第三章 明清時代の土公信仰及びその宗教儀礼
第二節 『地母土公経』
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土中居住神不小、普天之下管万民。為善作悪吾当奏、毎月初一奏天庭。常将善事 天上奏、悪事埋在土中存……揭開獄門放悪鬼、陰司管鬼是吾神
土の中に住んでいる土公は世人の善悪を毎月の一日に天庭で報告するだけでなく、陰間で 鬼をも司る。末成道男が漢族の竈神と土地神の人間監視役割の差異について14
と述べたが、このことは『地母土公経』からも裏付けられるだろう。ただし、善悪を報告 するのは、本来五祀の神々の神職であったが、六朝時代から民間信仰において主に竈神に よって担われるようになってきた。民間信仰において、土地神は人間の善悪を監視すると いうより、人間の魂を案内する役割として知られている
、
竈神は玉皇上帝直属の官吏として、家庭の日常を細大漏らさず報告するのに対し、
土地神は些細なところを削って上役の城隍神に報告し、さらにその主なものだけ が天帝に上奏されるという
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以上のように、土公神は土地の神として豊作を司るだけでなく、人間の善悪を天に報告 し、地獄の鬼を管轄する「司命神」でもある。前節で考察したように、それらの神格は明 清時代から初めて現れたものでなく、魏晋時代の買地券においてすでに土公は地下世界の 土地神と見做され、また天文占において土公は地上の農作などを掌る神とされたことがあ
。したがって、土公神は次のよう な利益を齎すことができる。
你在陽間善功大、吾神佑你享長春……敬我三年免災難、敬我十年五穀登。歳歳逢 辰祭奠我、死後不入地獄門……吾将真言伝与你、労労謹記放在心。将此刦運来躲 過、五穀豊収享太平。吾有毗盧遮那仏、長斎供養意竭誠。若将吾言不敬信、猶恐 毒火焚其身。
つまり、土公神は善悪を監視するため、祀られたら悪事を報告しないので長寿になる。土 地神なので、豊作を保障できる。魂魄を掌るため、人が死んだら地獄に入らせない。
14 末成道男「北部ベトナムの<土地神>-華南漢族との比較」(『ベトナムの社会と文化』第2
号、風響社、2000年12月30日)、78頁。
15 杜正乾『中国古代土地信仰研究』(四川大学博士学位論文、2005年)180頁。
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る。ただし、『地母土公経』における土公神の登場は明清以来の民間宝巻の流行や土公が土 地神と見做されるという社会背景と関わっているであろう。次に、他の土地関係の宝巻と 比較することで、『仏説土公尊経』における土公神の特殊性及び形成背景を考察してみる。
宝巻において土地関係のものとして主に「地母真経」と「土地宝巻」が挙げられる。車 錫倫が宝巻の歴史を清代の康熙年間を境として、前期を宗教宝巻、後期を民間宝巻、また 前期はさらに仏教宝巻と民間教派宝巻の両段階に分けている16。この分類に従えば、「地母 真経」は宗教宝巻であり、「土地宝巻」は民間宝巻である。「地母真経」は、地母宝巻17、九 天后土皇地祇玄化養生延命真経、無上虚空地母玄化養生保命真経などいろいろな名称が異 なるものがある18
16 車錫倫「中国宝巻文献的幾個問題(代前言)」(『中国宝巻総目』中央研究院中国文哲研究所籌
備処、1998年)をご参照。
17 また『蓮花僧宝巻』という。車錫倫『中国宝巻総目』0282条。
18 ネットで、http://by42834482.blog.163.com/blog/static/196796211201191272730685/と http://blog.163.com/hbtstlbbklts@126/blog/static/17035596120118754639543/が見られる。
