第 3 章 研究課題
3.2 研究方法
研究の方法は調査票から得られたデータを分析するという方法である。具体的には、
仮説を検証するために格助詞選択式テストの調査票を作成し、得られたデータを主に統 計処理ソフトを用いて分析する。必要に応じて予備調査や日本語学習者に対する簡単な フォローアップインタビューなども行う。
格助詞選択式テストを採用するのは、インタビューや作文といった方法では調査項目 が日本語学習者にとって苦手な表現である場合に使用が回避される可能性があるから
である(エリス 1988)。また、「*クラスで 2 人韓国人がいる」の「に」→「で」の誤用
や「*あの喫茶店にコーヒーを飲む」の「で」→「に」の誤用などがどのような「に」
20 初級レベルで現れる存在場所「に」と動作場所「で」の混同による誤用の①②が中級レ ベルでは消えているのか、また、初級レベルで現れる誤用の①②が消えた後に③~⑥の誤 用が中級レベルで現れるのかについては予想できない。初級レベルでは移動先を表す「に」
は存在場所を表す「に」の正用率よりも高く(八木1996)、「カナダへ帰った」のような「へ
(に)」は誤選択がない(久保田1994)。「カナダへ帰った」のような「へ(に)」は図の「正用形」
に含まれる。
・正用形
・存在場所「に」と 動作場所「で」の混 同による誤用(①「*
家でいる」②「*食堂 にうどんを食べた」) が現れる。
・正用形
・存在場所「に」と動作場所「で」
の混同によらない誤用(③「*クラス で2人韓国人がいる」④「*あの喫茶 店にコーヒーを飲む」⑤「*中国で、
お盆のような日もある」⑥「*寮に いない、大学でいる」)が現れる。
正用形
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と「で」の用法の混同によるものかを明らかにするための調査として最も適している。
先行研究において格助詞選択式テストの調査票が用いられた研究には、迫田(2001)、 蓮池(2004)、生田・久保田(1997)、初・玉岡・早川(2013)などがある。調査票は仮説を 検証するためのものであるため、問題文を慎重に作成しなければならない。そのため、
先行研究において用いられた調査票の問題文について検証しておく必要がある。以下、
先行研究における調査票の問題点を挙げる。
①問題文に関する問題点
迫田(2001)では調査票の問題文に「つくえの上( )おいてあるりんご( )もらっても
いい?」のように「机の上に置いてあるりんご」という連体修飾節が埋め込まれた文が 用いられている。連体修飾節が埋め込まれた文は単文に比べると複雑な構文である。ま た、文中に2つの動詞が用いられている。連体修飾節内の「置いてある」と、文末の「も らってもいい?」の「もらう」である。中級レベルの日本語学習者は、鈴木(1978)によ れば動詞の動作性に着目し誤って「で」を用いることが報告されていた。そのため、「つ くえの上( )おいてあるりんご( )もらってもいい?」の問題文には日本語学習者が誤 って「で」を選択する可能性が高いと思われる。だが、「で」が選択された際、学習者 が「置いてある」と「もらう」のどちらの動詞に着目して「で」を選択したのかについ ては調査者が判断できない。さらに、1問の問題文に( )が2箇所設けられていること も問題点として挙げられる。もしも2箇所の( )に異なる助詞が選択された場合、問題 文中の要素のどの要素を手がかりに選択されたのかが判断できないからである。
以上の理由から、本研究の調査票の問題文は連体修飾節を含まず、動詞を1つ伴う単 文であり、問題文1問に対して問う助詞は1つとする。
②選択肢に関する問題点
迫田(2001)および蓮池(2004)は、問題文に回答するための助詞の選択肢が「に」、「で」、
「を」、「と」の4種類である。つまり、問題文の( )の中に「に、で、を、と」という 選択肢の中から最も適当な助詞を1つ選んで問題文中の( )に書き込むのである。この 場合、選択肢の1つである「と」に問題がある。「と」を正答とする問題文は、場所を 表す名詞に下接する問題文ではない可能性が高いからである。しかし、「と」を除外す ると、実質的には場所を表す名詞に下接する格助詞の選択肢が「に」、「で」、「を」から の3択であり、正しい回答が得られる確率が1/3の確率になってしまうことになる。正 しい回答が得られる確率を1/4の確率21にするためには場所を表す名詞に下接する格助
21 迫田(2001)及び蓮池(2004)では助詞の選択肢を4種類にしていたが実際には正しい回答 を得られる確率が1/3であった。本研究も先行研究に習い助詞の選択肢を4種類にした。そ して、1問の問題文に対し正答が選ばれる確率の偶然性をできるだけ排除できるように考慮 し正しい回答の得られる確率を1/4にした。
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詞を選択肢の1つとしなければならない。これは1問の問題文に対し正答が選ばれる確 率の偶然性をできるだけ排除し、統計処理における信頼性を高めるためである。
以上の理由から、本研究の調査用の助詞の選択肢は「と」ではなく、場所を表す格助 詞または場所を表す名詞に下接する格助詞の「から」を選択肢の1つとすることにした。
①と②から、本研究の調査票の問題文は連体修飾節などを含まずできるだけ単文とす る。格助詞の選択肢はなるべく場所を表す名詞に下接する格助詞として「から」を選択 肢の1つとする。具体的には本研究の調査票は、格助詞「に」、「で」、「を」、「から」か ら最も適当なもの1つを選んで問題文中の( )に記入するか、または、問題文中に埋め 込まれた格助詞「に、で、を、から」最も適当なもの1つを〇で囲むという格助詞選択 式テストを作成するということである。
