現状と展望
生化学第2教室の歴史は比較的浅いが、前任教授から後任教授への円滑なバトンタッチ を示す好例であろう。久野名誉教授は、退官後も4年間にわたり講義を分担された。教授 室調度は現在も久野教授時代のままで、かつてそうであったように、久野教授愛用の机か らは今、山本教授の手によって、どんどん論文が送り出されている。
生化学第2教室は現在、「分子医学」を標榜し、引き続き現代医学生物学の中心的課題に チャレンジしている。特に、糖尿病性血管障害とその防止の分子機構に関しては、糖化蛋 白受容体遺伝子の発現調節と機能の解明、血管新生制御機構に関しては、新規血管新生抑 制因子の分離、神経系の分子遺伝学ではシナプス伝達をつかさどる遺伝子hierarchyの全 容解明を目指した研究が、積極的に進められている。
教室のモットーは「対話」である。自然や人とscientificに、公正に、建設的に対話する。
これにより、仕事と人が更に育ち、将来も金沢大学医学部生化学第2教室の歴史に、良い ページが綴られていくよう祈念している。
シンの研究などが行われた。1937年に金沢で開催された第11回日本薬理学会総会の会長 を務めた。1954年3月に退職し、翌年には金沢大学発足以来最初の名誉教授の称号を受 けた。
岡本肇教授時代(1954〜1978年) 岡本教授は、1927(昭和2)年3月、金沢医大卒 業後薬物学教室に入り、1931年5月には助教授となった。1941年1月には、教室に付設 された結核研究施設の教授となり、後の結核研究所の基礎を築いた。1954年6月、結核 研究所から薬理学教室の第2代教授に就任した。岡本教授の多くの研究業績の中でも特筆 すべきは、1939年に核酸RNAによる溶血性連鎖球菌(溶連菌)の溶血毒素(ストレプト リジン-S)増産現象を発見したことである。従来全く未知であったRNAの生物学的生化学 的意義の解明に重要な知見をもたらし、いわゆる「RNA効果」として国内外で高く評価さ れた。この重要な発見は、1944年に肺炎双球菌を用いた実験で核酸が遺伝物質であるこ とを解明したアベリー(Avery)博士の発見の5年も前のことであり、その研究内容が世 界をリードしていたことを示している。また、オルトアミノフェロールを中心として展開 した結核に対する化学療法的並びに免疫化学的研究、オルトアミノフェロール系アゾ蛋白 誘導体の研究、核酸のストレプトリジンS生成効果をめぐる生化学的研究、溶連菌の制癌 能とストレプトリジンS産生能についての研究などがある。とりわけ、溶連菌による制癌 研究では、ぺニシリンと加温処理することで非感染化かつ無毒化して調製した溶連菌製剤 が制癌作用を持つことを見いだした。これは単に腫瘍に直接作用するのではなく、宿主介 在作用を有することが明らかとなり、免疫賦活能を持つがん治療薬OK-432(ピシバニー ル)として製品化された。岡本教授は1957(昭和32)年5月に、「核酸による溶血性連鎖
写真7ー10 岡本肇教授と教室員
状球菌の溶血毒増産現象の発見について」の研究で日本学士院賞を受賞している。また、
1948年金沢市文化賞、1952年日本細菌学会浅川賞、1956年中日文化賞、1957年北國文 化賞受賞の栄誉に輝いている。岡本教授は、1965年に第38回日本薬理学会総会を金沢で 開催し、1969年には第28回日本がん学会の会長を務め、これらの学会の中心的指導的立 場にあって、その発展に多大な貢献をした。
