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第 5 章 仮説「移動先『に』と動作場所『で』の混同による『で』→『に』の誤用」の検

5.1 移動先を表す「に」と動作場所を表す「で」の混同

5.1.3 予備調査とその結果

第一の予備調査(以下、予備調査(1))は、以下の日本語(a)(b)をそれに対応する中国語 にするという調査である。(b)を問題文としたのは、(a)の「あの」という離れた場所を 表す表現が用いられていなくとも、物理的な距離感を表す表現が用いられていれば、学 習者にとって場所への移動が想起され易いのではないかと考えたからである。(a)(b)の

25 本来ならば文末に過去の「タ形」を用いた「あの喫茶店( )コーヒーを飲んだ」の問題文 を調査する必要があるだろう。しかしこの問題文の( )に「で」→「に」が誤用された場合、

「あの喫茶店」への移動後に「あの喫茶店に存在した」という出来事を表すことになり、

翻訳文はすべて「在」を伴う文によって表されることが考えられる。そのため、問題文と しては文末が非過去の「ル形」を用いた文の方が適当であると考えた。

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問題文に正しい格助詞の「で」を用いたのは、学習者が「あの喫茶店でコーヒーを飲も う」に対応する中国語の文において、場所を表す名詞の前に置く介詞「在」を用いた「在 喫茶店」ではなく「行く」に対応する中国語の動詞「去」を用いた「去喫茶店」を思い 描いていると考えたからである。もし、動作場所を表す「で」を「去」と翻訳する傾向 が明白であれば、(a)(b)のような文における「で」を空白にして正しい格助詞を選択さ せる問題に直面した場合、意識しようとしまいと「去」の意味ととらえ、それを日本語 に翻訳して「に」と答える可能性が出てくると考えた。実際の予備調査(1)の問題文は 12問あり、その内の2問が以下の図5-2の(a)(b)である。実際の予備調査(1)は付録で 示すこととして、以下、予備調査(1)の問題文(a)(b)を示す。

図 5-2. 予備調査(1)

調査協力者は、福岡市の九州産業大学に在籍しており、図5-2の(a)または(b)の「で」

の箇所に「に」を用いるという 25 人である。25 人は、10 人が日本語能力試験の N2 に合格している日本語レベルであり、15人が日本語能力試験のN2の合格得点には10 点前後不足し、不合格となった日本語レベルである。調査は調査協力者の空き時間に行 った。表5-1に予備調査(1)の(a)と(b)に対応する中国語の翻訳の調査結果を示す。

表 5-1. 予備調査(1)の(a)(b)に対応する中国語文に「去」「在」が用いられた数

「去」 「在」 その他 計

N2合格者 8 1 1 10

N2未合格者 9 6 15

計 17 7 1 25

N2 合格者n=10.・N2 未合格者n=15.

表5-1は、予備調査(1)の翻訳の調査結果を示したものである。N2合格者の10人は、

(a)または(b)に対応する中国語の文に「去」(=「~に行く」)を用いた人が8人であり(例:

「去那个餐庁吃吧」)、場所を表す名詞の前に置かれる介詞「在」を用いた人が 1 人で あった(例:「在那家餐庁吃飯吧」)。それに対し、N2 にまだ合格していない15 人は、

(a)または(b)に対応する中国語の文に「去」(=「~に行く」)を用いた人が9人であり、

自分の国のことばに翻訳してみよう。

(a)あのレストランで食べよう。→

(b)遠くで食事する。 →

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場所を表す名詞の前に置かれる介詞「在」を用いた人が6人であった。

総合すると、(a)または(b)の「で」の箇所に「に」を用いるという25人の内、対応す る中国語の文に「去」(=「~に行く」)を用いるという人は、17人であり約半数であり、

介詞「在」を用いた人は7人であった。このことから、学習者は「あのレストランで食 べよう」の「で」を「去」と翻訳することがあることがあり、学習者は「で」を移動を 表すと認識している可能性があることが類推される。このような文は、当該事態が発話 時において未成立であること、発話時において当該行為の主体が当該場所にいないこと の2つを満たし移動が想起される文である。これに類する文で例えば「在那个教室読書 (あの教室で本を読む)」を中国語から日本語に翻訳しようとする時にも、彼らは「去」

