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第 5 章 仮説「移動先『に』と動作場所『で』の混同による『で』→『に』の誤用」の検

5.1 移動先を表す「に」と動作場所を表す「で」の混同

5.1.4 本調査とその結果

本調査は、格助詞選択式テストの調査票およびフォローアップインタビューである。

格助詞選択式テストの調査票から得られたデータの分析は回帰分析26を行う。動作場所 を表す「で」を、移動先を表す「に」と混同して「で」を「に」と誤るのであれば(仮 説)、移動先を表す「に」を正しく用いるようになるにつれ、「で」を「に」と誤る「* あの喫茶店にコーヒーを飲む」のような例は見られなくなるはずである。同様に、「で」

を「に」と誤る理由が、単に、存在場所を表す「に」の誤用であれば、存在場所を表す

「に」を正しく用いるようになるにつれて、「*あの喫茶店にコーヒーを飲む」のような 誤用は見られなくなるであろう。しかし、もし、「で」を「に」と誤る理由が、存在場 所を表す「に」の誤用とは無関係であれば、存在場所を表す「に」の正答率が上昇して も、「で」→「に」の誤答率には影響を与えまい。したがって、動作場所を表す「で」

を「に」と誤る誤答率を目的変数とし、移動先を表す「に」の正答率、および、存在場 所を表す「に」の正答率を説明変数とする回帰分析を行い、移動先を表す「に」の正答 率にかかる係数が負に有意となり、存在場所を表す「に」の正答率にかかる係数が有意 とならなければ、動作場所を表す「で」を「に」と混同する原因が、移動先を表す「に」

との混同であることの直接的な証拠になり得る。そこで、調査票では、まず、動作場所 を表す「で」を「に」と誤る誤答率を観測しなければならない。同時に、移動先を表す

「に」の正答率、および、存在場所を表す「に」の正答率も知る必要がある。この点を、

本調査を作成する際の基本に据える。

調査票の問題文は、「あの食堂(に、で、を、から)ご飯を食べる」のように、「に、で、

を、から」の中から最も適当なものの1つを〇で囲むというものである。調査を2回に 分けたのは、問題数が98問になることで日本語学習者に負担がかかり、格助詞の選択 がいい加減になってしまうのを避けるためである(白畑・坂内2006)。調査票の問題文は 1枚が50問、もう1枚が48問であり、「に」、「で」、「を」「から」を正答とするそれぞ れの問題文数ができるだけ近い数になるように配分する。問題文の漢字にはすべて平仮 名を振る。

以下に示した調査票の(g)の「動作デ」の問題文において、日本語学習者が「に」を

26 本調査のデータの分析にパス解析やSEMなどの分析を使わず、回帰分析を用いる理由 を述べておく。回帰分析を用いたのは、相関分析、パス解析、SEMといった分析では、仮 説の検証にそぐわないからである。具体的には、相関分析では2変数の間の関係しか見る ことができないのに対し、回帰分析では3変数の間の関係を見ることができる(林田2014)。

また、パス解析、SEMは変数間の相互依存関係を描写したり、変数間の相互依存関係をモ デルで示す際の適合度を評価したりできる利点はあるものの、本節におけるような、「で」

→「に」の誤答の原因が「移動先ニ」あるいは「存在ニ」にあるのか否かを問う問題意識 からすれば、相互依存関係を描写しモデルで示す必要がないからである(林田2013)。

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選んだ誤答率を目的変数とし、説明変数には、(h)の「移動先ニ」の正答率および(i)の

「存在ニ」の正答率を用いる。実際の調査票は付録に示すこととするが、以下、分析の 対象となる問題文の例を示す。

(g)「動作デ」:動作場所を表す「で」の問題文である。「で」を正答とする。6.2.1に 示した(1)「*あの喫茶店にコーヒーを飲む」のような「で」→「に」の誤用が移動先を 表す「に」と関係があるのか、存在場所を表す「に」と関係があるのかを調べるための 問題文で 12 問である。初級レベルの日本語学習者に見られる(2)「*食堂にうどんを食 べた」の「で」→「に」の誤用は存在場所を表す「に」と動作場所を表す「で」の混同 による「に」の過剰使用であった(久保田1994)。そのため、本問の回答に「で」→「に」

の誤用が見られた場合、移動先を表す「に」(以下の(h))と存在場所を表す「に」(以下 の(i))のどちらと関係があるのかを調べるのである。自動詞文が 6 問であり、他動詞文 が6問である。以下、問題文の一部を示す。

