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第四章 漢語系形容動詞の習得1:習得順序の解明

4.2 形容動詞の習得順序に関する調査

4.2.1 予備調査

形容動詞の典型性に基づいた習得順序の考察においては、名詞との統語的特徴を明確に 区分できるかがポイントになると考えられる。先行研究(原田 2001,田野村 2002,上原 2003 など)で指摘されている「格助詞との共起の有無」及び「連体形『の』との共起の有無」と いう形容動詞と名詞の文法上の 2 つの顕著な相違を用いて文法性判断テストを作成した。

調査対象となる語彙の文法用法に関して、菊池(2002)は、形容動詞の品詞性認定及び連体 形「な」と「の」の選択について、日本語母語話者によるアンケート結果は辞書の認定ほ

どばらつきが多くないと指摘しているので、今回の調査は辞書を参照した上で、日本語母 語話者にアンケートをすることにした。また、調査の正誤判断の基準は日本語母語話者に おいて、回答が多数の方とした。

具体的には、『大辞泉』(1998)に記載されている格助詞との共起及び連体修飾句の用例 を参照した。そして、形容動詞語彙メンバーの典型性による段階分けの適切性を確かめる ため、2012 年 9 月 23 日に日本の九州大学で日本語母語話者 32 人を対象に予備調査をした。

テスト 1(「格助詞との共起」)とテスト 2(「連体形との共起」)において、表現ごとに 文法性を判断した上で、「適切」か「不適切」を選んだ人数を JavaScript-STAR35でt検定 にかけた。具体的な結果は表 4.1 と表 4.2 に示す。

表 4.1 にあるテスト 1 で用いた形容動詞は付録一に収録された二文字漢語系形容動詞の 内、旧日本語能力試験 (1~4 級)の範囲内で選んだ 44 語である。「安全、平和、健康」な どのように格助詞と共起できる語彙の場合、それらはすべて大辞泉(1998)による例文を参 照した。一方、「曖昧、大切、立派」などのように格助詞と共起できない語彙の場合、「~

に」という形容動詞の連用形を利用することで、後接する動詞を決めた。そして、「に」を 格助詞「を」に変えた誤った表現で判断させた。44 問のうち、「得意を伸ばす」という表 現だけは 1%水準で適切と不適切を選んだ人数の差が有意でないことが分かる。そのため、

この表現は調査対象から除外することにした。

また、表 4.2 に示したテスト 2 で用いた形容動詞はテスト 1 と同じく、『大辞泉』(1998) による連体修飾の用例を参照した。連体形「な」と「の」の選択について、1%水準で人数 の有意差がない連体修飾句は本調査では除外することにし、表 4.2 における「得意( )表 情、平和( )国」という 2 つの表現は、連体形「な」と「の」の選択人数に有意差がなか ったため、本調査では調査対象外にする。また、「無数」の連体修飾用法の場合、『大辞泉』

では「無数な(の)星」という「な」と「の」併用の例が挙げられているが、予備調査で は、ほとんどの日本人被験者は「無数の星」を選んでいる。このように、辞書による例文 と実際の文法活用に異なりが見られる語彙は今回の調査では使わないようにした。因みに、

「特有な(の)問題」、「緊急な(の)用事」などの表現は、連体形「な」と「の」の併用が可 能であるが、正誤判断の答えを 1 つだけにしぼるため、今回の語彙調査では使わないこと にした。

35 JavaScript-STAR は 1997 年に「ブラウザ版として公開された」統計ソフトであり、基本的なデーター 分析だけでなく、「アンケート集計やクロス集計などのユーティリティも多数用意」している(中野 2012:はじめの部分)。

[表 4.1:〈テスト 1〉格助詞との共起表現候補(人数)]

格助詞との共起 表現

適切 不適切 有意差 格 助 詞 と の 共 起 表現

適切 不適切 有意差

曖昧を変える 2 30 p< .01 無知を悟る 28 4 p< .01 無事を知らせる 23 9 p< .01 公平を期する 26 6 p< .01 好調を支える 31 1 p< .01 大切を扱う 3 29 p< .01 立派を変える 1 31 p< .01 重要を感じる 9 23 p< .01 対等を感じる 6 26 p< .01 単純を装う 6 26 p< .01 巧妙を楽しむ 9 23 p< .01 孤独を表す 24 8 p< .01 不便を解消する 21 11 p< .01 容易を見せる 4 28 p< .01 巨大を変える 8 24 p< .01 幸運を招く 31 1 p< .01 平凡を感じる 22 10 p< .01 深刻を感じる 6 26 p< .01 微妙を察する 12 20 p< .01 不幸を嘆く 27 5 p< .01 不利を被る 29 3 p< .01 清潔を保つ 29 3 p< .01 無礼を詫びる 24 8 p< .01 幸福を祈る 31 1 p< .01 単調を嫌う 6 26 p< .01 本気を出す 30 2 p< .01 安泰を祈る 28 4 p< .01 安全を保障する 31 1 p< .01 詳細を見る 25 7 p< .01 広大を好む 7 25 p< .01 柔軟を対応する 2 30 p< .01 危険を伴う 32 0 p< .01 健康を維持する 31 1 p< .01 呑気を暮らす 3 29 p< .01 強引を進める 3 29 p< .01 厳重をする 5 27 p< .01 重大を考える 5 27 p< .01 急激を変える 4 28 p< .01 顕著を変える 4 28 p< .01 平和を祈る 30 2 p< .01 粗末をする 7 25 p< .01 無数を数える 28 4 p< .01

得意を伸ばす 19 13 n.s.

(注:影部分の表現は調査対象外とする。)

[表 4.2:〈テスト 2〉連体形「な」と「の」の選択(人数)]

連体修飾句 な の 有意差 連体修飾句 な の 有意差 本気( )人 25 7 p < .01 柔軟( )態度 25 7 p < .01 巨大( )影響 29 3 p < .01 深刻( )表情 28 4 p < .01 微妙( )関係 24 8 p < .01 呑気( )人 27 5 p < .01 曖昧( )関係 26 6 p < .01 顕著( )業績 25 7 p < .01 無知( )人間 31 1 p < .01 不幸( )生活 26 6 p < .01 公平( )裁判 29 3 p < .01 容易( )事 27 5 p < .01 幸福( )人生 24 8 p < .01 詳細( )内容 29 3 p < .01 不便( )家 25 7 p < .01 危険( )事 24 8 p < .01 無事( )顔 29 3 p < .01 不利( )立場 27 5 p < .01 単調( )生活 28 4 p < .01 単純( )機械 23 9 p < .01 重大( )過失 29 3 p < .01 好調( )出足 29 3 p < .01 巧妙( )方法 25 7 p < .01 大切( )書類 32 0 p < .01 広大( )土地 26 6 p < .01 平和( )国 19 13 n.s.

得意( )表情 15 17 n.s. 強引( )方法 30 2 p < .01 幸運( )人 27 5 p < .01 安泰( )国 28 4 p < .01 対等( )関係 22 10 p < .01 立派( )業績 32 0 p < .01 平凡( )人生 25 7 p < .01 無数( )星 8 24 p < .01 重要( )地域 23 9 p < .01 無礼( )態度 25 7 p < .01 孤独( )生活 28 4 p < .01 安全( )場所 22 10 p < .01 健康( )体 27 5 p < .01 急激( )変化 30 2 p < .01 粗末( )食事 31 1 p < .01 清潔( )服 21 11 p < .01 厳重( )監視 28 4 p < .01

(注:影部分の表現は調査対象外とする。)

予備調査の結果、「得意、平和、無数」という 3 つの形容動詞は次の本調査に用いない こととした。