(~に行く)の意味だと捉え、「に」を誤用するであろうと思われる。

本来ならば、日本語能力試験N2に合格している学習者よりも、N2にまだ合格して いない学習者の方が、「で」→「に」の誤用が多いので、もう1 つの予備調査および本 調査は、N2にまだ合格していない学習者に協力を得て実施した方が良いであろう。し かし、(a)または(b)の「で」の箇所に「に」を用いるという、N2合格者の数は少ないも のの、「で」→「に」を用いる際に、何らかの基準をもって、「去」に対応する「~に行 く」として「に」を用いているように見える。すなわち、N2にまだ合格していない学 習者は、明確な基準をもたずに「で」→「に」を用いているように思われるのである。

そこで、もう1つの予備調査および本調査は、N2に合格している学習者に協力を得て 実施することにした。

もう1つの予備調査は、「あの喫茶店にコーヒーを飲む」という文を産出する学習者 が、この「に」をどのような意図で用いているのかを知るための調査である。学習者が、

文を構成する「あの喫茶店」と「飲む」という特定の名詞と動詞の組み合わせではなく、

以下の予備調査(2-1) の[例c]の「に」を「~に行く」の「に」として用いるか否かを調 べた。

調査協力者は、「*あの喫茶店にコーヒーを飲む」や「*来年、会社に働く」の「に」

を用いるというN2に合格している学習者で予備調査(1)とは異なる16人である。例c および例dの「に」について、「~に行く」の「に」として用いるか、「~にいる」の「に」

として用いるのか、それとも、その他の「に」として用いるのかを聞いた。例cが5問、

例dが5問の計10問である。 (c-1)のBの「来年」を伴う文を加えたのは、学習者に とっては、物理的な場所への移動だけでなく、心理的にも場所への移動が想起され易い のではないかと考えたからである。例c のBは、場所に行為者がまだ存在しておらず、

場所への移動が含意される文であり、 例dのBは、場所における行為者の存在を表す 文である。以下に例c および例d の問題文の一部を示す。実際の予備調査(2-1)の漢字 にはすべて平仮名を振っている。

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・下線の「に」は、「~に行く」の「に」として使いますか、「~にいる」の「に」として 使いますか。それとも、その他の「に」として使いますか。( )に〇を書いてください。

[例c]:(c-1)A:来年、働きますか。 ( )「~に行く」の「に」

B:ええ。来年、車の会社に働きます。 ( )「~にいる」の「に」

( )その他

(c-2)A:おなかがすきましたね。 ( )「~に行く」の「に」

B:うん。じゃあ、あの食堂に食事しよう。( )「~にいる」の「に」

( )その他

[例d]:(d-1)A:働いたことがありますか。 ( )「~に行く」の「に」

B:3年間、車の会社に働きました。 ( )「~にいる」の「に」

( )その他

(d-2)A:キムさんは? ( )「~に行く」の「に」

B:今、食堂に食事してるよ。 ( )「~にいる」の「に」

( )その他 図 5-3. 予備調査(2-1)

調査は筆者が担当する日本語授業と日本語授業の間の15分間の休憩時間を使って行 った。調査協力者は予備調査(2-1)の回答の仕方を理解した後、記入した。調査に要した 時間は5分程度であった。以下、表6-2に予備調査(2-1)の結果を示す。

表 5-2. 予備調査(2-1)の[例 c][例 d]の「に」が「~に行く」または「~にいる」と して用いられた数

「~に行く」 「~にいる」

[例c](c-1) 15 1

[例c](c-2) 16 0

[例d](d-1) 2 14

[例d](d-2) 2 14

n=16.

表 5-2は、予備調査(2-1)の結果である。学習者には、何らかの基準があり、「で」→

「に」を用いる際「~に行く」の「に」として用いたり、「~にいる」の「に」として 用いたりしているようである。つまり、学習者にとって、[例 c]の文が場所への移動が あると判断され易い文であり、[例 d]の文が、場所への移動ではなく人が存在している と判断され易い文なのであることが推測される。但し、[例 c]、[例 d]の「で」→「に」

は、談話形式の問題文であるため、談話形式でなければ、[例c]のBの文の「で」→「に」

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は、「~に行く」の「に」として用いられないのかもしれないとも考えられる。

