第 4 章 仮説「存在場所『に』と範囲限定『で』の混同による『に』→『で』の誤用」の
4.3 韓国語母語話者を対象とした調査
4.3.4 調査の結果と考察
調査は、2013年9月に実施した。調査票を配布する前に調査に関する注意書きが書 かれた用紙を配布した。調査に関する注意書きは日本語で書かれたものと韓国語で書か
142
れたものを準備し、日本語学習者の日本語レベルに応じて配布した。調査に関する注意 書きは付録につける。調査票の記入時間は特に設けなかったが、中国語を母語とする日 本語学習者と殆ど同じであり、日本語学習者は数名を除き、10~15 分の間に調査票の 記入を終えた。3通りの調査票の合計得点には差が見られなかったので、すべての回答 を分析対象として用いた。比較のためには、4.2のJFL環境における中国語を母語とす る日本語学習者のデータを用いる。表4-16に日本語学習者全体の「単純存在ニ」、「動 作デ」、「範囲デ」、「条件付存在ニ」のそれぞれの正答率を示す。
表 4-16. 韓国語を母語とする日本語学習者の「単純存在ニ」「動作デ」「範囲デ」「条 件付存在ニ」の正答率
単純存在ニ 動作デ 範囲デ 条件付存在ニ
正答率 81.48% 81.30% 75.08% 67.78%
n=90.
表4-17は4.2.3で表4-5として示したものをここで再び表4-17として示したもので ある。表4-17に中国語を母語とする日本語学習者の「単純存在ニ」、「動作デ」、「範囲 デ」、「条件付存在ニ」のそれぞれの正答率を示す。
表 4-17(=表 4-5). 中国語を母語とする日本語学習者の「単純存在ニ」「動作デ」「範 囲デ」「条件付存在ニ」の正答率
単純存在ニ 動作デ 範囲デ 条件付存在ニ
正答率 68.5% 89.5% 79.6% 61.0%
n=179.
「中位レベル」は、中国語を母語とする日本語学習者より設定したもので、日本語能 力試験のN1にまだ合格しておらず、合計得点が26点以上37点以下であるという日本 語レベルであった。したがって、韓国語を母語とする日本語学習者も「中位レベル」を 対象として分析した。ところが、韓国語を母語とする「中位レベル」の日本語学習者に は、「範囲デ」正答率と「条件付存在ニ→デ誤答率」との間に有意な相関関係が見られ なかった。このことは、日本語と類似した格助詞の体系を持つ韓国語を母語とする日本 語学習者が、「に」、「で」の区別に対応する文法形式を持たない中国語を母語とする日 本語学習者に比べると、助詞使用における混乱が少ない(蓮池2004)ことが関係している と考えられた。
そこで、韓国語を母語とする日本語学習者の日本語レベルを平均値と標準偏差より2
143
つに分け、分析することにした。すなわち、調査票の合計得点の22 点以上 32 点以下 のレベル(平均値32.22-標準偏差9.90=22.32)および、合計得点の32点以上42点以下 のレベル(平均値32.22+標準偏差9.90=42.12)を分析の対象とした。すると、韓国語を 母語とする日本語学習者には合計得点が 32 点以上42 点以下のレベルに、中国語を母 語とする日本語学習者と同様の結果が見られた。結果は後で示すが、「中位レベル」の 中でも高い日本語レベルに「範囲デ」正答率と「条件付存在ニ→デ誤答率」との間に有 意な関係が見られたということである。
合計得点が 32 点以上 42 点以下のレベルの韓国語を母語とする日本語学習者の「条 件付存在ニ→デ誤答率」を目的変数に、「動作デ」正答率と「範囲デ」正答率を説明変 数にした回帰分析の結果は強制投入法ではp値が0.05であったため、本節ではステッ プワイズ法24によるp値の値である0.048 を表示する。表4-18 にステップワイズ法に よる回帰分析の結果を示す。
表 4-18. 韓国語話者で合計得点が 32 点以上 42 点以下の目的変数「条件付存在ニ→デ 誤答率」と説明変数「動作デ」「範囲デ」正答率の重回帰分析の結果
決定係数 説明変数 β p
R2=.120 (ステップ1) 範囲デ 0.346 0.048*
n=33. 注: * p<.05. ** p<.01.