(3) あの教室(に、で、を、から)読書する。

(4) あの教室(に、で、を、から)本を読む。

(5) あのレストラン(に、で、を、から)ご飯を食べる。

(6) あのレストラン(に、で、を、から)食事する。

(7) 来年、大学(に、で、を、から)勉強する。

(8) 来年、大学(に、で、を、から)日本語を学ぶ。

(h)「移動先ニ」:移動先を表す「に」の問題文である12問である。「に」を正答とす る。人やモノの移動を表す文である。問題文に用いた動詞は寺村(1982)を参考にした。

なお、「あなたは今、九産大の教室です」のように学習者が現在存在する場所を示して いるのは、「から」を正答としないためである。これについては、調査実施の直前に「(あ なたは今、九産大の教室です)東京(に、で、を、から)行く。」という文をパワーポイン トのスライドに示すなどして、「みなさんは今この教室です。という意味です」と口頭 で説明する。口頭による説明の際には、回答のヒントとなり得る「に」を使わないよう に注意を払う。以下、「移動先ニ」の問題文の一部を示す。

(9) (あなたは今九産大の教室です)中国(に、で、を、から)手紙を送る。

(10) 妹(に、で、を、から)辞書をやる。

(i)「存在ニ」:人や物の存在場所を表す「に」の問題文で12問である。「に」を正答 とする。学会で発表したときにこの調査票についてコメントがあった。それは存在場所 を表す「に」の問題文は、「いる」と「ある」という文末だけではなく、「置いてある」

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のような文末の問題も用いた方が良いというものであった。これを受け、「いる」また は「ある」を文末とする問題文を6問、「置いてある」のような「Vてある」を文末と する問題文を6問作成した。以下、問題文の一部を以下に示す。

(11) 棚(に、で、を、から)マンガがある。

(12) 机(に、で、を、から)カバンが置いてある。

(j)「ヲ」:「を」を正答とする12問のダミーの問題文である。問題文の一部を以下に 示す。

(13) 橋(に、で、を、から)渡る。

(14) 道(に、で、を、から)歩く。

(k)「カラ」:「から」を正答とする12問のダミーの問題文である。問題文の一部を以 下に示す。

(15) 駅(に、で、を、から)ここまで歩く。

(16) 教室(に、で、を、から)山が見える。

調査協力者は、日本語能力試験のN2合格者の49人である。調査は、2012年6月と 7月に筆者が担当する日本語授業の終了後に49人一斉に実施した。調査票の記入時間 は特に設けなかったが、日本語学習者が記入に要した時間は約10分であった。

回帰分析の前に、まず、「で」→「に」の誤答の原因が他動詞文か自動詞文かに依存 していると指摘する先行研究を受けて(蓮池2004)、他動詞文における誤答率と自動詞文 における誤答率との間に差があるか否かについて検定を行った。本節の調査票により、

(e)の他動詞文に対する「に」の誤答率と、自動詞文に対する「に」の誤答率を観測す ることができる。そこで、この2つの誤答率に有意差があるかどうかを見るために、対 応のあるt検定を行ったところ、誤答率に有意差はなかった。したがって、誤答率の算 出において、他動詞文と自動詞文の区別を行わず、両者の誤答率を合わせて「動作デ」

の問題文の「で」を「に」とした誤答率(以下、「動作デ」の「デ→ニ」誤答率)とした。

次に、(i)「存在ニ」の問題文の2種類の回答で「に」の正答率に差がないかどうかを t 検定した。2 種類の問題文とは、(11) の「棚(に、で、を、から)マンガがある」のよ うな述語が「ある」の問題文と(12)「机(に、で、を、から)カバンが置いてある」のよ うな述語が「Vてある」の問題文である。つまり、述語が「ある」または「いる」の問 題文における「に」の正答率と述語が「Vてある」の問題文における「に」の正答率と の間に差があるか否かについて、対応のあるt検定を行ったところ、述語が「ある」ま たは「いる」の問題文における「に」の正答率の方が、述語が「Vてある」の問題文に おける「に」の正答率の方よりも有意に高かった。述語が「Vてある」の問題文におけ

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る「に」の正答率が低いのは、鈴木(1978)で報告されている動詞の動作性に引かれ「に」

