第二章 土公信仰の展開――六朝時代から宋代まで
第三節 仏教における土公の受容と衰退
な どのことを書いている。特に注意すべきは、『太上洞淵神呪経』に「召諸天神龍安鎮墓宅品」
があり、同経では龍神によって墓宅を安鎮する儀法を記しているが、それは後世における 道教の謝土・安鎮科儀において広く継承されている。ところが、「召諸天神龍安鎮墓宅品」
の儀礼観念や『太上老君説安宅八陽経』の成立はそもそも仏教の安鎮儀法と深く関わって いるのである。したがって、道教における土公観念の展開については、仏教との関係から も検討すべきであろう。
土公をはじめとする犯土観念から影響を受けて、安宅や鎮土の疑偽仏経としての『仏説 安宅神呪経』や『天地八陽神呪経』などが現れた 37
『安宅神呪経』は『大正蔵』に収録され、後漢失訳とされたものである。この経の由来 について、諸長者が世間家宅の吉凶に憂愁し、世尊に「唯願世尊受弟子請、臨降所居、賜 為安宅。勅諸守宅諸神、及四時禁忌。常来栄衛、使日夜安吉、災禍消滅」と願って教えら れた経と記されたが、経文の中に「或犯触伏龍、騰蛇、青龍、白虎、朱雀、玄武。六甲禁 忌、十二時神、門庭戸陌井竈精露」などの明らかに中国民間信仰の鬼神が混入されている
。特に、『安宅神呪経』は早くから正統 の経典として収録され、また朝鮮半島や日本へも伝わって影響を及ぼした。次にこの経典 と土公信仰の関係について考察してみる。
35 范成大『石湖詩集』石湖居士詩集巻二十七、四部叢刊景清愛汝堂本。
36『正統道蔵』(前掲)第2冊14758頁。
37 その他にたとえば、梁の『陀羅尼雑集』巻五「仏説呪土経」にも「仏言:若有疾病土気、安
宅立舎(略)十方天地、諸神鬼王(略)五土神府将軍(略)土府伏龍、各安所在、莫忘東西(略)
急呪如律令(略)起功之後、令人堂舎永安(略)当使鑑身百病消滅、行如菩薩、得道如仏」とあ る。
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ことから、偽経であると言わざるをえない。ところが、梁僧祐『出三蔵記集』「新集続撰失 訳雑経録第一」巻四に「七仏安宅神呪一巻、安宅呪一巻」とあり、また「安法師所載竺法 護経目、有神呪三巻、既無名題、莫測同異。今新集所得、並列名条巻。雖未詳訳人、而護 所出呪、必在其矣」と傍注しているところからすると、明らかに偽経であると考えられて いなかった。それ以後、隋費長房『歴代三宝記』、唐道宣『大唐内典録』や唐明全『大周刊 定衆経目録』などにも収録されている。また敦煌文献にも『安宅神呪経』が何件も見出さ れる。
『安宅神呪経』は偽経であったが、その成立年代についてはいまでも解明されていない。
牧田諦亮が「中国仏教における真経と疑経」において、この経が長い間真経として収蔵さ れていることを指摘し、また初見は隋代経録にあると述べた38。これに対して、張斉明が『仏 説安宅神呪経』の性質と時代を検討する論文で、実は六朝時代の『祐録』にすでに録され たと批判し、また後漢時代の安宅観念を考察して、「『仏説安宅神呪経』は後漢時代に作ら れた偽経である」と論じた 39
出三蔵記集巻四には、安宅呪一巻を失訳雑経録にいれているが、これは現行の安 宅陀羅尼呪経で、安宅神呪経とは全く別のものである。
。ただし、『仏説安宅神呪経』が後漢時代の安宅観念と類似す ると言っても、それは後漢時代の訳作と証明する証拠にはならない。実は、牧田諦亮が「三 厨経と五厨経」においても、
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と『祐録』の「安宅神呪経」が別者を指すものと指摘している。現存『大正蔵』における
『仏説安宅陀羅尼呪経』は「多跌他 波羅殊隷」など意味不明の漢語音訳梵呪が付いてあ る短いものである。陀羅尼は、梵語「dhāraṇī」の音訳で「神呪」とも意訳されるので 41
38 牧田諦亮『偽経研究』、京都大学人文科学研究所、1976年、18頁。
39 張斉明「『仏説安宅神呪経』所見安宅観念及其影響」(『宗教学研究』2011年第三期)84~86 頁。
40 牧田諦亮(前掲書)、368頁。
