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『仏説竈王経』と「十二土公八部神」

ドキュメント内 東アジアにおける土公信仰と文化交渉 (ページ 95-99)

第五章 朝鮮半島における土公信仰――巫経を手掛かりとして

第一節 『仏説竈王経』と「十二土公八部神」

竈王(조왕)は、竈の神を指し、朝鮮では古来から信仰されてきた家神の一種である。

この神は、「かまどの神であり、火の神であり、炊事其他飲食物一切を司」り 4

『仏説竈王経』(以下は『竈王経』と略称する)には、朝鮮独自の鬼神信仰の体系が見ら れ、中国の竈神信仰との関係を検討する良い史料でもある。朝鮮はベトナムと同じく中国 と隣接する藩属の国であったが、竈神信仰はベトナムのそれとは異なり、中国の竈神信仰 における人間の善悪を監視する性格が見られず、中国からの影響が少ないようである

、神体とし ては、麻や塩また米などをパガジ(朴)に入れて食器棚にのせ、女神ともされている。『仏 説竈王経』はこの竈王を祭祀する時に読まれた巫経である。

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と家宅の安穏や裕福を祈願する文で結語する。したがって、『竈王経』では、中国の竈神信 仰における人間の善悪を監視する司命神の神格を持っていない。じつは、経名だけを見れ ば、中国の『道蔵』には『太上霊宝補謝竈王経』

。朝 鮮と中国における竈神信仰の差異はこの経典からも窺える。同経は、最初に上波彼帝竈王 神から明分善悪竈王神までのあらゆる場所における三十六の竈王神の神名を列挙し、それ から五行神などや家神を挙げ、遂に

伏龍、宅龍、日遊神、常当衛護、安穏宅中、無有凶禍、皆悉消滅、富貴吉昌、所 求皆得、県官口舌、一時消滅

6と『太上洞真安竈経』7

城・秋葉隆『朝鮮巫俗の研究』などがあるが、本文で引用したものは主に増尾伸一郎の「朝鮮に おける道仏二教と巫俗の交渉」(『東京成徳大学研究紀要』第5号、1998年)に付録された影印 の朝鮮本『仏説広本太歳経』の部分を翻刻したものである。

4 村山智順、『釈奠・祈雨・安宅』、昭和四十七年(1972)、国書刊行会、272頁。

5 朝鮮の竈王信仰が中国から影響をうけたかどうかについては、実は意見が分かれている。たと

えば、任東権が、「竈王は十二月二十三日に天上に昇り、主の家で起こった一年中のことを玉皇 大帝に報告したのち、一月一日の朝早く地上に降りるという」(『朝鮮の民俗』、岩崎美術館、1969 年、15頁)と書いているが、村山智順が「因みにこの竈王は支那に於けるが如く、家人の功過 を監視し、年一回上天して天帝にその行状を報告する恐ろしい神だと云ふ風には考へられていな い」(『釈奠・祈雨・安宅』昭和四十七年(1972)、国書刊行会、)と書いている。ただし、現在の 民俗調査から基本として影響を受けていないのは一般的な観点である。

6『正統道蔵』第10冊、芸文出版社、1978年、7864~7865頁。

のような竈王経が

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ある。ところが、形式から内容までほぼ異なっているので、『竈王経』は道教の竈王経から 影響を受けていないと考えられる。

朝鮮本『仏説広本太歳経』(韓国国立中央図書館所蔵写本)

における『仏説竈王経』8

『竈王経』は主に盲覡が安宅など家祭の時に読んだ巫経の一つである。秋葉隆によると、

南鮮(現韓国慶尚南道)の馬山の事例によれば、安宅は午後五時に始まって九時に終わり、

読経は盲覡が「先づ庭前で不浄教を読み、次に厨房に行って竈王経を読んだ後、縁側に坐 しかし、『竈王経』は、朝鮮古来の竈王信仰の内容を参照して作られたものであろうか。

経文における「天曹地府」や「伏龍・宅神」などの神名を見れば、明らかに中国からの影 響があることがうかがえる。では、『竈王経』はどのように中国の影響を受けて朝鮮におい て変容されたのか。その成立は、実に朝鮮における土公信仰の変遷とも関わっている。『竈 王経』に「十二土公八部神」(심이토ゴン팔부진)という神名があり、それは中国やベトナム で見られない土公神の呼称である。土公は朝鮮で何かの変容があり、それが十二土公八部 神として『竈王経』で現れたものと考えられる。十二土公八部神の由来や性格を探求する にも、まず『竈王経』の成立を考察する必要がある。

7『正統道蔵』(前掲)第2冊1418頁。

8 経に「王」と書いてあるが、김남경が「=竈를나타낸한자로파악된다」(「『불설광본대세 경(仏說広本太歲経)』의 서지와 한자음에 대하여」『民族文化論叢』第51輯、2012年、30頁)

と指摘したように、は竈の異体字である。

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して成造経、内堂に於いて七星経を誦し、七時半夕食のために少憩の後、明堂経・玉枢経 を読んで、最後に門に向かって街経を読む」のである9。ただし、読経するのは盲覡だけで なく、目明きの巫覡もいる。目の明暗の相違によってパクスかパンスと呼ばれることがあ るが、特に目明きの読経男覡をパクスと呼ぶことが多い。パクスは、漢字で「博士」と書 かれることがあり、高麗時代の卜博士に由来したという。卜博士は太卜監・太史局におけ る官職であり、主に天文・暦数・測候・刻漏を掌る。もちろん、巫覡のパクスは卜博士の 職務と直接な関係がないはずであるが、共に中国伝来の卜占を行う者と考えられる10。そし て、かれらの使った巫経も仏教や道教との経典と深く関わるものである。増尾伸一郎によ ると、諸巫経を収録している『仏説広本太歳経』は、最も広く使われた巫経であり、また

