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第二章 プロトタイプ理論の研究

2.2 プロトタイプ・カテゴリー論と古典的カテゴリー論

プロトタイプ・カテゴリー論と古典的カテゴリー論は、ともに「カテゴリー」という概 念に基づいて形成されたものである。本節では、プロトタイプ・カテゴリー論と古典的カ テゴリー論を対照し、プロトタイプ理論の特徴を明らかにする。

2.2.1 古典的カテゴリー論

坂原(2004)によれば、古典的カテゴリーは、メンバー全体の「共通属性」(坂原 2004:

91)に基づいて出来上がったカテゴリーである。坂原は、古典的カテゴリー論の特徴を以下 のように挙げている。

A. すべてのメンバー25に共通する属性がある。

B. カテゴリーには明確な境界がある。

C. 人間的要因を介在させず客観的に定義できる。

D. メンバーは同じ資格でカテゴリーに所属する。

25 カテゴリーに属する「メンバー」あるいは「成員」は同じものであるが、その呼び方はそれぞれの研 究によって異なり、統一されていないようである。本研究では語彙の典型性を中心に分析しているた め、多くの場合人間を指す「成員」より「メンバー」の方がより相応しいと考え、「メンバー」と呼 ぶことにする。

(坂原 2004:91-92)

また、高野(2002)は、古典的カテゴリーの観点から英語の“boy”、“gentleman”、“girl”、

“lady”という 4 種類のカテゴリーを次のように定義している。

<boy> = /+animate/ /+human/ /-adult/ /+male/

<gentleman> = /+animate/ /+human/ /+adult/ /+male/

<girl> = /+animate/ /+human/ /-adult/ /-male/

<lady> = /+animate/ /+human/ /+adult/ /-male/

(高野 2002:42)

以上から、まず、4 種類のカテゴリーはすべて[animate]、[human]、[age]、[sex]とい う 4 つの「必要十分条件」において定義されているため、カテゴリー間の境界は明確であ る。また、それぞれのカテゴリーに属するメンバー間の属性は共通している。さらに、す べてのカテゴリーには主観的な観点は含まれず客観的に分類されたものであることが分か る。

しかし、本研究は、このような特徴が備わっている古典的カテゴリーには次に示すよう な 3 つの大きな欠陥があると考える。まず、世の中に存在するカテゴリーに属するすべて のメンバーは必ずしも同一の属性を持っているわけではない。例えば、「飛べる」ことは「鳥 カテゴリー」をほかのカテゴリーから区別する大きな特徴の 1 つであるが、そのメンバー には「ニワトリ」、「ペンギン」、「ダチョウ」など飛べないものもいる。つまり、すべての 鳥類が飛べるとは言えないということである。しかし、古典的なカテゴリー論はそのよう な同じカテゴリーに属するメンバー間の差異には注目しない。また、カテゴリーの中には 必ずしも明確な境界を持たないものがあるにも関わらず、古典的カテゴリー論はカテゴリ ーの連続性や拡張の可能性を認めていない。後述するように、本研究の対象となる「形容 動詞」カテゴリーは、特に、「名詞」カテゴリーとの境界が曖昧であるが、古典的カテゴリ ー論の観点からはそのような現象は十分に説明できないと思われる。さらに、同一のカテ ゴリーに属するメンバー間には当該カテゴリーへの帰属度に差があり、中心的なメンバー と非中心的なメンバーが存在する。例えば、「鳥」というカテゴリーでは、「雀、燕、鶯」

などのメンバーは想起しやすく、典型的なものと言えるが、「ダチョウ、ペンギン、エミュ ー」などのメンバーは想起しにくく、非典型的なものである。しかし、古典的カテゴリー

rrr R 論では、このようなカテゴリーの内部構造は重視されないのである。

2.2.2 プロトタイプ・カテゴリー論

「あるカテゴリーの典型的なメンバー、あるいは典型的なメンバーが満たす条件・特性 の集合」を「プロトタイプ」という。また、「プロトタイプに基づき形成されたカテゴリー をプロトタイプ・カテゴリー」(籾山 2010:19)という。

