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第五章 漢語系形容動詞の習得2:母語転移の可能性

5.5 母語転移説

5.5.2 母語転移反対派

日本語の連体修飾構造の習得過程における「の」の過剰使用の原因については、前節で みた母語転移説を支持する研究に反対するものもある。それら母語転移反対派が根拠とす るのは、「の」の過剰使用は中国語を母語とする日本語学習者のみならず、日本語母語話 者の幼児及び中国語以外の母語話者の日本語学習者にも観察されるという事実である。

これまでL1研究における「の」の過剰使用の要因としては、Clancy(1985)、横山(1990) の提示した格助詞仮説、永野(1959)の準体助詞仮説、Murasugi(1991)の補文標識仮説の3

つがある。

Clancy(1985:459-460)は、日本語母語話者の幼児が連体修飾構造を獲得する過程で生 じた「の」の過剰使用は名詞の連体修飾句から派生したとし、「『名詞の名詞』という構 造を習得した後、幼児たちは常に修飾語となる形容詞と名詞の相違への注意が多くなり、

連体修飾を同じ構造に統一するため、「の」の過剰使用が現れた」(筆者訳)と述べている。

横山(1990:8)は形容詞による連体修飾での連体形「の」の誤用は、名詞が名詞を修飾 する際に用いる連体形「の」の「過度の一般化の結果である」と指摘している。

つまり、Clancy(1985)と横山(1990)は、連体修飾構造における「の」の過剰使用は名詞 の連体修飾構造に用いられる連体形「の」を過剰一般化した結果であるとした点で一致し ている。

一方、永野(1959:395)は「赤いの花」という例を挙げ、「の」というような言い方は、

「幼児に一般的な言い方(誤用)と見られるが、これは、準体助詞の『の』が固定し、多用 されたあとで急に多く現れてくるところから見て、準体助詞の『の』からの発達と考えら れる」と指摘している。

さらに、Murasugi(1991)は日本語の連体修飾構造に見られる「高いの信念」(Murasugi 1991:69)のような「の」の過剰使用は、関係節に補文標識として用いられる「の」を過剰 一般化した結果であるとしている。

A. [[asoko de tabete orareru] no]44 wa Tanaka sensei desu.

B. [[soko kara detekita] no] wa John da.

Murasugi(1991:96)

以上の母語転移反対派の各説を修飾語「面白い」と被修飾語「本」を例にしてまとめると、

表5.6のようになる。

44 内側の括弧は具体的な動作や出来事を表す補文の命題を示す。一方、外側の括弧は名詞句のことを示 す。

[表5.6:連体修飾構造における「の」の過剰使用の要因に関する母語転移反対派の各仮説]

先行研究 仮説 「の」の過剰使用の分析

Clancy (1985)

横山(1990) 格助詞仮説 面白い+の+本 → 面白いの本 永野(1959) 準体助詞仮説 本、面白いの。 → 面白いの本 Murasugi(1991) 補文標識仮説 「面白い」+本 → 面白いの本

(迫田1999:329の内容をもとに筆者作成)

5.5.2.1 日本語 L1 幼児の誤用に関する研究

Clancy(1985)は、日本語の名詞修飾句の獲得について、1歳11ヶ月の日本語母語話者の幼 児1名を対象に、幼児の自発的発話を記録する方法で縦断研究を行い、その幼児に見られた 正用と誤用の例を表5.7のように示している。

[表5.7:日本人の幼児に観察された正用及び誤用例]

観察時の幼児の年齢 正用及び誤用例 類型

1歳11ヶ月

赤い ブーブー 形容詞の名詞修飾の正用

* ねいちゃん ブーブー 名詞の名詞修飾の誤用

2歳2ヶ月~2歳4ヶ月

大阪 の おじいちゃん 名詞の名詞修飾の正用

* 青い の ブーブー 形容詞の名詞修飾の誤用

* チッチャイ の ブーブー

(Clancy1985:458-459の内容をもとに筆者作成)

上の表5.7から、被験者の日本語母語話者の幼児が連体修飾句を獲得する過程で、形容詞の 名詞修飾語における助詞「の」の過剰使用が起こることが分かる。Clancy(1985:459)は日本 語母語話者の幼児が形容詞の名詞修飾句を習得する過程で、「の」の過剰使用が多く見られた と述べている。

一方、横山(1990:5)は日本語の助詞の獲得について、日本人の幼児2名を対象に、その 自発的発話を観察カードに記録する方法で縦断研究をした。その結果、27ヶ月間に得られ

た観察資料において、2人の間で「若干の違いはあったが、形容動詞、動詞、連体詞、指示 代名詞といった形容詞以外の語による連体修飾にも助詞『ノ』の誤用」が見られたという。