また、それぞれの調査票における調査協力者数を100人前後と想定し、1種類の問題 文を6問~7問作成することによって1問の問題文に対し正答が選ばれる確率の偶然性 をできるだけ排除できるように考慮する。この点も統計処理上の信頼性を高めるためで ある。このようにして作成した問題文から得た1人1人の回答の誤答率は、各問題文の 誤答の合計÷(調査対象者数×問題文)のように算出する。正答率も同様である。
分析は調査票から得られたデータを用いて統計処理を行う。研究課題1の仮説を検証 するためには、まず、正答率や誤答率の傾向を見るために相関分析を用いる。日本国内 の日本語学習者(多国籍)に協力を得て、まずは中級レベルの中でもどのような日本語レ ベルに条件付存在文における存在場所を表す「に」→「で」の誤用が見られるかを調べ る22。そのためには、中級レベルをさらに「中級の下」、「中級の中」、「中級の上」とい う日本語レベルに分け、条件付存在文における存在場所を表す「に」の正答率を比較す る。また、条件付存在文における存在場所を表す「に」→「で」の誤答率と範囲限定を 表す「で」の正答率を相関分析し、条件付存在文における存在場所を表す「に」→「で」
の誤答率と範囲限定を表す「で」の正答率との間にどのような関係が見られるかを分析 する。
研究課題1の仮説を検証するための分析には回帰分析を用いる。相関係数は2変数間 の関係を記述することができるが、回帰分析では2変数以上の関係を記述することがで きるからである(林田2013)。初めにJFLの中級レベルの中国語話者を対象として条件 付存在文における存在場所を表す「に」→「で」の誤用が見られるか否かを調べる。「に」
→「で」の誤用が見られれば、その存在場所を表す「に」→「で」の誤用が範囲限定を 表す「で」と関係があるか否かを回帰分析する。回帰分析は、条件付存在場所を表す「に」
→「で」の誤答率を目的変数に、範囲限定を表す「で」の正答率と動作場所を表す「で」
22 次節でも述べるが、本研究の対象となる誤用は幅広い中級レベルのすべての日本語学習 者に現れるというのではなく中級レベルの中でもある日本語レベルにおいて現れると考え られる。そのため、中級レベルにおけるあるレベルにその誤用が現れれば、本研究では初 級レベルでもなく上級レベルでもない日本語レベルに現れたという意味で中級レベルに現 れたと表記する。
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の正答率を説明変数にして両者の関係を調べる。条件付存在場所を表す「に」→「で」
の誤答率と範囲限定を表す「で」の正答率との間に何らかの関係が見られ、条件付存在 場所を表す「に」→「で」の誤答率と動作場所を表す「に」の正答率との間に何ら関係 が見られなければ、上記の仮説の日本国内の日本語学習者(多国籍)と同じ日本語レベル
23であると解釈される。続いてJSLの中国語話者を対象にJFLの場合と同様の手順で 分析する。また、第2章の初級レベルの学習者を対象とした格助詞の習得に関する先行 研究で問題となった点について、初級レベルのデータを用いて分析する。すなわち、存 在場所を表す「に」→「で」の誤用が動作場所を表す「で」との混同による誤用である か否かを分析する。さらに、初級レベルの日本語学習者にも条件付存在場所を表す「に」
→「で」の誤用が現れるか否か、現れるとすればそれは動作場所を表す「で」と範囲限 定を表す「で」の内どちらの「で」との混同による誤用かについても検証する。最後に、
韓国語話者に協力を得て中国語話者の場合と同様の手順で分析する。
研究課題2の仮説を検証するためにはまず、3種類の予備調査を実施する。翻訳の調 査および、文を構成する名詞と動詞の組み合わせが特定のものに限り「で」→「に」の 誤用となっているのか、それとも、文を構成する名詞と動詞が特定の組み合わせではな く、日本語学習者の何らかの基準によって「で」→「に」を誤用しているのかを調べる ものである。その後、格助詞選択式テストの調査を実施し、得られたデータから、「* あの喫茶店にコーヒーを飲む」の「で」→「に」の誤答率を目的変数に、移動先を表す
「に」の正答率と存在場所を表す「に」の正答率を説明変数にして回帰分析をする。フ ォローアップインタビューとして「*あの喫茶店にコーヒーを飲む」の「で」→「に」
を用いた日本語学習者数名に「に」を用いた理由を1人1人に尋ねる。
研究課題3の仮説を検証するためには以下のように分析を行う。場所名詞が対比され た存在を表す文の調査では、中級レベルの中国語話者に協力を得て格助詞選択式テスト の調査を実施し、場所名詞が対比された問題文の存在場所を表す「に」→「で」が見ら れるかどうかを調べる。場所名詞が対比された文の「に」→「で」の誤答率と動作場所 を表す「で」の正答率の相関分析をする。仮説を検証するためには中国語話者に対して 行った手順と同様に、韓国語話者に協力を得て格助詞選択式テストの調査を実施し、場 所名詞が対比された文の存在場所を表す「に」→「で」が見られるかどうかを調べる。
場所名詞が対比された文の存在場所を表す「に」→「で」の誤答率と動作場所を表す「で」
の正答率の相関分析をする。
次に、場所名詞が文頭に置かれた存在を表す文の調査では、中国語話者に協力を得て 予備調査の格助詞選択式テストの調査を実施した後に、翻訳の調査を行う。本調査は格 助詞選択式テストの調査である。分析は場所を表す名詞が文頭に置かれた場合と文中に
23 中級レベルにおけるある日本語レベルを指す。注22と同じく、本研究では問題となる混 同による誤用が中級レベルのすべての日本語学習者に現れなくとも、中級レベルのあるレ ベルに現れれば中級レベルに現れたと表記する。