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第 2 章 先行研究概観

2.1 日本語学における格助詞の研究

2.1.2 伝統的な日本語文法としての格助詞「に」、「で」、 「を」の分析

2.1.2.1 格助詞「に」の研究

伝統的な日本語文法としての格助詞「に」の研究は、2.1.2 で述べたように文中の名 詞と動詞がどのような関係を示すかという観点によって論じられている。以下、山田 (1908、1922)、橋本(1969)を中心に西田(1977)、田中(1977)、佐久間(1983)を示す。

山田(1908、1922)

格助詞「に」は、山田(1922)によると、体言に付属してそれが「静的目標」(p. 147) であることを示し、また副詞などに付属して用言の修飾格に立つことを明らかにするも のであるという。「静的目標」(p. 147)とは、「を」の「動的目標」(p. 147)に対するもの である。「を」のところでも述べるが、「を」の「動的目標」(p. 147)とは、動詞に対し てその作用の影響を被る目標を示すものであり、その目標が作用を受けているか、そう でなければその「目標によって進み動く」(p. 147)ことを示すため「動的目標」(p. 147)

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という一語によって表された(山田1922)。「に」について静的あるいは静止的という表 現が用いられているものには、此島(1966)、大野(1977)、佐久間(1983)などもある。

山田(1922, p. 148)は、格助詞「に」を2つに分けている。1つは、体言に付属する場 合は下に動詞が来る場合のものが多いが、また他の用言または体言が来ることもあると 述べ、「甲」「乙」「丙」「丁」に分けて用例を示しており、もう1つは、「ありのままに いふ」や「美事に出来る」のような「副詞その他用言に対して修飾の地位に立つものに 附属する場合」の用例を示している。

「甲」は、「動詞に対しての目標」として、(イ)~(チ)に分けて用例が示されている。

(イ)は、「子が親に似る」のように「その動作作用の出自又は歸著する目標を示す」も の、(ロ)は「母が子に泣かれる」のように「歸著する目標を示す」もの、(ハ)は「教師 が生徒に課業を受けさせる」のように「使役作用の歸着する目標を示す」もの、(ニ)は「腹 の痛いのに苦しむ」のように「動作作用の原因を示す」もの、(ホ)は「病気になる」の ように「動作作用の結果を示す」もの、(へ)「花見に出かける」のように「動作の目標 を示す」もので「この場合には主として動詞の連用形を体言に準じたものにつく」もの であり、(ト)は「午後六時に神戸を立った」のように「動作作用の存在又は行われる時 を示す」もの、そして、「東京に住む」のように「動作作用の存在又は落ち着く場所を 示す」ものである。

「乙」は、「形容詞に対しての目標」として(イ)~(ハ)に分けて用例が示されている。

(イ)は「山に近い」のように「場所を示す」もの、(ロ)は「それの顔は狐に近い」のよ うに「対比の目標を示す」もの、(ハ)は「甲は乙に等しい」のように「類同の目標を示 す」ものである。

「丙」は、「存在詞に対しての目標」として(イ)と(ロ)が示されている。(イ)は「富士 山は駿河國にある」のように「存在の場所を示す」もの、(ロ)は「午前九時に卒業式が あった」のように「存在の時を示す」ものである。そして、(丁)は「月に叢雲」のよう に「他の體言に對してある事物に他の事物の添はることを示す」ものが示されている。

この内、場所を表す「に」の用例は、「甲」の「動詞に対しての目標」の「その動作 作用の出自又は歸著する目標を示す」ものとして「机に本をのせる」が挙げられており、

「動作作用の存在又は落ち着く場所を示す」ものとして「東京に住む」と「三所に幕を 張った」が挙げられている(山田1922, pp. 148-149)。但し、「三所に幕を張った」(山田

1922)の「三所に」は「三カ所」の意味を表す名詞なのか、「三所」という地名を表す名

詞なのかは明らかではない。ちなみに「机に本をのせる」は、場所を表す「に」ではな い用例と共に、以下のように示されている(山田1922では縦書きである)。

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(イ)その動作作用の出自又は歸著する目標を示す。

子が親に似る。 牛は馬にまさる。

人に物をやる。 机に本をのせる。

人に別れる。 教師に御時宜をする。

(山田1922, p. 148の横書きを改変し、抜粋)

「乙」の「形容詞に対しての目標」の「場所を示すもの」には、「山に近い」、「海に 遠い」という用例が挙げられ、「丙」の「存在詞に対しての目標」の「存在の場所を示 すもの」には、「富士山は駿河國にある」という用例が挙げられている(山田 1922, pp.

