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第七章 結 論

7.1 総合的考察

第一章では、形容動詞という品詞の由来、品詞分類における位置づけ、語形上の変遷や 他品詞との関連など、様々な角度から形容動詞の特徴を明らかにした。形容動詞の誕生は、

指定辞「だ」の形成に強く関係しており、助動詞「だ」の成立が形容動詞を生んだという ことができる。また、連体形「な」の形成過程は助動詞「だ」の形成過程と同じく、空間 概念に基づくメタファーによる拡張によって成立したものである。さらに、形容動詞は名 詞が示す「もの概念」から形容詞が示す「性状概念」への意味変化を通し、抽象名詞から 変化したものでもある。語形上の変遷や他品詞との関連という点については、品詞性の変 遷による証拠を得ている。但し、典型性変化の程度は語彙ごとに差があったため、多くの 形容動詞は名詞カテゴリーと明確な境界を持たず、辞書には「名・形動」と記載されるこ とになった。つまり、形容動詞という品詞は、そもそも日本語固有のものではなく、長い 年月及び様々な変化を経て、ようやく一品詞に至ったものであるが、名詞カテゴリーとの 曖昧さは依然として残り、独立した品詞としての完全性が十分に確立されていないという ことである。この現象は形容動詞カテゴリーに典型性が備わることの根本的な原因になる と考えられる。

続く第二章、第三章では、プロトタイプ理論の誕生、その特徴、言語学におけるその応 用、同理論の発展及びその問題点を指摘した上で、認知言語学におけるプロトタイプ理論 を補完するものとして動的文法理論を援用した。本研究がこの動的文法理論を援用したの は、形容動詞カテゴリーが示す意味的特徴と統語的特徴を十分解釈するには認知言語学の プロトタイプ理論だけでは不十分であったからで、本研究はプロトタイプ理論と動的文法 理論を統合することによりその問題点を解決することができた。以下、それを具体的に示 す。

意味的観点から見ると、形容動詞カテゴリーは、「性状概念」という典型性の変化に伴 い抽象名詞カテゴリーに拡張したということができる。この点からすると、「名・形動」は 形容動詞カテゴリーの非典型的な語彙メンバーということになる。また、形容動詞カテゴ リーの語彙メンバーの意味的特徴が同質ではなく、「性状概念」の表示に関して語彙ごとに それぞれ差が見られるのも以上の結果と考えることができる。

一方、統語的観点からは、「名・形動」が抽象名詞カテゴリーが示す文法的特徴の典型 性の変化とともに形容動詞カテゴリーに至った。このとき、典型的な形容動詞が示す統語 的特徴は非典型的な抽象名詞のそれと同一であったため、形容動詞は抽象名詞カテゴリー の非典型的な語彙メンバーになることができた。これは、形容動詞の通時的な変遷からも 分かるように、形容動詞の多くは抽象名詞から変化してきたことを意味する。形容動詞が 統語的に抽象名詞と類似する点が多いのはそのためである。

以上のことをまとめるならば、意味的観点からの典型性の変化では、形容動詞カテゴリ ーから抽象名詞カテゴリーへの拡張が、また、統語的観点からの典型性の変化では、抽象 名詞カテゴリーから形容動詞カテゴリーへの拡張が行われたということであり、形容動詞 カテゴリーと抽象名詞カテゴリーの拡張の方向は、その典型性の変化の観点の違いにより 逆になるということである。さらに、この正反対の典型性の拡張方向により、「名・形動」

は形容動詞カテゴリーが示す意味的特徴の非典型的メンバーから抽象名詞カテゴリーが示 す統語的特徴の典型的メンバーに逆転するが、形容動詞カテゴリー自体の典型性はこの

「名・形動」の典型性の逆転によってもたらされたと考えられる。

さらに、第四章から第六章では、中国語を母語とする日本語学習者における漢語系形容 動詞の習得についての調査・分析について述べた。

まず、日本語の漢語系形容動詞の習得については、その母語の如何を問わず、いずれの 学習者においても、形容動詞カテゴリーに属する語彙メンバーの典型性がその習得に影響

を及ぼすことが分かった。また、いずれの学習者においても連体形「な」の文法性判断テ ストの正答数の平均値が最も高いことから「な」の使用が基本ではあるが、形容動詞の語 彙メンバーは、その形容動詞性が弱化し名詞性が強くなるにつれ、名詞の用法の影響を受 けることになるため、学習者の習得は典型的な形容動詞から非典型的な形容動詞へ進んで いくと推測された。さらに、中国語を母語とする日本語学習者は、漢語系形容動詞を習得 する際に、中国語以外の言語を母語とする日本語学習者より強く母語転移の影響を受ける とも推測された。具体的には、「格助詞との共起」による品詞性の判断テストでは、日中同 形語で品詞性が一致している場合、中国語の正の転移で正答数の平均値が中国語以外の言 語を母語とする日本語学習者より高く見られたが、日中同形語で品詞性にズレが生じる場 合には、中国語の負の転移で正答数の平均値が低くなった。また、「連体形『の』との共起」

