第 2 章 先行研究概観
2.2 日本語教育における場所を表す「に」の習得に関する研究
2.2.2 日本語能力が初級レベルの学習者を対象とした習得に関する研究
2.2.2.3 場所を表す「に」習得上に現れる誤用を分析している研究
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より誤用が多いということである。この点は、森山(2008a、2008b)の習得順と逆であ る。また、八木(1996)のグループ2 に関しては、「田中さんは一人で神戸に行った」の ような「主体の数量限定」を表す「で」がサンプル数が少ないもののすべて正しく用い られたということである。これは森山(2008a、2008b)の「様態」に当たる。
格助詞「を」は「対格」、「場所」、「状況・時」の順に習得が進むということである(森
山2008)。八木(1996)では両グループ共に「今朝、コーヒーを飲んだ」のような対象を
表すものが用いられており、「公園を散歩する」のような場所を表すものはほとんど用 いられていない(八木1996)。このことについても森山(2008a、2008b)と同様である。
67 久保田(1994)
久保田(1994)は、英語を母語とする 2 人の日本語学習者を対象として、格助詞「に」
は存在場所を表す用法と存在の場所以外の用法、格助詞「で」は行為の場所を表す用法、
格助詞「を」は行為の対象を表す用法、「へ」は方向を表す用法について、日本語学習 者の書いた資料と発話の資料を分析している。教材は、『An Introduction to Modern
Japanese』が用いられている。資料収集は学習開始後2カ月、学習時間24時間が経過
した時点から開始され、以後1年10カ月(学習時間231時間)に渡り、1年10カ月をⅠ 期(91年10月~92年3月)、Ⅱ期(92年4月~8月)、Ⅲ期(92年9月~93年1月)、Ⅳ 期(92年2月~7月)に分けて集計されている。書いた資料は、穴埋めテスト、日記など から、発話資料は対話タスクやストーリー・テリングなどによって収集されている。
動作場所を表す「で」を用いるべきところに「に」の誤選択の傾向は(例:*食堂にう どんを食べます)、両日本語学習者に共通しており、存在場所を表す「に」の過剰使用 の可能性が指摘されている。そうだとすれば、松田・斎藤(1992)で見られた「*道に歩 く」のような「に」も存在場所を表す「に」の過剰使用であることが考えられる。「に」
を使用すべき箇所での「で」の誤選択(例:*ここで本があります)という逆の傾向は、
日本語学習者Bの発話資料Ⅳ期に見られるだけであったという。
「カナダへ帰る」のような「到達点・目的地」は誤選択がなかったのに対し、「プー ルへ泳ぎに行く」、「渋谷へ映画を見に行く」の文型中では「へ」の正用率が低く、「へ」
は、「で」の誤選択の割合がA は 100%、Bは 66.7%であったという。「映画を見に渋 谷へ行く」の「へ」は正しく選択されていることから、「行く」と「場所」(「渋谷」) が近い場合には「へ」を正しく選択できるが、「行く」と「場所」の間に「見に」のよ うな移動を示さない動詞が置かれることが「で」の誤選択となった可能性があることや、
「I’ll go shopping at Ginza」のような「at」を「で」に置き換える英語の干渉の可能 性があると解釈されている。松田・斎藤(1992)と同様に、「場所を表す指標+で」とい った単位を想定することによる誤用である可能性も考えられる。
「を」の正用率は「に」と同様に「で」、「へ」よりも高いが、日本語学習者の1人に
「を」の脱落が目立っている。「を」の正用率は、日本語学習者Aの書き資料ではⅠ期 が95.3%、Ⅱ期が100%、Ⅲ期が95.2%、Ⅳ期が97.6%であり、発話資料ではⅠ期が 94.4%、Ⅱ期が94.2%、Ⅲ期が89.2%、Ⅳ期が94.1%である。日本語学習者Bの書き 資料ではⅠ期が84.0%、Ⅱ期が85.4%、Ⅲ期が81.8%、Ⅳ期が73.4%であり、発話資 料ではⅠ期が84.3%、Ⅱ期が67.8%、Ⅲ期が80.8%、Ⅳ期が43.3%である。日本語学 習者Bの「を」正用率が低いのは「を」の脱落が目立つためである。「を」の脱落以外 には「を」を用いるべきところに誤って用いられた「が」と「は」が目立つ。
また、「を」の正答率は文型の違いに影響を受けないことが報告されている。「*部屋 を入る」の誤用については、動詞に他動性を感じ「を」を誤選択した英語の干渉が考え られるとされている。つまり、「*部屋を入る」の「を」は、「I enter the room」の「enter」
