永 澤は、この時期、「漢語は原初的な無標の名詞として用いられる段階を脱し、多くが和語の 形容詞に特化した接辞『-な』や『-さ』のような品詞マーカーを具え、日本語への同化 をより進めたものと見ることができる」と指摘している。
本節では、形容動詞の誕生から、連体形「な」、形容動詞の語形及び品詞性を中心に、
形容動詞の歴史的変遷を考察した。助動詞「だ」の形成と強く関わりが見られたことから、
助動詞「だ」の成立が形容動詞誕生のきっかけになったということが言えよう。また、連 体形「な」の形成過程は「だ」の形成過程と類似し、両者とも空間を根源領域とするメタ ファーによる拡張によって成立したものである。さらに、形容動詞はもの概念から性状概 念への意味変化を通し、抽象名詞から変化してきたものである。この点については、品詞 性の変遷による永澤(2011)の研究から証拠を得られた。特に、1917-1925 という年間は、「漢 語は、品詞を明示する形式を伴わない原初的な名詞として日本語に取り込まれた段階を脱 し、形容動詞に特化した和語接辞『-な』といったマーカーを備えた」(永澤 2011:147) ということである。すなわち、この年間は抽象名詞から形容動詞への変化が最も盛んであ った時期であった14。但し、変化の程度は語彙ごとに差が残ったため、現代になると、大 量の形容動詞は名詞カテゴリーと明確な境界を持たず、辞書には「名・形動」のように載
14 永澤(2011)は、なぜ 1917-1925 という年間に、多くの抽象名詞が形容動詞へ変化したについては言及 していない。
せられている。つまり、形容動詞は従来古代日本語固有のものではなく、長い年月及び様々 な変化を経て、ようやく一品詞に至ったものであるが、名詞カテゴリーとの曖昧さから、
変化の不完全性も同時に現れたと思われる。
形容動詞は抽象名詞から変化したものであることが明らかになったが、形容動詞という 品詞は文法上、具体的にどのように活用できるかという疑問を解くため、次節では、非常 に重要な部分である「語幹」から、形容動詞の文法機能を考察する。