第四章 漢語系形容動詞の習得1:習得順序の解明
4.3 結果と考察
4.2.2.5 分析方法
以上の方法で実施した調査の結果は一元配置分散分析により統計処理をした。格助詞と の共起、連体形「な」と「の」の文法性判断テストにおいて、形容動詞の典型性を基準に、
一段階から四段階まで学習者の正答数の平均値から、形容動詞の習得順序を分析する。
数については、形容動詞の典型性による段階分けという要因がF (3,108)=9.769、使用テ ストの種類という要因がF (2,108)=28.863 となり、それぞれ 0.1%水準で有意であった。
つまり、形容動詞の典型性変化と使用テストの種類によって、正答数の平均値には有意な 差が生じた。しかし、形容動詞の典型性による段階分けと使用テスト種類との交互作用は F (6,108)=0.680 で有意ではなかった。正答数の平均値の詳細は以下の表 4.9 で示す。
表 4.9 から、形容動詞カテゴリーでは、格助詞との共起、連体形「な」と「の」の正答 数の平均値はいずれも語彙メンバーの典型性が弱くなるにつれ、段階的に低くなる傾向が 捉えられる。その典型性変化の詳細は図 4.2 のようになる。
[図 4.2:各テストにおける正答数の平均値]
[表 4.9:形容動詞の典型性変化による正答数の平均値及び標準偏差]
格助詞との共起 連体形「な」の適性 連体形「の」との共起 典型性の段階分け 平均値 標準偏差 平均値 標準偏差 平均値 標準偏差 一段階
二段階
6.22 4.94
0.959 1.242
7.05 6.62
0.389 5.56 1.083 0.713 5.05 0.956 三段階
四段階
4.53 3.99
1.860 1.686
6.46 6.09
1.030 4.72 1.281 0.428 4.11 0.969 (注:各段階の満点は 10 点である。)
図 4.2 は中国語を母語とする日本語学習者を対象に、形容動詞の典型性の段階分けをも とに、3 つのテストで得られた正答数の平均値である。すべての正答数の平均値は「一」
段階から「四」段階へ徐々に低くなる傾向が見られた。それゆえ、形容動詞カテゴリーに 属する語彙メンバーの典型性は語彙の習得に影響を与える可能性が高いと思われる。すな わち、典型的な語彙が最初に習得され、語彙の典型性が弱化するのにしたがって習得も遅 くなり、非典型的な語彙メンバーが最後に習得されるという順序が考えられる。
また、3 つのテストにおいて、連体形「な」の文法性判断テストの正答数の平均値が最 も高く、標準偏差も一番低いことから、学習者が形容動詞の連体修飾句を習得するとき、
連体形「な」の使用が意識されていることがうかがえる。しかし、格助詞及び連体形「の」
との共起は典型的な名詞の統語的特徴であり、この 2 つのテストの正答数の平均値は両方 とも低くなっていることから、学習者は形容動詞の習得時に名詞の統語的特徴の影響を受 けていることは否定できないと考えられる。
調査②:
中国母語話者、ネパール語母語話者とマレー語母語話者の日本語学習者を対象に、漢語 系形容動詞の習得順序を調査①と同じく、格助詞との共起、連体形「な」と「の」の文法 性判断テストという 3 つのテストを用いて調べた(付録七、八、九参照)。各テストにおけ る正答数の平均値及び標準偏差を表 4.10、表 4.11、表 4.12 にまとめる。
[表 4.10:格助詞との共起判断による正答数の平均値及び標準偏差]
中国語話者 ネパール語話者 マレー語話者 典型性の段階分け 平均値 標準偏差 平均値 標準偏差 平均値 標準偏差 一段階
二段階
5.98 4.83
0.701 1.293
5.69 5.42
0.463 5.54 0.488 0.756 5.39 0.732 三段階
四段階
4.56 3.98
0.944 1.079
5.13 4.81
0.835 5.21 0.690 0.820 4.95 0.900 (注:各段階の満点は 10 点である)
表 4.10 から、格助詞との共起判断テストでは、ネパール語母語話者とマレー語母語話 者の正答数の平均値の差は小さく、「一」段階に示されている正答数の平均値以外に、両方 とも中国語母語話者の正答数の平均値より高く、標準偏差は小さいことが分かる。また、
