第一章 形容動詞に関する研究の概観
1.5 形容動詞の漢語語幹
1.5.2 形容動詞の語幹と名詞との異同
漢語系形容動詞の語幹と名詞の区別の問題は議論されることが多いが(桜井 1964)、その 異同については、今のところ国文法では、以下の様に指摘されている。
A. 形容動詞語幹には主格や他の格助詞がつかない。しかし、名詞にはつく。
B. 形容動詞語幹は〈~ナ〉の形で連体修飾語となる。しかし、名詞は〈~ノ〉
の形で連体修飾語となる。
C. 形容動詞語幹は〈~ニ〉の形で連用修飾語になる。しかし、名詞は連用修飾 語にならない。
D. 形容動詞語幹は連体修飾語をとらない。しかし、名詞はとる。
E. 形容動詞語幹は接尾語〈サ〉をつけて名詞となる。
F. 形容動詞語幹は連用修飾語の被修飾語となる。
(原田 2001:110-111)
また、「-さ」という接尾語が純粋な形容詞と形容動詞には添加されるが、名詞や動詞 には添加されないという指摘もある(影山 1993)。
A. 形容詞+さ: 美しさ、暑さ、醜さ、怖さ、広さ、力強さ、焦げ臭さ
B. 形容名詞+さ: 穏やかさ、活発さ、醜悪さ、巨大さ、利発さ、元気さ、丁寧さ C. 名詞+さ: * 名詞さ、* 巨人さ
D. 動詞+さ: * 食べさ、* 踊りさ、* 狂いさ
影山(1993:25)
張(1995)は、接尾語の「さ」、「み」、「め」、「げ」は、必ずしもすべての形容詞と形容動 詞の語幹に後接できるわけではなく、仮に、同じ形容詞や形容動詞の語幹に後接しても、
それぞれの接尾語が表している意味は異なると述べている。各接尾語の文法用法及び特徴 は表 1.4 のように示される。
[表 1.4:接尾語の文法用法及び特徴]
接尾語 形容詞 形容動詞 例 特徴 さ ◎ ○ 親切さ・明るさ
など
物事の状態、性質、程度、感情、感覚な どを表す
み ○ △ 高み・深み・弱み・
甘み・痛み・青み・
厚み・面白みなど
「高い・深い」などの形容詞に後接して、
場所・ところを表すことが可能である。
また、「~のような感じ・感情・味」のよ うに、物事の抽象的な属性を表す め △ × 長め・短め・小さ
め・濃いめ・派手 めなど
数量・程度に関わる語彙のみに後接でき、
物事の量・程度を表す
げ ○ × 苦しげ・楽しげ・
懐かしげ・悲しげ など
主に形容詞の語幹に後接して、当該語彙 を形容動詞に変更させる
(注:表 1.4 は張 1995 の内容をもとに筆者が作成したものである。◎:すべての語彙に後接可能;○:大 多数の語彙に後接可能;△:少数の語彙に後接可能;×:後接不可)
表 1.4 から、接尾語「め」と「げ」は、形容詞のみに後接できるが、「さ」と「み」は 形容詞のみならず、形容動詞の語幹にも後接できる。また、「み」に比べ、「さ」の方は大 多数の形容動詞の語幹に後接できることが分かる。
加藤(2003)は、「さ」という接尾語は、形容動詞が示す名詞らしさの「段階性と関連し ている」(加藤 2003:152)と述べ、形容動詞は原則として「さ」が後接可能であるが、す べての形容動詞に当てはまるものではないと指摘している。
例 15:
? 真っ赤さ
??? 高価さ
* 健康的さ
(加藤 2003:152)
すなわち、接尾語「さ」は名詞化15辞でもあり、その接続は段階性16と関連していると考 えられ、形容動詞では、語彙メンバーの名詞性が強くなるにつれ、「さ」が後接しにくくな ることが分かる。
以上の研究から、漢語系容動詞の語幹は形容詞の語幹より独立性が著しく強いと思われ る。但し、漢語系容動詞の語幹は中国語の漢語と語形が同じであるが、意味・用法が異な る場合、ズレが生じる可能性が高いと考えられる。
では、形容動詞が名詞を修飾するとき、後接する連体形は「な」のみなのであろうか。
その疑問を次の節で解明する。
15 「本来名詞でないものが名詞(のようなもの)に変わること」を「名詞化」という(上原 2010:24)。
例えば、「巧妙」対する「巧妙さ」、「独特」に対する「独特さ」などが挙げられている。
16 「連続的な評価軸が存在し、対義語間に中間段階が想定されるような性質のこと」を「段階性 (gradability)」という(加藤 2003:109)。