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第一章 形容動詞に関する研究の概観

1.7 形容動詞の特殊性

1.7.2 統語論の観点から見る形容動詞カテゴリー

前節では、形容動詞と形容詞の間に見られる意味的特徴の相違を考察した。本節では、

統語的観点から見た形容動詞と名詞の間に存在する統語的特徴の差異を探る。

村木(1998:44)は、品詞分類の際、優先されるのは統語的な機能であり、「苦痛」という 共通の意味をもつ「痛み」、「痛む」、「痛い」の 3 つの語彙を例にして、それぞれ「名詞、

動詞、形容詞という異なる品詞に属するもの」から、意味は品詞の分類には関連がないと 指摘している。

先行研究では、形容動詞は統語的に名詞との類似点が多いと指摘されている (寺村 1982,

原田 2001,上原 2003,森田 2008)。また、原田(2001:111)は、漢語系形容動詞の連体形

「~の」の用法は「名詞に由来するもの」とし、これは形容動詞が「積極的には属性を表 さない名詞的な語であったことに拠る」と指摘している。さらに、「安全、健康、迷惑」な どのような語彙は形容動詞性と名詞性の両方を備えていることから、形容動詞カテゴリー と名詞カテゴリーの間には連続性が見られるとも述べている。

以上の先行研究の指摘から、本節では、統語的な観点から形容動詞と名詞を比較するこ とを通し、形容動詞カテゴリーが示す統語的特徴を明確にしたい。

まず、形容動詞カテゴリーに特有の文法項目を確認しておく。表 1.10 を見られたい。

[表 1.10: 形容動詞カテゴリーに特有の文法用法とその特殊例]

(原田 2001:110-111 の内容をもとに筆者作成)

表 1.10 の「特殊例」が示すように、形容動詞カテゴリーに特有の文法用法は必ずしも すべての語彙メンバーには適用されない。

例えば、形容動詞が名詞化されるとき、多くの場合、その語尾には「さ」を加えられる が(Backhouse1984)、「安全」「幸運」などの語彙は語幹の独立性が強いため、「さ」がなく

文法用法 特殊例 主格やほかの格助詞が付かない 「ガ」格:不安がつきまとう・残る

「ヲ」格:不安を感じる・訴える・与える

「ニ」格:不安に襲われる

「カラ」格:不安から逃げられる

「~な」の形で連体修飾語をとる 無口な(の)少年;同様な(の)手口など

「~に」の形で連用修飾語になる 危険、貴重、迷惑、貧乏、静寂、広大など 語幹は連体修飾語を取らない 大きな不安・困難;ささやかな親切・平穏など 語幹に接尾語「さ」をつけて名詞となる 貧乏、大事、有害、可能、当然、大丈夫など

ても、独立で名詞として使われる。また、名詞を修飾する場合、「無口」「同様」などの語 彙は、連体形「な」のみならず「の」との共起もしばしば見られる。この現象について、

寺村(1982)は、一般に形容動詞はふつうの形容詞と同じように、接尾語「さ」をつけるこ とができるが、名詞はできないと述べている。一方、「無名さ」「有名さ」の判断にゆれが あるように、「名詞の中にも形容動詞寄りのものがあること、形容動詞の中にもより名詞に 近いものと、より形容詞に近いものがある」(寺村 1982:72)とも述べている。

つまり、形容動詞カテゴリーでは、それに属する語彙メンバーの典型性が弱くなるにつ れ、名詞に特有の文法現象も確認されることになるため、結果的に、名詞カテゴリーとの 境界が曖昧になるのである。このようなことが起こるのも、形容動詞が、ほかの品詞とは 異なり、同一の文法用法ですべての語彙メンバーをまとめること、換言すれば、それに固 有の統語的特徴で定義するのが難しいからであろう。

一方、村木(1998)、上原(2003)、加藤(2003)は、形容動詞と名詞を区別する 2 つの要因 に言及している。一つは、形容動詞と名詞が修飾語として機能する際の形式の違い、すな わち、その連体形における形容動詞がとる「な」と名詞がとる「の」の違いである。もう 一つは、形容動詞のほとんどはそのままでは格助詞をとることはできないが、名詞はその まま格助詞をとることができるという点である。つまり、名詞修飾における連体形「な」

と「の」の違い及び格助詞との共起の有無が形容動詞と名詞を区別する顕著な特徴という ことになる。

本節では、意味的及び統語的観点から形容動詞カテゴリーを考察した。形容動詞は物事 の属性や特徴を描写・修飾するという意味では、形容詞と類似しているが、形容詞の典型 的な 7 つの意味クラスに両品詞が占める割合からすると、形容動詞は形容詞と比べ、その 意味範囲が非常に限られていることが分かった。また、統語的には、語幹の独立性の強弱、

また、時制との結合性の有無という 2 つの基準から、形容動詞は名詞と同じく非活用詞カ テゴリーと見なされるが、名詞がその上位分類に属するのに対して、形容動詞はその下位 分類になることが明らかになった。さらに、形容動詞の文法用法は名詞とは異なっている が、そのメンバーを名詞のメンバーから明示的かつ統一的に区別することのできる統語的 特徴は存在せず、それらはただその典型性によって区別されるだけであることも見た。上 原(2003)が形容動詞カテゴリーをいわゆる典型性効果が示されるカテゴリーとしたのも、

まさに以上のような形容動詞の示す特徴によるのであろう。