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第三章 プロトタイプ理論による形容動詞の再解釈

3.3 形容動詞カテゴリーが示す意味的特徴と統語的特徴の再解釈

3.3.2 形容動詞カテゴリーにおける統語的特徴の再解釈

「名・形動」と記載された抽象名詞は、形容動詞の意味的特徴のみならず、その統語的 特徴にも影響を与えている。したがって、本節では、「名・形動」と記載された抽象名詞と 形容動詞の名詞性を比較対照することを通し、形容動詞カテゴリーにおける統語的典型性 の変化を考察していく。

3.3.2.1 「名・形動」及び「形動」の語彙メンバーの名詞性判断の基準

統語上、名詞は「が」、「を」、「から」など様々な格助詞に前接できるが、形容動詞はそ れらの格助詞とは共起できない。また、名詞を修飾する場合、名詞と形容動詞はそれぞれ 連体形「の」と「な」をとるという違いがある(上原 2003)。つまり、格助詞及び連体形「の」

との共起の可否を判定することで、「名・形動」と記載された抽象名詞と「形動」の語彙メ ンバーの名詞性を区分できるということである。

しかし、この 2 つの名詞性判断の基準の有効性には違いがある。統語上、「名詞は、格 助詞を伴う点がその大きな特徴」(三枝 1996:97)であり、一方、形容動詞は体言としては 認められず格助詞の後接は起こらないため、「格助詞との共起32」という基準で形容動詞と 名詞の品詞性は明確に分けられる。したがって、この条件によって「形動」と「名・形動」

との品詞性を区別することも可能になる。

上原(2003)は、寺村(1982:67)の研究をもとに、「各形容動詞語彙によって、そして ある共起可能な格助詞の数、格助詞と共起するとしてもその使用に制限があるかないかが 異なるなど、傾斜が見られる」(上原 2003:56-57)と述べた上で、寺村(1982)と同じ立場 に立ち形容動詞と格助詞との共起の有無を調べ、その結果を表 3.2 のように示している。

32 「格助詞との共起」を基に形容動詞と名詞を判別する際の格助詞の候補としては、「に」、「が」、「から」

などいろいろあるが、「から」はいわゆる内在格の格助詞であるため、前接する語の意味がその共起の 可能性に影響してくる。それに対して、「が」「を」は構造格の格助詞であり、前接する語の意味が共起 の可能性に影響することはないため、本研究では、格助詞「を」と共起するか否かを名詞性の判断基準 として用いる。

[表 3.2:形容動詞語彙とその格助詞共起に見る名詞らしさ(上原 2003:58)] 形容動詞

語彙

格助詞

名詞らしさ が を から … … … … …

元気 ok ok ? … … … … … 親切 ok ? ok … … … … …

愉快 ? ? ? … … … … … 静か * * * … … … … …

… … … … … … … … … …

上原(2003:58)は、形容動詞ごとに共起できる格助詞の数は異なるが、「格助詞間の 名詞性を示す度合の差(例えば『が』と『に』とでは『が』のほうが名詞性を高く示すとす るなど)や、格助詞共起形式のどの程度の生産性を持って正用とするか(慣用句にしか使用 されないような場合もある)など、客観的な計算方法が存在しない」と指摘している。

一方、名詞を修飾する場合、形容動詞は連体形「な」をとる (静かな夜・大切なもの) が、具体名詞は連体形「の」をとる(いちごのケーキ・バラの香り)。しかし、抽象名詞の 特徴を帯びる「名・形動」には連体形「な・の」の併用が見られる(平和な(の)国、幸運な (の)女神)。すなわち、抽象名詞と形容動詞両方に連体形「な」の適用が認められるため、

この基準によっては形容動詞と名詞の品詞の区別は根本的には判別できないということに なる。

以上のことから、「格助詞との共起」という基準は形容動詞と抽象名詞を品詞的に判別 する必要十分条件であり、「連体形『の』との共起」という基準は形容動詞(「~な」)と抽 象名詞(「~な・の」)を区分する十分条件であると言える。したがって、本研究では、「格 助詞との共起」という条件を優先的に用いて語彙メンバーの名詞性を評価したい。

上述の「格助詞との共起」及び「連体形『の』との共起」という 2 つの基準に従い、形 容動詞カテゴリーにおける統語的特徴の典型性の変化を見ると、表 3.3 のように四段階に 分けられることが分かる。

[表 3.3:形容動詞の典型性による統語的特徴の段階分け(その 1)]

(注:「×」=指定条件と共起不可、「○」=共起可能;上原 2003 の内容をもとに筆者作成)

