3. 重大トラブル回避策の抽出
3.1. 発電所の水害
3.1.2. 最近の水害事例について
62
表3.2 自然災害以外の冠水事故の要因
63 (b) 得られた教訓
この災害で明らかになった主な事項は以下となる。
① 設計洪水流量と同等あるいは,それを上回る洪水が発生する。
② 屋外開閉所や発電所周りが冠水すると,容易に開口部から発電所内に浸水する。
③ 排水ポンプの能力を超える浸水が発生することがある。
④ 発電所内が冠水すると所内電源が失われて,排水能力がなくなったり,低下したりす る。そうなると完全に水没する可能性が高まる。
⑤ 冠水した発電所では水車や発電機の潤滑油が所内に漏れ出して,その対応に長期間要 すことがある。
⑥ 水は色々な経路を通じて発電所内に侵入することから,高電圧機器を課電したままだ と二次的な電気事故に発展しかねない。
⑦ 取水口ゲートや放水口ゲートを閉めないと流下してきた土砂や異物が導水路や放水路 内に堆積する。特に水車・発電機の運転を継続するとその量が増大する。また,ゲー トの下に堆積すると,ゲートを降ろせなくなり復旧作業が非常に難しくなる。
⑧ 土砂や流下物の撤去には長期間を要すこともあり,その場合は長期の停止となる。
⑨ 洗掘などにより土木工作物(発電所の側壁など)が損傷を蒙ることがある。
⑩ 純揚水発電所でも放水口に大量の土砂が堆積することがある。
⑪ 洪水の後,河川管理者により河川改修工事が広範に実施されると,発電所の運転が大 幅に制限されることがある。
(2) 耳川水系発電所の洪水被害 (a) 被災の状況
九州の耳川水系の上椎葉(93MW),塚原(63MW),山須原(41MW),西郷(27MW)の4 発電所は2005年9月6日の台風14号に伴う豪雨で多大な被害[7]を受けた(表2.12 No.5参 照)。水系の 7ダム全てにおいて既往最大流入量を更新する出水があり,内5 ダムでは設計洪 水流量を上回った。斜面崩壊も大小あわせて500か所に達し,ダム貯水池内でも4か所で大規
図3.6 滝発電所における洪水の状況
(ダムより下流を写す)
64 模な崩落が起きた。
上椎葉発電所(2 x 45MW)では発電所下流にある渓流から土石流が発生し,耳川本川をせ き止め,これに伴い河川水位が上昇し,発電所下流側の防水壁を越流して発電所構内に流入し た[8]。流入した河川水は,発電所本館から上流の屋外変電設備まで達し,水車・発電機および 屋外変電設備が被害を受けた。また発電機の電力ケーブルが短絡して主要変圧器が焼損してい る。発電所の進入道路が対岸の斜面崩壊の影響から流出してしまい復旧工事の大きな支障とな った。
下流の塚原発電所(4 x 15.65MW+1 x 0.49MW)もダムの設計洪水流量を超える水が既設防 水壁を超えて発電所内に浸水し水車,発電機が冠水した。特に塚原発電所5号機(0.49MW) はダム直下の維持流量発電所18であるが完全にダム放流に呑み込まれてしまった。この水害で は塚原ダムの下流で大きな山崩れ(深層崩壊)が起き330 万m3もの体積を有する天然ダムが 形成され,一時的に約60mの水位上昇を起こしている。
さらに下流の山須原発電所(2 x 6.7MW+1 x 27.6MW+1 x 18.6MW)および西郷発電所(1 x
8.5MW+1 x 18.6MW)も塚原発電所と同様の理由により水車・発電機が冠水し発電停止となっ
た。また,上記4発電所とも放水口や導水路内に多量の土砂が堆積した。
復旧は,2006年6月に上椎葉発電所2号機(45MW)の仮復旧,同月に西郷発電所(1号水
車8.5MWが冠水)の本復旧,7月に塚原発電所1,2号機の仮復旧(15.65MW x 2台)と山須
