第四章 ベトナムにおける土公信仰――土公と竈神の歴史関係を中心として
第三節 土公・竈神の習合と漢民族の移入
1 近代ベトナムの土地信仰と土公
疎文における土公は家宅の土地神や守護神で、現在の民間習俗における竈神とされる土 公と異なっている。その原因を明らかにするには、現在の家宅土地神がどのような神にな ったのかを検討すべきと思われる。
2013年3月に筆者はベトナムの中・南部で十日間の調査をしたことがあり、特に印象深
いのはほぼ半分以上の民家や商店の屋内にキラキラと光る神牌が置かれていることであっ た。その神牌には真ん中で「五方五土龍神・前後地主財神」の文字があり、両側は「土能 生白玉、地可出黄金」あるいは「物華天宝日、人杰地霊時」などの対句が書いている。五 方五土龍神・前後地主財神は、現在中国の広東省や香港などのところでまだ家宅の土地神 として祀られている。この五方五土龍神は窪徳忠が「中国の土地公と沖縄の土帝君」にお いて、
可児君によると、大王爺―伯公―土主―五方五土龍神という土地関係の神の系列 があり、大王爺は城隍に似て広い範囲を治め、伯公は大王爺よりも小さい範囲を、
土主は村を、五方五土龍神は家を、それぞれ守るとされている由である。
(前略)五方五土龍神の五方は東西南北中、五土は各地、龍神とは風水説でいう 霊山のもつ龍気の流れてきているところの神といういみである。したがって、諸 方諸地の龍神がきて家を守るといういみになるであろう。33
と指摘した通り、家を守る土地神である。ただし、その起源は霊山・龍気などの風水説と いうよりは、源流的にむしろインド龍王信仰から影響を受けた守護神としての五方龍神で
33 窪徳忠『東アジアにおける宗教文化の伝来と受容』第一書房、1998年、246頁。
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あろう。それはともかく、神牌だけみれば、ベトナムの家宅土地神はほぼ中国南部のもの と同じようにみえる。
ところが、五方五土龍神は本当に現在のベトナム民衆の信仰意識に入ったかどうかは疑 わしい。范春禄が啓定八年(1923)に編著した『土神考正增補』(Tho Than KhaoChinh Tang Bo)で、「土神は実は土公・土地・土祇という三位がある。また土神は山で山神と呼ばれ、
寺で龍神と呼ばれ、家で土公と呼ばれる」34と述べたように、龍神は寺や廟などの土地守護 神であった。それは、前掲の『秋祭吉忌儀』における賑祭陰魂文で記された「龍王尊神」
からも裏付ける。ただし、寺や廟などが庶民生活と遠いためか、「風水と関連する神格とし て龍脈、五方土地という名前が一部の専門家の口から出ることはあるが、その実態は明確 でない」35
『正宗内道教伝=Chinh Tong Noi Dao GiaoTruyen』。この本は、抄本で 115 頁があり、
長さは18㎜、幅は11㎜である。内容は、符水書で、若干の神呪・符印・跳神秘訣・捉鬼・
焚柴礼・謝土公などの儀式が記され、また挿絵があり、道教の書物と見做されていた。と ころが、跳神や符水などの内容はシャーマニズムの儀礼を含むものであり、主に民間の呪 術師などが行うもので、民間道教といった方がいいかもしれない。実は、ベトナムに所蔵 される漢籍を見ると、正真正銘の道蔵経典はごく少なく、ほとんどは降筆文や民間の呪術 師の科儀文である。『越南漢喃文献目録提要』における土公について書かれた書物を下の表 と指摘されたように、抽象化したもののようである。実は、漢字がすでに廃除さ れたベトナムでは、神牌で書いた漢字をちゃんと理解していると思えない。その神牌は、
ただ家宅の土地守護神や財神の象徴として飾られ、具体の神名は、龍神や土主あるいは地 主のどちらでも構わないのだろう。そして、本来、宗教者などに依頼して書くか寺院など で請願してくる神聖の神牌は、現在はすでに単なる商品として市場で販売されるようにな った。それは直接中国の広東などの処から輸入したものか、ベトナムの華族から影響を受 けて作ったのかはわからないが、少なくとも形そしては中国南方の土地信仰をコピーした ものである。したがって、中国でほぼ無くなった土公信仰はベトナムの神牌からも見られ ない。
ところが、少なくとも近代には、土公は家宅の土地神として広く知られていたはずであ ろう。次に、劉春銀らが著した『越南漢喃文献目録提要』を手掛かりとして、近世・近代 において土公がどのように信仰されていたのかを考察してみる。
34 王小盾・劉春銀・陳義『越南漢喃文献目録提要』(前掲)600頁。
35 末成道男「北部ベトナムの<土地神>―華南漢族との比較」(前掲)71頁。
83 に掲げる。
化乩 神 呪 科 供 祭 文 雑 録
= HoaKe Than Chu KhoaCungTe an Tap Luc
今存抄本一 種,80頁,
高29,寛16
各種の供祭儀式を記した書で、漢文の間 に喃文が有る。
按:此書は開光、開心、正心を含み、さ らに関聖帝、文昌帝君、陳大王、孤魂、
瘟神、先師、土公、竈君等を供祭する儀 式が記されている。また傘円聖の降筆文 が付いている。
原 目 編 為 1421号,漢 文 書 。 A1347
供 文 諸 科錄
=CungThanh Hoi Khoa
今存抄本一 種 , 224 頁,高28,
