沿革:36年間の診療科時代を経て講座昇格
終戦直後の1946(昭和21)年5月に、院内措置として「歯科治療室」が開設されたの が当教室の源流で、初代科長は湯本実であった。1959年4月に文部省から正式に認可さ れ、湯本は薬理学教室での研究で学位を受領したのち、病院講師になった。1960年10月、
湯本助教授退官後、石田勝一が第2代科長・講師として東大口腔外科より赴任した。
1965年4月、石田講師辞任後、岡伸光が岐阜県立医大口腔外科より第3代科長・講師と して赴任した。1973年4月、岡助教授帰任(しばらくして岐阜大学教授就任)後、玉井 健三が第4代目科長、助教授に就任した。玉井は1961年4月から当科に着任しており、
1977年1月診療科教授、さらに1982年4月待望久しい講座昇格がなり、初代医学部歯科 口腔外科学講座教授となった。院内歯科開設後から、実に36年間の歳月が流れていた。
1987年10月、玉井教授急逝の後を受けて、山本悦秀が1988年8月に札幌医科大学より第 2代教授として赴任し、今日に至っている。
診療と研究:感染症研究単独から4本柱の研究体制へ
教授就任前時代(1946〜1976年) 歯科口腔外科としての臨床及び研究が形を成してき たのは1965(昭和40)年の岡3代目科長が赴任して以後と考えられる。岡は臨床で本格 的に口腔外科手術を行う傍ら、骨代謝の研究に精を出し、「硬組織の石灰化過程における無 機質の動態に関する電子顕微鏡的研究」と題して『歯基医誌』(1972)に発表したのが最
初の成果であった。
玉井教授時代(1977〜1987年) 一方、西田尚紀微生物学講座教授の指導を受けてきた 玉井は学位受領後、本格的に口腔内嫌気性菌の研究に着手し、1970年に「第1報:分離 培地の研究」として最初の成果を発表した。本研究は、1983年の「第18報:感染根管内 の嫌気性菌生菌の分離および薬剤感受性」まで継続され、玉井はそれまで国の内外ともに、
ほとんど関心が寄せられていなかった口腔内嫌気性菌研究に全力を傾倒していった。さら に、口腔内嫌気性菌の抗腫瘍性にまで研究を発展させ、1988年までにこれらの研究に関 する論文は96編に上り、20名が学位を受領した。玉井はこれらの成果が認められ、1977 年の診療科教授を経て1982年に講座昇格後の初代教授に就任し、学生への講義及び臨床 実習も開始された。しかし、教授就任10周年を祝った1987年の10月に業半ばにして逝去 した。研究の後半は、口腔内嫌気性菌フゾバクテリウム・ニュクレアツムからの抗腫瘍性 物質を検出し、製品化直前であったところから誠に哀惜に堪えない。また、この教授昇任 の一つの問題点は、助手の席をもって充てられたため助手の席がないという「定員不完全 講座」となり、現在まで継続して助手定員を「借用」していることである。今後も「助手 定員の確保」には、粘り強く関係方面に働きかけていく必要がある。
なお、臨床的には岡時代の口腔外科臨床を更に継承発展させた。
山本教授時代(1988年〜現在) 山本教授は着任当初から臨床に直結する研究として、
玉井教授時代からの歯性感染症に口腔癌、顎変形症、顎関節疾患を加えた4本柱を目標に 据えた。
①口腔癌では、熊谷茂宏講師、川尻秀一助手を中心に浸潤と転移に関する基礎的臨床的研 究を継続し、癌の悪性度に基づく手術を約200例に施行している。基礎的研究のうち in vitroでの浸潤能では、線維芽細胞を組み込んだジェル上に口腔癌細胞を培養し、臨床に相 応する浸潤像が認められることを明らかにした。またハムスターに実験舌癌を形成してそ の浸潤様式を検討したところ、山本らの浸潤様式分類による1型から4C型まで観察され たが、最も浸潤傾向の強い4D型は見られず、極めて重要な示唆を与える論文となった。