形容動詞の典型性による段階ごとの正答数の平均値の変化傾向を図 4.3 に示す。
[図 4.3:格助詞との共起判断による正答数の平均値の段階的変化]
図 4.3 によると、形容動詞の典型性による段階分けで、母語に関わらず、「一」段階か ら「四」段階へ正答数の平均値は全体的に徐々に低くなる傾向があることが分かるが、母 語に関わらず「二」段階と「三」段階の正答数の平均値に有意差は見られなかった(F(1,4)
=1.604, n.s.)。また、中国語母語話者による正答数の平均値はネパール語・マレー語母 語話者の正答数の平均値に比べ、「一」段階の正答数の平均値は有意に高いが(F(2,23)=
4.809, p< .05)、「二」・「三」・「四」段階の正答数の平均値は後者より有意に低かった(「二」
段階:F(2,23)=5.419, p< .05;「三」段階:F(2,23)=3.810, p< .05;「四」段階:F(2,23)
=5.908, p< .01)。その原因を 4.1.5 で解明する。
表 4.11 は中国語、ネパール語、マレー語母語話者を対象にした、連体形「な」の接続 による正答数の平均値及び標準偏差を示すものである。このテストはほかのテストに比べ、
母語を問わず、すべての段階で標準偏差が小さく、正答数の平均値が高く見られた。形容 動詞の典型性による段階ごとの正答数の平均値の変化傾向を図 4.4 に示す。
[図 4.4:連体形「な」の接続による正答数の平均値の段階的変化]
図 4.4 から、中国語母語話者による正答数の平均値がこのテストでは他言語母語話者と [表 4.11:連体形「な」の接続による正答数の平均値及び標準偏差]
中国語話者 ネパール語話者 マレー語話者 典型性の段階分け 平均値 標準偏差 平均値 標準偏差 平均値 標準偏差 一段階
二段階
6.76 6.43
0.401 0.815
6.61 6.53
0.496 6.82 0.284 0.529 6.64 0.673 三段階
四段階
6.32 5.93
0.909 0.962
6.41 6.07
0.772 6.49 0.532 0.837 6.13 0.951 (注:各段階の満点は 10 点である)
ともに高くなっていて、有意差が見られなかった(F(2,23)=0.817,n.s.)。全体的に、形容 動詞の典型性による段階分けで生じた、「一」段階から「四」段階までのすべての正答数の 平均値は徐々に低くなるが、その変化は極めて緩やかである。
[図 4.5:連体形「の」との共起による正答数の平均値の段階的変化]
[表 4.12:連体形「の」との共起による正答数の平均値及び標準偏差]
中国語話者 ネパール語話者 マレー語話者 典型性の段階分け 平均値 標準偏差 平均値 標準偏差 平均値 標準偏差 一段階
二段階
5.61 5.17
1.862 0.647
6.09 5.72
0.707 5.97 0.869 0.641 5.63 0.488 三段階
四段階
5.05 4.43
1.206 0.982
5.64 5.03
0.756 5.58 0.714 0.835 4.92 0.816 (注:各段階の満点は 10 点である)
表 4.12 は中国語、ネパール語、マレー語母語話者を対象にした、連体形「の」との共起に よる正答数の平均値と標準偏差をまとめたものである。このテストでは、中国語母語話者に よる正答数の平均値は「格助詞との共起判断テスト」の結果と同じく、他言語母語話者の正 答数の平均値より低く、標準偏差が高く見られた。これらの結果から、形容動詞の典型性に よる段階ごとの正答数の平均値の変化傾向を示すと図 4.5 になる。
図 4.5 の正答数の平均値の変化傾向は図 4.3 と類似しており、中国語母語話者による正 答数の平均値は他言語母語話者の正答数の平均値より有意に低い(「一」段階:F(2,23)=
3.988,p< .05;「二」段階:F(2,23)=7.526,p< .05;「三」段階: F(2,23)=4.077,p< .05;
「四」段階:F(2,23)=6.181,p< .05)。その原因は 5.7.1 で解明する。
