第 6 章 仮説「場所名詞が『対比』された場合と場所名詞が『文頭』に置かれた場合に動
6.1 場所名詞が対比された場合の存在場所「に」→「で」の誤用
存在場所を表す「に」→「で」の誤用が現れたのは、場所名詞句が対比された場合であ った。以下の(1)~(3)は中国語を母語とする日本語学習者Aが書いた文である。3.2 でも述 べたが、「家」には友達がいないが「大学」には友達がいることを表しているということで あった。以下用例を再び示しておく。
日本語学習者の用例(母語:中国語)
(1)○さんとはソウルで生まれ育ちの若い女子大学生だ。
(2)周りに日本人の大学生がたくさんいるそうだ。
(3) *寮にいません、大学でいる。
6.1.1 中国語話者を対象とした調査
調査は、中国の大連外国語学院日本語学科に在籍している日本語学習者 179 人に協 力を得て2011年6 月に実施した。日本語学習者の日本語能力は日本語能力試験のN4 以上に合格するレベルである。
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6.1.2 仮説の検証
3.1.4で述べたように当該学習者は普段、動詞との関係において存在場所を表す「に」
と動作場所を表す「で」を使い分けていると思われる。ところが、場所名詞を対比させ
「は」を用いて表すという作業が当該学習者にとって複雑である。そのため、対照を表 す場合に簡略化を行い、簡略化を行った場所名詞には学習者独自の何らかの基準によっ て「に」→「で」を誤用してしまうのではないかということが考えられた。
以下、仮説と検証項目を再び示しておく。
仮説:「*寮にいません、大学でいる」と「*中国で、お盆のような日もある」の存在 場所を表す「に」→「で」の誤用は動作場所を表す「で」との混同とは無関係に現 れる。
仮説検証項目Ⅰ:2つの存在文が2つの場所を対比させる形で用いられている場合に、
存在場所「に」を用いるべきところに「で」を用いる誤用が見られる。
仮説検証項目Ⅱ:2つの存在文が2つの場所を対比させる形で用いられている場合の 存在場所「に」を用いるべきところに「で」を用いる誤用は、存在場所「に」と動作 場所「で」とを混同したものではない。
中国語を母語とする中級レベルの日本語学習者が用いる対比された存在場所を表す
「に」→「で」の誤用が、初級レベルの日本語学習者と「に」→「で」の誤用と同じく 存在場所を表す「に」と動作場所を表す「で」の混同による「に」→「で」の誤用であ るかに焦点を当て調査を行う。
6.1.3 調査票
仮説を検証し、存在場所を表す「に」の習得の様子を探るために、本節では、中国語 を母語とする日本語学習者および韓国語を母語とする日本語学習者を対象に、「に、で、
を、から」の四択選択テスト形式の調査を行う。調査票は5.2.2で作成したものと同じ もので6種類の文からなり全体で42問である。以下、2 つの場所が対比された文にお ける存在場所を表す「に」を、「対比」「対比存在」あるいは「存在場所+場所対比」と 呼ぶことにする。
分析には、この「存在場所+場所対比」の「に」を用いるべきところに誤って用いら れた「で」の誤答率と以下の(t)、「動作場所」文の「で」の正答率の相関分析を行う。
調査票の問題文は3通りの並べ方である。以下、問題文の一部を示す。
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(s)「存在場所」文の「に」:存在場所を表す「に」を正答とする単純な問題文3問で ある。(v)の「存在場所+場所対比」文に比べると単純であるため、以下、「単純存在ニ」
と呼ぶことにする。[問題文例:食堂(に、で、を、から)彼がいます。]
(t)、「動作場所」文の「で」:動作場所を表す「で」を正答とする問題文3問である(以 下、「動作デ」と呼ぶことにする)。[問題文例:食堂(に、で、を、から)ご飯を食べます。]
(u)「動作デ」ではない「で」:範囲限定を表す「で」を正答とする問題文7問である。
以下、「範囲デ」と呼ぶ。[問題文例:この店の中のもの(に、で、を、から)何がほしい ですか。]
(v)「存在場所+場所対比」文の「に」:存在場所を表す「に」を正答とする問題文 7 問である。本問には場所の対比が含まれておりその点に問(a-1)との違いがある。2つの 存在文が、人または物が存在する 2 つの場所が対比された問題文である。[問題文例:
寮の中(に、で、を、から)みんないますが、リーさんは寮の外(に、で、を、から)いま す。]
(w)ダミー文:「存在場所+条件付」文の「に」:存在場所を表す「に」を正答とする 問題8問である。本問は数量詞、位置を表す名詞、疑問詞、集合体を表す名詞を含み、
その点で問(a-1)と異なる。また、(b)との違いは範囲を限定する文ではないこと、(c)と の違いは場所の対比がないことである。[問題文例:この家(に、で、を、から)入口が三 つありますか。]
(x)「を」を正答とするダミーの問題文で7 問である。以下、例として問題文を1 問 示す。[問題文例:飛行機が空(に、で、を、から)飛んでいます。]
(y)「から」を正答とするダミーの問題文で 7 問である。以下、例として問題文を 1 問示す。[問題文例:家(に、で、を、から)大学まで歩いて10分かかります。]
6.1.4 調査とその結果
調査は、当該大学の日本語授業の開始前、日本語授業の開始後、日本語授業の終了後 のいずれかに筆者が一斉に行った。調査開始前には、当該日本語授業の担当教員が同席 する教室で、筆者が以下のように日本語で調査に関する説明を行った。調査は、当該日 本語授業の日本語のテストではなく成績にも影響しないこと、留学生が使う助詞を知り たいので教えてほしいこと、辞書を使ったり人に答えを聞いたりせずに回答してほしい こと、必ず全て記入してほしいこと、調査票は A4 用紙に 1 枚で裏表であること、10 分程で回答できるが時間制限はないこと、この調査で得た個人情報は漏らさないこと、
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学術調査のために使うこと、そして、この調査に基づく研究内容が知りたければ筆者に そのことを言ってほしいことを述べて実施した。調査に要した時間は10分前後であっ た。
表 6-1は、「単純存在ニ」、「動作デ」、「範囲デ」、「対比存在ニ」の正答率を示したも のである。それぞれの問を正しく回答した場合の正答率(各問題文の正答の合計÷(調査 対象者数×問題文))である。問題数42問を各1点とし、合計得点は42点である。3通 りの調査票の合計得点には差が見られなかったので調査票のすべての回答を分析対象 として用いた。
表 6-1. 中国語話者の「単純存在ニ」「動作デ」「範囲デ」「対比存在ニ」の正答率
単純存在ニ 動作デ 範囲デ 対比存在ニ
正答率 68.5% 89.5% 79.6% 61.6%
n=179.
