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第 6 章 仮説「場所名詞が『対比』された場合と場所名詞が『文頭』に置かれた場合に動

6.2 場所名詞が文頭に置かれた場合の存在場所「に」→「で」の誤用

6.2.3 予備調査

予備調査は、福岡市の九州産業大学に在籍している日本語能力が日本語能力試験 N4 以上に合格すると見なされるがN1にはまだ合格していないという中級レベルの中国語 を母語とする日本語学習者78人に協力を得た。調査は 2011年 4月に行った。格助詞 選択式テストは、問題文中に埋め込まれた「に、で、を、から」の中から最も適当なも の1つを〇で囲むというもので、全36問から成る。実際の調査票では以下の問題文を 無作為に並べたものが1通りである。実際の調査票は付録に載せることとし、問題文の 一部を以下に示す。

[予備調査の調査票]

・「文中ニ」:「文中」に場所を表す名詞が置かれた問題文である。述語の動詞は「い る」または「ある」が用いられている。正答は「に」であり6問の問題文である。本問 の問題文の「に」→「で」の誤答数と以下の「文頭ニ」の問題文の「に」→「で」の誤 答数を比較する。以下、問題文の一部を示す。

(14) 私は大学(に、で、を、から)います。

(15) 車は大学(に、で、を、から)あります。

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・「文頭ニ」:「文頭」に場所を表す名詞が置かれた文である。述語の動詞には「いる」

または「ある」が用いられている。正答は「に」であり6問の問題文である。本問の問 題文の「に」→「で」の誤答数と(a)の「文中ニ」の問題文の「に」→「で」の誤答数 を比較する。以下、問題文の一部を示す。

(16) 大学(に、で、を、から)私はいます。

(17) 大学(に、で、を、から)車はあります。

・ダミー文で「文中」または「文頭」に名詞が置かれた文である。「に」を正答とす る述語が「住む」の問題文が7問、「を」を正答とする問題文が6問、「から」を正答と する問題文が6問、「で」を正答とする問題文が6問である。以下に問題文の一部を示 す。

(18) 私は大学(に、で、を、から)住みます。

(19) 大学(に、で、を、から)私は住みます。

(20) 私はご飯(に、で、を、から)食べます。

(21) ご飯(に、で、を、から)私は食べます。

(22) 私はアメリカ(に、で、を、から)日本に来ました。

(23) アメリカ(に、で、を、から)日本に私は来ました。

(24) 私は日本(に、で、を、から)働きます。

(25) 日本(に、で、を、から)私は働きます。

翻訳の調査は、「私は日本にいる」のように場所を表す名詞が「文中」に置かれた文 と「日本に私はいる」のように場所を表す名詞が「文頭」に置かれた文を対応する中国 語の文に翻訳してもらうという調査である。調査票は付録に示す。

中国語では人や事物の存在や所有を表す動詞には「桌子上有书」(机の上に本がある) や「食堂里有人」(食堂に人がいる)のように場所を表す名詞を動詞に先行させる「有」

が用いられ、その存在や所有を前提とした上で、人や事物がどこに位置するかという所 在を表す動詞には「他在食堂里」(彼は食堂にいる)のように「在」が用いられる(杉村

1994, p. 31)。「在」は動詞として用いられるだけでなく、場所を表す名詞の前に置かれ

る「介詞」として「我在食堂吃飯」(私は食堂でご飯を食べる)や「在食堂什么好吃?」

(食堂で何がおいしいですか?)のように用いられる。「介詞」の「在」は、日本語の「で」

に対応するだけでなく、「他在黒板上写字」(彼は黒板に字を書いている)(顧 1983)のよ うに「に」にも対応している。

翻訳の調査の「私は日本にいる」に対応する中国語の文は「我在日本」である。「我 在日本」という中国語の「在」は存在を表す動詞であることから、「私は日本にいる」

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の「に」に対応する「介詞」が存在しないということになる。しかし、中国語を母語と する日本語学習者は存在を表す動詞「在」を「~にいる」と覚えておけば、容易に「に」

を選ぶことができる。一方、「日本に私はいる」では、文頭に場所表現が置かれている ので、中国語を母語とする日本語学習者は日本語と同じく場所を表す名詞を動詞に先行 させる中国語の「場所+有」という構文を思い浮かべる可能性がある。しかし、日本の 大学に所属する中国語を母語とする教員によれば、「日本に私はいる」をこの「場所+