寛16
供土公、禳瘟、供天地、供天等の儀式が 記載している。書の中にまた若干の儀式 用文があり、また得福などの内容を修業 する若干六八体の喃歌が付いている。
原 目 編 為 623 号。漢 文 書 。 A1673 嫁 娶 事 秘 語
=Gia Thu Su Bi Ngu
今存抄本一 種,70頁,
高22.寛15
生辰八字によって定める方法。書に、供 仏、土公、瘟神、求嗣、年中祭礼などに 用いられる疎、牒、文等が付いている。
原 目 編 為 1213号,漢 文 書 , A1688 請 仏 通 疎 =
ThinhPhat Thong So
今存抄本一 種 , 112 頁,高30,
寛15
神仏に災禍がないように祈願する供文集 である。編者不詳。一篇の目録を含んで いる。
此書は供仏、礼聖、祭土公、祭瘟神、虫 神等の四十七篇の疎を収録されている。
原 目 編 為 3568号。漢 文 書 。 VHV,771
『化乩神呪科供祭文雑録』・『供文諸科録』は、明らかに民間呪術師の神降ろしに関する儀 式の本で、その祭神も民間で信仰している関帝・瘟神・土公・竈神などである。『嫁娶事秘 語』は占いの本で、『請仏通疎』は、仏に祈願する本といったが、そのなかに土公や瘟神・
虫神などの民間信仰における神々が混在し、経典的な仏教とは関係ないようである。実は、
現在のベトナム民間において土地神や竈神などに対する知識はほとんど竈王経、土地経や 玉皇経など36
36 末成道男「北部ベトナムの<土地神>―華南漢族との比較」(前掲)、65頁。
の経典に依るものである。これらの経典は主に中国明清時代以来、特に清末に は民間で盛んに伝播していた宝巻であろう。これらの降神扶乩の宗教活動は近世以来のベ
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トナムでも活発であり、また中国の宝巻はベトナムにも伝わり、民衆運動に利用されたよ うである37
ベトナムの竈神は、民間祭祀でも伝説でも三位の神霊があるので、竈神信仰の深層は中 国の竈神信仰から影響される以前の三石鼎立の「火塘」崇拝に由来するとされることがあ る
。それはともなく、土公がよく祀られていたことだけは明らかであろう。ただし、
それらの中に『土地立命経』、『 乩正竈神経文』や『土地竈王経』などの宝巻があり、中国 民間の土地信仰と竈神信仰がベトナムに伝わり、特に『土地竈王経』の題名が示したよう に土地神と竈神は関連で重視されていたと考えられる。
2 竈神伝説と土地信仰
少なくとも、近代のベトナムでは土地神と竈神が家神として重視されていた。土公と竈 神との混淆はむしろ家宅土地神と竈神が同じ程度に重視される可能性を示唆するものと思 われる。ところが、両神は混淆された理由として、同じ程度の重要性を持つという点のみ でなく、さらなる深い歴史・文化的な構造から遡るべきだと思われる。
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三位一体とする竈神信仰はベトナムだけの現象でなく、少なくとも沖縄にも類似するも のがある。沖縄の火神信仰伝説もベトナムのものと極めて類似する物語があり、ただ竈の 中で焼死されて竈神になったのは一人しかいなく、かつ財富を齎す職能がある。また、妻 が家を出て再婚した後にまた元の夫にあったというような婚姻譚は、現在の沖縄や台湾に もある
。ところが、注意すべきであるのは、民間伝説で竈神された三位の神は、土公・土地・
地祇という三位の土地神であるということである。現在ベトナムの竈神信仰は華人からの 竈神信仰と家宅土地信仰との重なりから生じたものと推測される。
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37 武内房司「「宝山奇香」考――中国的メシアにズムとベトナム南部民衆宗教世界」(『越境する
近代東アジアの民衆宗教――中国・台湾・香港・ベトナム、そして日本』明石書店、2011年)。
38 徐方宇「漢族、越族民間竈神信仰之比較研究」(前掲)。
。特に台湾の物語には、阿片を吸うということが記され、近世以後のものと判断で
39 沖縄の火神伝説は「あるところに、幸福に暮らしている夫婦があった。たまたま妻が食べら
れないような料理を作ったところ、夫がこんなものは食べられないといって怒り、それがもとで 夫婦喧嘩になって、ついに離縁してしまった。そののち、男は自然に貧乏になって、諸方をさま よい歩きながら、細々と生活をしていたが、とある家に入った。その家は、前妻の再婚した家だ った。前妻は、前夫だということがすぐにわかったけれども、前夫はわからなかった。そこで前 妻は、前に食べられないといった料理をつくってだすと、前夫はおいしいといってたくさん食べ た。そこで、実は私は貴男の妻だったものだがと白状し、いまは食べるのになぜ前にはたべなか ったのかというと、男はびっくりしたあまり、そのまま死んでしまった。女も驚き、夫に見られ ると困ると思い、農作物の初穂を備えるから神になってくれといいつつ、竈の下に埋めた。竈の 神としておがむのは、そのためである。(富村正吉氏談)」とされている。台湾の竈神伝説は、「竈 君は、貧乏なくせに阿片が大好きだった。善良な妻は、毎日かれに代わって働き、阿片を買って