・除外された変数:「動作デ」
「条件付存在ニ→デ誤答率」を目的変数にした回帰式の係数は、「範囲デ」正答率が 0.346で、p値は0.048であり、5 %の有意水準で有意である(5.3.2に示した回帰式(ⅰ))。
24 統計処理の結果は、変数間の関係が5%の有意水準で有意であれば「p<.05.」と表記され る。日本語教育の学会誌でも「p<.05.」と表記されるが、p値の値が0.05を下回る数値の 場合である。日本語教育の学会誌では、p値の値が0.05の場合に「p<.05.」と表記すると、
変数間の関係が有意であることが受け入れられないおそれがある。4.2の回帰分析の結果と は強制投入法によるものである。spssによる回帰分析の強制投入法とステップワイズ法は 以下の点が異なる。重回帰分析は例えば「条件付存在ニ→デ誤答率」を目的変数に「範囲 デ」と「動作デ」を説明変数にした場合、「条件付存在ニ→デ誤答率」と「範囲デ」と「動 作デ」との組み合わせを変化させ重回帰分析が繰り返される(米川・山﨑2010)。強制投入 法では、「範囲デ」と「動作デ」が強制的に取り入れられ、「条件付存在ニ→デ誤答率」と 関係がある説明変数が「範囲デ」と「動作デ」から選択される(米川・山﨑2010)。分析の 結果は、目的変数と有意な関係にある説明変数も有意な関係にない説明変数もすべて表内 に表示される。ステップワイズ法では、「範囲デ」と「動作デ」が含まれた重回帰モデルか ら出発し、「範囲デ」の「動作デ」どちらかの変数が順次減少され重回帰分析が繰り返され る(米川・山﨑2010)。分析の結果は、目的変数と有意な関係にある説明変数が表内に表示 され、有意な関係にない説明変数は表4-18のように「除外された変数」として表外に表示 される。
144
すなわち、「条件付存在ニ→デ誤答率」と「範囲デ」正答率との間に正の相関が見られ る(「一般的な関係と逆の関係」)。これは、「範囲デ」正答率が上がると、「条件付存在 ニ」の「に」を誤って「で」とした誤答率が上がるということを意味している。つまり、
「範囲デ」を正しく用いるようになると、「条件付存在ニ」の文に「で」を選ぶ誤用も 増加するということである。一方、「動作デ」正答率にかかる係数は有意ではなかった。
このことは、「動作デ」の正答率が上がっても、「条件付存在ニ」の誤答率には影響が見 られないことを意味している。
目的変数に「存在ニ→デ誤答率」、説明変数に「範囲デ」正答率および「動作デ」正 答率とした回帰分析の結果については、何ら関係は見られなかった(4.3.2に示した回帰 式(ⅱ))。
このことから、合計得点が 32 点以上 42 点未満の韓国語を母語とする日本語学習者 に見られた、条件付存在文における「に」→「で」の誤用は、動作場所「で」との混同 ではなく、範囲限定「で」との混同による誤用による可能性が考えられた。
「中位レベル」とは4.2.3で中国語を母語とする日本語学習者の調査結果の合計得点 の平均と標準偏差から設定した日本語レベルであった。つまり「中位レベル」とは日本 語能力試験のN1に合格しておらず、調査票の合計得点が26点以上37点以下というレ ベルである。しかし、条件付存在文の存在場所を表す「に」と範囲限定を表す「で」の 混同による誤用が、韓国語を母語とする日本語学習者には合計得点が32 点以上 42 点 以下に見られたのに対し、中国語を母語とする日本語学習者には合計得点が26点以上 37 点以下に見られたのも奇妙である。なぜなら、上記の混同による誤用が、中国語を 母語とする日本語学習者の方が韓国語を母語とする日本語学習者よりも先に見られな くなるということを意味するからである。韓国語を母語とする日本語学習者は日本語と 類似した格助詞の体系を持つため、「に」、「で」の区別に対応する文法形式を持たない 中国語を母語とする日本語学習者に比べると、助詞の使用における混乱が少ない(蓮池
