第 4 章 仮説「存在場所『に』と範囲限定『で』の混同による『に』→『で』の誤用」の
4.2 日本語学習環境の異なる中国語話者を対象とした調査(JFL と JSL)
4.2.5 初級レベルの日本語学習者のデータによる回帰分析
グアム大学およびコロラド州の大学の初級レベルの日本語学習者は、日本語の学習を ゼロから始めて3カ月以下という日本語学習歴である。客観的な日本語能力を測る日本 語能力試験の合格レベルについては、日本語の授業を担当した教員によると両日本語学 習者共に日本語能力試験のN5に合格しないというレベルである。
グアム大学で使用された日本語学習用教材は『げんき』であり、コロラド州の大学で 使用された日本語学習用教材は『ようこそ』である。存在場所を表す「に」、動作場所 を表す「で」、範囲限定を表す「で」については両学習者共に学習済みであった。グア ム大学の日本語学習者は主に英語を用いるという生活でチャモロ語も用いる。コロラド 州の大学の日本語学習者は英語を母語とする学習者である。大学における日本語の授業 としての日本語学習は日本語を母語とする日本語教員によって英語を媒介語とせず日 本語による直接法で行われている。また、日本語の授業以外にも大学内での日本語教員 との会話は基本的に日本語で行われている。
調査票
初級レベルの日本語学習者に対する調査票は4.2.2で示した中級レベルの日本語学習 者に対する調査票と同じものである。但し、初級レベルの日本語学習者が学習していな い語は削除し、学習者がすでに学習した語を用いた問題文となっている(例:食堂→カ
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フェテリア)。実際の調査票は巻末に示すこととして問題文例を以下に示す。
・「単純存在ニ」:存在場所を表す「に」を正答とする問題文 6 問(「田中さんがカフェ テリア(に・で・を・から)います」)。
・「動作デ」:動作場所を表す「で」を正答とする問題文 6 問(「佐藤さんはカフェテリ ア(に・で・を・から)ご飯を食べます」)
・「範囲デ」:範囲限定を表す「で」を正答とする問題文7問(「韓国(に・で・を・から) 有名な人は誰ですか」)
・「条件付存在ニ」:存在場所を表す「に」を正答とする問題文8問(「寮(に・で・を・
から)アメリカ人がいますか」)。
・ダミーの問題文:「存在場所+場所対比」文の「に」:存在場所を表す「に」を正答と する問題文7問である。
・「を」を正答とするダミーの問題文で7問である。
・「から」を正答とするダミーの問題文で7問である。
以下、表4-12に記述統計の結果を示す。
表 4-12. 初級レベルの日本語学習者の「単純存在ニ」「動作デ」「範囲デ」「条件付 存在ニ」の正答率
単純存在ニ 動作デ 範囲デ 条件付存在ニ
正答率 48.6% 46.7% 47.8% 45.4%
n=46.
初級レベルの日本語学習者の「単純存在ニ」つまり存在場所を表す「に」の正答率は
48.6%である。これは、2.2.2の初級レベルの日本語学習者を対象とした習得に関する
先行研究で見た八木(1996)の結果と大きな差はないと思われる。八木(1994)では存在場 所を表す「に」の正用率が50%台であったが、この割合は日本語学習者が作文中に正 しく用いた「に」の割合であった。それに対し、表4-12は格助詞選択式テストにおけ る「に」と「で」の正答率である。調査の方法が異なるため、八木(1994)正用率と表 4-12の正答率を比較することはできないが、両者とも同程度であると言って良いので はないかと思われる。すなわち、グアム大学とコロラド州の大学の初級レベルの日本語 学習者は先行研究で見た初級レベルの日本語学習者と同じような割合での存在場所を 表す「に」を正しく用いることができるということである。
表4-13は目的変数に「単純存在ニ→デ誤答率」、説明変数に「動作デ」の正答率と「範 囲デ」の正答率とした回帰分析の結果を示したものである。
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表 4-13. 日本語能力が初級レベルの日本語学習者の目的変数「単純存在ニ→デ誤答率」
と説明変数「動作デ」「範囲デ」正答率の重回帰分析の結果 初級レベルの日本語学習者
決定係数 説明変数 β p
R2=.239 動作デ 0.393 0.012*
範囲デ 0.163 0.280
n=46. 注: * p<.05. ** p<.01.
表 4-13によれば、「動作デ」の正答率が上昇すれば、「単純存在ニ→デ誤答率」が同 様に上昇するという奇妙な現象が起きている。つまり、「単純存在ニ」の「に」→「で」
の誤用が「動作デ」との混同によるものである場合、「動作デ」の正答率の上昇ととも に、「単純存在ニ」の「に」→「で」の誤用も増えていくのである。
これを表4-7、表4-11に適応すると、「範囲デ」の正答率が上昇すると、「条件付存在 ニ」の「に」→「で」の誤用も増加しているので、「条件付存在ニ」の「に」→「で」
の誤用が、「範囲デ」との混同によるものであると推論できることになる。
表4-13に示されたような現象はJSLの「単純存在ニ→デ」誤答率を目的変数とした 同様の回帰分析で、見ることができるだろうか。それを確認するための回帰分析の結果 が表4-14である。
表 4-14. JSL の目的変数「単純存在ニ→デ誤答率」と説明変数「動作デ」「範囲デ」
正答率の重回帰分析の結果
JFL
決定係数 説明変数 β p
R2=.109 動作デ -0.288 0.084*
範囲デ 0.156 0.341
n=37. 注: * p<.1.