有」を用いて「日本有我」(「日本に私はいる」)とするのは不自然であるという。その ため、「日本に私はいる」を自然な中国語に翻訳するとすれば「我在日本」ということ になる。つまり、「私は日本にいる」に対応する中国語は「我在日本」という形式であ り、「日本に私はいる」に対応する中国語の形式はないが、翻訳するとすれば「我在日 本」になる。但し、「日本に私はいる」を忠実に中国語に翻訳しようとすれば、中国語 としては不自然であるが「日本有我」ということになる。

このように日本語に対応する形式がない場合は、日本語に対応する形式がある場合に 比べると、正確に中国語に翻訳できず、例えば「在日本我」のように「介詞」としての

「在」を用いて誤った中国語の翻訳をしてしまい、誤った翻訳をした人は誤って「で」

を選んでしまうことが考えられる。そこで、予備調査としての格助詞選択式テストの調 査協力者の内42人に協力を得て、「私は日本にいる」、「日本に私はいる」を中国語に翻 訳してもらうことにした。

予備調査としての格助詞選択式テストの結果は以下の通りである。以下、表6-3に「文 中ニ」の「に」→「で」の誤答数と誤答率、「文頭ニ」の「に」→「で」の誤答数と誤 答率を示す。「文中ニ」と「文頭ニ」の「に」→「を」の誤答数および「に」→「から」

の誤答数も併せて示す。

表 6-3. 予備調査:「文中ニ」と「文頭ニ」の「に」→「で」の誤答数(誤答率)

「で」の誤答数 「を」誤答数 「から」の誤答数 延べ問題数

「文中ニ」の「に」 64(14%) 6 3 468

「文頭ニ」の「に」 108(23%) 3 2 468 n=78.

表 6-3より「文頭ニ」は、「に」を用いるべきところに誤って「で」を用いた誤答数 が 108、誤答率が 23%(108/468)で、「文中ニ」は誤答数が64、誤答率が 14%(64/468) であり、「文頭ニ」の「に」→「で」の誤用が圧倒的に多いことが分かる。このことか ら、「場所」が「文頭」に置かれると何らかの理由によって「で」の誤用が「文中」よ りも増えることが分かる。

翻訳の調査の結果は表6-4と表6-5の通りである。表6-4が「私は日本にいる」とい

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う「文中ニ」の文が中国語に翻訳された文であり、表6-5が「日本に私はいる」という

「文頭ニ」の文が中国語に翻訳された文を示したものである。

表 6-4. 予備調査:「私は日本にいる」に対応する中国語の翻訳調査の結果

番号 中国語の翻訳文 計

26 我在日本 42

27 我現在日本 1

28 我現在人在日本 1

29 我是在日本 1

n=42.

表6-4によると、「私は日本にいる」に対応する中国語の翻訳は4種類である。日本 の大学で中国語の科目を担当している中国語を母語とする3人の教員によると、(26) の翻訳が最も適当な翻訳文である。(27)~(29)の翻訳は不適当な翻訳文である。(26)は 中国語としても正しい文である。(28)(29)は中国語としては正しい文だが、(27)は中国 語としても誤りの文であるという3人の教員の意見は一致した。

表6-5の1列には番号を振った。2列~4列の「教員A」~「教員C」とは、日本の 大学で中国語の科目を担当している中国語を母語とする3人の教員である。3人の教員 に5列の中国語に翻訳された文が「日本に私はいる」の翻訳として適当であるかの判定 をしてもらった。5列の中国語に翻訳された文が適当である文には○を、不自然だが誤 りではない文には△を、不適当である文には×と判定してもらった。表の6列は、5列 の翻訳文に介詞「在」を伴う場合に○をつけている。5列の翻訳文に動詞としての「在」

を伴う場合には7列に○を、動詞としての「有」を伴う場合には8列に○をつけている。

表の9列は、先に行われた予備調査としての格助詞選択式テストの問題文で、日本語学 習者が「文頭ニ」の「に」を選ぶべきところに誤って「で」を選んだ(「文頭ニ」の「ニ

→デ」の誤答)人の数を示している。10列は、予備調査としての格助詞選択式テストの 問題文で、「文頭ニ」も「文中ニ」も「に」→「で」の誤答がなかった人の数を示して いる。そして、最後の列は、9列と10列の数の合計である。

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表 6-5. 予備調査:「日本に私はいる」に対応する中国語の翻訳調査の結果