149-150)。

橋本(1969)

「に」は、「現代の標準語に於ては、用言又は同資格のものにつづくのが最普通の用 法である。即連用的用法が最多い。其他體言につづくものは並立助詞となつてゐる」(p.

119)と述べられ、次の8つに分けて示されている。(一)、「馬に乗る」(p. 119)のように

「用言のあらはす動作作用の到着し帰着する所のものを示す」(p. 119)もの、(二)、「友 だちに聞いた」(p. 119)のように「用言の示す動作作用が行はれるについて、主語に對 して相手となるものを示す」(p. 119)もの、(三)、「親に似てゐる」(p. 119)のように「用 言のあらはす動作作用の行はれる土臺又は比較の標準を示す」(p. 119)もの、(四)、「お 前にさう泣かれてはこまる」(p. 119)のように「用言が或動作をせられ、又はさせる事 を示す場合に、その動作をするものを示す」(p. 119)もの、(五)、「お祝いのしるしに差 し上げます」(p. 119)のように「用言のあらはす動作の、目的を示す」(p. 119)もの、(六)、

「借金にこまつてゐる」(p. 119)のように「用言のあらはす動作作用又は状態を起す原 因となるものを示す」(p. 119)もの、(七)、「心におもふ」(p. 119)のように「用言のあら はす動作の行はれ又は状態の存在する場所又は時を示す」(p. 119)ものである。(八)は、

「明かに知る」(p. 119)のように「副詞の資格與へる」(p. 119)ものだが、「これは、む しろ、接尾辞として取り扱った方がよからう」(p. 119)とされている。また、「酒にびー るにさいだあがあります」(p. 119)のような並列助詞であるとされ、「體言につづくもの は、對等の関係をあらはす」(p. 119)ものも示されている。

橋本(1969)においても、山田(1922)と同様に、場所を表す「に」は、(一)の「用言の あらはす動作作用の到着し歸着する所のものを示す」(p. 119)用例として、「馬にのる」

と「溝にはまる」(p. 119)が、「五十銭にまけた」や「箱入娘に蟲がつく」(p. 119)など のように場所を表す「に」ではない用例と共に示されているものがある。(七)の「用言 のあらはす動作の行はれ又は状態の存在する場所又は時を示す」(p. 119)には、「心にお もう」、「部屋に居る」、「机の上にある」、「胸におぼえがある」(p. 119)が示されている。

25 西田(1977)

西田(1977, pp. 205-206)は、2.1.1で述べたように、文中の体言と用言との関係は、

動作・作用・状態を表す用言に対して、体言がその主体であるかその目的物であるか、

その動作・作用の行われる場所・時間・手段・方法・材料などを表すものであるかの三 種に大別されると述べている。体言が用言の叙述内容に対して、場所・時間・手段・方 法・材料などを用言に先行して示す場合は、その用言を補助的に修飾しているのであっ て、その体言は用言に補格に立つ(p. 206)。「に」は補格助詞である。補格助詞は、下に くる用言の補助的関係に立つもので、体言と用言を緊密に結合させるために助詞が常に 顕示される(p. 206)。「に」は、動作、作用の生起するところを示す語で、多くの用法が あると述べられている(p. 213)。場所を表す「に」は、成立する場所を指定する用法(「こ の丘に菜摘ます児」)、動作の帰着する場所・目標を示す用法(「行き行きて駿河の国に いたりぬ」)が示されている。

田中(1977)