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という動詞の影響であり、日本語学習者は「部屋」が「場所」であることを考慮できず、
対象を表す「を」として用いたことが考えられる。先に見た八木(1996)においても、作 文の中で場所を表す「を」が用いられておらず、用いられた1つについても誤用であっ たことからしても、「*部屋を入る」の「を」は、対象を表す「を」として用いられた可 能性が高い。
久保田(1994)から、日本語学習者は存在場所を表す「に」と動作場所を表す「で」を 混同するだけでなく、存在場所を表す「に」を過剰使用するということが分かる。だが、
久保田(1994)においても、日本語学習者が誤って存在場所を表す「に」を過剰使用する
場合にはその「場所」がどのような「場所」として用いられたのか、誤って「で」を用 いる場合にはその「場所」がどのような「場所」として用いられたのかについては述べ られていない。存在場所を表す「に」と範囲限定を表す「で」との関係については述べ られていない。
八木(1996)
八木(1996)は、主にアセアン諸国の政府関係機関に所属している17人(タイ語、マレ
ー語、インドネシア語、タガロク語の10人のグループと7人のグループ)が書いた作文 資料に基づき、格助詞別、助詞の機能別、機能グループ別に正用率、正用順序を産出し 格助詞の習得について分析している。教材は『Japanese for Busy People Ⅰ』が用い られ、ほぼゼロレベルから日本語学習をはじめた日本語学習者である。2つのグループ は異なる時期に日本語学習を受けた日本語学習者であるが、両グループとも日本語能力 がゼロから日本語学習を始めた日本語学習者であり、日本語学習者の全員が主にアセア ン諸国の政府関係機関に所属していることなど属性も似ているという。タイ語、マレー 語、インドネシア語、タガロク語のいずれかを母語とする日本語学習者が、各グループ においてどのような割合で存在したのかについては記述されていない。しかし、両グル ープの格助詞の正用率の相関分析では有意な相関が見られたという。作文資料が収集さ れた時点までの日本語学習時間は100時間である。作文は「夏休みに何をしましたか。
どんな夏休みでしたか」という題目で書かれた。日本語学習者の在籍する2年間の大学 院コースでは、すべての授業は英語で行われ、日本語学習者は留学生寮に住んでいるた め自ら積極的に外に出て行かなければ日本語に触れる機会はかなり少ない状況にあっ たという。久保田(1994)と同様に、八木(1996)でも、存在場所を表す「に」と動作場所 を表す「で」の間の誤選択について指摘されている。だが、存在場所を表す「に」と範 囲限定を表す「で」との関係については述べられていない。
福間(1996)
福間(1996)は、九州大学の文部省研究留学生のための日本語研修コースで6ケ月間行
われた初級日本語学習者のための集中授業において、日本語学習をゼロからスタートし
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た19名(バングラディッシュ、シリア、ネパール、スロバキア、コロンビア、フィジー、
マレーシア、ブラジル、ジャマイカ、インド、スリランカ、ジンバブエ、ボリビア、ア ルゼンチン、ロシア、パナマ)の格助詞「に」の習得の調査を行ったものである。教材 は『Situational Functional Japanese』であり、6 カ月で終了したという。Vol.1,L.1
~J.8を前半、Vol.2,L.9~L.16を後半とした授業が行われ、クイズやテストとして行わ れた作文に現れた格助詞の「に」が分析された。
前半の「に」の正用の割合は75%、誤用が25%、後半の「に」の正用の割合は77%、
誤用が23%であった。「に」の誤用の内、脱落の割合は前半が26%、後半が27%、他 の助詞の不正使用は前半が48%、後半が31%、そして、「に」の不正使用は前半が26%、
後半が42%であった。その内、他の助詞の不正使用の数は、前半が31で後半が47で ある。その数の内訳は、「到達点」では前半が2(7%)、後半が8(17%)であるのに対し、
「人や物の存在場所」は前半が 23(74%)で後半が 19(41%)であったという。さらに、
この内、「人や物の存在場所」では、作文中に見られた「場所を表す文型」における「に」
の総数に対する「他の助詞の不正使用」の割合は、前半が正用数が 100 で不正使用数 が19(誤用率16%)であり、後半が正用率が86で不正使用数が 14(誤用率14%)であっ た。不正使用された助詞の総数は、前半が23、後半が17であり、「人や物の存在場所」