2004)はずである。中国語を母語とする日本語学習者も調査票の合計得点が 38 点以上
のレベルであっても、上記の混同が見られる可能性も考えられる。そうだとすれば、「中 位レベル」とは日本語能力試験のN1に合格しておらず、調査票の合計得点が26 点以 上のレベルであると修正した方が良いことも考えられる。
そこで、中国語を母語とする日本語学習者の合計得点が38点以上のデータを加えて 分析してみることにした。表4-19は、中国語を母語とする日本語学習者の「中位レベ ル」に合計得点が38点以上のレベルを加えた回帰分析の結果を示したものである。つ まり、日本語能力試験のN1に合格しておらず、調査票の合計得点が 26点以上の「中 位レベル」の中国語を母語とする日本語学習者の回帰分析の結果である。
145
表 4-19. 中国語話者で合計得点が 26 点以上の目的変数「条件付存在ニ→デ誤答率」
と説明変数「動作デ」「範囲デ」正答率の重回帰分析の結果
JFL
決定係数 説明変数 β p
R2=.086 動作デ -0.009 0.923
範囲デ 0.292 0.001**
n=124. 注: * p<.05. ** p<.01.
回帰分析の結果、4.3.2に示した回帰式(ⅰ)は、「範囲デ」正答率にかかる係数が正に 有意([一般的な関係と逆の関係] )であり、「動作デ」正答率にかかる係数が有意とならな かったこと、回帰式(ⅱ)は、「範囲デ」正答率にかかる係数も、「動作デ」正答率にかか る係数も、有意とならなかったことが分かる。
調査票の問題文数は、韓国語を母語とする日本語学習者に用いられたものは合計 48 問で、中国語を母語とする日本語学習者に用いられたものは合計42問であった。問題 文数は異なるが、韓国語を母語とする日本語学習者は42点を獲得した者であっても、
上記の混同による誤用が見られ、43点以上満点の48点を獲得したレベルには上記混同 による誤用が見られなかった。それに対し、中国語を母語とする日本語学習者は満点の 42点を獲得した者はいなかった。そのため、中国語を母語とする日本語学習者が42点 を獲得することができるか否かについては不明である。
以上の事実をあわせて考慮すると「条件付存在ニ」において、「で」と誤る現象は、
「範囲デ」との混同によることが考えられる。朴(1997)によると、「彼は家にいる」の ような「に」が「e」に対応し、「太郎が図書館で勉強する」のような「で」が「eso」 であり、場所を表す「に」「で」に当たる韓国語の「e」「eso」の使い分けは日本語と並 行的である。また、範囲限定を表す「この店がソウルで一番有名な食堂だ」の「で」は
「eso」に対応する。ところが、場所を表す「で」以外の「電車で行く」のような手段・
方法・道具を表す「で」、「紙で作る」のような材料・原料を表す「で」、「風邪で休む」
のような原因・理由を表す「で」、「外国人で横綱に昇進した曙は・・」のような身分・
資格を表す「で」、「裸足で走って優勝した」のような様態を表す「で」、「5時で閉店で す」のような数量的限定・基準を表す「で」は、「から」にも対応している「uro/ro」 に対応するという(朴1997)。特に数量的限定・基準を表す「で」は「uro/ro」に対応に 対応するだけでなく、「一個 100 ウォンで売る」や「三時間で走る」の「で」は「e」 に対応している(朴1997)。また、「uro/ro」は、「魚を捕りに海へ行こうか」の「へ」の ような方向を表す「へ」、「このバスは鐘路を通って行く」のような経路を表す「を」に も対応している(朴1997)。
すなわち、場所を表す「に」と「で」以外の「に」と「で」の用法に対応する韓国語