柴谷(1985:10)は湯呑とコーヒーマグの形の比較を例として、プロトタイプの特徴を説 明している。2 種類の器における最も顕著な判別条件は、「把手」及び「蓋」の有無である ことが分かる。しかし、「最近日本でも出回り始めた、中国製の器」は「蓋のある点は湯呑 的であるし、把手のある点はコーヒーマグ的である」。そのため、その器が湯呑とコーヒー マグどちらに分類されるかについて、形状での判断にゆれが見られたと述べている。

プロトタイプ・カテゴリー論については、具体的に以下のような特徴が示されている。

A. さまざまなレベルの成員からなる。

B. 単一の属性でくくることはできない。

C. その成員の中には典型的な例と典型からはずれる例がある。

D. 典型例と非典型例は連続的である。

(有田 1999:80-81)

また、田中(1987)は、上述のプロトタイプ・カテゴリー論の特徴を以下の図 2.1 のよう に示している。

A R B r R r r r アカ R

r r R r r

辞書的 プロトタイプ的

〔 図 2.1:プロトタイプ・カテゴリー論の特徴(田中 1987:33,35)〕

図 2.1 は、単語の意味について、辞書的アプローチとプロトタイプアプローチの 2 種類 を示したものである。田中(1987)によると、2 つのアプローチには決定的な違いがあり、「B ではプロトタイプ『R』からほかの『r』が発生していると考えるのに対し、A ではメンバ ー間の関係は示されない」(田中 1987:35)と述べている。また、プロトタイプ理論ではメ ンバー間の典型性と連続性が強調されることも指摘している。

さらに、坂原 (2004)は、カテゴリーに属する典型的なメンバーが持つ特徴を以下のよ うに示している。

A. カテゴリーに属すかどうかの判断に要する時間が短い B. カテゴリーの例として思いつきやすい

C. 学習が早い

(坂原 2004:96)

つまり、プロトタイプ理論はカテゴリーの内部構造を認め、カテゴリーに属するメンバ ー間の多様性や連続性に注目し、それぞれのメンバーにおける当該カテゴリーへの帰属度 を基準として、典型的なものと非典型的なものをグループ化した上で、段階的に見ていく 理論であることが分かる。

2.2.3 プロトタイプ・カテゴリー論と古典的カテゴリー論の相違

前節で述べたように、プロトタイプ理論では、カテゴリー間には曖昧な境界が存在する ことを認め、連続性のあるものであると主張している。李(2010:61)は「食べ物」という カテゴリーを例として、「動物や植物など、隣接するカテゴリーとの間で、成員の帰属度や カテゴリーとしての境界」は明確ではないことを指摘した。その詳細は図 2.2 の通りであ る。

動物 食べ物 植物

ネコ イヌ カエル 馬 豚 鳥 卵 キムチ鍋 ジャガイモ 松 バラ [図 2.2:動物、食べ物、植物のカテゴリー(李 2010:61)]

李(2010)によると、図 2.2 の「実線と破線はカテゴリーへの帰属度の相違を示す。実線 は所属カテゴリーへの帰属度が明確なもの」であり、「破線は帰属度が曖昧なもの」(p.61) である。「食べ物」のカテゴリーにおける典型的なメンバーは「豚」や「卵」である一方、

「馬、カエル、イヌ、松」のようなメンバーを食べ物と捉えるか否かは「個人の経験や個 人がおかれた文化圏によって異なる」(p.62)と述べている。

また、李(2010)は、カテゴリー間の境界が明確に分けられるか否かがプロトタイプ・カ テゴリー論と古典的カテゴリー論の最も大きな違いであることを指摘した上で、図 2.3 で その相違を示している。

A B (a) (b)

[図 2.3:プロトタイプ・カテゴリー論と古典的カテゴリー論の相違(李 2010:62)]

図 2.3 はプロトタイプ・カテゴリー論と古典的カテゴリー論の相違を示したものである。

白黒で明確に分けられる(b)の古典的カテゴリー論に対して、(a)のプロトタイプ・カテゴ リー論は白と黒の間に複数の曖昧な境界が存在し、白から黒へ段階的に変化していくプロ セスが表されている。つまり、「白か黒かの二者択一」(李 2010:62)である古典的カテゴ リー論は、カテゴリー間に曖昧な境界の存在を認めないのに対して、カテゴリーの内部構 造に注目するプロトタイプ・カテゴリー論は、カテゴリー間の連続性及び曖昧な境界の存 在を認めるのである(李 2010)。