また、伊藤(1998)は日本語の連体修飾構造において幼児に生じた「の」の過剰使用につ いて、日本人の幼児1名に刺激絵を提示しながらその発話を記録したデータを基にした縦断 研究を行った。その結果によれば、「の」の過剰使用は形容詞及び形容動詞の名詞修飾句 だけに見られたという。同じく、伊藤(1999)は、日本人の幼児2名に刺激絵を提示しながら 録音した発話データに基づく縦断研究をしている。その結果によれば、対象児のいずれに も形容詞の名詞修飾構造における「の」の過剰使用が見られ、その誤用の出現時及び消失 時ははっきりしていたという。

しかし、この伊藤(1999)の調査研究に対して、2名の日本語母語の幼児を対象にした連体 修飾構造の習得を扱った高橋(2004:154)は、「の」の過剰使用は形容詞のみならず「様々 な品詞の修飾」において生じることを指摘した。また、高橋(2004)は、誤用の「出現の時 期に個人差はあるものの」、連体修飾構造の習得過程で日本語母語話者の幼児ほぼ全員に 同じような誤用が観察されたと述べている。

5.5.2.2 中国語以外を母語とする日本語 L2 学習者の誤用に関する研究

白畑(1993)は、4 歳 1 ヶ月で来日した韓国語母語話者である 1 名の幼児を対象にして、

日本滞在 3 ヶ月目から 13 ヶ月目までにおける日本語名詞句構造の発達過程を観察した。そ の結果、対象児から観察された「* AP+ノ+NP」(p.41)という「ノ」の誤用は、「名詞句 構造習得の普通的発達過程」 (p.48)であり、母語転移に拠るとは考えられないと結論づけ ている。

しかし、高橋(2004:157)は、この白畑(1993)の研究について、「転移に関しては不明な 点が多く、転移があるとすればそれはどこに影響するのか(過剰使用においてなのか、脱 落においてなのか)、負の転移なのか正の転移なのかなど疑問が多い」。「被調査者 1 名」や

「1 言語の事例から言語転移について言及するのは難しい」と指摘している。

一方、白畑(1994)は、日本語における連体修飾構造の獲得過程について、成人のタイ人 女性(1 名)とマレーシア人男性 1 名を対象に、発話誘導の録音データを分析する方法で、

18 ヶ月間にわたり縦断的観察を行った。その結果、タイ語母語話者とマレーシア語母語話 者にも「の」の過剰使用が見られたという。また、白畑は、この第二言語としての成人の

日本語学習者の連体修飾構造の習得過程を日本語母語話者の幼児及び第二言語日本語学習 者の幼児のそれと比較し、名詞の連体修飾構造における「の」の脱落及び形容詞・動詞の 連体修飾構造における「の」の過剰使用は成人の日本語学習者、日本語母語話者の幼児及 び第二言語日本語学習者の幼児のいずれにおいても観察されたが、第二言語としての日本 語成人学習者が名詞の連体修飾構造を習得する際の「の」の脱落の頻度は非常に低く、ま た、「の」の脱落と過剰使用が併用されていたと報告している。

さらに、白畑・久野(2005:48)は、幼児による日本語名詞句構造内での「の」の習得に ついて、中国語母語(1 名)、英語母語(2 名)の男子幼児の発話データの縦断的観察を行って いる。その結果、名詞句構造習得の発達過程は日本語母語話者の「幼児に見られる発達過 程と同一のもの」であるが、「適格構造と不適格構造との長期に渡る混在や、『ノ』を他の 助詞で代用される誤りなど、L2 特有と考えられる習得過程も見出された」と述べている。

また、「の」の過剰使用は、「英語を L1 とする学習者の『AP+NP』構造からも出現したこと から」、「の」の過剰使用を母語転移のみによって説明することは難しいことがさらに支持 できたと結論付けている。

以上の研究以外に、小山(2003)も、名詞修飾節の習得過程における「の」の過剰使用は 日本語母語話者の幼児や中国語以外の母語話者の日本語学習者にも誤用が見られることか ら母語転移以外の要因も無視できない、と述べている。

以上、日本語の連体修飾句を習得する過程で生じた誤用の要因については、調査対象や 調査方法によって様々な見解が提示されてきたのを見た。しかしながら、日本語と中国語 の連体修飾構造はその語順が同じであるばかりでなく、中国語の助詞「的」と日本語の連 体形「の」の間に機能的類似性もある。また、中国語を母語とする日本語学習者は上級レ ベルになっても他言語母語日本語学習者より誤用が多く残るという。このような点を考慮 するならば、中国語母語話者に見られる「の」の過剰使用は、「中国語に拠る母語転移の可 能性が否定できない」(毛 2011:64)と思われる。しかしその一方で、日本語母語話者の幼 児にも日本語学習者と同じ誤用が観察されたということを考えるならば、「誤用の要因は必 ずしも母語転移であるとも言い切れず、他の要因の可能性を含め、総合的に考察する必要 がある」と思われる(毛 2011:64)。