さらに、ヌードマウスの口腔内に口腔癌細胞を正所性に移植することを開発し、臨床に 極めて類似の浸潤、転移像を形成させることに成功した。そこで現在はこれらの研究を継 続し、特に腫瘍血管の形成と浸潤像との関連について検索を行っている。一方、口腔癌組 織の免疫組織所見では、マトリックス・メタロプロテナーゼ(MMP)の研究を行い、浸潤 転移との関連性を発表し、さらにプラスミノーゲン・アクチベーターの存在と転移形成率 との関連や腫瘍血管密度と浸潤様式との関連をそれぞれ見いだし、国際誌に発表して評価 を得ている。なお、癌細胞の運動能についても解析中である。
②顎変形症に対する顎矯正手術は、山本教授着任の年に当科での第1例が行われ、現在ま でに250例を超えている。顎矯正手術の中で最も代表的な下顎枝矢状分割では、分割後の 骨片固定が強固になったことから顎間固定期間が短縮され、患者に大きな福音をもたらし たが、顎関節症を後遺する症例が稀に観察されるようになった。そこで中川清昌助教授、
松本成雄院生を中心とする基礎的研究として、下顎頭を外側に偏位させるラットの実験モ デルを開発し、下顎頭のリモデリングの所見を肉眼的並びに組織学的に立証し、臨床への 示唆を与えた。
現在、家兎の内方回転モデルについて実験を行っている。またTSEP(三叉神経誘発電 位)の装置を独自に考案し、矢状分割術後の下唇麻痺の回復過程を客観的に分析した。
③顎関節症に対する鏡視下あるいは開放下手術は、1992年から、米国留学から帰った中 川助教授、高塚茂行講師らにより開始され、良好な結果を得ている。基礎的実験としては、
家兎を用いて関節円板切除・耳介軟骨移植術を行い、その有用性を明らかにした。
現在は、その成果に基づき、円板穿孔、さらに円板前方転位の実験系に引き継がれ、ま た死体顎関節の形態的所見についても検討している。
④感染症研究では中川助教授と斎木康正院生を中心に、歯性感染症の閉塞膿から検出菌を 分離検出したところ、90%以上が好気性菌と嫌気性菌の混合感染であることを観察し、さ らに重症になるほど嫌気性菌が関与していることを発表した。そこでストレプトコッカ ス・コンステラタスやフゾバクテリウム・ニュクレアツム等の代表的分離菌を用いてマウ ス腹腔内に注入投与する実験を行ったところ、各菌種の相乗効果が観察され、口腔内感染 症の発生と進行機序の解明に資する成果を発表した。また炎症の経過に伴う酸化還元電位 をin vitroで観察測定し、好気性菌と嫌気性菌性菌の相互作用を立証した。これらの代表 的研究により、1996年までに四つのすべての研究領域で学位取得者を出し、現在16名に 達している。
なお臨床的には、1993(平成5)年から歯科インプラントが導入され、口腔癌切除術 や顎骨骨折整復術を受けた患者の口腔機能改善に大きな貢献をしている。
現状と展望:標榜科実施を飛躍のステップとして
1996(平成8)年9月より「歯科口腔外科」が標榜科名として承認、実施された。実 質的には従来からの口腔顎顔面外科(oral & maxillofacial surgery)としての診療内容、
診療範囲には何ら変化はないものの、国から「お墨付き」を得たことの精神的効果は少な くない。この標榜問題は、我が国の口腔外科学会にとっては終戦直後からの重い課題であ り、21世紀を前にやっと積年の問題にピリオドを打てたことは、次の世紀への飛躍の一つ となるエポックであったと言えよう。当教室では、こういった学内外の実績を基盤に、4 本柱の研究体制を更に推進していきたい。
金沢大学医学部の源流を1862(文久2)年とすると、当科の歴史はわずか51年、講座 として学生への講義を開始してほんの15年しか経っていない。医学部における歯科口腔外 科学講座として、今後更に他講座の理解と協力を得て臨床・教育・研究を進めていかねば ならないが、学生時代に歯科口腔外科の講義を受けた医師が大半になるのは、なお20年以 上先である。長い道のりであるが、着実に前進していきたい。