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第 4 章 設計プロセスにおけるイタレーションの モデル理論と実践

4.3 DSM

4.3.1 DSM の先行研究 

行と列で構成された一覧性の高いマトリックス法によるモデリングを設計工程に適用 したのは、Warfield (1973)が始まりである(Warfield, 1973)。次にSteward (1981)が設計工程 のモデリングの定義付けと適用手法を設計構造マトリックス(Design Structure Matrix:以下 DSM と 称 す)と し て 表 し た(Steward ,1981a & 1981b)。 ア メ リ カ 航 空 宇 宙 局(National Aeronautics and Space Administration: NASA)では1989年に大規模で複雑化している設計工程 内 の 相 互 依 存 を 解 析 す る 為 に 、DSM の 機 能 を NASA で 開 発 し た ナ レ ッ ジ ベ ー ス (knowledge-based)の設計管理ソフトウエアに組み込んでいる(Rodgers & McCulley 1996)。そ し て 1990 年 代 に 入 り 、DSM は マ サ チ ュ ー セ ッ ツ 工 科 大 学(Massachusetts Institute of Technology)及びイリノイ大学(University of Illinois at Urbana-Champaign)を中心として研究が 進められ、米国の軍事・宇宙産業、航空機、航空機エンジン、自動車の分野で成果が報告 されている(Browning, 1998a)。

近年DSMによるモデリングの研究が重ねられている。Ahmadi & Wang (1994) は、タスク に習熟曲線の影響を与えるモデリングを実現している。Carrascosa et al. (1998)は、DSMモデ ルのタスクがオーバーラップ (overlap) している場合のLoch & Teerwiesch (1998)のモデル を拡張し、その代替案により様々に異なるプロジェクトの所要時間が得られることを確認 している。またフィードバックを減少させる為のDSMの最適化についての研究が重ねられ ている(Denker & Steward, 1995; Kusiak et al., 1994; Rodgers & McCulley, 1996; Steward, 1981a,

1981b)。Browning (1998)は、イタレーションを前提としたプロジェクトにおいて、不確実性

が高くなるスケジュールの工程時間を見積もる方法や修正作業や修正にともなうプロセス をストカスティックに表現させ、その影響度合いを考察している(Browning, 1998b)。Yassine

& Braha (2003)は、大規模複雑化しているエンジニアリング工程においてコンカレント・エ ンジニアリングの有効性を説くが、その適用にあたってイタレーションのみならず、オー バーラップ、分割(decomposition)と統合(integration)、収束(convergence)といった四つの問 題点が普及を妨げているとしている。そしてDSMにこれらの問題を解決した統合モデルを 提唱している(Yassine & Braha, 2003)。Yu et al. (2003) はDSM上で、モジュラ型 (Modular) の アーキテクチャ (Architecture) を遺伝的アルゴリズム (genetic algorithm)によって、最適なク ラスタ化を実現できることを報告している。 

 

4.3.2 半導体設計への適用の意義 

半導体を組み込んでシステム機器にするメーカは、最終商品が一般市場において商品競 争で優位に立ちたいと考える。本章で実設計開発事例として取り上げるスイッチング用半 導体が利用される最終商品は、電子交換機に置き換わるシステムであり、従ってこの半導 体には極めて高いパフォーマンスが必要とされる。半導体設計者に突きつけられる問題は、

如何に高速スピードの性能を実現したら良いのか、如何に消費電力を削減したら良いのか、

そして同時に如何に低価格を実現したら良いのかに帰着される。すなわち、半導体設計者 は、過去に経験してきた設計工程上では常に、半導体製造技術の限界までのクロック・ス ピードを求め、低電圧と低電流の実現、そして半導体チップの面積を小さくすることに注 力している。半導体製造技術の制約の中で、全ての最適化を実現化させるために設計プロ ジェクトではイタレーションが頻繁に行われている。この設計工程上のイタレーションの 問題を半導体設計者は、どの様に解決していくかが求められているのである。

半導体設計は過去、システム設計を進めていた時点から設計技術上の問題と解決が繰り 返されてきた。近年複雑化・大規模化する半導体に対する設計手法の解決方法として、設 計の抽象性のレベルを高めていくシステム設計思考が適用されてきた(Mead & Conway, 1979)。このシステム設計思考によりシステムのアーキテクチャからシリコンへ、すなわち 設計レベルを上流から下流に向けて具現化を進めるトップダウン設計手法が確立された (Armstrong, 1989)。またその確立に伴い設計資産や知識情報が長年に渡って蓄積され、その 設計手法も定着してきた。従ってこれから半導体設計手法の本質は急激に大きな変化をし ていくとは考えられない。しかしその中で現状では設計工程におけるイタレーションに対 する問題提起はされるものの、明確な解釈等もなく十分な議論・検討もなされてこなかっ た。先行研究では米国の軍事・宇宙産業、航空機、航空機エンジン、自動車、自動車エン ジンへの適用が例証される中、エレクトロニクス分野への適用がなく、未だ日本での研究 成果は報告されていない。従って業界での慣行や事例研究の蓄積も少ない半導体設計にお けるイタレーションについての具体的な解釈、そして適用のあり方についての考察は、少 なからず役に立ち、十分に意義があるものと言える。

