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第 3 章 研究課題

3.1 研究課題と仮説

3.1.4 場所名詞が「対比」された場合と場所名詞が「文頭」に置かれた場合に存在場

があるか

1.1で述べたように、場所名詞が対比された場合および場所名詞句が文頭に置かれた 場合の存在場所を表す「に」→「で」の誤用は、先行研究では誤用例として挙げられて いなかったものである。

初級レベルの日本語学習者には、存在場所を表す「に」と動作場所を表す「で」の混 同による誤用が見られることが報告されている(久保田1996、八木1996など)。中級レ ベルの日本語学習者の「に」と「で」の誤用について言及している研究には、鈴木(1978)、 迫田(2001)、蓮池(2004)がある。

鈴木(1978)は、東アジア出身の日本語学習者が書いた作文に現れた格助詞の誤用を分

析している。それによると、日本語学習者は動詞の動作性に着目し「に」→「で」を誤 用することが述べられている。例えば、「*食堂で私たちの生けた花が飾ってある」の文 のような「に」→「で」の誤用は「生けた」という動詞の動作性に引かれ「で」が誤っ て用いられたのだという。

迫田(2001)は、中国語を母語とする日本語学習者20 人、韓国語を母語とする日本語

学習者20人、その他の日本語学習者 20人の計60 人に対して、「に、で、を、と」か ら成る格助詞選択穴埋め式テストの調査を実施した結果、日本語学習者の母語の違いに よる影響は見られず、正しい回答にも誤った回答にも同様の傾向があったと述べている。

そして、日本語学習者が「に」と「で」の選択に迷った場合、「位置名詞+に」、「建物・

地名+で」というユニットを形成して用いるストラテジーを多用すること、それが「に」

と「で」の誤用を産み出す可能性があることが報告されている。

蓮池(2004)も中国語を母語とする日本語学習者60 人、韓国語を母語とする日本語学

習者60 人の計 120 人に対して、「に、で、を、と」からの格助詞選択穴埋め式テスト の調査を実施している。その結果、中国語を母語とする中級レベルの日本語学習者には、

「いる」や「ある」などの特定の動詞と「に」を結びつける「に」の過剰使用が見られ たことが報告されている。韓国語を母語とする日本語学習者には「に」の過剰使用は見 られなかったという。蓮池(2004)では、迫田(2001)の「位置名詞+に」のユニット形成 ストラテジーの傾向は見られたものも、「建物・地名+で」のユニット形成ストラテジ ーの多用による誤用は見られなかったことが報告されている。

以下の(11)~(13)は、1.1で示したように中国語を母語とする中級レベルの日本語学習

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者が書いた文である。(13)は対比された2つの場所名詞の一方に「で」が用いられてい る点に特徴がある。

(11)○さんとはソウルで生まれ育ちの若い女子大学生だ。

(12)周りに日本人の大学生がたくさんいるそうだ。

(13) *寮にいません、大学でいる。

(11)と(12)は人の存在を表していると思われる。(13)は誤用であるが、(12)では「日本 人の大学生」が存在する場所「まわり」に「に」が正しく下接されている。一方、(11) では「ソウルで生まれ育ち」のように「生まれ育った」という行為が行われる場所「ソ ウル」に「で」が正しく下接されている。これらの例から、当該日本語学習者は存在場 所には「に」を、動作場所には「で」を用いることを一応理解していると見られる。(13) を書いた学習者は、なぜ迫田(2001)の「建物・地名+で」のユニットを形成したストラ テジーや蓮池(2004)の「いる」と「に」を結びつける手段を取らなかったのか。

場所名詞句が文頭に置かれた場合の「に」→「で」の誤用を見てみよう。(16)は、(13) を書いた日本語学習者とは異なる中国語を母語とする中級レベルの学習者 1 名が書い た文である。この日本語学習者は、日本の盆踊りについて述べた後に、以下の(14)~(18) の文を書いた。(16)は、文頭に置かれた場所名詞句に「で」が用いられている点に特徴 がある。

