第 2 章 設計プロセスにおける問題と先行研究
2.4 イタレーション・モデルに関する先行研究
2.4.1 マトリックス手法
タスクは設計プロセスの構成要素である。つまりタスクという一つの設計活動が複数集 合することで設計プロセスは構築されている。タスク間のイタレーションを明示的に表現 する簡単な一手法は、対称形のマトリックスを利用することである。Steward (1981a, 1981b) によって提唱されたDSM (Design Structure Matrix:設計構造マトリックス)は、タスク間の相 互依存関係に注目したマトリックス手法である。DSMとして確立される以前には、システ ムの分割方法としてマトリックス手法が活用されたことがある(Alexandar, 1964)。
設計プロセスをモデル化する原点としては、グラフ理論やネットワーク理論に基づく図 表を使用することである。マトリックス手法とネットワーク手法を簡単に対比する上で、
二つのタスクAとBから構成される設計プロセスを考えてみる。この二つのタスクはプロ ジェクト業務の作業要素である。タスクはその作業内容を示すと共に、時間量、費用、リ ソース(resource)の情報を含む。
ネットワーク図では、あるタスクからもう一つのタスクへ及ぼす影響については、単な る結合線を用いるのではなく、矢印で示す。つまり矢印によってそのタスク間の相互依存 性を説明することができる。
設計プロセスで考えられるタスクAとB間の関係に関しては、三つのモデル、すなわち シーケンシャル(sequential)、コンカレント(concurrent)、相互依存(coupled)で代表できる。ネ ットワーク及びDSMによってそれぞれ表される三つのモデルを図2.7に示す。三つのモデ ルの動作を理解することで、設計プロセス全体の動作を理解できる。
まずシーケンシャルでは一つのタスクが別のタスクの動作あるいは決定に影響を及ぼす ものであり、関係は一方向である。このモデル例では、タスク B を開始する前に、タスク Aが実行されておかなければならず、タスクBは、タスクAの設計の影響を受ける。コン カレントの場合には、タスク間に相互依存関係の作用はない。相互依存の場合には、モデ ル例の通りタスクそれぞれが相互依存関係にある。そして双方のタスクが影響を及ぼし合 っている。双方のタスクはそれぞれ、影響を受ける定量的度合いが判らない。従って、確 定的な意思決定を行うには困難な立場にある。このサイクルの状況がイタレーションであ る。
一方、複数のタスク工程を DSMの定義によって表現するなら、タスクn個の構成で、n
(a) シーケンシャル (Sequential)
(b) コンカレント (Concurrent)
(c) 相互依存 (Coupled)
ネットワーク図
DSM図
タスクA タスクB
タスクA
タスクB
タスクA タスクB タスクA
タスクB X
タスクA タスクB タスクA
タスクB
タスクA タスクB タスクA
タスクB X X
図2.7 ネットワーク図とDSM図によるタスクAとタスクBの三つのモデル
タスクA
タスクB
次の行と列を配置させた正方行列となる。これを図2.8に示した。タスクの位置づけは、設 計プロセスの時間軸に従って行の上流から下流へと並べ、タスクの行の順番(上流から下 流の方向)とタスクの列の順番(左側から右側の方向)は合わさなければならない。行列 の第i行、第j列に交差する部分にある(i, j)成分にX(このXは二進数の1で表すこともで きる)がある場合には、行列の第i行にあるタスクから、行列の第j列にあるタスクの方向 に向かって依存関係があることを表現できる。逆に(i, j)成分には何も存在しない(この状況 は二進数の0で表すこともできる)なら、行列の第i行にあるタスクから、行列の第j列に あるタスクの方向に向かっての相互依存関係はない。
また DSM において、ある列のタスクに注目するなら、その列のタスクを実行してから、
次にどのタスクを実行しなければならないかが判る。またある行のタスクに注目するなら、
その行のタスクはどのタスクから情報を得ていることが判る。
タスク間の依存関係における方向性については、行列の対角成分を基準境界線として容 易に理解できる。例えば、i > jの場合、すなわち行列の対角成分より下にXがあれば、タ スクが上流から下流へのフィードフォワード(feed forward)である。フィードフォワードはウ ォーターフォール(waterfall)又は順方向と呼ばれる。そしてi < jの場合、すなわち対角成分 より上に X があれば、上流のタスクが下流のタスクに依存するフィードバック(feed back) を表す。このフィードバックとは逆方向、又は手戻り修正である。
この様に設計プロセスに二進数の一対比較行列を適用することで、タスク間の相互依存 の関係の有無を表すことができる。DSMは設計プロセス全体が一覧性の表であるので、タ スク数の多さにかかわらず容易にかつ明確に判読できるメリットがある。
Eppinger et al. (1994) は設計プロセス上のイタレーションにDSMを活用しているが、一対
比較行列の成分を二進数ではなくパラメータ変数を適用している。このパラメータ変数に
図2.8 タスクiとタスクjの依存性
X j
i
よってタスク間の相互依存関係の有無だけでなく、タスク間の相対的な相互依存の関係を 定義することが可能になった。この変数は、重み付けや多種属性に基づく目的関数から算 出することが可能である。仮に一対比較行列の成分が決定されるものであるなら、この行 列を線形写像として利用することが可能である。そして線形解析として利用ができる。
Eppinger et al. (1994) は線形解析を用いて設計プロセスの所要時間を短縮させる戦略を提
示している。その戦略は二つある。しかしそれぞれ逆説的な表現である。一つ目はタスク 間の相互依存関係を低減させることであり、二つ目は相互依存関係にあるタスクの依存性 を更に高めることである。
この二つの方法は、設計プロセスの状況に応じて使い分けることが求められている。ま ずタスク間の相互依存関係を低減させることとは、あるタスクと相互依存関係にあるタス クとの結合を最小にすることである。この目的が達成されるなら、設計プロセスの所要時 間は短縮される。次に相互依存関係にあるタスクの依存性を更に高めることとは、コンカ レント・エンジニアリングを進めることである。コンカレント・エンジニアリングはDSM ではタスクの処理を再配置することである。つまり設計プロセス内で生じる反復修正をク ラスタの中で、短時間で終了させるという含意である。プロジェクト管理者や設計プロセ スのモデルを検討する技術者にとって、この戦略に基づく知見は有益である。
DSMでは分割論について議論が展開されている。Denker & Steward (1995, 1996a, 1996b)
はSteward (1981a, 1981b)の初期の研究を詳述し、一つの知見すなわち分割(Tear)についてま
とめている。この知見はEppinger et al. (1994)の結論と類似している。Denkerの知見は相互 依存関係にあるタスク群を、周期が短いイタレーションと長いものに分類する。そして周 期が短いイタレーションを持つタスク群をタスク集合として、適切に分割する手法である。
このアプローチはタスク間の相互依存関係を低減させる一つの手法である。Altus et al.