表 3.3 では、まず、「格助詞との共起」という基準で形容動詞と抽象名詞の品詞性が区 分されている。「一」段階、「二」段階に属する語彙は「形動」であるのに対して、「三」段 階、「四」段階に属する語彙は「名・形動」である。これに「連体形『の』との共起」とい う基準を加えると、「共起不可」と「可」が交替しながら現れている。これは、すなわち、

品詞性が同一でも、「連体形『の』との共起」には相違が見られるということを意味する。

また、連体形「の」と共起可能な語彙はそれとの共起が不可能な語彙より名詞性が強いた め、表 3.3 では「一」段階から「×」と「○」が交互に並ぶことになる。つまり、形容動 詞カテゴリーには連体形「な・の」が併用できる語彙メンバーがあり、抽象名詞カテゴリ ーには連体形「な」のみが適用される語彙メンバーがある。さらに、「一」段階、「四」段 階に属する語彙はそれぞれ形容動詞と名詞の典型的な統語的特徴を示すが、「二」段階、「三」

段階では、語彙メンバーの品詞性とそれが見せる統語的特徴に不一致が見られる。本研究 は、形容動詞と抽象名詞の境界が曖昧になるのは、それらが見せるこの品詞性と統語的特 徴の不一致に因ると考える。

一方、形容動詞カテゴリーに属する語彙メンバーが実際に示す統語的特徴は表 3.3 のよ うに大きく四段階に分けられるが、 この 4 つの段階のそれぞれは、その語彙メンバーの典 項目

段階

格助詞と の共起

連体形「の」

との共起 例 品詞分類

一 × ×

* 綺麗を、* 綺麗の部屋

* 活発を、* 活発の子供

形動

二 × ○

* 懸命を、懸命の(な)努力

* 急激を、急激の(な)変化

形動

三 ○ ×

健康を維持する、* 健康の人

安全を祈る、* 安全の隠れ家 名・形動

四 ○ ○

幸運を祈る、幸運の女神、幸運な

人;平和を願う、平和の(な)国 名・形動

型性効果によってさらに複数の段階に分けることが可能である。

先行研究では、形容動詞を統語的に判断する基準として、漢語語幹の独立性(桜井 1964,

飯豊 1973,原田 2001,加藤 2003,趙 1994,劉 1997,張 2011)、格助詞との共起(三枝 1996,

原田 2001,上原 2003)、連体形「の」との共起(松下 1975,奥津 1978,松崎 1977,沈 1983,

柳沢 1984,鈴木 1986,三枝 1996,田野村 2002,上原 2003,加藤 2001;2003,羅 2004;

2005,李 2010)及び接尾語「さ」との共起(桜井 1964,張 1995,加藤 2003)の 4 つが指摘さ れている。しかし、3.3.2.1 で述べたように、語彙の名詞性を判定する基準は必ずしも均 質ではなく、形容動詞と名詞を区分する際の有効性という観点から、一次的基準と二次的 基準に分けられる。前述したように、「格助詞との共起」という基準は、統語上、当該語彙 が形容動詞か名詞かを明確に判定できるため一次的基準となる。また、名詞を修飾する場 合、基本的に形容動詞は文法上「な」をとるのに対して、名詞は連体詞「の」をとる。し かし、形容動詞には「な」と「の」の併用が可能な語彙があるため、「連体形『の』との共 起」という基準のみによって、当該語彙が形容動詞なのか名詞なのかを判定することは難 しい。したがって、この「連体形『の』との共起」という基準は二次的基準ということに なる。さらに、形容動詞カテゴリーに属する語彙メンバーの名詞らしさは、接尾語「さ」

との共起の有無を基にさらに細かく分類することができるが、この接尾語「さ」との共起 という基準は当該語彙の品詞性の直接的判定基準にはならないため、いわば三次的基準と して利用される。以上の 3 つの基準をまとめると、表 3.4、3.5、3.6 になる。

[表 3.4:一次的基準による段階別分類の仕組み]

段階 名詞性

の度合 一次的基準:格助詞との共起 例

一 1 格助詞と共起不可 × * 綺麗を・ * 活発を

二 2 ○○語幹+格+V 対米対等を目指す;体調不良を訴える

3 N+の+語幹+格+V 国の安泰を願う・経済の好調を維持する 4 N+の+語幹+格+V

or 語幹+格+V

家族の無事を確かめる、無事を祈る;