正印達教授時代(1978〜1993年) 正印教授は、1952(昭和27)年、金沢医科大学を 卒業し、翌年結核研究所に入り、1954年薬理学教室に移った。以後助教授を経て1968年 10月に第3代教授に就任した。1968年より金沢大学においても大学紛争が起こり、学寮 委員として寮生と団体交渉の矢面に立ち、また医学部においても学園紛争の後始末、厚生 会館建築について学生自治会・文化委員会・運動部委員会・学食委員会との団体交渉など に時間を費やした。残念ながら、この間の研究・実験はすべて中止された。紛争鎮静後、
岡本教授時代より行われていた核酸による溶連菌の溶血毒素増産現象や、これに基づく制 癌研究が行われた。溶連菌の培養液や無細胞抽出液のストレプトリジンS産生の研究で成 果を挙げた。さらにこの無細胞抽出液を分画し、活性酸素を介して抗腫瘍活性を有する蛋 白質を単離・精製し、この物質を用いて活性酸素による癌細胞致死の機構を解明した。こ れらの研究により、1982(昭和57)年に越村三郎金沢大学(がん研究所)名誉教授とと もに石川テレビ賞を受賞した。この間の教室出身者としては、木越茂福井医科大学(薬理 学)名誉教授、西尾眞友金沢医科大学薬理学教授がいる。
写真7ー11 正印達教授還暦お祝いの会:1987(昭和62)年9月金沢東急ホテルにて
吉本谷博教授時代(1994年〜現在) 1994(平成6)年1月に、徳島大学医学部生化学 教室の吉本谷博助教授が第4代教授に就任した。吉本教授は、1975(昭和50)年、広島 大学医学部卒業後、京都大学大学院医学研究科(生理系専攻)に進み、1979年に大学院 を修了した。その後、徳島大学医学部生化学教室助手、助教授を経て、金沢大学に転任し た。専門研究分野は脂溶性生理活性物質の分子生物学である。ホルモンや神経伝達物質な どで細胞が活性化されると、細胞膜リン脂質からアラキドン酸が遊離し、シクロオキシゲ ナーゼやリポキシゲナーゼの働きで、一群の生理活性脂質(エイコサノイド)が合成され る。このエイコサノイドは、循環器系、呼吸器系、神経系、炎症や免疫系などにおいて、
脂溶性メディエータとして細胞機能を制御している。これらの酵素には、幾つかのアイソ ザイムがある。すなわち、シクロオキシゲナーゼには、細胞に恒常的に存在するシクロオ キシゲナーゼ-1と、炎症や増殖刺激により誘導されるシクロオキシゲナーゼ-2がある。
またマウスにおいては、一次構造や組織分布の異なる4種類の12/15-リポキシゲナーゼア イソザイムがある。これまで種々の動物組織からシクロオキシゲナーゼやリポキシゲナー ゼのcDNAをクローニングし、酵素の構造と機能に関する分子生物学的研究を行った。さ らに酵素の病態生理機能を明らかにする目的で、種々の培養細胞やマウスマクロファージ などを用いて、神経伝達物質の放出やホルモン分泌、腫瘍細胞の増殖・転移、動脈硬化の 発症機序などと、これらの酵素のかかわりに焦点を絞って研究を進めている。
薬理学講義においては、総論と各論の題目について最適任の担当者を決めて、きめ細か い授業を行っている。薬理学の授業は従来の学問にこだわらず、薬理作用を薬物や受容体 の分子構造に基づいて理解できるように指導している。実習においても、実習項目の見直 しや追加など、毎年実習書の内容の改訂を行っている。
写真7ー12 吉本谷博教授と現教室員:1997(平成9)年10月医学部屋上にて
現状と将来の課題
これまで、エイコサノイドと総称される生理活性物質の生合成にかかわるリポキシゲナー ゼの構造と機能に関する酵素学・分子生物学的研究を行ってきたが、今後はこれを更に発 展させ、これらの物質が細胞に働いて生理活性を発現するメカニズムに関する研究や、そ の臨床的病態に関する研究が必要であると考えられる。また大学院医学研究科においては、
将来基礎医学としての薬理学の教育と研究を担う人材の養成が重要であると考えている。