(1995) はDSMと遺伝アルゴリズムを活用して分割論 (partitioning)を展開している。これは
周期が短いイタレーションとなるタスク集合の数を最適化させる研究である。Rodgers (1989, 1996a, 1996b)は遺伝アルゴリズムを拡張して同研究を発展させている。
Smith & Eppinger (1997a)は一対比較行列の行列成分を確率変数で適用している。先行タス
クに戻る手戻り修正作業量は、手戻り修正作業を引き起こすタスクの作業量に確率変数を 乗じた量と定義する。すると対角成分以外の行列成分が確率変数となる一対比較行列がイ タレーションのモデルとなる。一対比較行列の列をタスクと見るなら、各列の成分はその タスクが引き起こす手戻り修正の相対値である。手戻り修正の段数は定義づけすることが できるが、段数を無限と考えるならマルコフ連鎖の研究領域である。本イタレーションか ら生成される所要時間と所要コストは決定論的(deterministic)ではある。しかしながら、タス ク毎に相対的負荷を定量的に解析でき有益な手法である。
Smith & Eppinger (1997b)はイタレーションが生じていないタスク処理、すなわち順方向だ
けのタスク処理についてもDSMと確率変数を用いて研究を行っている。そこでの知見は確 率変数の高い成分をできるだけ行列の対角付近に集合させ、再配列化させることである。
これが総合作業量の最小化に、つながるというものである。
一方、DSM は米国では実務的にも利用されてきている。アメリカ航空宇宙局(National Aeronautics & Space Administration: NASA)では1989年に、大規模で複雑化している設計工程 内の相互依存を解析する研究が行われている。そこでは、NASAで開発したナレッジベース
(knowledge-based)の設計管理ソフトウエアに DSM の機能を組み込みしている(Rodgers &
McCulley, 1996)。1990 年代に入り、本手法はマサチューセッツ工科大学(Massachusetts
Institute of Technology)及びイリノイ大学(University of Illinois at Urbana-Champaign)を中心と して研究が進められ、米国の軍事・宇宙産業、航空機、航空機エンジン、自動車の分野で 成果が報告されている(Browning ,1998a)。
近年は OR (Operating Research)の研究分野でも DSM のモデルの活用が行われている。
Ahmadi & Wang (1994) は、タスクに習熟曲線の影響を与えるモデリングを実現している。
Carrascosa et al. (1998) は、オーバーラップ (overlap) 型開発を想定して、DSMモデルのタ
スクを構築している。そこでは多様な代替案により異なるプロジェクトの所要時間が得ら れることを確認している。オーバーラップ型開発とはシーケンシャルのタスクそれぞれを 部分的に重ね合わせ、同時並行的にタスクを進行させる方法である。つまり、タスクが終 了する前に次のタスクを終了させることである。この方策によって前倒しができるので、
納期を短縮できる。
それ以外にもフィードバックを減少させる為のDSMの最適化についてのOR研究も重ね られてきた(Denker & Steward, 1995; Kusiak et al., 1994; Rodgers & McCulley, 1996; Steward 1981a, 1981b)。
Browning (1998)は、イタレーションを前提としたプロジェクトにおいて、不確実性が高く なるスケジュールの工程時間を見積もる方法や修正作業や修正にともなうプロセスをスト カスティックに表現させ、その影響度合いを考察している(Browning ,1998a; 998b)。
Yassine & Braha (2003)は、大規模複雑化しているエンジニアリング工程においてコンカレ ント・エンジニアリングの有効性を説いている。しかし、その適用にあたってイタレーシ ョンのみならず、オーバーラップ、分割(decomposition)と統合(integration)、収束(convergence) といった四つの問題点が普及を妨げていると指摘している。そしてDSMにこれらの問題を 解決した統合モデルを提唱している(Yassine & Braha, 2003)。Yu et al. (2003) はDSM上で、
モジュラー型 (Modular) のアーキテクチャ (Architecture) を構築している。そして遺伝的ア ルゴリズム (genetic algorithm)によって、最適なクラスタ化の実現ができることを報告して いる。