『仏説広本太歳経』は刊行の版本によって収録する巫経の数も異なっているが、その中で 最も頻繁に刊行されたのは、広本太歳経、地心陀羅尼経、天地八陽神呪経、竈王経、歓喜 竈王経、安宅神呪経、百煞神呪経、金神七煞経、龍王三昧経、敗目神呪経、堗屈経、明堂 神経、救護身命経などである11

『天地八陽神呪経』は、「仏説天地八陽神呪経」、「天地八陽経」などの異称があり、唐の 三蔵法師義浄の訳と託された疑偽経典であるが、ウィグルやチベットなどだけでなく

。その中の『天地八陽神呪経』・『安宅神呪経』は明らかに中 国伝来の仏教偽経である。そして、『竈王経』は『天地八陽神呪経』・『安宅神呪経』と深く 関わっている。

12、朝

鮮や日本13にも流伝して広く読誦され、古代アジアの民間信仰において広範囲に影響を及ぼ した。朝鮮における『天地八陽神呪経』の書誌や受容については増尾伸一郎の詳しい研究 があり、高麗時代にすでにかなり流布していたと言われている14

9 秋葉隆『朝鮮巫俗の現地研究』、養徳社、1940年、81頁。

10 盲目のパンスの職能について、野崎充彦の「パンス試論―朝鮮盲僧の占卜・呪詛・祈雨につ

いて」(『人文研究』第52巻、第4分冊、2000年12月)を参考。

11 増尾伸一郎「朝鮮における道仏二教と巫俗の交渉ー付、朝鮮本『仏説広本太歳経』影印ー」(『東

京成徳大学研究紀要』第5号、1998年)。

12 小田寿典「偽経本「天地八陽神呪経」の伝播とテキスト」(『Bulletin of Toyohashi Junior College』1986年、61~74頁)がある

13 増尾伸一郎「日本古代における『天地八陽神呪経』の受容」(道教文化研究会編『道教文化へ

の展望』、平河出版社、1994年)

14 増尾伸一郎「朝鮮本『天地八陽神呪経』とその流伝」(『東京成徳大学研究紀要』第4号、1997 年)185頁。

。同経は、釈迦が 毗耶達摩 城寥廓宅中に居た時に、無礙菩薩は衆生が「良由信邪倒見、獲如是苦」で、「唯願世尊為諸 邪見衆生説其正見之法、令得悟解、免於衆苦」と請願したので、釈迦は「吾当為汝分別解 説天地八陽之経」と述べて説いた経という。

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読此経三徧、是諸悪鬼、皆悉消滅……読此経三徧、愚癡等悪並皆除滅……読此経 三徧、築墻動土、……土尉伏龍、一切鬼魅、皆悉隠蔵、遠迸他方、形消影滅……

富貴吉昌、不求自得……若有衆生忽被県官拘系、盜賊牽挽、暫読此経三徧、即得 解脫……若復有人多於妄語綺語,両舌悪口、若能受持此経、永除四過……

つまり、この経を読めば、悪鬼を消滅させ、愚痴などを無くさせ、一切の鬼魅を消滅させ、

富貴吉昌は求めなくても自ら得、県官に捕まらず、悪言をされないなどの利益を受けると いう。それで、『仏説竈王経』最後の部分を振り返って読むと、両者の類似性に気が付くだ ろう。つまり、『竈王経』における「皆悉消滅、富貴吉昌、所求皆得、県官口舌、一時消滅」

などの語句は『天地八陽神呪経』からとって形成されたものである。

そして、その前の「安穏宅中、無有凶禍」は『天地八陽神呪経』でなく、『安宅神呪経』

の「読経行道、安隠宅中、無有凶患、災恠不生」から由来したものであろう。『安宅神呪経』

や『天地八陽神呪経』の使用状況については、村山智順が「概して新築家屋の厄祓ひ又は 家内安全の祈祷時には安宅経を主経として其の他数種を読誦し、(中略)中には、如何なる 種類の祈祷時にも天地八陽経だけを以てする者もある」と述べたように、巫経の中で最も 頻繁に読まれたものである 15

ちなみに、『安宅神呪経』や『天地八陽神呪経』で土公の神名がないが、『安宅経第一篇』

という巫経に「家宅安寧、馬厩守理土公之神、請入善神」

。じつは、『竈王経』の最後の経文は祈祷の願いを述べる部分 であるが、それを漢文の文脈からみれば不完全で断片的なものであり、かつ竈王という特 殊の神の職能を反映するものではない。また、『安宅神呪経』や『天地八陽神呪経』の語句 と比較すればわかるように、それはそもそも両経から抽出したものに過ぎない。巫経の中 で神名だけを挙げたものがあり、それは祈願の語句を流用できるので、巫覡にとっては神 名だけが重要で暗誦すべき内容なのである。

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『竈王経』において、最も重要で特徴なのは最初に唱えられた竈王の神名の部分であろ う。しかし、それらの神名はほかの経典ではほとんど見たことがなく、ただ経文の傍に書 かれた注によれば、様々な竈王の神名を表していることがわかる。ただし、注意すべきは、

の語句があり、土公の存在を意 識している。

15 村山智順が『朝鮮の巫覡』(前掲)、619頁。

16 秋葉隆・赤松智城共編の『朝鮮巫俗の研究』(大阪屋号書店、1938年)下巻付録「巫経」にお

いて江原道原州男覡・李世栄伝承の巫経を翻刻しており、『安宅経第一篇』はその65頁にある。

ドキュメント内 東アジアにおける土公信仰と文化交渉 (ページ 95-99)