→「で」の誤答率が高いためであることが推測される。そのため、以下、(i)「存在ニ」

の問題文で(11) の「棚(に、で、を、から)マンガがある」のように述語が「ある」の問 題文6問における「に」の正答率のみを分析の対象にすることにした。

また、(h)「移動先ニ」の問題文で、(10)の「妹(に、で、を、から)辞書をやる」のよ うな問題文は、「移動先ニ」の「に」の正答率には含めないことにした。理由は、本節 の研究結果を論文として投稿した学会誌の査読者から以下のような指摘を受けたから である。「妹に辞書をやる」のような文は、「辞書」の移動先が「人」であり、「大学に 行く」のような「場所」への移動とは異なるという指摘である。そのため、「妹(に、で、

を、から)辞書をやる」のような問題文を分析の対象から外すことにした。

「動作デ」の「デ→ニ」誤答率は、10.37%であった。誤答率は、各問題文の誤答の 合計÷(調査対象者数×問題文)と算出した。正答率も同様である。この「動作デ」の「デ

→ニ」誤答率が、「移動先ニ」の「に」正答率(以下、「移動先ニ」正答率)と関係がある のか、「存在ニ」の「に」正答率(以下、「存在ニ」正答率)と関係があるのかが問題とな る。表5-5に「動作デ」正答率、「移動先ニ」正答率、「存在ニ」正答率および「ヲ」の 正答率と「カラ」の正答率を示す。( )内の標準偏差は本節を論文として投稿した先の 査読者からの要請による。

表 5-5. 「動作デ」「移動先ニ」「存在ニ」「ヲ」「カラ」の正答率と(標準偏差) 正答率(%) (標準偏差)

「動作デ」 85.2 (0.173)

「移動先ニ」 73.5 (0.179)

「存在ニ」 89.1 (0.205)

「ヲ」 64.1 (0.193)

「カラ」 79.4 (0.139)

n=49.

49人の1人1人の「動作デ」の「デ→ニ」誤答率を目的変数とし、同じく49人の1 人1人の「移動先ニ」正答率および「存在ニ」正答率を説明変数とする回帰分析を行っ た。「移動先ニ」正答率にかかる係数が負に有意となり、「存在ニ」正答率にかかる係数 が有意にならなければ、仮説は支持されたと考えて良いであろう。表5-6はその結果で ある。但し、回帰直線が横軸と交わる点を示す定数項については省略した。

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表 5-6. 目的変数「動作デ」の「デ→ニ」誤答率、説明変数「移動先ニ」正答率および

「存在ニ」正答率の重回帰分析の結果

決定係数 説明変数 β p

R2=.136 移動先ニ -0.277 0.029*

存在ニ 0.007 0.950

n49. 注: * p<.05. ** p<.01.

「動作デ」の「デ→ニ」誤答率を目的変数にした回帰式の係数は、「移動先ニ」正答 率が-0.277で、p値は0.029であり、5%の有意水準で有意である。すなわち、「動作デ」

の「デ→ニ」誤答率と「移動先ニ」正答率との間に負の相関が見られる。これは、「移 動先ニ」正答率が上がると、「動作デ」の「で」を誤って「に」とした誤答率が下がる ということを意味している。つまり、「移動先ニ」を正しく用いるようになると、「動作 デ」に「に」を選ぶ誤用も減少し、正しく「で」を用いることができるようになるとい うことである。

一方、「存在ニ」正答率にかかる係数は有意ではなかった。このことは、「存在ニ」を 正しく用いるようになっても、「動作デ」の誤答率には影響が見られないことを意味し ている。以上の2つの事実をあわせて考慮すると「動作デ」において、「に」と誤る現 象は、「移動先ニ」との混同によることを示唆している。

以上のような結論の傍証を得るために、「*食堂に食べる」という文を使うという 10 人に個別にフォローアップインタビューを行い、「に」を用いる理由を尋ねた。10人は、

上記調査協力者49人の中の10人である。この10人の内8人は、「*食堂に食べる」は、

「ご飯を食べるために、『食堂に行く』から『に』を選ぶ」、「あそこに行く」のように 回答した。回答する際のジェスチャーは「食堂に行く」、「あそこ、行く」と言いつつ、

人さし指を立て曲げていた腕を伸ばし離れている場所を指すというのが最も多かった。

また、「まだ、行っていない。今から行く」、「目的はご飯を食べる。そのために食堂へ 行くから」という回答もあった。そして、「食堂でご飯を食べる」などの文から「移動」

のイメージを受けるどうかを尋ねたところ、「移動のイメージを受ける」と回答した日 本語学習者が9人であった。つまり、日本語学習者は、「食堂」や「食べる」など文を 構成する個々の要素を目当てに助詞を選んでいるのではなく、「文」を構成する「食堂」

や「食べる」というすべての要素から、「その場所へ移動して行く」と感じた場合に、

「に」を用いていることが考えられた。

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