また、形容動詞の典型性による段階分けで、「一」段階から「四」段階まですべて学習 者の正答数の平均値が段階的に低くなる傾向があるが、母語に関わらず、「二」段階と「三」
段階の正答数の平均値に有意差は見られなかった(F(1,4)=0.108,n.s.)。
上述の調査結果から、3 つのテストで得られた正答数の平均値には差が見られ、また、
形容動詞語彙メンバーの典型性によって分けた 4 つの段階においても、正答数の平均値に 差があることが分かった。しかし、正答数の平均値の有意差がどの部分に現れたのかを確 かめる必要があるため、次節では、調査結果に関わる多重比較を行うことにする。
4.3.1 テストごとの正答数の平均値の多重比較
本節では、調査②の被験者の人数が少ないことを考慮し、調査①における中国語を母語 とする日本語学習者(76 名)を対象に行った格助詞との共起、連体形「な」と「の」の文法 性判断テストという 3 つのテストにおいて、テストごとに得られた正答平均値の有意差が どの部分に現れたのかを確かめるため、Tukey b36を用いて多重比較を行った。その結果、
連体形「な」と連体形「の」・格助詞の文法性判断テストの正答数の平均値には有意差があ り、正答数の平均値は連体形「な」>連体形「の」・格助詞という結果になった。具体的に は表 4.13 に示す。
36 「Tukeyの方法は群間で全ての対比較を同時に検定するための多重比較法である」。この方法には、「HSD 検定(Tukey's honestly signi¯cant di®erence test)とWSD検定(Tukey's wholly signi¯cant di ® erence test)がある。HSD検定はTukeyのa法とかTukeyのq検定とも呼ばれ、WSD検定はTukeyのb法とも 呼ばれる。一般にTukeyの方法というときにはHSD 検定の方を指し、ここではHSD検定をTukeyの方法と する」。Tukeyの方法では、母集団の正規分布及び比較対象となる全ての群の母分散の相等という2つの 前提条件が満たされる必要がある」(対馬2001:4)。
[表 4.13:テストごとに正答数の平均値の多重比較]
テスト 「な」 「の」 「格」
「な」 ― 16.93* 16.33*
「の」 -16.93* - ― 格 -16.33* - ― (注:「*」=5%水準で有意;「-」=有意差なし)
第三章で述べたように、連体形「な」の使用は形容動詞の典型的な用法であり、一方、
連体形「の」及び格助詞の使用は名詞の典型的な用法である。表 4.13 によると、母語を問 わず、すべての学習者が形容動詞を習得する際、語彙メンバーの典型性変化が語彙の習得 に影響を与えたと考えられる。また、格助詞との共起、連体形「な」と「の」の文法性判 断テストにおいて、格助詞との共起及び連体形「の」との共起の文法性判断テスト(典型的 な名詞が示す統語的特徴に関わるテスト)の正答数の平均値は、連体形「な」の文法性判断 テスト(典型的な形容動詞が示す統語的特徴に関わるテスト)の正答数の平均値より低く見 られたことから、すべての学習者は漢語系形容動詞を習得する際、名詞の文法用法に影響 を受けている可能性が否定できないと思われる。それゆえ、典型的な形容動詞の習得が定 着してから、非典型的なものが習得されるという習得順序も推測できると考えられる。
以上の分析によると、中国語を母語とする日本語学習者は形容動詞を習得する過程で、
他言語母語話者と同じく、連体形「な」の使用が基本であることを意識してはいるが、形 容動詞語彙メンバーの典型性弱化の推移によって、名詞の統語的特徴(格助詞及び連体形
「の」との共起)からの影響を受けるおそれがあると考えられる。すなわち、形容動詞語彙 メンバーの名詞性が強くなるにつれ、学習者は名詞の統語的特徴からの影響を強く受ける ため、誤用されやすい傾向があると考えられる。その結果、形容動詞の習得は典型的なメ ンバーから非典型的なメンバーへという順序を踏むことが推測できる。
4.3.2 形容動詞の典型性による正答数の平均値の多重比較
形容動詞の典型性変化について、前節と同じように、調査①で中国語を母語とする日本 語学習者(76 名)を対象に行った格助詞との共起と「の」の文法性判断テストという 2 つの