表 4-14によると、「範囲デ」正答率にかかる係数は有意でなくなり、「動作デ」正答 率にかかる係数は負に有意となった。「範囲デ」正答率にかかる係数が有意でなくなっ たことは、「単純存在ニ」の「に」を「で」とする誤用は「範囲デ」との混同によるも のではないことが示唆される。また、「動作デ」正答率にかかる係数が負に有意となっ たので、「動作デ」を正しく用いるようになると「単純存在ニ」を「で」とする誤用が 少なくなるという通常の関係が再現されたと言えよう。
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表4-8の JFLの結果と表 4-14とを比較すると、「動作デ」正答率にかかる係数が負 になったことは共通している。他方、表4-14では、「範囲デ」正答率にかかる係数が単 に有意にならなかったのに対して、表4-8では、負に有意となっている。その理由につ いては不明である。もしかすると、表4-6で見たように、JFLの「範囲デ」の正答率が 80.2%と高いのに対し、表4-10のJSLの「範囲デ」の正答率が10%以上も低く、66.8%
であることと関係があるのかもしれない。
JFLと JSLとの比較を行いながら、以上の結果をまとめておきたい。表4-7より、
JFLでは、「条件付存在ニ」に「で」を用いる誤用は、「動作デ」ではなく「範囲デ」と の混同によるものであることが示唆された。そこでは、「範囲デ」を正しく用いるよう になると、「条件付存在ニ」に「で」→「で」と誤用するという特徴的な現象が見られ た。一方、「単純存在ニ」においては、表5-8より、「範囲デ」を正しく用いるようにな ると、「で」を誤用するという特徴的な現象は見られなかった。その代わり、「動作デ」
「範囲デ」の正答率が上昇すれば、「で」の誤用が減少するという自然な結果が得られ た。したがって、「単純存在ニ」における「で」の誤用は、「動作デ」「範囲デ」との混 同に起因すると考えられる。
他方、JSLにおいては、JFLの表4-7に対応する、表4-11がほぼ同じような結果と なった。したがって、JSLにおいてもJFL同様に、「条件付存在ニ」に「で」を用いる 誤用は、「動作デ」ではなく「範囲デ」との混同によるものであると考えられる。「単純 存在ニ」においては、表4-14より、「範囲デ」との混同は否定的であり、もっぱら「動 作デ」との混同に起因していることが示唆される。
以上のことから、全体としては、JSLの結果はおおむねJFLと同じであると結論し て良いであろう。すなわち、「中位レベル」では、「動作デ」との混同ではなく、「範囲 デ」との混同により、「条件付存在ニ」の「に」に誤って「で」を用いていることが示 唆される。したがって、条件付存在文における存在場所を表す「に」について、動作場 所を表す「で」との混同が見られず、範囲限定を表す「で」との混同が見られるこの段 階は、中国語を母語とする日本語学習者においては、存在場所を表す「に」の習得にお ける発達の1つの段階である可能性があると言って良いのではないだろうか。
ところで、初級レベルの日本語学習者に「*クラスで2人韓国人がいる」の「に」→
「で」の誤用は現れるだろうか。これは2.2.2の先行研究における問題点として示した 問題である。「*クラスで2人韓国人がいる」の「に」→「で」の誤用が現れた場合、そ れは動作場所を表す「で」との混同による誤用なのか。それとも、中級レベルの日本語 学習者と同様に範囲限定を表す「で」との混同による誤用なのかを確認しておかなけれ ばならないであろう。
表4-15は目的変数に「単純存在ニ→デ誤答率」、説明変数に「動作デ」の正答率と「範 囲デ」の正答率とした回帰分析の結果を示したものである。
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表 4-15. 日本語能力が初級レベルの日本語学習者の目的変数「条件付存在ニ→デ誤答 率」と説明変数「動作デ」「範囲デ」正答率の重回帰分析の結果
初級レベルの日本語学習者
決定係数 説明変数 β p
R2=.360 動作デ 0.227 0.105
範囲デ 0.463 0.002*
n=46. 注: * p<.05. ** p<.01.
表4-15によれば、「範囲デ」の正答率が上昇すれば「条件付存在ニ→デ誤答率」が同 様に上昇するという現象が起きている。つまり、「条件付存在ニ」の「に」→「で」の 誤用が「範囲デ」との混同によるものである場合、「範囲デ」の正答率の上昇とともに、
「条件付存在ニ」の「に」→「で」の誤用も増えていくということである。「動作デ」
にかかる係数は有意ではない。「動作デ」の正答率が上昇しても「条件付存在ニ→デ誤 答率」には影響を及ぼさないということである。このことは、「条件付存在ニ」の「に」
を「で」とする誤用は「動作デ」との混同ではないことを示唆しており、「中位レベル」
の中国語話者と同じ現象である。
初級レベルの日本語学習者の結果と「中位レベル」の中国語話者の結果とを合わせて 考えると日本語学習者の存在場所を表す「に」の習得は以下のように進むのではないか と考えられる。日本語学習者は初級レベルのときに存在場所を表す「に」と動作場所を 表す「で」との混同により「*家でいる」のような誤用が現れる。また、条件付の存在 場所を表す「に」と範囲限定を表す「で」との混同により「*クラスで2 人韓国人がい る」の誤用も現れる。そして、日本語能力が向上し初級レベルから中級レベルのある日 本語レベル(本研究の「中位レベル」)になると、存在場所を表す「に」と動作場所を表 す「で」との混同により「*家でいる」の誤用は消える。だが、条件付の存在場所を表 す「に」と範囲限定を表す「で」との混同により「*クラスで2 人韓国人がいる」の誤 用は残る。