予備調査(2-2)も「に」をどのような意図で用いているのかを知るための調査である。

予備調査(2-1)が談話形式の問題文であったのに対し、予備調査(2-2)は談話形式の問題

文ではなく、1 文を問題文としたものである。つまり、文脈が与えられていなくとも、

特定の名詞と動詞の組み合わせによって「に」が誤用され易いのではなく、予備調査(2-2) のc類の「に」が「移動する場所」として用いられるか、予備調査(2-2)のd類の「に」

が「存在する場所」として用いられるかを調べるためのものである。c 類の問題文が5 問、d類の問題文が5問で計10問であり、予備調査(2-1)で用いられたBの問題文とほ ぼ同じ問題文である。

調査の協力は、「あの食堂にご飯を食べる」、「来年大学に勉強する」の「に」を用い るという日本語能力試験のN2に合格している学習者に依頼した。予備調査(1)および

予備調査(2-1)と異なる 6 人である。調査協力者が 6 人であるのは、「*あの食堂にご飯

を食べる」の「に」を用いる日本語能力試験のN2に合格している日本語学習者を探す のが困難であったためである。予備調査(2-2)を予備調査(2-1)の調査協力者に依頼しな かったのは、予備調査(2-1)の談話形式の問題文を覚えていて予備調査(2-2)の回答に影 響を与えるおそれがあるからである。調査は筆者が担当する日本語授業と日本語授業の 間の15分間の休憩時間を使って行った。予備調査(2-2)の用紙の記入に要した時間は上 記の説明を除き 3 分程度であった。実際の予備調査(2-2)は付録につけることとし、以 下に予備調査(2-2)の用紙の一部を示す。表5-3は予備調査(2-2)の結果である。

・下線の「に」は、「移動する場所」として使いますか、「存在する場所」として使いま すか。それとも、その他の場所として使いますか。教えてください。

・(c-3)あの食堂に食事する。

( )移動する場所 ( )存在する場所

( )その他

・(d-3)食堂にご飯を食べている。

( )移動する場所 ( )存在する場所

( )その他

図5-4. 予備調査(2-2)

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表 5-3. 予備調査(2-2)の回答で「に」が「移動する場所」として用いられた数と「存 在する場所」として用いられた数

問題文 移動する場所 存在する場所

c-3 *あの食堂に食事する。 6 0

c-4 *あの教室に読書する。 6 0

c-5 *来年、大学に勉強する。 6 0

c-6 *来年、事務所に働く。 6 0

c-7 *来年、銀行にお金を換える。 6 0

d-3 *食堂にご飯を食べている。 0 6

d-4 *教室に読書している。 0 6

d-5 *今、大学に勉強している。 0 6

d-6 *今、事務所に働いている。 0 6

d-7 *今、銀行にお金を換えている。 0 6

n=6.

表5-3によると、(c-3)~(c-7)の「に」は「移動する場所」として用いられており、(d-3)

~(d-7)の「に」は「存在する場所」として用いられていることが分かる。予備調査(2-2)

より、学習者は文脈がなくとも「に」を「移動する場所」および「存在する場所」とし て使い分けて用いる可能性があることが分かる。また、「あの喫茶店にコーヒーを飲む」

が「あの喫茶店」と「飲む」という特定の名詞と動詞の組み合わせであるため「に」が 用いられているのではなく、「あの喫茶店」が「移動する場所」として「に」が後接さ れている可能性があることも分かる。

予備調査の結果から、学習者は、特定の名詞と動詞の組み合わせによって「に」を用 いているのではなく、場所への移動があると判断した場合に「に」を「移動する場所」

として用いていることが推察される。その際、学習者は、日本語の文に対応する中国語 の文として「在」ではなく「去」を伴う文を頭に描いている可能性がある。特に中級レ ベルの中でも、日本語能力試験のN2に合格している学習者は、文脈が明示されていな くとも、文を構成するすべての要素から、場所への移動があると感じる文と移動がなく 人が存在していると感じる文の区別がはっきりしていることが分かる。学習者は形式的 には同じ「に」を用いるが、「移動する場所」と「存在する場所」を使い分けているこ とが推察される。但し、どのような名詞と動詞の組み合わせであっても場所への移動が 喚起されるかについては予備調査(2-2)では分からない。

予備調査(3)は、文末が非過去の「ル形」であり「移動がある」と判断されない文を 翻訳する調査である。調査の協力は予備調査(1)(2)とは異なる中国語を母語とする日 本語学習者で日本語能力試験のN2に合格している9人に依頼した。実際の予備調査(2)

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