第二章 土公信仰の展開――六朝時代から宋代まで
第四節 術数における土公の展開
45 人東向坐三」43
(前略)専功力以削成、月暉珠柱。詹楹鑽(攢)集、棟宇 参差。玉砌争光、綺院 競色。現建功畢、祈合吉征。或恐驚動土功(公)、軽触神将。凡力未[能]消伏、聖 徳方可殄除。故就新居、虔誠妙供。(後略)
とあり、土公を疫病を起こした疫鬼と見做した。敦煌写巻P3915・S2110に『仏 説安宅経』があり、その中に「土家王父母」などの神煞が記されている。そして、土公 が 明確に仏教的な願文或いは祭文に記されたものとしては、S3427とP2838が挙げられる。
或因修造、展拓伽藍、触犯土公、擾動神将。太歳不避、太陰誤違、月将凶神、不 知所趣。日遊月 煞、白虎青龍、前朱後玄。至令発動先賢碩徳奠祭、不曽土地霊祈、
実当□□伏、僉発歓喜心、不生瞋怒、各居本位、擁護僧田、災障永除、延年益 筭、
惌家領福、享命転生、吉慶盈門、千祥護体、損傷生性、得値西方。但是諸神請垂 善願。今日今時、発露懺悔、惟三宝慈悲、証明領弟子等罪障消滅、至心帰命、敬 礼常住三宝
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でなく、陰陽五行説を中心とする天文・暦法・卜占・風水などを含め、今まで民間信仰の 基礎に潜まれている術数信仰によると思われる。土忌の観念はそもそも先秦時代にすでに あり、かつ『日書』に記され、天文や陰陽五行説と深く関わっている。術数は主に陰陽五 行説を理論としたので、それを行使する人はよく「陰陽家」と呼ばれた。ここでの陰陽家 は戦国時代の諸子百家の陰陽家と異なり、主に地相や卜占などに従事する民間の風水師や 術士などを指し、それは本来として天文暦法と深く関わっているがまた鬼神信仰にも関わ っている。『漢書』芸文誌に
陰陽家者流、蓋出于羲和之官、敬順昊天、暦象日月星辰、敬授民時、此其所長也。
及拘者為之、則牽于禁忌、泥于小数、舎人事而任鬼神45
と記され、陰陽家の性格をよく説明した。特に隋唐時代に入ると、術数文化は大変発達し てきた46
土公は土忌関係の神煞として、いつの間にか星の命名に使われたと推測される。讖緯思 想によると天文現象は人間界を映し、将来の動向を予言する者であり、また具体的に星々 はそれぞれ人間界でその所領の分野を持っているので、星の運行を観察することで、将来 を占うことができると思われていた
。禁忌を基本とする土公は術数の世界において活躍し、さらに民俗化した傾向も見 られる。
47。そして、二十八星宿における壁宿の東南部にある二 つの星はすなわち土公と呼ばれている。唐時代の瞿曇悉達が勅命によって占経類を整理し た『開元占経』において、土公星について、『甘氏』『郗萌』『論語讖』を引用して記してい る。『甘氏』は秦漢時代に成立したものといわれ、その中に「土公二星在東壁南」と書いて いる。また後漢時代の『郗萌』には「土公吏主司過度。一曰、土公司屏厩設儲」と記して いる。『論語讖』は「土公主豫儲」と書いている。『甘氏』、『郗萌』及び『論語讖』はすで に逸失したもので、その真偽を判断することができないが、「屏厩設儲」や「主豫儲」など の記述からみると犯土と関係がないようである。ところが、隋初の太史令庾季才が『霊台 秘苑』巻三に「南の二星は曰く土公なり。営造及び稼穡起土の官を主る」と詳しく記し48
45 班固撰、顔師古注『漢書』(中華書局、1962年)、1734~1735頁。
46 劉永明「敦煌道教的世俗化之路」(『敦煌学輯刊』2006年01期)第72页。
47 安居香山『緯書と中国の神秘思想』平河出版社、1988年。
48 庾季才『霊台秘苑』巻三(『欽定四庫全書』子部術数類占候之属、鷺江出版社、2004年。)
、 土公は犯土造作及び農業と関わる星神と明確に記されている。それは、おそらく古来の観
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念を反映したものであるが、隋唐時代における天文学の発達に伴い、土公星もよく史上に 現れ、次の表で示した通りである。
番 号
内容 典拠 作者
1 ①南二星曰土公、主営造及稼穡起土之官
②土公距西星去極八十五度、入壁初度動揺有板 築事
『霊台秘苑』 庾季才
2 ①土公星占十八
甘氏曰土公二星在東壁南 論語讖曰土公主豫儲
②土公吏星占十九
郗萌曰土公吏主司過度 甘氏曰土公吏二星在営 室西南一曰土公司屏厩設儲
『開元占経』 瞿曇悉達
3 ①土公二星在壁宿南、主営造起土之官、其星動 揺則土工興
②流星衝犯土公、土木之官憂
『観象玩占』 李淳風
4 鈇鑕五星羽林旁、土公両黒壁下蔵 『歩天歌』 丹元子 5 土吏危星北、土公東壁蔵 『玄象詩』 不詳
6 壁南二星曰土公 『隋書』 魏征、李淳風 7 沖塁壁、犯土公、所主憂受辱 乙巳占 李淳風 8 土公吏、旧在赤道外、今在赤道内六度 旧唐書 劉昫
そのほかに、P.2512の『二十八宿次位経和三家星経』やS.3326の『全天星図』にも土公星 のことが記されている。土公は隋唐時代の天文占でよく注意されたためか49
凡人動土架屋、恐有触犯土神、易生災患、宜修霊宝安宅斎、期日具奏昊天上帝…
