第 2 章 先行研究概観
2.2 日本語教育における場所を表す「に」の習得に関する研究
2.2.2 日本語能力が初級レベルの学習者を対象とした習得に関する研究
2.2.2.2 格助詞内の機能の習得順序に関する研究
格助詞内の意味別習得順序には、八木(1996)、森山(2005、2008a、2008b)などがあ
る。2.2.2.1 で述べたが、八木(1996)はアセアン諸国からの日本語学習者が書いた作文
を資料として格助詞の習得について分析している。森山(2005、2008a、2008b)は韓国 語話者が産出した動詞文における格助詞を分析しているが、市川(1988) は日本語学習 者の母語についての記述はないが存在場所を表す「に」を伴う文型の習得順について述 べている。
八木(1996)
八木(1996)は、格助詞「に」を「妹は京都にいる」のような「存在場所」を表すもの、
「明日北海道に行く」のような「行き先、方向」を表すもの、「毎朝6時に起きる」の ような「時」を表すもの、「田中さんにハンカチをあげた」のような「動作や態度が向 けられる先や相手」を表すもの、「明日田中さんと食事に行く」のような「動作の目的」
を表すものの5つに分けている。格助詞「で」は、「成田空港までタクシーで行った」
のような「道具、方法、手段」を表すもの、「毎日図書館で勉強する」のような「動作 場所」を表すもの、「田中さんは一人で神戸に行った」のような「主体の数量限定」を 表すものの3つに分けている。格助詞「を」は、「今朝、コーヒーを飲んだ」のような
「対象」を表すもの、「公園を散歩する」のような「場所」を表すものの2つに分けて いる。
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八木(1996)は作文資料を分析した研究であり、石田(1991)は会話テストを分析した研
究であり、日本語学習者の母語も日本語学習が行われた環境も異なるため、両研究の場 所を表す「に」と「で」を単純に比較することはできないが、場所を表す「に」の正用 率の方が場所を表す「で」の正用率よりも高いことは共通している。具体的には、石田
(1991)では、段階Ⅰを除き、「場所」の「に」の正用が「場所」の「で」の正用よりも
高い。八木(1996) では「場所」の「に」の機能が分かれているが、「行き先」の「に」
の正用率(グループ1が86%、グループ2が92.9%)と、「存在の場所」の「に」の正用 率(両グループとも 57.1%)を合わせると、「動作の場所」の「で」の正用率(グループ1 が60%、グループ2が63.6%)よりも高いであろう。
八木(1996)の「グループ 1、グループ 2 の助詞別、助詞の機能別正用率」によると、
「に」の正用率の高い順は、グループ1が「明日田中さんと食事に行く」のような「動 作の目的」を表すもの(100%、サンプル数1)、「田中さんにハンカチをあげた」のよう な「動作や態度が向けられる先や相手」を表すもの(88.9%、サンプル数9)、「明日北海 道に行く」のような移動先を表すもの(86.0%、サンプル数 50)、「妹は京都にいる」の ように存在場所を表すもの(57.1%、サンプル数7)、「毎朝6時に起きる」のような「時」
を表すもの(50.0%、サンプル数20)である。グループ2が「明日田中さんと食事に行く」
のような「動作の目的」を表すもの(100%、サンプル数4)、「明日北海道に行く」のよ うな移動先を表すもの(92.9%、サンプル数 28)、「田中さんにハンカチをあげた」のよ うな「動作や態度が向けられる先や相手」を表すもの(90.9%、サンプル数 11)、「妹は 京都にいる」のように存在場所を表すもの(57.1%、サンプル数7)、「毎朝6時に起きる」
のような「時」を表すもの(46.7%、サンプル数15)という順である。
つまり、「田中さんにハンカチをあげた」のような「動作や態度が向けられる先や相 手」を表す「に」、および「明日北海道に行く」のような「行き先、方向」を表す「に」
が、他の「に」の用法に比べて正しく用いられること、「妹は京都にいる」のような存 在場所を表す「に」、および「毎朝6時に起きる」のような「時」を表す「に」は、あ る程度正しく用いられるが、他の「に」の用法に比べて誤用が多いということである(八 木1996)。