の「に」→「で」の誤用は、前半が48%(不正使用の数11)、後半が41%(不正使用の数 7)であったという。存在場所を表す「に」と動作場所を表す「に」の混同、および「に」
の過剰使用についても報告されている。但し、福間(1996)の「人や物の存在場所」の「に」
とは、「寮に住んでいる」のように「住む」を述語とするものも含まれている。
八木(1996)と福間(1996)においても、日本語学習者には、存在場所を表す「に」と動
作場所を表す「に」の混同が見られるということであった。だが、久保田(1994)と同様 に、誤って存在場所を表す「に」が過剰使用される場合、日本語学習にとって「場所」
がどのような「場所」として用いられたのかは述べられていない。また、存在場所を表 す「に」と範囲限定を表す「で」との関係についても述べられていない。
松本(2000)
松本(2000)は、中国を母語とする日本の公立小学校に在学する児童1名(9才4カ月~
11才3カ月)を対象に、来日2週から100週において発話を採集した資料と作文の資料 から抽出した助詞について報告している。場所を表す「に」、「で」、「を」の出現順序は、
発話資料では、「に」は、「存在の場所」の「に」が来日13週、「到達場所」の「に」が 24週の順であり、作文の資料では、「存在の場所」の「に」と「到達場所」の「に」が 用いられた週が同じく52週であったという。発話資料による誤用については、「存在の 場所」の「に」と「動作の場所」の「で」、「存在の場所」の「に」と「移動の範囲」の
「を」、「動作の場所」の「で」と「移動の範囲」の「を」の混同が見られたことが報告 されている。
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つまり、児童であっても成人日本語学習者と同様に、存在場所を表す「に」と動作場 所を表す「で」との間に混同が見られるということである(松本2000)。また、存在場所 を表す「に」と場所を表す「を」との間にも混同が見られる(松本2000)。そうだとすれ ば、先述した松田・斎藤(1992)の「*公園に歩く」のような「を」→「に」の誤用も、
場所を表す「を」と存在場所を表す「に」との混同によるものであることが考えられる。
森山(2005)
森山(2005)は、初めの2回は19人、10月以降は12人の韓国語を母語とする日本語 学習者を対象として、動詞を習い始めた直後から5回(5月下旬、6月上旬、10月初旬、
10月中旬、11月下旬)の調査を1名ずつ研究室に呼び実施した。被験者は、2000年度 に韓国の世宗大学校で開講された「第二外国語(日本語)」科目、教材は世宗大学校出版 部刊『大学日本語』を用いた授業の週3時間×間×週××学期の受講生のうち、それ以 前の日本語学習経験が全くなく授業の欠席も少ない学生を被験者とされた。調査方法は、
動詞絵カードの内、既習の動詞をあらかじめ選び出し、それを1枚ずつ見せながらその 動詞を用いた文を口頭で表出してもらうという方法で、用いられた動詞は49種類であ る。毎回の調査後、調査者が助詞を中心に誤用を指摘し正用を示したという。その結果、
他動詞文では対格「を」、主格「は」と「が」と習得が進むことが考えられると述べら れている。自動詞文では主格「は」、場所格・時格・与格を表す「に」、主格「が」とい う順に進んでいくと言えると述べられている。
以上の先行研究から、場所を表す「に」の習得は日本語能力が初級レベルのときには、
存在場所を表す「に」の正用率が50%台、移動先を表す「に」の正用率が85%以上で
あり(八木1996)、移動先を表す「に」の習得の方が存在場所を表す「に」の習得よりも
進んでいるように見える。但し、児童の発話資料では「存在の場所」の「に」が来日 13週、「到達場所」の「に」が24週の順に出現している(松本2000)。以下、先行研究 から分かったことを以下にまとめる。まとめは存在場所を表す「に」、移動先を表す「に」、
動作場所を表す「で」、そして場所を表す「を」、最後に問題となった点の順に示す。
初級レベルの習得で存在場所を表す「に」の誤用について分析している研究のまとめ 存在場所を表す「に」は、日本語学習者の国籍、母語、年齢、日本語学習環境、日本 語教授の方法、日本語学習に使用した教材などが異なっても、動作場所を表す「で」と の混同が見られることが分かる。但し、存在場所を表す「にあ」と範囲限定を表す「で」
との関係については言及されていない。日本語学習者の存在場所を表す「に」はある程 度正しく用いられるものの動作場所を表す「で」との混同されるという発達段階があり、
「に」の過剰使用による「*食堂にうどんを食べる」の「で」→「に」が現れたり、「場 所を表す指標+で」が想定されることによる「*家でいる」の「に」→「で」が現れた