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土公・土母と安宅儀礼

ドキュメント内 東アジアにおける土公信仰と文化交渉 (ページ 67-72)

第三章 明清時代の土公信仰及びその宗教儀礼

第三節 土公・土母と安宅儀礼

60 は二月二日ではなく、六月初一とされた。

61 ける。21

八卦の図を書いてその五方で土公・土母などの土神を祭祀するのは儀礼の基本的な内容で ある。ちなみに、興味深いのは祭祀人が土公土母の五人を扮装して踊ったりして新居を讃 えることは日本の備中・備後地方における土公神を祀る民間神楽と何とか相通じている。

そして、ここで五人で五方の土公土母を扮装するのは、すなわち一人は土公・土母の扮装 をする。ところが、土公・土母は夫婦神で、一人で扮装するのは無理であろう。おそらく、

本来の謝土儀礼において祭神は、土公土母でなく、土公だけである。だから、後に民間で 土公は土母と一緒に祀られていたが、謝土儀礼においては依然として土公だけを祀るとこ ろがある。また、大理市の白族は新居を建て終った時に、「謝六神」の儀式があり、まず「張 魯二班」の神を解謝し、それから中梁に「八卦」を貼り付け、「水神」、「火神」、「草木樹神」、

「土公土母」を燃やす22。具体的に、主人は紙馬・香火・紙銭を持って新居の中で四回回っ てから、紙馬を燃やしながら外に出るのである23

ほかに黄紙、紅香、紅、緑、黄色の「カンラン」と呼ばれるあられ、たにし、エ ビ、魚(たなご)、酒、茶などの供え物が五方に添えられる。この際、家長の手で 桃の矢を柳の弓につがえて放ち、魔を祓う。

。さらに川野明正は雲南の白族・漢族の神 像呪符を広く調べ、特に大理市上関九社村の民俗における土公土母について次のように述 べている。

大理市上関九社村近辺の習俗では、「土公・土母」を東西南北の四方(この場合、

中央には「八卦・九宮」を配する)あるいは、五方に配置し、祭品を供えて、家 長によって東から西、南、北、中央方の順序に拝礼してゆく。(後略)

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紙馬あるいは甲馬は雲南省の民間で広く現存するものであり、そして雲南省では主にの漢 族が信仰しているもので、少数民族において大理白族、楚雄彝族を除いて紙馬を信仰の媒 介とする民族がすくないようである25

21 楊民「白族民間木刻版画ーー甲馬紙」(『美術研究』1985年3期)63頁。

22 松海「雲南紙馬」(『今日民族』1999年4月3日)42頁。

23 高金龍「雲南紙馬民俗資料彙輯」(『雲南民俗学院学報』1993・1)61頁。

24 川野明正『【神像呪符「甲馬子」集成】中国雲南省漢族・白族民間信仰誌』東方出版社、2005

年、164頁。

。紙馬は、本来漢族の信仰であり、北宋時代に印刷の

25 高金龍「簡論雲南紙馬」(『民族芸術研究』、1988年第4期)58頁。ただし、楊松海によると、

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紙馬がすでに中原汴京の付近で流行していたが、明代の洪武年間(1368~1398)、紙馬、儺 戯、皮影などの民間芸能が明朝の数十万人の軍隊や数百万人の漢族移民に伴って雲南省に もたらされた 26。そして、甲馬は紙馬の中で特殊の種類であり、「順甲馬」と「倒甲馬」の 二種類があり、画面における人が馬の後ろにあるのは順甲馬といい、「迎神」のために使わ れる説がある27

雲南省の甲馬神 甲馬紙符

。それによれば次のような土公土母の甲馬は、土公土母の下に馬とその後ろ に人が書いているので、順甲馬である。一方、「倒甲馬」は人が馬の前にあるものであり、

鬼や祟りを祓うために使われるのである。したがって、「順甲馬」に書かれた土公土母は祀 られる神である。

また、雲南省の白族で土公土母を全部紙馬で祭祀するわけでもない。雲南省剣川県の白 族において、道教の「安龍奠土」儀礼があり、紙馬を使っていないようである。羅明輝は 詳しい調査報告がある28

剣川白族の「奠土」は主に道士によって行われ、また斎主と楽師及び土公・土母の扮装 者も参与している。斎主とは奠土儀礼の実施を依頼する人である。楽師は、儀礼に合わせ て音楽を演奏する人員であり、道士と民間の楽師が担っている。土公・土母を扮装する人 は、前述した大理市の甲馬儀礼における土公土母の扮装と異なり、斎主が知り合いの中か ら二人を依頼してそれぞれ土公と土母を扮装するのである。祭壇は家屋の中室あるいはそ ので、ここでそれを簡単に紹介し、また台湾の謝土儀礼と比較して 土公土母の神格や役割を考察してみる。

紙馬はその他に傣、傈、納西、蔵などの少数民族においても使われているようである。

26 楊松海「雲南紙馬的源流及其民俗寓意」(『文化遺産』2009年第4期)108~109頁。

27 高金龍「簡論雲南紙馬」(『民族芸術研究』、1988年第4期)57頁

28 羅明輝「剣川白族道教「奠土」儀式与音楽」(『宗教学研究』1999年第3期)66~72頁。

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の門外の階段で卓を並べて行われる。まず庭の真ん中で直径が 1 メートルぐらいの八卦を 白い粉で書いて、その上に紙銭を五方位に一つずつ放つ。そして、八卦の中央あるいはそ ばで幅20センチで深さ30センチの穴を掘る。それから、正式の奠土儀式を始める。まず、