八木(1996)の「で」の正用率の高い順は、グループ1が「成田空港までタクシーで行
った」のような「道具、方法、手段」を表すもの(100%、サンプル数4)、「毎日図書館 で勉強する」のような動作場所を表すもの(60.0%、サンプル数15)、グループ2が「成 田空港までタクシーで行った」のような「道具、方法、手段」を表すもの(100%、サン プル数5)と「田中さんは一人で神戸に行った」のような「主体の数量限定」を表すもの (100%、サンプル数2)、「毎日図書館で勉強する」のような動作場所を表すもの(63.6%、
サンプル数11)という順である。「を」の正用率は、両グループともに「今朝、コーヒー を飲んだ」のような対象を表すものが高い(グループ1 のサンプル数 41 で 70.7%、グ ループ2のサンプル数が40で72.5%)。「公園を散歩する」のような場所を表すものは、
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ほとんど用いられておらず、グループ2のサンプル数は 1 であった。だが、その1 つ は誤用であり、正用率は0%である。
つまり、「で」については、両グループ共に「成田空港までタクシーで行った」のよ うな「道具、方法、手段」を表す「で」は、サンプル数は少ないもののすべて正しく用 いられること、「毎日図書館で勉強する」のような動作場所を表す「で」はある程度正 しく用いられるが、「道具、方法、手段」を表す「で」の用法より誤用が多いというこ とである。グループ2に関しては、「田中さんは一人で神戸に行った」のような「主体 の数量限定」を表す「で」を、サンプル数が少ないもののすべて正しく用いられたとい うことである。「を」については、両グループ共に、「今朝、コーヒーを飲んだ」のよう な対象を表すものが用いられていること、「公園を散歩する」のような場所を表すもの は、ほとんど用いられていないということである(八木1996)。
森山(2005、2008 a、2008b)
森山(2005、2008 a、2008b)は、認知言語学の観点により格助詞内の意味の習得プロ セスおよび習得順序を明らかにしている(森山 2005)。森山(2008a、2008b)では、後述
する森山(2005)の実証研究と「KYコーパス」における日本語学習者が用いた格助詞の
集計に基づいた日本語学習者の格助詞「に」、「を」、「で」の習得順序が示されている。
「KYコーパス」とはOPIという日本語の「会話能力試験」(牧野他2001, p. 10)の会話 をスクリプトにしたものである。森山(2008a、2008b)は、日本語学習者の格助詞「に」、
「を」、「で」の習得は、「に」が「移動先」、「存在の位置・時」、「動作の相手・経験主」
という順序、「で」が「場所」、「道具」、「様態」、「原因」、「時間」という順序、「を」が
「対格」、「場所」、「状況・時」という順序であるとし、これは、第2言語習得において、
プロトタイプが先に習得されるという主張の妥当性を実証的に検討したものであると 述べている。但し、プロトタイプを決定する要因である、想起のしやすさ、使用頻度、
母語習得順序、通時的出現順序の間には、食い違いが生じる場合もあると述べられてお
り(森山2008a, p. 259)、習得は、学習の進展の中で徐々にプロトタイプが確立されてい
くこと、プロトタイプが形成されるまでは、使用頻度などの個々の要因が習得に影響を 及ぼしているが、プロトタイプが確立されるに伴い、プロトタイプとしての役割が習得 を進める要因となっているという(森山2008a, p. 261)。
つまり、格助詞「に」は、「移動先」、「存在の位置・時」、「動作の相手・経験主」の 順に習得が進むということである(森山 2008b)。「存在の位置・時」や「移動先」がど のような発達段階を経て習得されるのかについては示されていない。
市川(1988)
市川(1988)は格助詞の習得に焦点が当てられた研究ではないが、文型における存在場
所を表す「に」の習得の順について述べている。市川(1988)は筑波大学の文部科学省研