による文法性判断テストでも、中国語の「的」の干渉から連体形「な」の代わりに「の」

が使用されたことが確認された。以上のことから、中国語を母語とする日本語学習者は、

漢語系形容動詞を習得する際に強く母語である中国語の干渉を受けると推測される。

漢字系形容動詞の習得については、序章で設定した 6 つの課題に従い、第一章から第六 章で述べた本研究の分析結果を基に、以下のようにまとめられる。

課題① 形容動詞カテゴリーに典型性が備わる原因

本研究の第一の課題は、なぜ形容動詞カテゴリーに典型性が備わるのかという問いを解 明することであった。この研究課題は本研究を始めるきっかけであったと同時に、形容動 詞カテゴリーが形成されるメカニズムの解明を意味するものでもあった。第一章では、形 容動詞という品詞と名詞との特殊な関係に注目し、形容動詞の由来、漢語語幹の特徴、連 体形「な」の形成など、様々な角度で分析した。その結果、形容動詞という品詞は古代か らの日本語固有のものではなく、長い年月及び様々な変化を経て、抽象名詞から変化した ものであることが分かった。しかし、変化の程度は語彙ごとに差があるため、近代になっ ても、形容動詞カテゴリーは名詞カテゴリーと曖昧な境界を持っている。この現象は、形 容動詞カテゴリーに典型性が備わる根本的な原因になると考えられる。また、第二章と第 三章では、プロトタイプ理論に動的文法理論の観点を援用した上で、形容動詞カテゴリー の内部構造に焦点を当てた。分析の結果によると、形容動詞カテゴリーは名詞カテゴリー の下位分類である抽象名詞カテゴリーとの境界線が明確でないことを解明した。さらに、

形容動詞カテゴリーに典型性が備わるのは、辞書に「名・形動」と記載されている語彙の

存在に深く関係していることが分かった。

課題② 漢語系形容動詞の習得順序

本研究の第二の課題は、形容動詞カテゴリーに備わる典型性が語彙メンバーの習得順序 にどのように影響するのかを分析することであった。この研究課題が本研究の主な課題で あったため、第四章では、文法性判断テストを用いて、中国語、ネパール語、マレー語を 母語とする日本語学習者を対象に 2 回調査を実施し、形容動詞カテゴリーに備わる典型性 と語彙メンバーの習得順序の関係を明らかにした。その結果、学習者の母語に関わらず、

形容動詞の習得は、語彙メンバーの典型性の変化に影響されることが分かった。具体的に は、いずれの学習者においても連体形「な」の文法性判断テストの正答数の平均値が最も 高いことから、学習者は「な」の使用が基本であることを意識している。しかし、形容動 詞語彙メンバーの形容動詞性の弱化の推移によって、名詞性が強くなるにつれ、学習者は 名詞の統語的特徴の影響を受けることになる。それゆえ、形容動詞の習得は典型的なもの から非典型的なものへ進んでいくと推測された。この習得順序は従来のプロトタイプ理論 に示された習得順序と一致している。さらに、Tukey b を用いた多重比較の結果、「一、二」

段階>「二、三」段階>「三、四」段階という習得順序が捉えられた。この結果から、形 容動詞カテゴリーに属する語彙メンバーの典型性によって分けられた段階間は明確な境界 線を持たず、互いに曖昧で連続しているものであることが明らかになった。この特徴も第 二章で言及した従来のプロトタイプ理論で指摘されたプロトタイプカテゴリーの特徴と一 致している。これらの調査結果は、形容動詞カテゴリーに典型性が備わっていることを示 す新たな証拠である。

課題③ 漢語系形容動詞の習得状況

第三の研究課題「漢語系形容動詞の習得状況」について、本研究は第四章で、中国語を 母語とする日本語学習者を対象に、形容動詞と抽象名詞の連体修飾句に関する連体形の選 択テストを用いて調査した。

その結果、抽象名詞の連体修飾句について、中級学習者の「な」の選択における誤答数 の平均値は上級学習者の誤答数の平均より有意に高いが、学習者のレベルの上昇との関係 において、形容動詞の連体修飾句の習得は、名詞の連体修飾句の習得ほど進んでいないこ とが明らかになった。つまり、中国語を母語とする日本語学習者が形容動詞を習得する際