原発電所(41MW)の本復旧,12月に塚原発電所3,4号機の仮復旧(15.65MW x 2台),2007 年12月に上椎葉発電所1号機の更新完了,2010年3月に2号機の更新工事を完了した。
また貯水池には大量の土砂が堆積したことから,流域内集落への浸水被害が予想され,洪水 時に堆積土砂を下流に安全に流下するため,山須原ダムと西郷ダムではダムの切り下げと洪水 吐ゲートの改造工事を2011年11月より開始している。
(b) 得られた教訓
この災害で明らかになった主な事項は以下となる。
① ダムの設計洪水流量や既往最大流量を上回る出水が生じた。
② 発電所の下流で天然ダムが形成されると,貯水により河川水位が急上昇し放水口から の逆流や発電所周囲の冠水から発電所が水没することがある。
③ 発電所が水没した時に発電機がまだ運転中であると,電気事故に発展し,重大な二次 被害が発生することがある。
④ ダム直下に近年,維持放流用発電所を設ける例が増えているが,その設置場所によっ ては洪水被害を直接受けることがある。
18 維持流量(Ecological discharge)とは,河川の舟運,漁業,景観,塩害の防止,河口閉塞,地下水の維持,動植 物の保存,流水の清潔の保持および河川管理施設の保護等を総合的に考慮し,渇水時において維持すべきである と定めた流量である(土木用語大辞典より)。水力発電所ではダム直下流や水路区間で河川の流量が減少すること から,ある一定量の維持流量を維持するため放流を行うが,この放流水の持つエネルギーを発電に利用するのが 維持流量発電所である。近年,河川環境保護の観点から新規に維持流量を流すことやその流量を増す必要があり,
維持流量設備の新設や改良時に発電設備を併設する事例が多い。
65 (3) 木曽川出水による洪水被害
(a) 被災の状況
1983 年 9 月 28 日の台風 10 号の影響により,木曽川では未曾有の洪水となった(表 2.12
No.13参照)。各所で設計洪水流量を上回る流量を記録し,新大井,大井,笠置,兼山の4発電
所で発電機が完全に水没し,最大の読書発電所(112.1MW)も発電機が半冠水して発電不能に なった[9]。また,取水口,放水口,水路などに広範囲に土砂が流入した。被災設備は292.7MW に達した。特に笠置発電所においては防水壁の崩壊で流れ込んだ流木により154kV屋外機器が 破損した。
復旧工事は,2交替24時間体制で発電機の応急復旧に取り組んだ結果,各発電所とも11月 初めには1台目を完了し,12月には2台目を復旧して溢水をなくした。引き続き,恒久復旧と して残りの発電機の回復に努めた結果,翌年3月に大井発電所4号機を復旧して発電は正常化 された。復旧費用は約70億円に達した。
なお,1984年9月14日にマグニチュード6.8の内陸型地震である「昭和59年長野県西部地 震」が同地域で発生し,この時は上流の御岳発電所(66MW)の取水ダムや導水路が大規模な 土砂崩れで大きな被害を受けた。
(b) 得られた教訓
この災害で明らかになった主な事項は以下となる。
① 河川の水位が発電所周囲の防水壁を超えて浸水したが,防水対策の不備も指摘された。
このため,a. 建物のシャッター入口扉前に角落しを設置する,b. 建物の壁を補強し,
低い位置の窓は閉塞する,c. ケーブルダクトをコンクリートで閉塞する,d. 所内排水 路(側溝)の出口に逆流防止のための角落しやゲートを設置する,e. 制御通信設備は 冠水の恐れの無い高い位置に移設するなどの対策を全社的に展開することとした。
② 復旧作業は,メーカ工場在庫品や他号機部品の流用などにより可能限り早期復旧に努 めたが,発電機コイルなどは水洗,乾燥だけで再使用した。また,防水壁も時間の関 係から従来の高さまでの補修とした。このような応急復旧については課題として残さ ざるを得なかった。