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究留学生のための6カ月間の日本語研修コースにおける日本語学習者28人の小テスト とテストを分析した。日本語学習者の母語については記載がない。日本語学習用教材は 45課からなる同大学留学生教育センター作成の『きそにほんごかいわ』で1日1課の 速度で、約3カ月で終了する。その間、4課毎(約1週間に1度)小テストを行い、27課 終了時および45課終了時にテストを行ったという。その結果、文型通りに出題された 穴埋め問題は最初の段階から良くでき、また動詞と直接的な格関係を持つ助詞の定着も 良いと述べられている。日本語学習開始後1週目の小テスト1では連体助詞「ノ」およ び対格「ヲ」の定着が良かった。2週目の小テスト2では「デ」、小テスト4では「~
になる、~に会う」の「ニ」の定着が悪かったという。また、「~に~がある/いる」よ り「~は~にある/いる」の方が定着度が低いという報告がある(市川1988)。「~は~に ある/いる」の方が定着度が低いことについては、「~に~がある/いる」に比べて時間的 に十分教えられなかったためであろうとされている。しかし、学習時間の長さと学習項 目の定着度の高さとの関係については客観的な分析を行っているわけではない。
森山(2005)では、韓国語話者の格助詞の初期の習得過程について、当該韓国語話者が
使用した教科書に用いられている動詞の文に動作主を表すガ・ハ格が殆ど共起していな いにもかかわらず、動作主を表すガ・ハ格の動詞に共起する割合が異常に高かったこと が述べられている。当該韓国語話者が使用した教科書に用いられている動詞の文に動作 主を表すガ・ハ格が殆ど共起していないというのは、当該韓国語話者は動詞の文に動作 主を表すガ・ハ格を殆ど学習していないのだと思われる。すなわち、市川(1988)の「~
は~にある/いる」の方が定着度が低いのは、「~に~がある/いる」に比べて時間的に十 分教えられなかったからとは言い難い。
格助詞内の機能の習得順序に関する研究まとめ
格助詞「に」は「移動先」、「存在の位置・時」、「動作の相手・経験主」という順に習 得が進むということである(森山 2008a、2008b)。八木(1996)の「明日北海道に行く」
のような「行き先、方向」を表す「に」が、「妹は京都にいる」のような存在場所を表 す「に」よりも正しく用いられるという点は森山(2008a、2008b)と同じである。八木
(1996)では「田中さんにハンカチをあげた」のような「動作や態度が向けられる先や相
手」を表す「に」も「行き先、方向」を表す「に」と同様に、他の「に」の用法に比べ て正しく用いられていた。また、「~に~がある/いる」より「~は~にある/いる」の方 が定着度が低い(市川1988)。
格助詞「で」は「場所」、「道具」、「様態」、「原因」、「時間」という順に習得が進むと いうことである(森山 2008a、2008b)。八木(1996)では両グループ共に「成田空港まで タクシーで行った」のような「道具、方法、手段」を表す「で」は、サンプル数は少な いもののすべて正しく用いられること、「毎日図書館で勉強する」のような動作場所を 表す「で」はある程度正しく用いられるが、「道具、方法、手段」を表す「で」の用法
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より誤用が多いということである。この点は、森山(2008a、2008b)の習得順と逆であ る。また、八木(1996)のグループ2 に関しては、「田中さんは一人で神戸に行った」の ような「主体の数量限定」を表す「で」がサンプル数が少ないもののすべて正しく用い られたということである。これは森山(2008a、2008b)の「様態」に当たる。
格助詞「を」は「対格」、「場所」、「状況・時」の順に習得が進むということである(森
山2008)。八木(1996)では両グループ共に「今朝、コーヒーを飲んだ」のような対象を
表すものが用いられており、「公園を散歩する」のような場所を表すものはほとんど用 いられていない(八木1996)。このことについても森山(2008a、2008b)と同様である。