(14)ところで、正月といえば、私の国では、正月の日は、家族の全員で一緒に料理を 作って、水餃子を作って、「春節晩会」ていうテレビ番組を見る。

(15)・・皆は一緒に踊ることがあまりない、中国で。

(16)*中国で、お盆のような日もある。

(17)でも、日本で、お盆の時、いろいろな所で盆踊が行われる。

(18)森の中に七色しかという神様がいました。

(17)では「で」が2カ所に用いられており、2番目の「で」は「いろいろな所で盆踊 りが行われる」のように「盆踊りが行われる」という行為が行われる場所「いろいろな 所」に「で」が正しく下接されている。一方、(18)では「七色しか」が存在する場所「森 の中」に「に」が正しく下接されている。これらの例から、当該日本語学習者も人の存 在する場所には「に」を、動作や行為の場所には「で」を用いることを一応理解してい ると見られる。

文頭に場所名詞句が置かれた「に」→「で」の誤用は中国語を母語とする日本語学習 者だけではない。(19)~(22)はイタリア語を母語とする中級レベルの日本語学習者が書 いた文である。この学習者は学習者自身が育った家について家の様子を描写した後、家

105 の外および庭について(21)と(22)を書いた。

(19)台所の隣に小い自習室がある。

(20)一階の下に地下もある。ここで、洗濯し、・・。

(21)*家の外でほかの親類の家もあるから、庭が同じだ、広い。

(22)*庭で、家の後に小い家もある。

この学習者は家の中の描写については(19)、(20)のように正しく「に」を用いている ことから、存在場所を表す「に」を用いることができることが分かる。(20)では「ここ で、洗濯し」のように動作場所を表す「で」も正しく用いられている。

では、(13)「*寮にいません、大学でいる」の学習者、(16)「*中国で、お盆のような 日もある」の学習者、そして(21)と(22)の学習者は、なぜ迫田(2001)の「建物・地名+

で」のユニットを形成したストラテジーや、蓮池(2004)の「いる」と「に」を結びつけ る手段を取らなかったのか。迫田(2001)は日本語学習者が「に」と「で」の選択に迷っ たときに上記のようなストラテジーを用いることがあり、ストラテジーの多用が誤用を 産み出すのではないかと考察している。それは、(13)、(16)そして(21)と(22)の学習者が

「に」と「で」の選択に迷ったわけではないからであろう。そのため、ユニットを形成 したストラテジーおよび「いる」と「に」を結びつけるという手段を取らなかったのだ と考える。

1.1 で述べたように、当該中国語話者は(14)「*ところで、正月といえば、私の国で は、・・」の「私の国では」には主題を表す「は」を正しく用いている。(16)「*中国で、

お盆のような日もある」と(17)「*でも、日本で、お盆の時、いろいろな所で盆踊が行 われる」では主題を表す「は」を用いていないが、(14)と同様に、(16)は「お盆のよう な日がある」が「中国」を話題にしていることを、(17)は「お盆の時、いろいろな所で 盆踊が行われる」が「日本」を話題にしていることを作文の読み手に明確に伝えるため に、場所を表す名詞句を文頭に置いている。どこの国を話題にしているのかを文頭に示 さなかった場合には、(15)「・・皆は一緒に踊ることがあまりない、中国で」のように 文末に場所名詞句を置いている。文中に場所名詞句を置いた場合は、異なる解釈が生じ る可能性もあるため、(15)のように置き忘れた場合は別として、文頭に場所名詞句を置 き、どこの国を話題にしているのかを示しているのである。つまり、(16)は「主題—解 説」からなる文なのである。(16)は、この学習者が「で」を伴う場所名詞句を「主題」

19として文頭に置くことを存在文にまで多用したことによる「に」→「で」であると考 えられる。

19 もちろん、日本語学習者は主題という用語を知っているわけでもなく、話題にしている ことを作文の読み手に明確に伝えるために場所名詞句を文頭に置いているため、括弧書き にして「主題」と表している。

