第五章 漢語系形容動詞の習得2:母語転移の可能性
5.2 日中同形語による誤用の可能性
5.2.2 誤用が生じる原因の分析
日本にとって最も深刻な緊急課題である。
(譚 2011:155 但し二行目( )の部分は筆者が訳したものである)
この例から、「深刻」という語彙は中国語ではプラスのニュアンスを持つ語であるが、日 本語ではマイナスの意味で多く用いられることが分かる(譚 2011)。
5) 語感の強弱
一部の同形語は中国語では、その語感は穏やかであるが、日本語で用いられると、そ の語感は強くなる(譚 2011)。
例 29:
有什么要求请告诉我们。
(何かご要望があったら、私たちに教えてください。)
何かご要望(×要求)がおありでしたら、どうぞおっしゃってください。
(譚 2011:155 但し二行目( )の中の内容は筆者が訳したものである)
譚(2011:155)は、「日本語の『要求』が表す語気は中国語の“要求”より甚だしく強く なっている」(筆者訳)と述べている。
る日本語学習者はしばしば「無意識の内に母語の漢字知識で日中同形語を理解、活用し、
中国語との微妙な差異が疎かになりがちである」(筆者訳)と指摘している。一方、大河内 (1997:184)によれば、このような誤用は、「中国から大量の留学生を受け入れていた明治 中期以降それが中国語として定着していった」からであると述べている。
つまり、これは、中国語を母語とする日本語学習者は中国語と同形の漢語系形容動詞を 習得する過程で、母語の干渉から対象語彙の品詞性を明確に区分できない可能性が高いと いうことである。
B. 意味領域の相違による誤用
譚(2011)は、日本語と中国語において、同じ語彙でも用いられる範囲がまったく異なる と述べている。
例 30:
a. 明朗
中国語: ~的性格、~的态度(態度)、~的教室、形勢(情勢)~、~的天空、
~的光线 (光線)、~的月光 日本語: ~な人柄、~な若者、~な家庭
譚(2011:154)は、「中国語における“明朗”という語彙は修飾語として用いられる範囲 が広く、『性格』、『態度』などの面だけではなく、『空』、『光線』、『月光』など非常に具体 的な内容まで修飾できる。一方、日本語では、この語は『人柄』などのより抽象的な内容 しか修飾できない」(筆者訳)と指摘されている。
b. 険悪
中国語: ~的形势(情勢)、~的峭壁(崖)、环境(環境)~、病情(病状)~
日本語: ~な雰囲気、~な関係、~な情勢
(譚 2011:154 ( )の中の内容は筆者が訳したものである)
また、「中国語の“険悪”という語彙は主に『情勢』、『病状』の悪化を表すときに用い られるが、『山』、『崖』などの自然環境を修飾することも可能である。それに対して、日本 語では、『険悪』は具体的な事物を修飾できず、抽象的な場合にしか使われない」(筆者訳)
と譚(2011:154)に指摘されている。
以上の分析から、譚(2011:154-155)は「日本語の漢字は抽象的な物事を表すことが多
いが、中国語の同形語はその範囲を超え、常に具体的な事物を表す」(筆者訳)と述べてい る。
豊田(1980)は、日本語の「形容動詞を外国人が学習する場合、造語力が活発」(p.85)で あるので、誤りが生じやすい。「特に中国人はこれらの言葉の大部分を語いとしては共通に もっているか、漢語から意味の類推できるものが多い。しかも、それらが日本語では中国 語と品詞が異なる場合がしばしばある。この場合は非常に誤りが生じやすい」(p.86)と指 摘している。
劉(2010:125)は、「日中両言語において同形語が多く存在することは中国語を母語とす る日本語学習者にとって、他言語を母語とする日本語学習者より日中同形語の習得に優位 に立っているが、これこそが誤用を犯しやすい原因であり、習得の難点になる」(筆者訳)
と述べている。また、最も典型的な誤用は日中同形異義語の運用の際に、日本語の意味を 理解せず、同形の中国語の意味をそのまま読み込んでしまうような場合であるとも述べて いる。
例 31:
a. 一人の老婆と一人の少女が一緒の家に住んでいました。
正訳: 一位老婆婆和一位少女居住在一起。
誤訳: 一个人的老婆和少女住在一起。(「妻」) b. 会社に行く途中、事故に遭って、怪我をした。
正訳: 上班的路上遇到事故受了点伤。
誤訳: 上班的路上遇到事故、原因怪我。(「私に責任がある」)
c. すみませんが、明日子どもを遊園地に連れて行く約束をしたんですが。
正訳: 抱歉、约好了明天带孩子去游乐园。
誤訳: 抱歉、明天被孩子约束必须去游乐园。(「制限する」)
(劉 2010:125)
劉(2010:125)は、「以上の例文の中の同形語は日本語と中国語で表す意味が著しく異な るため、語形からその意味を判断すると語彙の持つ元々の意味が曲解され、コミュニケー ションに影響を及ぼすことになる」(筆者訳)と指摘している。
一方、曲(1995:36-37)は、誤用は「日中同形語の意味が類似すればするほど生じやす くなる」(筆者訳)と指摘している。また、ほかの先行研究(豊田 1980,譚 2011,覃 2013
など)と同じく、「多くの中国語を母語とする日本語学習者は、母語の干渉から日中同形類 義語の品詞性を正しく区分できない」(筆者訳)と述べている。さらに、その誤用は、通 常、翻訳(書き言葉)と会話(話し言葉)のいずれにおいても見られ、「差別」と「習慣」
の 2 つの語彙がその典型例であると指摘している。
例 32:
A. 男女の差別をなくす。
B. すべての日本の国民は、法の下に平等であり、人種、信条、性別などのよっ て差別されることはない。
C. 欧米では、日本と違って、杜のままで部屋に入るのが習慣だ。
(曲 1995:37)
曲(1995:37)によると、「日本語の『差別』という語は名詞だけではなく、サ変動詞に もなれるが、中国語の“差別”は名詞にしかなれない」。それに対して、「中国語の“習慣”
という語彙は名詞以外に、動詞にもなれるが、日本語の『習慣』は名詞しか用いられない」
という。中国語を母語とする日本語学習者は母語の干渉で、「常に日本語の『習慣』とい う語彙を動詞にして用い、『~に習慣した』などのような文を作る」という。しかし、「学 習者が上級になるにつれ、母語の干渉で産出された誤用は徐々に減少していく」(筆者訳)
という。