第 3 章 研究課題
3.1 研究課題と仮説
3.1.3 移動先「に」と動作場所「で」の混同による「で」→「に」の誤用が現れる発
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が辿る習得の道筋のことで、学習者の母語からの転移が習得の途上に出現することも分か っているが、学習者の母語や学習の方法などが異なっていても、同じ言語を学習する学習 者間に共通した発達段階が存在することも分かっているからである(Ellis,1985,Towell &
Hawkins, 1994,白畑・若林・村野2010)。
特に仮説検証項目Ⅲについては、〇で見た日本語学習者の誤用例から分かるように、
中国語話者に現れた「*クラスで2人韓国人がいる」の「に」→「で」の誤用と同様の 誤用が中国語話者以外の学習者にも現れている。「*ほかの韓国人の中でいた」は韓国語 話者に現れた「に」→「で」誤用である。「ほかの韓国人の中」は場所を表す名詞では ないが、人の集合を表す名詞句に「に」→「で」が誤用されていることから、韓国語話 者にも「*クラスで2人韓国人がいる」の「に」→「で」の誤用が現れる可能性もある ことが考えられる。
3.1.3 移動先「に」と動作場所「で」の混同による「で」→「に」の誤用が現
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の習得に関する研究について触れておく。2.2.3 で述べたが、久保田(1994)は、英語を 母語とする日本語学習者2人の作文や発話を観察した結果、「横浜へ(に)買い物に行く」
の文型では「へ(に)」を用いるべきところに「で」を用いる誤用が見られるものの、「カ ナダへ(に)帰った」の文型では、「へ(に)」→「で」の誤用が見られなかったこと、「*食 堂にうどんを食べた」の「で」→「に」のように存在場所を表す「に」と動作場所を表 す「で」との混同による誤用が見られたことを報告している。久保田(1994)では、穴埋 めテストの結果、「横浜に買い物へ行く」のような「に」が誤用とされているのは、「に」
が移動先を表すものとして用いられたのではなく、「に」が存在場所を表すものとして 用いられたからであることが確認されている。
また、久保田(1994)によれば、「映画を見に渋谷へ行く」の「へ」は正しく選択され ていることから、「行く」と「場所」(「渋谷」)が近い場合には「へ」を正しく選択で きるが、「行く」と「場所」の間に「見に」のような移動を示さない動詞が置かれるこ とが「で」の誤選択となった可能性があることや、「I’ll go shopping at Ginza」のよう な「at」を「で」に置き換える英語の干渉の可能性があると解釈されている。八木(1996) も、タイ語やマレー語などの母語の異なる初級レベルの日本語学習者17人の作文を分 析した結果、「明日北海道に行く」や「田中さんにハンカチをあげた」のような「に」
の正用率は高かったが、存在場所を表す「に」と動作場所を表す「で」との間の誤選択 が「で」と「に」の正答率を低くしていたと報告している。
次に、日本語能力が中級レベルの日本語学習者を対象とした研究の中で、本研究に関 連の深いものをあげる。鈴木(1978)は、東アジア出身の日本語学習者が書いた作文を分 析した結果、「*部屋でテレビを置いたので、狭くなった」、「*9 時に中河原駅で集まっ た」のような「に」→「で」の誤用について、前者の誤用は、動詞の動作性に引かれた ためであり、後者の誤用は、移動を表す動詞だが、普通の動詞と見られたためであろう と考察している。迫田(2001)は、中国語を母語とする日本語学習者20人など計60人に 対して、「に、で、を、と」からの格助詞選択穴埋め式テストの調査を実施した結果、
「中、前」などの位置を示す名詞+「に」、「建物、地名」などを表わす名詞+「で」と いうユニットを形成して用いるストラテジーを多用することが学習者の「に」、「で」の 誤用を産み出している可能性があると述べている。
蓮池(2004)も中国語を母語とする日本語学習者 30 人など計 120 人に対して、「に、
で、を、と」からの格助詞選択穴埋め式テストの調査を実施した。その結果、中国語を 母語とする日本語学習者が「*鈴木さんのうち( )パーティーがある」の( )に「に」を誤 用するのは「ある」という動詞と「に」を結び付けることにより引き起こされた「に」
の過剰使用による可能性があると指摘している。このような「に」の過剰使用は「ある」
の他にも「入る」や「着く」などの特定の動詞と結びつけられていたという。蓮池(2004) は「過剰一般化」を「過剰使用」の一種であるととらえ、学習者が特定の助詞を他の助 詞より多用する現象を総称する用語として「過剰使用」を用いている。
