神経内視鏡手術
2. 神経内視鏡の歴史
20 世紀初頭に始まった神経内視鏡手術は、1990 年代に優れた脳 室ファイバースコープが相次いで開発されるとともに、広く注目さ れるようになりました。低侵襲医療の概念は約2000年前もの昔、ギ リシャ・ローマ時代にまでさかのぼれるといわれています。その証 拠として、最近、紀元 79 年のベスビオ火山の大噴火の際に、火山 灰に埋もれた古代ローマの都市ポンペイの遺跡から、肛門鏡や子宮 鏡の原型と思われる器具が発見されました。したがって、内視鏡の ルーツをたどれば約 2000 年もの歴史があることになるのです。
本格的な内視鏡の試みは19世紀初頭に行われました。1806年に ドイツの若き内科医であるボズニーは、人体を大きく切らずに体中 を見ることはできないものかと考え、ろうそくの光で体内を照らし て見ることができる器具(図1)を作成したのです。ところが、当 時の教会は、これを体内を照らす魔法の道具として、すぐさま禁止 してしまいました。しかし、彼は最初の内視鏡の制作者として、記 録に残りました。
実用的な内視鏡はその 50 年後、1853 年、パリの泌尿器科医デソ ルモーにより作られた尿道・膀胱鏡で、彼はこれを「内部を見るた めの鏡」、すなわち「エンド(内部)スコープ(鏡)Endoscope 」と 名付けました。
一方、脳神経外科領域においては、最初の内視鏡手術は、やはり
泌尿器科医によって行わ れました。1910 年にシカ ゴ の 泌 尿 器 科 医 レ ス ピ ナッセは、ふたりの水頭 症の子供に硬性の膀胱鏡 を応用し、膀胱鏡で脳室 内を観察しながら脈絡叢
(脳脊髄液の主な産生の 場)を電気凝固しました。
これが脳神経外科領域に おける最初の内視鏡手術 です。
その後、積極的に内視 図1:ボズニーの内視鏡(1806年)
図2:水頭症患児に対する脳室鏡下手術(ダンディ1922年)
鏡手術を行ったのはダン ディです。彼は自分で硬 性の内視鏡「脳室鏡」を作 成し、小児水頭症治療や 脳室内の腫瘍の摘出を多 く行ったので(図2)、「神 経内視鏡の父」と呼ばれ ています。さらに彼は、非 交通性水頭症に対して開 頭による第三脳室底開放 術 も 行 い ま し た が ( 図 3)、患者さんに対して大 きな負担がかかり、技術 的にも難しいこの「開頭 手術」の結果は十分では ありませんでした。
同じ時期に内視鏡下に第三脳室開放術を行った人もいましたが、
内視鏡自体の完成度が不十分の上、合併症も多く、普及はしません でした。
初期の頃の内視鏡は硬性鏡で、脳室鏡のうち「軟性鏡」、すなわ ち「脳室ファイバースコープ」が登場するまでには、さらに 50 年 待たなければなりませんでした。1972 年に日本の解剖学者の山鳥 が、実験用の脳室ファイバースコープを開発し、イヌを用いた実験 に応用しました。同時期に、臨床においては福島が脳室ファイバー スコープを開発し、脳室内腫瘍などに応用しました。
しかし、新しい内視鏡の開発も追いつかず、シャント手術が水頭 図3:開頭手術による第三脳室底開窓術
(ダンディ)
症治療の中心となり、また脳神経外科手術も顕微鏡下に行われるよ うになったため、脳室鏡への関心は薄れてしまいました。シャント 手術はその手技の簡便さから脳神経外科の基本的手術のひとつとな り、水頭症治療の第一選択となりました。そして「水頭症」という 診断の下に数多くのシャント手術がなされたのです。その結果、
シャント機能不全やシャント感染をはじめとする多くの合併症が生 み出されてしまいました。
こうした中で、岡は、1985 年より脳室内を人工髄液で灌流しつ つ観察・治療を行う目的から、大口径の鉗子口を有する脳室ファイ バースコープを開発し、安全に内視鏡手術が可能であることを証明 しました。
このような背景から、最近、水頭症治療を中心に脳室鏡が見直さ れ、脳室鏡は「神経内視鏡」として生まれ変わったのです。そして 現在、神経内視鏡は水頭症などの脳室内疾患のみにとどまらず、さ まざまな方面に応用され始めてきました。