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その他の設計負荷:人間の行動特性と設計知の活用の不十分性

ドキュメント内 製品開発における設計負荷とその低減 (ページ 60-63)

第 2 章 設計プロセスにおける問題と先行研究

2.6 その他の設計負荷:人間の行動特性と設計知の活用の不十分性

  設計負荷の要因はイタレーションだけではない。人間の行動特性や、設計知の活用の不 十分性という要因が、設計プロセスに影響を与える可能性がある。本研究ではプロジェク トで観察されるこの二つの要因について言及する。この二つの設計負荷問題を解決する管 理手法については、本論の第7章、第8章でそれぞれ述べる。

2.6.1 人間の行動特性 

一般的にプロジェクト・マネージャは、現場の各設計技術者に対して目標となるタスク の納期を通知する。Goldratt (1997)は、各設計技術者がこの納期だけに注意を払いすぎるこ とが無駄な時間を消耗させ、遅延を起こす原因であると指摘している。そしてその原因を 人間行動の特性に関連づけし、その根拠を四つの因子として上げている。その四つの因子 を以下に述べる。

i) 学生症候群

目標値が決定される時には、管理上、安全な余裕時間が付け加えられる。従って、タス クを実行する者は自分なりに所要期間を再評価し、最尤値として平均値を採択する。する と結果として本タスクとは別のタスクに手をつけてしまう。これは安全な余裕時間を含ん でいると解釈しているからである。そしてぎりぎりになるまで着手せず、最終的には一夜 漬けの集中作業となる。その時にはマーフィーの法則(Bloch, 1993)に従った「予期しない問 題」に打ちのめされ、納期が遅延する。たとえ突貫作業で間に合わせたとしても、逆にタ スクの品質又は成果物が悪くなってしまう可能性が残る。これが学生症候群である。

ii) 自己の予防線

タスクが予定より早めに終了した場合に起こる症状が自己の予防線である。この場合に は、その終了したという事実はプロジェクト・マネージャに申告されにくい。すなわち自 己防衛が働き、自己に対しての予防線を張る傾向になる(津曲 et al., 2004)。なぜならば正直 に申告すると次回のプロジェクトで作業者は不利になると考えるからである。つまり作業 が早く終了して浮いた時間は無駄に消費されるだけで、プロジェクト全体に反映されない。

iii) マルチタスキング

プロジェクトでは掛け持ち作業は頻繁に見られる。しかしマルチタスクとは単なる掛け 持ち作業ではない。マルチタスクとは作業の実践者に対して複数の作業を同時進行させる ことである(Goldratt,1997)。この場合、それら掛け持ち作業の中での優先権が明確にされて いないことが多い。結果として一作業当たりの実践者の生産性は低下する。これが納期遅 延を招来する。

マルチタスクは納期遅延だけでなく、創造的生産が要求される作業の能力も低下させる という指摘(Fujimoto et al., 2003)もある。しかし特定の専門知識やノウハウを要求するリソ ースが限られている場合には、このリソース限定問題を解消できるアプローチであり、有 効な手段と考えられている。実際、複数の組織と複数のプロジェクトが交錯した実践的マ トリクス組織(芝尾, 1999)の適用の場合にはマルチタスキングは必要条件となっている。

マルチタスクのもう一つの問題は、掛け持ちのタスクが同時に生じる場合である。これを リソースの競合と言う。この問題は一般的なプロジェクト管理の枠組みのクリティカル・

パス手法では解決しにくい。

iv) パーキンソンの法則

作業者がいつまでも作業を続け、計画した作業期間いっぱいまで延びることがある。す なわち計画予算は全て使い尽くすまで消費する傾向がある。これをパーキンソンの法則と 言う(Parkinson, 1996)。パーキンソンは、作業の量は一定ではなく、いかようにも変動する、

従って業務効率化などというのがいかに空疎であるかを述べている。つまり、この法則に 基づき組織成長が拡大する。そして組織が拡大すれば、組織内での調整作業が幾何級数的 に増大するということである。必要不可欠な作業は計画予算を全て使い尽くすか否かによ らず実行されなければならない。むしろ不必要な仕事はいくらでも作り出せるという組織 内力学が、組織の拡大を続けていることを示唆している。

2.6.2 設計知の活用の不十分性 

i)  外部組織の設計知の導入と設計知の再利用

半導体の製造は資本集約型の産業構造となっている。この産業構造の変革過程の中で、

半導体の付加価値の源泉は設計知に移ってきている。この設計知とは、設計の情報と知識 である。

日本の半導体メーカでは、これらの設計知が組織内に断片して存在していることが多い。

それらの設計知は適切な時間で適切な場所に配置されていないとか、組織構造上の問題で 見えない壁によって共有化されてこなかったからである。また知の場では異質の知を排除 する可能性が多分にあり、それでは新たな知の形成が起きない。結果的に多くの設計知が

意識的に、そして組織的に活用されないまま埋もれてしまってきた。その他にグループ企 業内の生産と消費サイクルの影響が考えられる。日本の半導体メーカの供給先の多くはグ ループ内のコンピュータや民生機器といったシステム部門であった。つまり、設計・生産・

消費のサイクルがグループ内で閉じられていた。従って、日本の半導体メーカは設計プロ セス上で、設計知を外部組織から導入することや設計知を再利用することを積極的に行っ てこなかったと言える。つまり、設計知の活用の不十分性が相対的に、設計プロセスの効 率化と改善に対して負の影響を与えていると考えられる。

そこで本論では、この設計知の活用の不十分性を設計プロセス上の設計負荷の一要因と 捉える。そして設計知の活用の不十分性を是正する一手段は、設計知の概念化と体系付け に基づいて構築される知識ベースとその定着と考えた。設計プロセス上の設計知の概念化 と体系付けに基づいて構築される知識ベースが、設計プロセスにおいて定着されるのであ るならば、設計負荷は低減するからである。つまり知識ベースの構築と定着を通じて、設 計知の共有化と再利用化が進み、設計プロセスの所要時間とコストは低減できる。更にロ バスト設計が達成されるので、設計負荷は低減するからである。

ii)  半導体設計における知識ベースの構築と効果

本論で提案するこの知識ベースは、半導体を対象として構築したものである。しかしこ の知識ベースの対象を一般化していけば、他の工業製品への応用は可能である。

ここで次にその半導体を対象とした知識ベースについて述べる。まず、設計手法の変遷 過程を経て定着してきた設計知の概念を、設計の抽象性レベルの違いによって構築する。

その設計知の概念は、設計知を著作物とさせた知的財産、すなわち半導体 IP (Intellectual

Property) である。それらは抽象度の高い概念、設計対象物という実体に近い概念、そして

その二つの中庸に位置する概念である。この概念と体系付けに基づいて構築される知識ベ ースは、従来の知識ベースが抱える共有・再利用性の欠如という問題点の解消に貢献する と言える。なぜならばこの知識ベースが定着すれば共有化が進み、設計過程において新規 からの設計作業を減らす可能性を持つからである。そして再利用化が進めば、設計開発コ ストの低減と設計開発時間の短縮につながるからである。

知識ベースは設計過程の効率化だけではない。知識ベースの活用は共有化と再利用を通 じて継続されるので、機能や性能面の設計品質が安定してくる。つまりロバスト設計であ る。このロバスト設計ができておれば、設計開発工程のプロジェクト・リスクを低減する ことが可能となる。大規模設計の様に扱う知識の量が膨大で、複数の設計者が介在する場 合においては、設計品質を確保する手段として体系化された知識支援の効果は大きいと言 える。

ドキュメント内 製品開発における設計負荷とその低減 (ページ 60-63)