第 2 章 先行研究概観
2.2 日本語教育における場所を表す「に」の習得に関する研究
2.2.3 日本語能力が中級レベルの学習者を対象とした習得に関する研究
中級レベルの日本語学習者を対象とした習得に関する研究は、本研究に関連が深い鈴木 (1978)、顧(1983)、迫田(2001)、蓮池(2004)を中心に示す。特に、鈴木(1978)の示した 誤用は、国際交流基金(1978)の『教師用日本語教育ハンドブック③文法Ⅰ文法Ⅰ助詞の 諸問題1』および日本語教育学会編(1982)の『日本語教育事典縮刷版』にも挙げられて おり、日本語教育においてよく知られている誤用である。また、場所を表す「に」と「で」
の習得研究は、迫田(2001)のユニットストラテジーの多用による誤用の研究以降殆どの 研究でそのストラテジーの有無が分析されたり検証されたりしている(蓮池 2004・ 2007・2012、益田2001、坂本2002、初・玉岡・早川2013等)。
鈴木(1978)
鈴木(1978)は、東アジアからの留学生を主とした作文資料をもとに誤用例から場所を
表す「に」と「で」の混同を指摘し、混同され易い3つのケースを示している。日本語 学習者の日本語レベルについては明記されていないが、「初期の段階での『に』と『で』
の誤用はあまりあらわれないが、複雑になるにつれて、いろいろな形の混同が出てくる」
(鈴木1978, p. 5)と述べられた後に、さまざまな誤用が挙げられ誤用についての解釈が
あることから中級レベルであることが分かる。
1 つ目は「*食堂でわたしたちのいけた生け花があります」のように、物の存在を表 す文に連体修飾句が入ったために、最寄りの動詞にひかれて係りと受けとの関係に混乱 が生じるもの、2つ目は「*私の父はバンコクの郊外で農園を持っています」のように、
「農園」が存在する場所を表す「広義の所在文」も「に」を用いることの理解不足によ
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るもので「持つ」、「借りる」、「つくる」、「さく」、「はえる」などを動作・作用と考え、
意識的に「で」を用いてしまい、これらがモノの存在場所を表す「所在文の一種である こと」を見落とすとしているもの、3 つ目は「*小鳥は木のえだでとまって、きれいな 声で鳴いています」のように、「敷く」、「置く」、「すわる」、「とまる」、「植える」など の動詞が動作性の動詞であるために、動作・作用の行われる場所を示す「で」の用法に 引かれてしまうものであるという。
つまり、日本語学習者は動詞の動作性に着目し、3つのケースのすべてを「に」→「で」
と誤用しているということである。但し、鈴木(1978)の1つ目のケースの「に」→「で」
の誤用は、最寄りの動詞に引かれて混乱が生じたとされているが、「場所」と「いる」
の間に置かれた「生けた」を伴う連体修飾句の文だからであるとされている。そうだと すれば、「場所」と「いる」の間に「生けた」がなければ正しく「に」が用いられるの かという疑問が生じる。このことは、「場所」と「いる」の間に「生けた」のような動 詞が置かれた文における「に」→「で」の誤用が、「場所」と「いる」の間に動詞が置 かれない文における「に」→「で」の誤用よりも多ければ、鈴木(1978)の解釈が正しい という裏付けになると考えるが、鈴木(1978)ではそれを確かめるような調査はされてい ない。
さらに、鈴木(1978)は、「場所」を表す「で」と「到達点・方向」を表す「に」「へ」
と「経路」を表す「を」の混同の例を挙げている。「で」と「へ」および「に」の混同 は「*9 時に中河原駅で集まりました」である。「集まる」は、「多くのものが一つ所に 寄って来る」という意味であり、空間的な移動を表す動詞で、「行く」、「来る」などと 同じグループに属するものであるが、それが普通の動詞と見られるのだろうが、はっき りした原因はつかめないと述べられている。「に」(「へ」)と「を」の混同は、「*右へ まがって、坂へのぼります」、「で」と「を」の混同は、「*私は毎日プールを泳ぎます」、
「*私たちは旅館の近くに散歩しました」、「*多摩川のそばで散歩します」などであると いうことである。なお、これらの格助詞の誤用の一部は、国際交流基金(1978)の『教師 用日本語教育ハンドブック③文法Ⅰ文法Ⅰ助詞の諸問題 1』および日本語教育学会編
(1982)の『日本語教育事典縮刷版』にも挙げられている。
このことから、日本語学習者は中級レベルになると、共に用いる動詞の動作性に着目 し動作場所を表す「で」を用いるようになっていることが分かる(鈴木1978)。それは、
日本語学習者が動詞に着目し共に用いる格助詞を判断しているということである。この ことから、初級レベルのときに見られた「*家でいる」の誤用は消えていることが考え られる。動詞の「いる」は、存在を表す動詞であり動作性がないため、「で」が用いら れることが考えられないからである。また、「*食堂にうどんを食べた」の誤用も消えて いると考えられる。動詞の「食べる」は、動作や行為を表す動作性の動詞であるため「食 べる」の動作性に着目して「で」を用いれば良いからである。問題となるのは、中級レ ベルでは存在場所を表す「に」の誤用は現れないのかということである。
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他方、移動先を表す「に」については、どのようにして習得が進むのかも問題となる。
共に用いられる動詞の動作性に着目し「に」→「で」が多用される中、移動先を表す「に」
の習得はどのようにして進むのだろうか。
顧(1983)