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また、イタリア語話者も同様に、(21)は「ほかの親類の家もある」が「家の外」を話 題にしていることを、(22)は「家の後に小い家もある」が「庭」を話題にしていること を作文の読み手に明確に伝えるために、場所を表す名詞句を文頭に置いていると思われ る。つまり、(21)、(22)も「主題—解説」からなる文なのである。(21)、(22)もこの学習 者が「で」を伴う場所名詞句を「主題」として文頭に置くことを存在文にまで多用した ことによる「に」→「で」であると考えられる。日本語学習者は、文頭に場所名詞を置 き「に」と「は」を下接させなければならなかったのである。

両学習者は存在場所を表す「に」と動作場所を表す「で」を一応理解しているつもり でも、(13)のように場所名詞が対比された場合、および、(16)「*中国で、お盆のような 日もある」のように場所名詞が文頭に置かれた場合に、存在場所を表す「に」と動作場 所を表す「で」の混同による「に」→「で」が現れるという可能性もあるため、調べな ければならない。これが、第三の研究課題である。

研究課題3.

中級レベルには場所名詞が対比された場合と、場所名詞が文頭に置かれた場合に動作場 所「で」とは無関係に存在場所を表す「に」→「で」の誤用が現れる発達段階があるか。

この第2の研究課題を明らかにするために以下に示す仮説とその仮説検証項目Ⅰ~

Ⅱを立てる。それぞれの項目を検証した結果が第2の研究課題の回答となる。以下、仮 説とその検証すべき項目を示す。

仮説:「*寮にいません、大学でいる」と「*中国で、お盆のような日もある」の「に」

→「で」の誤用は動作場所「で」とは無関係に起こる。

仮説検証項目Ⅰ:2つの存在文が2つの場所を対比させる形で用いられている場 合に、存在場所「に」を用いるべきところに「で」を用いる誤用が見られる。

仮説検証項目Ⅱ:2つの存在文が2つの場所を対比させる形で用いられている場 合の存在場所「に」を用いるべきところに「で」を用いる誤用は、存在場所「に」

と動作場所「で」とを混同したものではない。

仮説検証項目Ⅲ:日本語を学習する母語が異なっても中級レベルの学習者に2つ の存在文が2つの場所を対比させる形で用いられている場合に、存在場所「に」を 用いるべきところに「で」を用いる誤用が見られる。

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仮説検証項目Ⅳ:場所名詞が文頭に置かれた場合に、存在場所「に」を用いるべ きところに「で」を用いる誤用が見られる。

仮説検証項目Ⅴ:場所名詞が文頭に置かれた場合の場所を表す名詞が「文頭」に 置かれた場合の方が、「文中」に置かれた場合よりも多い。

仮説検証項目Ⅵ:場所名詞が「文頭」に置かれた場合の存在場所を表す「に」を 用いるべきところに「で」を用いる誤用は、存在場所を表す「に」と動作場所を表 す「で」と混同したことによるものではない。

以下、研究課題とその仮説および検証すべき項目を再び示しておく。仮説を検証する方 法については次の節に示す。

研究課題再掲

研究課題 1.中級レベルには存在場所「に」と範囲限定「で」との混同により「に」→

「で」の誤用が現れる発達段階があるか。

仮説:「*クラスで2人韓国人がいる」の「に」→「で」の誤用は、存在場所を表す「に」

と範囲限定を表す「で」との混同によるものである。

仮説検証項目Ⅰ:数量詞、「中」などと共に用いられた場所名詞が集合体を表すよ うな文に、存在場所「に」を用いるべきところに「で」を用いる誤用が見られる。

仮説検証項目Ⅱ:日本語を学習する環境が異なっても日本語レベルが同じであれば、

数量詞、「中」などと共に用いられた場所名詞が集合体を表すような文に、存在場所「に」

を用いるべきところに「で」を用いる誤用が見られる。

仮説検証項目Ⅲ:日本語を学習する母語が異なっても「中位レベル」であれば、数量 詞、「中」などと共に用いられた場所名詞が集合体を表すような文に「で」を用いる誤用 が見られる。

研究課題 2.中級レベルには移動先「に」と動作場所「で」との混同により「で」→「に」

の誤用が現れる発達段階があるか。

仮説:「*あの喫茶店にコーヒーを飲む」の「で」→「に」の誤用は、移動先を表す「に」

と動作場所を表す「で」との混同によるものである。

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