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また、同じく格助詞の選択穴埋めテスト分析を行った蓮池(2012)は、「~で本を読む」
のようにその対象に対し「を格」を取る動詞文 (以下、「他動詞文」)では動作の場所を 表す「で」の正答率が81.3%であったのに対し、「~で遊ぶ」のように「を格」を取ら ない自動詞文(以下、「自動詞文」)のける動作の場所を表す「で」の正答率は 68.8%と 低かったことから、日本語学習者は動詞が対象物をもつかどうか、あるいは対象を示す
「を」が文中に存在するかどうかを手がかりにして動作の場所を表す「で」を選択する 可能性があると指摘している。すなわち、「で」を正答とする他動詞文において正しく
「で」を選ぶ頻度と自動詞文における同頻度とを比較すると、前者が後者より多いと報 告されている。初・玉岡・早川(2013)においても、迫田(2001)の示した「位置+に」の ユニット形成のストラテジー、動詞の難易度、動詞の自他が場所を表す「に」と「で」
の選択に関わっていることが述べられている。
以上の先行研究をまとめると、初級レベルの日本語学習者は、「明日北海道に行く」
や「田中さんにハンカチをあげた」のような「に」を正しく用いることができるが、文 型によっては、「へ/に」を用いるべきところに誤って「で」や「に」を用いてしまうこ と、存在場所を表す「に」と動作場所を表す「で」との間には、混同が見られることが 分かる。特に、「横浜に買い物に行く」の例では「に」が移動先を表す「に」ではなく 存在場所を示す「に」と混同されたという久保田(1994)の指摘は看過できない。なぜな らば、この指摘は移動動詞文においても存在場所を表す「に」と動作場所を表す「で」
との混同が起こる可能性を示唆するものだからである。
一方、中級レベルの学習者においては、動詞の動作性の大小が「に」→「で」の誤用 に関与すること、「位置を表す名詞+に」や「建物、地名などの名詞+で」のユニット 形成ストラテジーの多用が「に」→「で」の誤用に関与すること、「ある」、「入る」、「着 く」など特定の動詞と「に」との共起の頻出が「に」→「で」の誤用に影響するといっ たことが指摘されている。また、自動詞文では他動詞文よりも「で」正答率が低くなる ことから、「で」→「に」誤用の頻度が上昇することが推測される。このように「で」→
「に」の誤用についてはこれまで異なるレベルの学習者を対象とした様々な研究が行われ、
この誤用の実態について多くの有益なデータが提示されてきた。しかしながら、「で」→「に」
という誤用が生じる原因、とりわけ、中級レベルの学習者におけるその原因および「で」「に」
という格助詞の習得段階との関係を論じたものは見当たらない。
ところで、(5)「あの喫茶店にコーヒーを飲もう」といったタイプの「に」の誤用の 原因は何であろうか。鈴木(1978)の指摘するように、学習者が動詞の動作性に注目して
「に」と「で」の選択を行うのであれば、動作性を持つ動詞「飲む」が出現した(5)で は正しく「で」が選択されるはずである。また、迫田(2001)が言うように、学習者の「建 物、地名+で」というユニット形成が「に」と「で」の選択に影響を与えているのだと すれば、「喫茶店」という「建物」を示す名詞が出現した(5)では正しく「で」が選択さ れるはずである。しかし、実際には鈴木(1978)、迫田(2001)の予想とは反して、学習者
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は「で」ではなく「に」を選択するという過ちを起こしている。このことは、「で」→
「に」の誤用の背景には鈴木(1978)、迫田(2001)が指摘したものとは異なる要因が関与 していることを示唆する。それでは、鈴木(1978)、迫田(2001)とは異なる観点からの研 究はこの誤用を説明できるだろうか。蓮池(2004)は「ある」「入る」「着く」といった特 定の動詞が「に」の過剰使用を引き起こすと指摘していたが、(5)の「飲む」は特別「に」
と結び付く動詞とはいえない。また蓮池(2012)は、学習者は当該動詞が「を格」を取る ことを手がかりにして「で」を選択すると指摘していたが、(5)では「コーヒーを飲む」
のように「を格」が出現しているにも関わらず、「で」が選択されていない。つまり、
これまで先行研究が提示してきた説明では(5)の誤用はうまく解釈されないということ である。
以上の考察から、本研究は、(5)の「で」→「に」の誤用は従来先行研究が提示して きたのとは異なる原因、すなわち、(5)の誤用は動作場所を示す「で」と移動先を示す