 

4.3.3 DSM によるモデリング 

前述で議論した通り、設計工程のモデリングの原点としては、グラフ理論やネットワー ク理論に基づく図表による表現であった。一例としてまず図4.1で示した、タスクAとタス ク B から構成される設計工程システムを考えてみる。タスクとはプロジェクト業務の作業 要素である。タスクは作業内容を示すと共に、時間量、費用、リソース(resource)の情報を 含む。あるタスクからイベント(event)を経てもう一つのタスクへ及ぼす影響については、単 なる結合線を用いるのではなく、矢印を用いることでタスク相互の依存性を説明すること ができる。すなわちタスクAとタスクBが存在する場合、その二つのタスクとそれらの間 の依存性によって設計工程全体の構造と動作の説明表現ができる。

設計工程で考えられるタスク間の依存性は、三つのモデルすなわちシーケンシャル (sequential)、コンカレント(concurrent)、相互依存(coupled)で代表できる。ネットワーク及び DSMによってそれぞれ表される三つのモデルを図4.2に示す(Eppinger, 1991; Smith, 1992)。

個々のタスクの動作を理解することで、設計工程全体の動作を理解できる。まずシーケン シャルでは一つのタスクが別のタスクの動作あるいは決定に影響を及ぼすものであり、関 係は一方向である。このモデルでは、タスクBを開始する前に、タスクAを実行しておか なければならず、タスクBは、タスクAの設計因子の影響を受ける。コンカレントの場合 にはタスク間に依存関係の作用はない。相互依存の場合には、タスク間の関係はそれぞれ 絡み合ったものであり、双方のタスクが影響を及ぼし合っている。双方のタスクは、影響 を受ける設計因子の量を判らずに、不確定な決定をしなければならない。このサイクルの 状況が、イタレーションである。

図4.1  ネットワーク図

タスクA タスクB イベント

(a) シーケンシャル (Sequential)

(b) コンカレント (Concurrent)

(c) 相互依存 (Coupled)

ネットワーク図

DSM図

タスクA タスクB

タスクA

タスクB

タスクA タスクB タスクA

タスクB X

タスクA タスクB タスクA

タスクB

タスクA タスクB タスクA

タスクB X X

図4.2  ネットワーク図とDSM図によるタスクAとタスクBの三つのモデル

タスクA

タスクB

図4.3  タスクiとタスクjの依存性

j

X

i X

図4.4  フィードフォワードとフィードバック

X

X

フィードバック

フィードフォワード

DSM によるモデルでは、全てのタスクが一つずつ正方行列の行と列に配置され、行と列 が交差する枡の中でそれぞれのタスク間の依存性が表現される。これを図4.3に示した。タ スクの位置づけは、設計工程の時間軸に従って行の上流から下流へと並べ、タスクの行の 順番(上流から下流の方向)とタスクの列の順番(左側から右側の方向)は同じにならな ければならない。行列の第i行、第j列に交差する部分にある(i, j)成分にX(このXは二進 数の1と表すこともできる)がある場合には、行列の第i 行にあるタスクから、行列の第j 列にあるタスクの方向に向かって依存関係があることを表現できる。逆に(i, j)成分には何も 存在しない(この状況は二進数の0と表すこともできる)なら、行列の第i行にあるタスク から、行列の第j列にあるタスクの方向に向かっての依存関係はない。

また DSM において、ある列のタスクに注目するなら、その列のタスクを実行してから、

次にどのタスクを実行しなければならないかが判る。またある行のタスクに注目するなら、

その行のタスクはどのタスクから情報を得ていることが判る。タスク間における依存の方 向性については、行列の対角成分を基準境界線として容易に理解できる。これを図4.4に示 した。すなわち行列の対角成分より下にX があれば、タスクが上流から下流へのフィード フォワードであり、対角成分より上に X があれば、上流のタスクが下流のタスクに依存す るフィードバックを表す。

この様に、設計工程に二進数の行列を適用することでタスク間の依存関係の有無と方向 性をDSM によって表すことができる。DSM は設計工程全体を表として一覧できるので、

タスクの多さにかかわらず容易にかつ明確に判読できる。そしてこの行列を線形写像とし て利用することが可能であり、その有用性を考察していく。

ドキュメント内 製品開発における設計負荷とその低減 (ページ 105-109)