(4) 長殿発電所の被災 [10]
(a) 被災の状況
2011 年9 月4 日の台風12 号で紀伊半島は多大な被害を受けた。十津川(熊野川)上流に
位置する長殿発電所(出力15.3MW)は,昭和12年(1937)12月から運用が開始された水力 発電所であるが,この台風に伴う洪水で完全に破壊されてしまった(表2.12 No.1参照)。
長殿発電所が破壊された状況は目撃証言等がなく,いくつかの仮説が出されているが,倒壊 した発電所位置に土砂の痕跡が少ないことから,十津川沿いに複数の山体崩壊が発生し,それ に伴う土石流が増水した河川内に流入した際に発生した段波19による衝撃力で破壊されたと考 えられている。最初に長殿発電所の下流約 1km に規模の大きな宇宮原土石流が発生し天然ダ
19 段波とは,ある地点で流量が急激に変化したとき,ここで生じた流量および水位の不連続がそのまま下流もし くは上流に向かって進行する現象をいう(朝倉書店 土木工学事典pp190)。ここでは,天然ダムでできた池に土 石流が流れ込み,水位の急上昇が津波となって伝搬したことを指す。
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ムができ,その後に発電所下流約650m地点に別の土石流が発生して段波が発生し発電所を襲 ったとする説と,発電所上流部の別の土石流が段波を起こしたとする説が出されている。非常 に強力な段波が発生して発電所のような堅牢な構造物を根こそぎにさらっていった珍しい事 例である。この段波により,発電所近くの民家も被害を受け,2名が亡くなっている。
(b) 得られた教訓
この災害で明らかになった主な事項は以下となる。
① 急峻な谷間に大規模な土石流が発生すると,河川は一時的に堰き止められ貯水池がで き,そこにさらに土石流が流れ込むと段波が発生して河道内の構造物を破壊すること がある。
② 急峻な地形に位置する水力発電所は大雨や洪水時は非常に危険な状況下にある可能性 が高く,ダム操作や巡視点検において如何に人命を守るか考える必要がある。
(5) インド Nathpa Jhakri 発電所の水没 (a) 被災の状況
2005 年 9 月 5 日の夜 10:30 頃,インド最大の水力発電所である Nathpa Jhakri 発電所
(1500MW)において浸水事故[11]が発生した(表2.12 No.6参照)。原因は運転中の4号フラ
ンシス水車の主軸封水部ラビリンスシール用給水配管が破裂したためだが,建設時に十分な溶 接検査を怠ったことに負う。浸水は地下発電所の下部2階を水没させ,水車の一部が冠水した が,電気設備には被害はなかった。排水ポンプは最下層にあったため,真っ先に機能しなくな り,冠水を許した。幸い,水位上昇はゆっくりしたものであったので死傷者はなく,また仮排 水ポンプの投入で最下層2階分の浸水で済んだ。
(b) 得られた教訓
この災害で明らかになった主な事項は以下となる。
① 洪水以外にも,配管,弁類,水車部品等の破損で発電所の冠水事故が起きることがあ る。
② 排水ポンプは発電所の最下層に設置されるが,ポンプ本体やその電源,制御装置(コ ントロールセンターや水位計)が故障すると発電所の冠水事故に至ることがある。
上記の事例のほかにも,カラヤン揚水発電所の事例(表2.12 No.4,詳細は4.3節に後述する)
や,タイの揚水発電所の事例(表2.12 No.10)などのように自然災害とは関係しない水没事故 が発生している。後者のケースは発電所の建設時に起きたが,建設時は十分な排水能力を持つ ポンプを設置しないことが多かったり,浸水に弱い簡易な仮設電源盤しか設置しなかったりす るので,冠水事故が起きやすい。