顧(1983)は、中国語を母語とする日本語学習者の「『に』と『で』(場所)の誤用」とし
て「*先生は黒板で字を書いている」、「*あの喫茶店にコーヒーを飲みましょう」を挙げ ている。鈴木(1978)では、動詞の動作性に着目して多くの「に」→「で」の誤用が見ら れた。そのような中、顧(1983)の「*あの喫茶店にコーヒーを飲みましょう」は何に着 目して「で」→「に」が用いられたのか。顧(1983)もも、日本語学習者の日本語レベル は明記されていない。顧(1983)では、示された誤用について「低学年にはよくみられる が、高学年にはあまりみられない」(p. 106)や「入門段階でみられる」(p. 111)のように 書かれた箇所が数カ所ある。そのため、そのような記述がない誤用が中級レベルに見ら れる誤用であることが分かる。つまり、「*あの喫茶店にコーヒーを飲みましょう」は中 級レベルに見られる誤用であるということである。顧(1983)によれば、場所を表す「に」
も「で」も中国語に直すと、いずれも場所を表す名詞に前に置く介詞の「在」にあたる ため、中国語を母語とする日本語学習者にとって「に」と「で」の使い分けは頭を痛め る問題であるという。また、離れる場所を表す「を」についても、「『から』と『を』(移 動)の混用」として「*私は去年北京大学から卒業した」や「*李さんは工場から退職し てから居民委員会(町内会)で手伝っている」が挙げられている。これらも中級レベルに 見られる誤用である。
問題となるのは、「*あの喫茶店にコーヒーを飲む」のような「に」である。鈴木(1978) で見たように、日本語学習者は動詞の動作性に引かれ「で」を用いるので、「飲む」と いう動詞に着目し「で」を用いることができるはずである。もちろん、初・玉岡・早川
(2013)で示すように、難易度の高い動詞が用いられる場合は誤用も多発する。だが、「飲
む」は、「食べる」や「勉強する」などと同様に、初級日本語学習用教材の早い段階で 学習される動詞であり、難易度は低い。初級レベルのときに見られた「*食堂にうどん を食べた」の「で」→「に」の誤用と「*あの喫茶店にコーヒーを飲む」の「で」→「に」
の誤用が同様なのであれば、日本語能力が中級レベルになっても、存在場所を表す「に」
の習得は進んでいないということになる。だが、もしも「*あの喫茶店にコーヒーを飲 む」のような「で」→「に」の誤用が存在場所を表す「に」の過剰使用ではないとすれ ば、「で」→「に」の誤用がどのような用法の「に」なのかが問題となる。また、顧(1983) では、「*あの喫茶店にコーヒーを飲む」という「飲む」を述語とする1例だけが示され ていたが、「飲む」という動詞以外の動詞を述語とする文であっても、中級レベルの日 本語学習者が「で」→「に」を用いるのであれば、それは日本語学習者にとって何らか の規則性があることも考えられる。
75 内山(1996)
内山(1996)は、中級レベルの韓国語話者63人と中国語母語話者28人を対象とし、正
用文1つと誤用文4つの5つの文から正用の文を選ぶという格助詞テストを行ったが、
レベルの差があったことから、最終的には韓国語話者58人のデータを用い分析してい る。その結果、「を」の正用順序は「対象」、「場所」、「起点」であり、「場所」、「起点」
の用法は上級になっても習得されていない可能性もあること、「対象」の「を」はほぼ 習得しているのに対し、「対象」の「に」は習得過程にあること、動詞が2つの名詞句 と共に文を構成する「2項動詞」の「に」では、「目標」、「場所」、「結果」・「対象」、「誘 因」という正用順序であったことが示されている。これより、「に」の習得について日 本語学習者はまず「に」を「物理的な着点」として理解し、それが移動の係らない「存 在の場所」と「抽象的な着点」へと派生していく過程が読み取れると述べられている。
問題文の例が示されていないため、具体的にどのような文における格助詞を対象とした のかは不明である。
迫田(2001)
迫田(2001)は、日本語学習者の用いた誤用から、日本語学習者には「中」などの位置
を表す名詞と「に」、「建物」「地名」などの名詞と「で」をユニットにして用いるとい うストラテジーがあり、それを多用することによって誤用が産出するという仮説を立て 調査を実施した。
調査対象となったのは、日本語学校あるいは大学で学習している中級レベルの日本語 学習者である。中級レベルという日本語レベルについては、所属機関の教師と相談し日 本語能力試験認定基準をもとに該当クラスが選定されているという記述があり、具体的 な日本語能力については示されていない。日本語学習者の平均学習歴は、中国語話者が 1.49年、韓国語話者が1.46年、その他の言語話者が1.66年であり、日本に滞在してい る平均年数は中国語話者が 1.26 年、韓国語話者が 1.38 年、その他の言語話者が 1.45 年であるという。中国語話者、韓国語話者、その他の言語話者(アメリカ 7 人、オース トラリア2人、タイ、シンガポール、カナダ、フィリピン、マレーシア、インドネシア、
トルコ、イラン、スイス、オランダ、ペルー)の人数はそれぞれ20人で計60人である。
調査方法は、以下のa~d のように、「に」「で」「と」「を」から 1つを選び( )を埋 めるという格助詞四肢選択形式で33 文から成る 49 問の問題文である。問題文例とそ の種類は以下のa~dの通りである。
a つくえの上( )おいてあるりんご( )もらってもいい?(「位置~+に」の問題例) b れいぞうこの中( )きのう買ったパンがかたくなっている。(「位置~+で」の問題例) c 学生会館( )アメリカからの留学生が10人とまりました。(「地名~+に」の問題例)