シャント概説
2. シャント・システムの構造・種類
ここではシャント= V-P シャントとして、話していきます。
本題に入る前に、シャントはどうして流れるのか? そして、な ぜ詰まったり、いろんなトラブルの元になるのか?を、ちょっと考 えてみましょう。難しそうな質問ですね。でもその答えは小学校低 学年程度の算数で説明できてしまうのです。
脳室内の髄液の圧を脳室内圧、シャント・バルブが開く圧をバル ブ圧、お腹の圧を腹圧とします。また、頭の位置(高さ)とお腹の 位置(高さ)の違いによる圧(水位の違いによる圧)を水圧差とし ましょう(静水圧差という言葉を使うこともあります)。髄液を流 そうとする力は脳室内圧+頭とお腹の高さの違いによる水圧(これ
はサイフォン効果により生じます)、一方、それに抵抗して流れを 止めようとするのはバルブ圧+腹圧です。すなわち実際に髄液を流 す圧の差(P と表わします)は
P = 髄液を流そうとする力 - 髄液を止めようとする抵抗力
=(脳室内圧+水圧差)-(バルブ圧+腹圧)
= 脳室内圧+水圧差 - バルブ圧 - 腹圧
髄液が順調に流れている時は P =0に近くなるので
脳室内圧+水圧差 - バルブ圧 - 腹圧=0
と仮定してしまえば
脳室内圧=バルブ圧 - 水圧差+腹圧
これが基本です。もっとも、実際には髄液のタンパクによる粘稠 度、シャントの管の壁との間の抵抗力、バルブの位置(前頭部、後 頭部の別)、腹腔内の管の長さなどが関与して、なんとも複雑な様 相を呈してくるのですが、シャントの基本の理屈を考えるのには、
この式だけで充分間に合います。
さて、寝ている時のことを考えてみましょう。頭とお腹は同じ高 さにあるので両者の水圧差は0です。今、仮にバルブ圧を5cmH2O
(水で計って5cm の高さ、の意味です。以後略します)、腹圧も5cm とすると
脳室内圧= 5-0+5 = 10cm
となり、これは寝ている時の髄液の圧としては正常範囲内です。
それでは、起きて座ったり、立ったりするとどうなるでしょう か。自分の赤ちゃんや子供を見てみてください。頭とお腹の間は、
少なくても30cmくらいはありますね。この長さがみんなサイフォ ン効果によって水圧差になってしまいます。すなわち、少なめに 30cm と見積もっても、
脳室内圧= 5-30+5 = -20cm
となり、これではどう考えても起座時の髄液圧としては少なすぎま す。すなわち、髄液が流れすぎているのです。これを、例えば+5cm としようとすると、バルブ圧を 30cm 分にしなければなりません。
でも、そうしたら今度は寝ている時に全然流れない、ということに なってしまいますね。ひとつのバルブで二役を果たすのは無理なの です。
人間の体が持って生まれた自然の摂理の偉大さと、人間の作った シャントの間には、悲しい差があるのです。でも、人間もその差を 埋めるべく一生懸命努力してきました。サイフォン防止効果付きバ ルブ(アンチ・サイフォン・バルブ)、自動流量調節式バルブ、あ るいは圧可変式バルブです。前提が長くなってしまいましたが、こ こでは、起きている時と寝ている時の差を埋めるべく、さまざまな バルブが考案されていることをご理解ください。
さて、本題に入ります。シャント・システムは大きく分けて3つ の要素からできています。シャント・バルブ、脳室端のカテーテル
(管)、腹腔端のカテーテル(管)、です。ひとつずつ紹介していき ましょう。
●シャント・バルブ
バルブはシャント・システムの中心をなすものです。基本的には 髄液を一定の圧で流す弁(バルブ)機構と髄液を貯める貯留槽から なります。さまざまな種類がありますが、大きく分けて、髄液の流 量をバルブの圧によって管理しようとする圧管理型バルブと、髄液 の圧により自動的に流量を調節する流量調節型バルブに分類されま す。
・圧管理型バルブ
圧管理型バルブでは一般的には圧の変動範囲によって低圧、中 圧、高圧の3種類がそろっているのが普通です。例えば、低圧では 髄液の流量によって 15 〜 50mmH2O(水柱)の範囲で圧が変動し、
中圧では 50 〜 90mmH2O、高圧では 90 〜 150mmH2O、といった具 合です。この場合、どの圧のバルブを選ぶかは手術前の髄液の圧、
手術までの経過、脳室の大きさ、年齢などを考慮して主治医が決め ます。
一方、先ほど述べたように、頭とお腹の高さの違いによる水圧差 が原因で生じるサイフォン効果は、バルブの圧を変えても予防は困 難と考えられる場合には、アンチ・サイフォン装置を付けた圧管理 型バルブを使うこともあります。アンチ・サイフォン装置では、髄 液を薄い膜で覆われた狭い通路に流します。通常の、高い脳室内圧
