第八章 日本土公信仰の現状
第三節 示唆と展望
文化交渉の類型によって異なった展開を遂げた土公信仰を検討したが、各国における土 公信仰の土着化した後に現れた類似性をも見逃せない。次に、土公信仰の類似性から窺え た東アジア宗教文化の共通的基盤を検討してみる。
ベトナムと日本における土公神が共に竈神と見做されたのは、果たして単なる偶然現象 なのか。また、日本の神楽における五王子土公神に関する物語や祭祀儀礼は、中国の雲南 省のそれと類似するのも偶然なのか。実は、その類似性は偶然なる表象の裏で、東アジア 宗教文化の独特で統一的な基盤が存在していることを示しているのではあるまいか。
つまり、東アジアにおける土公信仰の伝播や類似性は、陰陽五行説を基礎とする呪術信 仰体系が存在していたことを仄めかしている。陰陽五行説は呪術・風水だけでなく、儒教・
道教の理論基礎ともなり、さらに密教にも頗る影響を与えた。この説は儒教や道教及び密 教などの宗教文化と伴って東アジア諸国に伝えられるだけでなく、律令制度における太史 局のような律用制度における政府機関を通して各国で先進知識として専門的に受容された わけである。したがって、早くから陰陽五行説と密接にかかわっている土公信仰は、異な る国で異なる変容を展開してきたが、その理論的な基礎はやはり同じ陰陽五行説であった。
したがって、日本の民間神楽における五王子土公神や土公祭・地鎮祭における五壇の設置、
ベトナムの五方土公尊神、中国雲南省における五方神煞を射る土公・土母あるいは五方に 鎮座される土公・土母は全部同じく五方を対象とする。近世以来土公信仰が消えてきた朝 鮮半島においても、家宅の土地神とされる土主・土神が五方地神の中央神とされている。
だから、陰陽五行説を基盤とする呪術信仰は東アジア宗教文化の特質といえよう。その 特質は土公信仰だけに反映するのでなく、朝鮮の五方大将軍やベトナムの五行神あるいは
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日本の五角の形に作られた地神柱などは、いずれもこの陰陽五行説に基づいて作られた神 であろう。さらに、陰陽五行説は天干地支と組み合わせて天文暦法に使われ、星辰の運行 に則って遊行する神々をも作られた。それらの神々は、最初として天文暦法とともに受容 されたかもしれないが、遂に天文暦法と関係なく、独自に展開してきた。土公もこのよう な鬼神である。東アジア宗教文化の共通的基盤たる特質は歴史における各国の文化交渉の 産物と言えよう。
また、東アジアの視野から鳥瞰すると、土公信仰もある程度の共時性を持っている。中 国では、古代に神煞や疫鬼とされた土公は、近世の明清時代から土地公信仰と習合して、
土公神として崇め祀られてきた傾向がある。日本も大体近世頃から土王信仰は悪鬼の土公 から土公神になった。朝鮮半島やベトナムにおける土公信仰の変遷を歴史的に精確に追跡 するのが難しいが、大体同じである。朝鮮の場合、土公神の神名がよく登場した『仏説太 歳経』が明らかに朝鮮で作られ、近世的なもののように見える。ベトナムにおいても、土 公は「五方土公尊神」として崇められてきた。土公信仰の変遷は土公観念が庶民生活で広 く広げられ、世俗化した結果であろう。さらにいうと、それは近世東アジア諸国における 庶民文化の止揚と連動して浮かび上がった現象ともいえよう。
このように、東アジアにおける土公信仰を考察してきて、それをめぐる錯綜的な受容や 変容の構造がほぼ明らかになったと思われる。ただし、前述で提示した東アジアの基盤と される陰陽五行説およびそれを基礎とする独特の呪術信仰において、土公以外にまだ多く の神々が存在している。それぞれは東アジアで異なって受容されてきた。そして、東アジ ア宗教文化の共通基盤としては、いうまでもなく仏教と儒教が看過できない絶対的な存在 である。したがって、より多くの角度からその歴史の中で作られた共通基盤を解明すべき と思われるが、今後の研究課題にしたい。
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参考文献
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