日本語学習者は、日本語能力試験のN4以上に合格すると見なされる中級レベルであ る。日本語学習を担当した教員によると、最も低い日本語レベルの日本語学習者はN3 の合格レベルを目指して日本語学習を行うクラスに所属する。但し、N3に合格するか 否かは受験してみなければ分からないということであった。そうだとすれば、日本語学 習者は日本語レベルがN4に合格するか、あるいはN5に合格するレベルの者もいるか もしれない。つまり、日本語学習者の日本語レベルは、N5に合格するレベルかN4に 合格するレベル、N3に合格するレベル、N2に合格するレベルなど幅広い。そこで「中 位レベル」を設定することにした。本調査票の正答数の平均から標準偏差を引いた得点 以下を下位レベル、正答数の平均に標準偏差を加えた得点以上を上位レベルとした。「中 位レベル」は、日本語能力試験のN1に合格しておらず、下位レベルの得点以上であり 上位レベルの得点未満のレベルとした。
被調査者ごとの正答数の平均は31.11、標準偏差は6.048であった。調査票の合計点 の平均から標準偏差を引いた得点の25点以下が下位レベル(31.11-6.048=25.062)、合 計点の平均に標準偏差を加えた得点の 38 点以上が上位レベル(31.11+6.048=37.158) である。したがって、「中位レベル」は日本語能力試験の N1 に合格しておらず、合計 得点が26点以上37点以下で合計人数は104人である。
存在場所を表す「に」と動作場所を表す「で」との関係を見るために、「対比存在ニ」
の「に」に誤って「で」を選んだ誤答率(以下、「対比存在ニ→デ誤答率」)と「動作デ」
の正答率の相関分析を行った。その結果、「対比存在ニ→デ誤答率」と「動作デ」の正 答率の間には有意な相関関係が見られなかった。
以上のことから、中国語を母語とする「中位レベル」の日本語学習者の「対比存在ニ」
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の「に」に誤って「で」を用いるのは、「動作デ」との混同によるものではない可能性 があることが分かった。
6.1.5 韓国語話者を対象とした調査
本節は、韓国語を母語とする日本語学習者を対象として調査を行う。中国語を母語と する日本語母語話者にとっては、日本語の「に」、「で」の区別に対応する文法形式を持 たないため、「に」、「で」の使い分けは難しいと考えられており、韓国語を母語とする 日本語学習者にとっては、存在場所を表す「に」、動作場所を表す「で」とほぼ重なる 用法である「e」、「eso」を持つため、「に」、「で」の使い分けは中国語話者に比べて容 易であると考えられている(蓮池2004)。もしも、韓国語を母語とする日本語学習者にも、
中国語を母語とする日本語学習者と同様の結果が得られたなら、それは日本語学習者が 通る発達の1つの段階である可能性が高まる。
調査協力者は、釜山の釜慶大学と東義大学のいずれかに在籍している1年生~3年生 の90人の日本語学習者である。日本語学習者は初級日本語学習用教材および中級日本 語学習用教材を用いた学習歴がある。日本語能力試験のN4以上のいずれかの試験に合 格しているか、合格すると見なされるレベルである。
6.1.6 仮説の検証
以下、仮説と検証項目を再び示しておく。
仮説:「*寮にいません、大学でいる」と「*中国で、お盆のような日もある」の存在 場所を表す「に」→「で」の誤用は動作場所を表す「で」との混同とは無関係に現 れる。
仮説検証項目Ⅲ:日本語を学習する母語が異なっても中級レベルの学習者に 2 つの 存在文が 2 つの場所を対比させる形で用いられている場合に、存在場所「に」を用い るべきところに「で」を用いる誤用が見られる。
6.1.7 調査票
調査票は、統計処理における信頼性を高めるため、合計42問であった問題文を合計 48問とした4.3で用いたものと同じ調査票である。追加した6問は、(a-1)の存在場所 を表す「に」と(a-2)の動作場所を表す「で」の問題文を3問ずつである。3問追加する ことによって 1 問の問題文に対し正答が選ばれる確率の偶然性をよりいっそう排除で きる。以下、2つの場所が対比された文における存在場所を表す「に」を、「対比」「対 比存在」あるいは「存在場所+場所対比」と呼ぶことにする。
分析には、この「存在場所+場所対比」の「に」を用いるべきところに誤って用いら