田中(1977)は、「ニ」の特性が、「岬ニ燈台がある」「牧場ニ牛がいる」「心ニわだかま

りが残る」のように事物・作用・状態について、その存在の場を示す点にあると述べて

いる(p. 396)。そして、そこから、行為や動作の発動に伴って、その場に関係するもろ

もろの事象を示す機能を持つに至る(p. 369)。例えば、「子供ニ留守番を頼む」、「汽車ニ 乗る」、「隣の娘ニ思いをかける」、「妹ニ看病をさせる」、「応援ニ来た」「人ニだまされ る」のように、動作の向けられる対象、行為の目指す目的、あるいは作用の出所といっ たものがそれであり、こうしたものを導いてきて、「ニ」は行為・動作の表現を支える

(p. 369)。これは、また、移動性ないしは経過性の動作・作用の場合も同じであり、そ

うした動作・作用の場を構成する諸要素、すなわち、「源をアルプスニ発する清流」、「無 人島ニたどりつく」、「新学期は四月ニ始まる」、「知らないうちニ出航していた」、「決勝 ニ勝ち進む」、「液体から気体ニ変わる」のように起点・帰着点あるいは、時期・期間・

機会・成りゆき・結果などを示す(p. 369)。このように見てくると、「ニ」は、結局、行 為・動作・作用の、いわば道具立てを整えるものであり、この種の機能をもつ句は、一 般に、間接目的あるいは補語などとも呼ばれると述べている(p. 370)。

佐久間(1983)

佐久間(1983)は、「に」の用法は、「學校は神田にある」(p. 148)や「毎朝六時にちゃ

んと起きるよ」(p. 148)のような「時所的定位」(p. 148)のような定位の仕方が、まず本 来の「に」の使命だと考えられるとしている(p. 149)。時所的定位のような定位とは、

動作そのものの営まれる場合なり時なりに関しているので、動作から遊離しておらず、

いわば動作を裏付けるものであるという(p. 149)。「時所的定位」(p. 148)には、「空間的

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な定位」(p. 148)と「時間的定位」(p. 149)がある。「空間的な定位」(p. 148)と「時所的

定位」(p. 149)という表記は佐久間(1983)の表記の通りである。「定位」についての説明

はないが以下のように理解される。「空間的な定位」とは「柿ならまだ木にたくさんな っている」や「すゑ風呂のわきにしやがんで水を呼び」のような(一)の「ありか・居ど ころ・動作の場所」(p. 148)を示すものである。これは存在および動作を言い表す動詞 に伴われる(p. 148)「に」である。「時所的定位」(p. 149)とは「昭和元年一月一日に生 まれた」のような「事の起り、續き、終わることをいう場合」(p. 149)の「に」である。

つまり、「定位」とは「ありか・居どころ・動作の場所」(p. 148) であり、「事の起り、

續き、終わることをいう場合」(p. 149)および、「定着點・動作のおちつく場所」(p. 145) を言う。

まとめ

以上のことから格助詞「に」は以下のようにまとめられる。格助詞「に」は、体言に 付属してそれが静的目標であることを示すが、静的目標とは、「を」の動的目標に対す るものである(山田1922)。場所を表す「に」には、動詞に対してはその動作作用の出自 または帰著する目標を示すもの、動作作用の存在または落ち着く場所を示すもの、形容 詞に対する目標の場所を示すもの、存在詞に対する存在の場所を示すものがある(山田

1922)。その中でも、動詞に対しその動作作用の出自又は歸著する目標を示すものは、

場所を表す「に」の用例が、場所を表す「に」ではない用例と共に示されている(山田

1922)。それは橋本(1969)においても同様に、用言の表す動作作用の到着し帰着する所

のものを示すものには、場所を表す「に」ではない用例と共に場所を表す「に」の用例 が示されていた。「に」は補格助詞であり(西田1977)、「ニ」は、行為・動作・作用の、

いわば道具立てを整えるものであり、間接目的あるいは補語などとも呼ばれる(田中

1977)。「に」の用法は、時所的定位のような定位の仕方がまず本来の「に」の使命であ

り、動作を裏付けるものである(佐久間1983)。

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