2. 水力発電所における重大トラブルの概要
2.2. 水力発電所における故障停止の影響
2.2.1. 発電所形式毎の計画外停止の影響
発電所形式毎に計画外停止の影響は異なると考えられ,その概要を以下に示す。
(a) 自流式(流れ込み式)
大半の自流式発電所は小規模なものが多く,このため発電所が停止しても,電力エネルギー の生産が止まるだけである。故障停止時,取水が停止されるので,河川流量は取水ダムから放 流される。発電の停止に伴い,本来得られるはずの利益を失うこと(溢水損失と呼ぶ)になる が,他の水力発電の形式に比べて電力系統に対する調整機能がないので,その影響は相対的に 小さい。
(b) 調整池式発電
この形式の発電所が停止すると,短期間であれば河川の流量は調整池に蓄えられるので,エ ネルギー的な損失は生じない。しかし,停止が長期間に及べば調整池に貯留できなくなり,ダ ムから無効放流して,溢水損失が発生する。また,この形式の発電所は系統の安定や周波数調 整に有効であることから,エネルギー的な損失ばかりでは済まなくなる。当然,停止した当該 水力発電所の機能を補うべく,他の発電所が代替することになり,火力発電所や揚水発電所が その代替を担う場合は,より大きなコストが生じる。
(c) 貯水池式発電
この形式の発電所は,巨大な貯水池と複数台の発電機器を持つことが多く,仮に 1 台の水 車・発電機が停止しても,大きな貯水容量による一時的な貯留と他の号機によるバックアップ が期待でき,損失の低減が可能である。但し,電力エネルギー的には被害を低減できても,ア ンシラリーサービスの機能は損なわれるので,代替火力などのコストは生じる。
(d) 揚水式発電
混合揚水式発電所であれば,基本的に電力エネルギー生産+アンシラリーサービスの提供と なり,上記の調整池式や貯水池式と同じである。一方,純揚水式発電所の場合は,アンシラリ ーサービスの供給が大半であるので,故障停止した場合は代替火力のコストが主に生じ,エネ ルギー生産の面では損失は発生しない。
2.2.2. 重大トラブルの損失の試算例
非常に簡素化した仮定に基づいて,重大トラブルによる計画外停止が起きるとどの程度の損失 が見込まれるか,以下に試算する。但し,本計算はあくまでも損失のレベル感を判りやすくする ための試算であり,実際の事例や損失レベルとは一切関係しない。
(1) 復旧費用
重大事故が発生すると,それを原状復帰させる費用(Property damage)が発生する。この費 用は事故の規模や部位によって千差万別となるが,大きな出力を有する設備に被害が生じ,その 補修が長期化するような事例では,一般的にその復旧費用も大きくなると予想される。また土木 設備に深刻な被害があった場合とか,火災に伴う被害も大きくなりやすい。逆に水害などで機械 だけの被害の場合は,比較的に小さな被害額で済むことが多い。実際の事例に基づく傾向は2.3.3 項(5)に記述する。
34 (2) 営業損失
上記の直接的な被害額に加えて,発電ができないことに伴う収入の途絶,すなわち営業損失
(Business interruption)が発生する。以下に簡単な試算を試みる。
仮定としては,A発電会社がB送電会社と電力需給契約を結んで,その全発生電力を決めら れた単価で供給するとする。発電所の事故停止の場合は,その需給契約に基づくペナルティーが 課せられるものとする。
(a) 一般水力の場合
発電所が事故で停止すると,その電力量に見合った収入を A 発電会社は失う。この収入減 を以下に試算する。仮定条件としては,発電所は調整池式とし出力は50MW,年間設備利用率 45%,停止期間3カ月(90日)とする。停止期間中,河川流量は全て調整池から流出するもの とし,後日の発電利用は不可能と仮定する。また,発電コストは 10.6円/kWh とするが,こ の値は我が国における水力発電所の一般的な発電コストとして長期エネルギー需給見通しの 検討[4]に使われた値なので,実際のB送電会社への売電価格はこれより高くなる可能性は高い。
溢水電力量=50 [MW] x 24 [hours] x 90 [days] x 0.45=48,600 [MWh]
逸失利益=48,600 x 10.6 x 1000=515 [百万円] この金額はA発電会社の減収となる。
一方,B送電会社はこの水力発電所が止まったため,別の発電所から停止相当分の電力を購 入する必要が生じる。C発電会社の所有する石油火力発電所を増出力(焚き増し)して賄うと すると,先ずその燃料代が増加する。この金額は,火力発電所の熱効率を40%,燃料はC重油
とし1kℓあたり5万円,41.78 MJ/ℓと仮定すると以下となる。
48,600 [MWh]=175 x 106 [MJ] 故に所要の重油量は,
175 x 106 [MJ]/0.4/(41.78 x 1000)=10,470 [kℓ]
燃料代は,524百万円と計算される。