教 員 A

教 員 B

教 員 C

中国語の翻訳文

介詞

「在」

を伴

動詞

「在」

を伴

動詞

「有」

を伴

「文頭ニ」の

「ニ→デ」の 誤答がある

「文頭ニ」

「文中ニ」の

「ニ→デ」誤 答がない

30 ○ (×) △ 我在日本 ○ 1 3 4 31 × × × 日本就是我在的地方 ○ 1 1 32 × × × 日本是我所在的地方 1 1 33 × △ △ 在日本有我 ○ ○ 6 2 8 34 △ × × 在日本的我 ○ 1 1 2 35 × × △ 在日本,有我在 ○ ○ ○ 1 1 36 × × × 在日本,我 ○ 1 1 37 × × × 在日本,我現在 ○ 1 1 38 × × × 在日本里有我 ○ ○ 1 1 39 × × × 在日本这个地方有我 ○ ○ 1 1 40 △ △ ○ 日本有我 ○ 2 5 7 41 × × × 日本里有我 ○ 4 4 8 42 × △ △ 日本有我在 ○ ○ 1 2 3 43 △ △ × 日本这个地方有我 ○ 1 1 44 × ○ △ 在日本,有我 ○ ○ 2 2

n=42.

表6-5によると、「日本に私はいる」に対応する中国語の翻訳は15種類であり、表 6-4の翻訳に比べると3倍以上であることが分かる。日本の大学で中国語の科目を担当 している中国語を母語とする3人の教員の意見は一致せず、2人の教員は(30)が適当な 翻訳文であるとしたが、1人は(30)でも間違いではないが、翻訳文としては(44)の方が 適当であるという意見であった。(44)は「在日本」と「有我」の間に「,」があるため翻 訳文としては良いということであった。(33)の「在日本有我」は「,」がないので不自然 であるが、教員の2人は誤りとも言いにくいという意見であった。それに対し教員の1 人は、(33)も(44)も不適当であると強く主張した。3人の教員の意見で一致した点は、

翻訳文に介詞の「在」を伴う文は基本的には不適当であるという点であった。しかしな がら、(33)~(35)のように3人の意見が分かれるものもあった。翻訳文が中国語として は正しいか否かという回答も、3人の意見は分かれていた。3人が中国語として正しい とした文は(30)と(32)であった。残りは中国語としては不自然であるか誤りの文である ということであった。

また、表6-5によると、予備調査としての格助詞選択式テストで問題文の「文頭ニ」

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の「ニ→デ」の誤答がある日本語学習者は、(33)~(39)のように介詞の「在」を伴う翻 訳文を書いた人に多いことが分かる。表内のグレーの網掛けの箇所である。「文頭ニ」

の問題文にも「文中ニ」の問題文にも「ニ→デ」の誤答がない人、つまり、正しく「に」

を選んだ日本語学習者は、(51)(52)のように動詞としての「在」を伴う翻訳をした人や、

(40)(41)(42)および(44)のように動詞としての「有」を伴う翻訳をした人であることが分

かる。

以上のことから、「日本に私はいる」に対応する中国語の文として、介詞の「在」を 用いて翻訳した日本語学習者は、「文頭ニ」に誤って「で」を選ぶ傾向があることが分 かる。介詞の「在」は、先述したように「我在食堂吃飯」(私は食堂でご飯を食べる)の 動作場所を表す「で」や「在食堂什么好吃?」(食堂で何がおいしいですか?)の範囲限 定を表す「で」に対応している。したがって、「文頭ニ」に「に」→「で」も、日本語 学習者が動作場所を表す「で」または、範囲限定を表す「で」と混同され用いられてい る可能性があることが推測される。

「日本有我」という翻訳をした日本語学習者2人のそれぞれにその翻訳をした理由を 聞いてみると、2人とも「日本有我」が中国語では不自然な文ではあると理解している が、「日本に私はいる」に対応する中国文として忠実に翻訳したということであった。

上記予備調査の結果を学会で研究発表した際に、日本の大学に所属している中国語を 母語とする教員から以下のような指摘を受けた。予備調査としての格助詞選択式テスト の問題文に用いた名詞が「日本」や「大学」といった場所を表す名詞に偏っていること、

「私は大学にいる」「大学に私はいる」といった問題文が日本語の文としては不自然な 文であるので問題文には日本語の文として自然な文を用いた方が良いこと、また、問題 文には第一人称である「私」ではなく第三人称の「彼」または「彼女」あるいは固有名 詞の「田中さん」などを用いた方が良いこと、さらに、存在場所を表す「に」の問題文 には文末の動詞として「いる」「ある」を用いるだけでなく「~に~が置いてある」の

「置いてある」のような動詞を用いた方が良いことである。そのため、本調査としての 調査票にはそのことを取り入れて作成することにした。

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