自らの不幸を嘆く、不幸をもたらす 四 5 語幹+格+V 孤独を感じる・幸福を招く

[表 3.5:二次的基準による段階別分類の仕組み]

段階 名詞性

の度合 二次的基準:連体形「の」との共起 例 一

(1) 「の」と共起不可× * 立派の人・* 柔軟の対応 (2) ○○語幹+の+N 精力旺盛の人;被告有利の判決 二

(3) ○○語幹+の+N or 語幹+の+N

当事者対等の原則、対等の立場;

条件不利の地域、不利の状態 (4) 語幹+の+N 無数の星、懸命の努力

[表 3.6:三次的基準による段階別分類の仕組み]

段階 名詞性 の度合

三次的基準:名詞

化辞「さ」との共起 例 品詞分類

一 二

① ○ 大切さ・活発さ 「形動」

す べ て の 段階

② × * 妥当さ・* 主要さ

「名・形動」

③ ○ 素朴さ・便利さ

三 四

④ - 危険を伴う・孤独を感じる

(注:V=動詞;N=名詞)

表 3.4 は当該語彙が一次的基準を満たすかどうかを数字で、表 3.5 は当該語彙が二次的 基準を満たすかどうかを括弧つきの数字で、表 3.6 では当該語彙が三次的基準を満たすか どうかを○付きの数字で示している。なお、国立国語研究所「KOTONOHA コーパス」から抽 出された用例(付録十二参照)をもとに形容動詞の漢語語幹の独立性を調べた結果、上記の 3 つの基準はさらに細かく分類されることが分かった。以下、表 3.4 から表 3.6 について 説明する。

一次的基準及び二次的基準に従うならば、「形動」及び「名・形動」が示す統語的特徴 は、典型的な形容動詞(格助詞との共起不可及び連体形「の」との共起不可)のそれから徐々 に典型的な名詞のそれ (格助詞との共起可及び連体形「の」との共起可)へ変化していく過 程がうまく捉えられる。また、同表の中には「○○語幹」という記述があるが、これは、

当該漢語語幹はそれ独自では格助詞とも連体形「の」と共起できないが(??対等を目指す、

* 不良を訴える)、ほかの名詞あるいは動詞と一緒に複合語を形成した場合には、格助詞及 び連体形「の」のいずれとも共起が可能になることを表している(対米対等を目指す、体 調不良33を訴える)。しかし、このように、ほかの語彙と結合した際に見せる語幹の独立性 を基に、当該語彙が格助詞あるいは連体形「の」と共起可能と判断することはできないで あろう。また、「N+の+語幹」は、「経済の好調を維持する、国の安泰を祈願する」のよ うに、漢語語幹が連体詞「の」を介して名詞と組み合わされ、格助詞との共起が可能にな ることを示している。このような結合は前述の「○○語幹」における結合と比べ、語幹の 独立性がより強く、前に置かれた名詞にも制約が見られなかったので、この場合の当該語 彙は格助詞との共起が可能と判断することにした。

ここで強調したいのは三次的基準、接尾語「さ」との共起である。コーパスの漢語によ ると、すべての「形動」は名詞化されるとき、語尾に「さ」が付けられる(数字①で表記)。

一方、「名・形動」が名詞化されるときには、次の 3 つのパターンが見られる。「妥当、主 要」などの語彙は性状概念が強く、当初から名詞化という形式がないので、「×」で表記す る(数字②で表記)。また、「素朴、便利」などは語尾に「さ」を付加することによって名詞 化が可能になる(数字③で表記)。さらに、「危険、孤独」などでは漢語語幹の独立性が最も 強くなり、接尾語「さ」がなくても、そのまま抽象名詞として使えるので、それを「-」

で示している(数字④で表記)。品詞上の特徴を考えると、「形動」は「名・形動」より形容 動詞性が強いため、結局、接尾語「さ」との共起は①~④という順序で並ぶことになる。

また、一次的基準から三次的基準まで階層をなしているため、3 つの基準を統合した上 で表 3.7 でまとめた。

33 「体調不良」と「体調の不良」のように、「○○語幹」が「N+の+語幹」に置き換え可能な場合が

あるが、本研究では、KOTONOHA コーパスに収録された用例を基に、当該形容動詞の語幹の独立性を 判断した。例えば、「体調不良」と「体調の不良」では、「体調不良」の用例数が圧倒的に多かった。

また、「N不良」については、「接触不良」、「消化不良」、「動作不良」などの用例も数多くあっ たことから、「不良」という語幹の独立性は弱く、表 3.4、3.5 に「2」の「○○語幹」に当てはまる と考えられる。