が、内容はほぼ同じく、主に地母が神降ろしを行って七字の韻文で自分の 神徳を説くものである。一方、「土地宝巻」は、民間説唱芸能の性格がつよく、章回体の形 式で土地という神が天上の神々を敗れる物語を説いているものである。地母は天地の生成 より早く存在し、天より地位が尊ばれる女神であるのに対して、土地は天上の神将、五方 五帝、四天王、南極仙翁や斉天大聖などの神々を敗ることができる、ほぼ無敵な男神であ る。ところが、地母と土地は共に尊ぶ土地の神で、性別から夫婦のように見えるが、前述 したように、前者は宗教宝巻で後者は民間宝巻であり、お互いに異なる系統に属して関係 がないと言っても差し支えないであろう。この点からいうと、『地母土公経』における「仏 説土公尊経」は、「地母真経」と同じく宗教宝巻で、夫婦神のように見える。
ところが、土公と地母は民間信仰で夫婦神でないので、「仏説土公尊経」は何か特別の原 因で作られて地母真経と合編されたと推測されたい。地母は大地の神であり、大地が上天 を相対する概念で、陰・母の属性を持っている。一方、土公は「土中居住神不小」といっ たように土地の中に住んでいる神々の一種に過ぎなく、また陰陽説より五行説の論理で説 明される神である。即ち、天地万物を構成する金木水土火の五物質における土の神である。
よって、もし夫婦神を神格や地位が相当するものであれば、土公と地母は決して夫婦では ない。また、現存の地母真経は独立な内容を持ち、土公信仰と関係ないようである。そし て、すべての地母真経に
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と書いてあり、地母の夫は玄童子だという。玄童子は土公ではなく、本来は天父のことを 指すようである。実は、「仏説土公尊経」の経文を見ても「土中居住神不小」などが示した ように土公はただ土の中に住んでいる神であり、地母よりはるかに地位が低い。ところが、
「仏説土公尊経」の経文は地母真経と相似するところが多く、地母真経を参考して作られ た可能性が高い。また、経文にある「無生老母治人倫」や「普救龍華会上人」などの表現 からみれば、おそらく、先天教や龍華教などの民衆宗教と深く関わっている。宝巻の歴史 から見れば、清の道光朝以降、民衆宗教は自身の生存や発展の必要によって、各教派で宝 巻の奉読を継続させるだけでなく、「壇訓」と呼ばれた新しい形式の経を発明した。その内 容はすべて扶鸞・通神・降壇・垂訓などの神降ろし文である19
短いが、二つの情報を示唆している。一つは、四川省一帯では土公神のことを信じている。
もう一つは、四川省以外の地方は主に龍神を信じている。龍神は六朝時代から地神の性格 を持つようになり、特に土地龍神は後世に家屋の守護神と見做されている。龍神と土公を 同時に並んであげたのは、両者の緊密な関係性を物語っているといえよう。ところが、龍 神のことを書いたのは、実は大事な土公神が忘れられたことを言いたいのであろう。そし て、土公神のことを強調するのは、土地信仰特に地母信仰と深く関係する。乾隆年間、大 乗教が雲南・貴州の地域に伝播され、道光年間に四川で無生老母を祀る青蓮教を派生した。
青蓮教は、金丹大道または龍華会ともいう。この民衆宗教の主な布教の手段は壇を設けて 神降ろしを行うものであり、後世に燈花教・先天道・帰根道・一貫道・同善社など支流の 民衆宗教を形成した
。そして、注意すべきなのは 次の経文である。
四方龍神多人敬、惟尓蜀川信神明
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19 濮文起「民間宝巻前言」(周燮藩主編『中国宗教歴史文献集成.101、民間宝巻』黄山書社、2005 年)、4頁。
20 秦宝琦「清代青蓮教源流考」(『清史研究』1999年11月)を参考。
。地母真経において、地母は天より先に存在したものであり、よく無 生老母として崇められていた。したがって、「仏説土公尊経」は青蓮教の宗教者が地母の神 徳を唱える時に、ついでに同じ土地の神である土公神を神降ろしで書いたものだと推測さ れる。ただし、土公神は「土地公公」と異なっていることが意識されているようで誕生日
60 は二月二日ではなく、六月初一とされた。