41 呂建福によると、呪は本来「vidyā」というサンスクリット語の訳語で、記憶力を表す dhāraṇī と異なっていた。ところが、陀羅尼が大乗仏教に吸収され、南北朝時代から、陀羅尼の経文は意 訳より音訳されるようになった。それで、神秘化された陀羅尼が呪と同一視されるようになった。
そうしたら、『安宅神呪経』は『安宅陀羅尼経』より成立が早い。呂建福の『中国密教史』(中国 社会科学出版社、1995年)をご参照。
、
「安宅陀羅尼呪経」と「安宅神呪経」はそもそも同じ意味である。ところが、『安宅神呪経』
は中国の鬼神信仰に基づいた偽経であることは明らかである。中国では遅くとも、後漢時
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代には宅神・土神を解謝するという観念が普遍的に存在したことは事実である。それは建 築や土木などで鬼神を犯したことを恐れるために、巫覡などを頼んで謝土などを行うわけ である。『安宅神呪経』はそのような社会習俗に基づいて作られたものであろう。
ただし、『安宅神呪経』の意義は、中国の土俗鬼神信仰を吸収した偽経ということでなく、
その読経に伴う宗教儀礼及び仏力によって外道鬼神を鎮圧するという観念にある。『安宅神 呪経』を読むには、まず
応当一心念仏念法念比丘僧、斎戒清浄、奉持三帰五戒十善八関斎戒、日夕六時、
礼拝懺悔勤心精進。請清浄僧設安宅斎、焼衆名香然燈続明、露出中庭読是経典。
と斎戒をし、燃燈をするという仏教的な宗教儀礼をする。また、最後のところ、
復説呪曰。白黒龍王 善子龍王 漚缽羅龍王 阿耨大龍王。結界呪文。伽婆致 伽 婆致 悉波呵 東方大神龍王
など呪語を説き、主に龍神の力を借りて宅内の鬼神を安鎮するのである。『安宅神呪経』は 偽経とはいえ、その全体的な宗教儀礼としては、やはり仏教的なものに属す。それは、後 世の道教儀礼に頗る影響を与えたと思われる。たとえば、唐宋時代に成立した燈儀・九幽 燈儀などの道教斎醮でよく見える科儀42
その後、土神としての土公は、いよいよ鎮められる悪鬼として、宅地土地神としての龍 神によって祓われるものになり、基本として六朝時代の道教における土公観念と軌を同じ くしている。たとえば『七仏八菩薩所説大陀羅尼神呪経』に「支兜那是土公鬼名 副梨副 梨支兜那(一)阿呵呵那支兜那(二)胡律兜支兜那(三)呼呼呼呼阿若支兜那(四)莎門(五)。病 は、おそらく仏教の燃燈などの観念に由来したもの であろう。そして、最も注意すべきのは、仏教の龍王信仰からの影響である。隋唐時代ご ろに、社会に龍王信仰が盛んになり、従来の龍神の性格に加えて仏教の龍神の「守護神」
という観念を持つようになり、さらに五方龍王あるいは五方龍神という宅舎や墓宅の守護 神の観念が現れてきた。恐らく道蔵に収録された『太上老君説安宅八陽経』は仏教の『安 宅神呪経』や『天地八陽経』などから影響を受けて成立したものであろう。
42 陳耀庭「道教科儀和易理」(陳鼓応『道家文化研究』第十一輯、新知三聯書店、1997年)344 頁。
45 人東向坐三」43
(前略)専功力以削成、月暉珠柱。詹楹鑽(攢)集、棟宇 参差。玉砌争光、綺院 競色。現建功畢、祈合吉征。或恐驚動土功(公)、軽触神将。凡力未[能]消伏、聖 徳方可殄除。故就新居、虔誠妙供。(後略)
とあり、土公を疫病を起こした疫鬼と見做した。敦煌写巻P3915・S2110に『仏 説安宅経』があり、その中に「土家王父母」などの神煞が記されている。そして、土公 が 明確に仏教的な願文或いは祭文に記されたものとしては、S3427とP2838が挙げられる。
或因修造、展拓伽藍、触犯土公、擾動神将。太歳不避、太陰誤違、月将凶神、不 知所趣。日遊月 煞、白虎青龍、前朱後玄。至令発動先賢碩徳奠祭、不曽土地霊祈、
実当□□伏、僉発歓喜心、不生瞋怒、各居本位、擁護僧田、災障永除、延年益 筭、
惌家領福、享命転生、吉慶盈門、千祥護体、損傷生性、得値西方。但是諸神請垂 善願。今日今時、発露懺悔、惟三宝慈悲、証明領弟子等罪障消滅、至心帰命、敬 礼常住三宝
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