また,火力発電所の資本費や運転維持経費も燃料代に上乗せして請求される可能性がある。
非常にラフな仮定であるが,火力発電設備1kW当たりの建設費を20万円,年経費率10%(運 転維持経費などを含む)と想定すると,この建設費を回収するのに 2 万円/kW・年は経費と して見込む必要がある。50MWを90日停止するということは,20,000 x 50,000 x (90/365)=246 百万円に相当する。
この試算から,B送電会社はC発電会社から,770百万円(=524+246 [百万円])を請求さ れる可能性がある。このためB送電会社はA発電会社が原因者として,(770-515)=255 [百 万円]をペナルティーとして請求する可能性がある。
結局,A発電会社の損失は,515百万円から770百万円程度と見積もられる。事故に伴う営 業損失の大きさは,停止電力(MW)と停止年数(年)の積に比例すると考えられ,このケー スでは50MWの設備が90日間停止するのであるから,その値は50 x (90/365)=12.3 [MW・年] となる。この値で,上述の営業損失を割ると,1MW・年当たり42百万円から63百万円程度の 営業損失となる。
ただ,上記の試算はあくまでも我が国の中規模水力を前提にしており,国別の電力料金レベ ルや発電所規模によって大きく変動する。また,自由化市場で電力が売買されるのであれば,
ほとんどペナルティーは発生せず,単に減収だけが予想される。こうしたことから,あくまで
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も事故に伴う営業損失のイメージを掴むための試算である。
(b) 揚水発電所の場合
揚水発電所の場合も,上記のA発電会社所有の揚水発電所の全電力をB送電会社に全量売 電すると仮定する。この場合,両者の需給契約はA 発電会社がその揚水発電所を B送電会社 に長期リースするとする。すなわち,揚水動力は無償でB送電会社が供給するかわりに発電電 力もB送電会社が無償で引き取る。かわりにB送電会社は当該揚水発電所の出力に見合った定 額のリース料金を払うものである。揚水発電所は非常に設備利用率が低いことから,こうした 長期定額リースの需給契約でないと経営できない背景がある。
この前提で,揚水発電所のパワーの価値を先ず計算する。条件としては,単機出力300MW の発電機器が3か月(90日)停止したとし,その代替火力のkW建設費を20万円,年経費率 10%(運転維持経費などを含む)と想定すると,この建設費を回収するのに2万円/kW・年は 経費として見込む必要がある。故にパワー(kW)に起因する損失だけとなるので,
20,000 x 300,000 x (90/365)=1,480 [百万円] と計算できる。
A発電会社は,kWあたりの単価でこの金額を上回る値でB送電会社と需給契約を結ぶであ ろうから,最低でもこの程度の減収はA発電会社に発生すると考える。
一方で,B 送電会社はこの揚水発電所の持つ瞬動予備力の役割を代替するには,同容量
(=300MW)の火力発電所を確保する必要が生じる。仮にC発電会社の老朽石油火力発電所で
代替するとして,この揚水発電所が停止している3か月間,連続的に火力発電所を最低出力で 運転し続けることを仮定する。この場合,以下の燃料コストが発生する。
重油火力の最低出力は 20%,その時の火力効率を 25%と仮定すると,所要の熱エネルギー
(MJ)は,300 [MW] x 3600 x 24 x 90 x (0.2/0.25)=1,866 x 106 [MJ]
故にC重油の所要量は,1,866 x 106/(41.78 x 1000)=44,700 [kℓ]
1kℓ=5万円とすると,2,235百万円となる。
結局,(2235-1480)=755 [百万円]をペナルティーとしてB送電会社はA発電会社に対し て請求してくる可能性がある。このため,A発電会社の損失は,1,480百万円から2,235百万円 程度と見積もられる。
このケースでは停止損失は,300 [MW] x (90/365)=74 [MW・年]となる。故に,1MW・年あ たりにすると20百万円から30百万円となる。
以上,非常にラフな仮定で水力発電所の長期停止における損失を試算してみた。やはり,
エネルギーを発生する一般水力のほうが損失は大きいと予想されるが,いずれにしてもかなり の金額になる。もちろん,実際の営業損失等は,色々な条件で大きく異なることは,先に述べ た通りである。
なお,海外の事例を見ると米国の水力発電所火災(表2.13 No.9 参照)では1日当たり10 万$と言われているので,0.2 M$/MW・年となる。コロンビアの水力発電所火災(表2.13 No.2 参照)では45日間の停止による営業損失が35~75M$となり,これだと0.5~1.1M$/MW・年 となる。大体,上記の試算がそれほどおかしくないことが判る。