土公星君、土公吏星君、土司空星君、危宿星君
、星神としての 性格が後世の道教経典においても反映している。『霊宝領教済度金書』巻六に
50
49『隋書』に「壁南二星曰土公」の記載がある。唐書には土公の記載がないが、似ている土公吏 の記載は二ヶ所ある。
50『正統道蔵』(前掲)第12冊9063頁。
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とあり、土公は動土関係の星君として知られているようである。
ただし、星としての土公は隋唐時代以外、あまり注目されていない。ところが、星神と 同じように周期的に四方を遊行する神煞は民間信仰における土公の基本的な性格である。
『赤松子章暦』には、次のように河伯土公遊の遊行周期が記されている。
甲北遊七日、庚午還。甲戌東遊十日、甲申還。甲午南遊七日、庚子還。甲辰西遊 十日、甲寅還。
右謝土、遇神在、即有福。51
土公は、北・東・南・西の順序で一甲子(60 日)を周期として四方と中央を遊行する神で ある。そして、謝土は土公が外出していない時に行われれば、福をもらえるという。ベル ナール・フランクによると、天一、太白、大将軍、王相などの星神に関わる禁忌の周期は、
その星の遊行周期に由来するものである。ただし、後世では星神の禁忌は必ずしもその実 際の運行周期と一致はしないが、「天行有常」と言われたように、周期的に運行することは 不変である。土公の移動周期はかならず土公星に由来すると思われないが、神煞として星 神の性格を持つものである。それは、陰陽家が唱えた鬼神の特徴と言える。その後唐代に おいては卜占が大きく発展するのに伴い、土公は具注暦や占い及び農書などを通して庶民 の生活でよく知られるようになった。それらの記録は以下の通りである52
番号
。
内容 典拠
1 推宅内土公、伏龍、飛廉、地 囊日法
土公移法。春在竈、夏在門、秋在井、冬在宅。土公日遊出。
甲子北遊、庚午還。戊寅日東遊、甲申日還。甲午日南遊、庚 子還。土公本位常在中庭。
p.2615a 帝推五姓等 宅図経
2 土公遊行図 p.3594
3 土公。(残)十一月在乙、十二月在亥(残)三月甲寅□□、此 日皆得(残)公日者、正月(残)卯、七月(残)此日皆是元 火向江(残)門□有其善(残)
p.2630V0
51『正統道蔵』(前掲)第十八冊『赤松子章暦』巻二。また、陳国符の『道蔵源流考』によると、
『赤松子章暦』は漢末・三国時代の内容を残してあるものである。
52 Pはフランス所蔵の敦煌文書でPel.chinの縮写であり、本稿は『法国国家図書館蔵敦煌西域 文献』(上海古籍出版社・法国国家図書館編、1~34冊、1994年)として出版されたものを参考 している。SはMarc Aurel Stein所蔵敦煌文書の篇号の縮写で、主に『英蔵敦煌文献』(中国社 会科学院歴史研究所編、四川人民出版社、1992年)として出版されたものを参考している。
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番号 内容 典拠
4 土公出遊図
(図)
出遊之方、不得起土造作、移徒、嫁取、修門戸。百事皆須避 之、大吉、向之者凶。
(中略)
毎月三、七、十九、廿七、十五、廿二、已上二図用行大吉。
p.2964占星書
5 推得病日法
建日病者、犯東方土公、丈人、業食祀祭不了、有龍虵為恠、
家親所為、解之吉、七日差。
(中略)
破日病者、犯家廃竈、土公、丈人、欲得食□並星互鬼為之、
解送之、吉、五日小降、七日大差
『 俄 蔵 敦 煌 文 献 』 X01258 、 01259 、 01289、02977、03162、
03165、03929.
6 酉時病者、男差女劇。天 罡病之、恐困。何以言之□天魁( 罡?)
者,天上獄吏,故知困也。頭止痛。祟在自身□男子鬼及山神 来不賽,北君許不償,道逢娯□鬼。丈人為祟,犯家中土公,
凶。青色凶。急解謝之,吉。忌在辰
P3402V
7 凡土公、常以甲子日北遊、庚午日還。戊寅日東遊、甲申日還。
甲午日南遊、庚子日還。戊申日西遊、甲寅日還。凡土公本位 恒在中庭、毎有遊日之方、不得動土、犯之凶
S2404 後唐同光二年 甲申歳具注歴並序
8 土公遊日。甲子日北遊、庚午日還。戊寅日東遊、甲申日還。
甲午日南遊、庚子日還。戊申日西遊、甲寅日還。太歳、土公 等所遊不在之日、修営無妨
S1473+S11427B
9 子不可市易損牛羊、內牛馬入廄吉、內猪吉、祀先人六畜死、
祀大神富貴、祀天神凶、祀宅神富貴、祀竃凶(一云大吉)、祀 外神凶(此日、道死不可以此日祠祀)□□□□□□□□□□
祟□西出得財、厭百鬼□□□□北出万裡、病者自差(丙午日 差、祟在土公、□□□□將白藥解治□吉、一云辰日小差)(在 申日)治病者忌
P3685 卜筮書
10 寅日為天羅、亦名往亡、土公。不可遠行、動土。
寅為土公月。福徳在酉。取土吉。
起土飛廉在巳、土符在已、土公在巳、月刑在子
『四時纂要』
その中に「占星書」と名付けられたp.2964の土公遊行図は土公の世俗化を強く反映したも のである。土公遊行図の真ん中には「土公位常在中庭」を書かれており、四方の図には土