「に」の混同によって引き起こされたと考えるに至った。
日本語能力が中級レベルの学習者は、動詞の動作性に引かれ、「に」を用いるべき箇 所に「で」を誤用する(鈴木1978)。そのような学習者が、移動先を表す「に」を用いる ことができるようになるためには、移動先を表す「に」が動作場所を表す「で」とは異 なるということを認識している必要がある。すなわち、移動動詞と共に用いられた「に」
は「移動の到着点」を示すこと(國廣1980)、つまり、「移動先」という概念の認識がポ イントとなる。
先述したように、「移動の到着点」を表す「に」については、初級レベルの学習者で も「明日北海道に行く」や「田中さんにハンカチをあげた」といった文はある程度正し く用いることができるという報告がある(久保田1994、八木1996等)。したがって、中 級レベルの学習者は「に」と「移動先」という概念の関連付けをある程度獲得している と思われる。そのように考えるならば、(5)「あの喫茶店にコーヒーを飲もう」の誤用 は動作場所を示す「で」と「移動先」を示す「に」との誤用と考えることは不可能では ない。というのも、「あの喫茶店」の「あの」は指示対象である場所「喫茶店」が話し 手の現在いる場所から離れた位置にあることを示す指示詞であることから、学習者は当 該文を「コーヒーを飲む」ために「あの喫茶店」へ「行く」という移動を含意したもの と解釈した結果、その意味上の「移動先」となる「喫茶店」に「に」を付加してしまっ たと考えることができるからである。
しかし、上述のように考えるならば、例えば、「あの喫茶店」ではなく「この喫茶店」
のように動作の場所が移動を伴わない場合はどうなるかが問題になるであろう。実際、
(5)の場所部分のみが異なる「*この喫茶店にコーヒーを飲もう」は、「この喫茶店」の
「この」が話し手の存在場所を示す指示詞であることから、「あの喫茶店」における「あ の」と比べれば、移動は想定しにくい。つまり、「*この喫茶店にコーヒーを飲もう」に おける「に」の誤用は(5)「*あの喫茶店にコーヒーを飲もう」における「に」の誤用と
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は異なるものと考えることができるのである。それでは、「*この喫茶店にコーヒーを飲 もう」における「に」はどのような用法の「に」なのだろうか。本研究は、「*この喫茶 店にコーヒーを飲もう」における「に」は存在場所を示す「に」と移動先を示す「に」
の両方の解釈が可能だと考える。存在場所を示す「に」の解釈は前述のように「この」
という指示詞が話し手の存在場所を示すことに因るもので、一方、移動先を示す「に」
の解釈は、当該の場所が話し手の眼前にはあるものの、話し手自身はまだその場所の中 にはいないというやや特殊な状況下での解釈である。
以上をまとめるならば、本研究は、中国語を母語とする中級レベルの日本語学習者に 見られる(5)「*あの喫茶店にコーヒーを飲もう」における「で」→「に」の誤用は、こ れまで先行研究が指摘してきたような存在場所を表す「に」との混同ではなく、「あの 喫茶店」が示す場所が「移動先」と解釈された結果生じたものと考えるということであ る。これが第二の課題である。第二の課題を以下に示す。
研究課題2.
中級レベルには移動先「に」と動作場所「で」との混同により「で」→「に」の誤用が 現れる発達段階があるか。
この第2の研究課題を明らかにするために以下に示す仮説とその仮説検証項目Ⅰと
Ⅱを立てる。それぞれの項目を検証した結果が第2の研究課題の回答となる。以下、仮 説とその検証すべき項目を示す。
仮説:「*あの喫茶店にコーヒーを飲む」の「で」→「に」の誤用は、移動先を表す
「に」と動作場所を表す「で」との混同によるものである。
仮説検証項目Ⅰ:「*あの喫茶店にコーヒーを飲む」の「で」→「に」の誤用は、
中級レベルの日本語学習者にとって場所への移動があると判断された場合に、意味 的に場所への移動が含意される「ル形」の文において動作場所を表す「で」を、移 動先を表す「に」と混同したことによるのであって、存在場所を表す「に」と混同 したことによるのではない。
「*あの喫茶店にコーヒーを飲む」は移動を表す動詞を伴わない文であるが、意味的 には場所への移動が含意される文である。では、移動を表す動詞を伴う文の場合には日 本語学習者は動詞が表す移動性と「に」をどの程度結びつけるだろうか。
以下の(6)~(10)は、中級レベルの日本語学習者の「に」と「で」の使用例である。(7)
は、鈴木(1978)で「*9 時に中河原駅で集まりました」が誤用とされていたため本節で
も誤用の印「*」をつけているが、「集まった」という動作行為を表すために「で」が用