によって髄液が押し出されて流れている状態では髄液は陽圧(プラ スの圧)を保っています。この陽圧によって髄液はアンチ・サイ フォン装置の膜を押し開き流れていきます。もしこの状態で体を起 こすと、頭の位置が高くなりサイフォン効果が生じて、相対的に陰 圧(マイナスの圧)となったお腹側に髄液は急激に吸い込まれてい きます。しかし、陰圧で髄液が引き込まれる状態では、アンチ・サ イフォン装置を使用しているとその膜が陰圧により吸い寄せられ髄 液の通路を防ぐように働き、髄液の流れを遮断します。すなわち、
サイフォン効果が予防されるわけです。しかし、人間の体は計算通 りにいかないもので、アンチ・サイフォン装置自体の抵抗や、周辺 に線維性の癒着が起きたりといったことで、髄液の流れが不十分に なったり、詰まる可能性が高くなるのが泣きどころです。
・圧可変式バルブ
最近になり、圧調節型バルブにもう一種類、新しい仲間が増えま した。圧可変式バルブです。磁気を用いてバルブの調節を行い、
髄液の流量を調節しようとするものです。もちろんサイフォン効果 そのものを予防することはできず、限界はありますが微妙な圧調節 を要する水頭症や、寝ている時間が多く比較的に脳室内圧に髄液の 流量が左右されるような水頭症には期待できると思われます。た だ、強い磁気によって圧の設定が変わってしまうため、多くの電化 製品に囲まれて生活していることや、軽い打撃でも設定圧が変動す ることを考えると、日常生活上、いろいろ注意が必要になります。
・流量調節型バルブ
流量調節型バルブの歴史も比較的新しいものです。このタイプの
バルブは髄液の圧によって弁機構部の髄液の流れる断面積が自動的 に変化し、脳室内圧をできるだけ一定の範囲内で調節できるように 作られています。大変便利と思うか、あなた任せ(髄液圧任せ)で 無責任、と思うかは非常に意見の分かれるところですが、これまで の圧調節型バルブとは異なった考えで生まれてきたバルブであるこ とに違いはありません。一つのバルブで、全ての水頭症に対応可能 な点は多いに評価されますが、やはりサイフォン効果は完全には予 防できないことや、低圧性の水頭症では充分な髄液の流量が得にく いことなど問題も残されています。
完全なバルブというのはなく、どんなバルブにも一長一短があり ます。要は、自分の使っているバルブが何であれ、髄液がきちんと 流れ、合併症なく生活できていればいいわけです。問題になること が多いサイフォン効果も、髄液が流れていてはじめて問題になるわ けです。アンチ・サイフォン装置が付いても、圧調節できても髄液 が流れていなければ話になりません。そんなわけで、今でも単純な 低圧バルブに根強い人気があるのも事実です。髄液がきちんと流 れ、かつ流れ過ぎない、という相反する条件の接点を目指したバル ブ開発の道は、まだまだ先が長そうです。
●カテーテル(管)
さて、バルブの次は、それにつなぐカテーテルについてご説明し ます。
・脳室端カテーテル
脳室内に挿入し、バルブの脳室端と接続される管です。長さは、
頭の大きさ、前方から入れるか、後方から入れるかにより調節しま す。通常は先端が流線型になった管ですが、脳室が狭くなった時に 脳室壁と癒着して詰まることを予防するために、フランジ(羽のよ うなもの)を付けた型もあります。この場合、脈絡叢が絡むと詰 まった時に引き抜くのが大変危険となります。
・腹腔端カテーテル
バルブの腹腔端に接続し、皮下を通ってお腹の中に挿入される管 です。一般には先端に細隙状の切れ込みが入れてあり(スリットエ ンド)、この部分でも圧調節をするようになっています。しかし、実 際問題としてはこの細隙は詰まりの原因になることが多いので切断 してしまうことも少なくありません。以前は、管がお腹の中で折れ 曲がり詰まることを予防するためにらせん状に針金を入れた管が使 われたことがあります。この管は、固いために逆に腸などに穿孔す ることがあり(特に乳幼児の場合)、最近は殆ど使われなくなりま した。いいと思った工夫も、裏目に出てしまったわけです。
3.シャント合併症
「水頭症に対するシャント手術の発展の歴史は、とりも直さず シャント合併症予防の歴史である」という著明な小児神経外科医の 言葉があります。"The best shunt is no shunt."(シャントなしで治 療できれば最善)といってみても、神経内視鏡(第3脳室底開窓術)
で治療できる一部の患者さんを除けば、大部分の水頭症の治療は今 でもシャント手術しかないことも事実です。
シャント手術に伴う合併症は年齢が低いほど(乳幼児)、あるい は対照的に高齢であるほど起きやすいことはよく知られています。