高功(祭壇で法事を実施する道士)は供卓の上に置かれる碗における水に対して、「呪三光 水」の呪法を施す。それから、東西南北中央の順序で土を掘るふりをして、「出土」をする。

次に、土皇地祇や五方五龍神君などを迎請する表文を読む「拝表」をして、魚・豚肉・卵 などの供え物で五方の神々を謝る「謝五方」をする。それから、高功は卵や五穀を八卦の 傍にある穴に入れて呪語を念じて、「土公」・「土母」を連れて八卦を書いた白い粉を穴の中 に入れる。それは「安土」という。安土が終わってから、高功は柳枝で作られた弓や矢に 対して呪力を注いで、土公・土母が高功にしたがってその弓矢で五方を射、「勅五方凶神」

をする。それを終えて、高功は土公・土母らと大声て三回笑って「封土」をして、儀式を 完成する。

この奠土の儀式は主に高功という道士によって主導しているが、注意すべきであるのは 五方の凶神を射て鎮めるのが土公・土母であるということである。つまり、宗教者の高功 は主に神々の降臨を招請し、儀式の流れを操縦しているが、奠土において龍神を鎮め、凶 神を祓う主役はむしろ土公土母であろう。したがって、土公・土公は明らかに家屋の守護 神として見做されている。それは、前掲の大理市上関九社村における五人の土公・土母が

「土城」を回って踊ったり唱えたりすることと同じく、土公・土母の呪力で凶神を祓って 土地を鎮めようとするのであろう。また、『斉民要術』の祝麴文で見られる土公神の性格と 類似するもので、さらに『論衡』で記された謝土の土神とも相通じて、古くからの信仰だ とも言える。

剣川県における道教によって主催される奠土儀式は、甲馬などの巫術的なものがないが、

内容的にやはり巫術的な要素が濃厚であり、普通の道教における安龍奠土儀式と異なり、

特に龍神の役割が薄い。それと対照的な事例として、正一派の謝土儀礼を挙げられる。呂 錘寛による29

29 呂錘寛『安龍謝土』行政院文化建設委員会文化資産総管理処籌備処、2009年12月、12~19 頁。

と、台湾の安龍奠土儀式は実施の道士派別によって異なり、正一派道士は白い 米で巨大な龍を積み描いて土地龍神を象るが、霊宝派道士は廟宇の五隅で五方龍神の符を 置く。正一派の謝土儀礼においても五方に矢で射る法事があるが、それは道士が射るので ある。つまり、正統の道教謝土儀礼において、土地龍神の地位が頗る高くなり、謝土も主

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に龍神を鎮めるためで土公土母などの存在が無視されるようにみえる。それは、特に植野 弘子が紹介した台湾佳榕林一帯の謝土儀礼からも窺える30。呪術師「法師」が行う佳榕林の 謝土儀礼は、祭壇の準備、圧外煞、拝好兄弟、拝地基主、浄水、疎文、七献、擲筶、圧煞、

点雞血、翻神土、収内煞、埋甕というプロセスである。準備の時に四つの祭壇を設け、そ の中の一つには、五体の人形を置かれて「五方神煞」を象り、もう一つには、九天玄女で ある「后土牒」と「廟公」・「廟母」である紙制の男女の人形が掛けられている。「五方神 煞」

は五方の凶神とされ、九天玄女によって鎮められるが、本来は『斉民要術』の祝麴文にお ける五人の麴人と同じく、神煞でありながら守護神の性格をも持つ土公神であろう。また、

紙制の「廟公」「廟母」とされる男女の人形は、そもそも土公・土母を意味するのであろう。

ところが、台湾では神煞・凶神を鎮めるのは、すべて九天玄女としての后土神によってな されると考えられるようになった。鹿港鎮保真壇が所蔵する『謝后土科儀』には、五方土 公土母神君、土伯などの土神神名を記している31

中国民間における土公信仰の衰退は、土公が土地神信仰の中に吸収されたなどの原因の 他に、土地龍神信仰の発展と緊密の関係を持っているであろう。たとえば、江西省の万載 県に「安龍補土醮」の宗教儀礼はあるが、それを行う原因として、家屋の龍脈が軽くなっ たためだ

が、その書名で書かれたように、主に后土 に謝するものである。台湾において土公土母の存在や神格があまり注目されていないのは、

本来土公と関係する儀礼も新しく解釈されるようになったためであろう。

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30 植野弘子「台湾漢民族の死霊と土地―謝土儀礼と地基主をめぐって―」(『国立歴史民族博物

館研究報告』第41集、1992年3月)。

31 呂錘寛『安龍謝土』(前掲)に拠る。

32 楊永俊・羅陸英「対民間補土醮独尊土地龍神的文化内涵解析--以贛西万載県株潭鎮棗木村

田氏補土醮為例」(『井岡山学院学報』、2006年11月)、17~25頁。

と思われたように、主に風水思想に基づいて考えられているようである。雲南省 における土公・土母に関する宗教儀礼は、道教や風水思想からそれほど影響されていない 謝土儀礼の習俗を反映したものであろう。

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