沿革
生化学第2講座は、1963(昭和38)年4月新設。翌1964年4月、京都大学より久野滋 博士が初代教授として着任、開講した。1966年12月、旧木造校舎2階から、現在の医学 部北研究棟3階に移転した。1990(平成2)年3月、25年間にわたり講座を主宰してき た久野教授が停年退官され、同年10月、東北大学より山本博博士を第2代教授として迎え た。
教室業績
久野滋教授時代(1964〜1990年)
「ヌクレオシド、ヌクレオチド代謝」:チミン要求性ファージの新しい選択方法を開発し、
チミン欠乏条件下にコロニー形成能を失うチミンレスデスの機構を明らかにした。また、
チミジンがチミジン1リン酸リン酸化酵素の阻害によりdTTP/dTDP低下とdTMP上昇を 来すことを発見した。
「カタボライトレプレッション」:大腸菌における酵素誘導に関して、カタボライトレプレ ッションの解除には、炭素源によりcAMP依存性、非依存性の2種の仕組みが存在するこ とを明らかにした。
「デオキシリボース転移反応」:Transdeoxyribosylation反応として知られるデオキシヌ クレオシドのペントース転移反応は、チミジンホスホリラーゼとプリンヌクレオシドホス ホリラーゼという二つの酵素が、弱い相同作用によって複合体を形成することで、効果的 に進行することを明らかにした。
「バクテリア産生の新理論」:バクテリアを用いた工業生産に関する工学部の沢田達郎教授 との共同研究で、菌の増殖速度(μ)と菌体構成高分子のうちDNA、RNA及び蛋白質の含 量(C)との間には
C=C0 exp(α・μ) (α=各高分子の係数)
と表示される関係が成立することを明らかにした。この成果は、物質の効率的産生のみな らず汚濁処理やパルプ廃液処理にも応用された。
「真核生物染色体複製開始機構」:酵母Saccharomyces cerevisaeの自律複製配列
(autonomously replicating sequence、ARS)-1の活性に最も重要なドメインAと強く 結合するタンパク質を同定するとともに、ドメインAのT-rich strandのみに結合する新規 因子を発見し、ARS T-rich strand factorと命名した。
「線虫Caenorhabditis elegansを用いた分子遺伝学的研究」:多細胞生物の生命科学上の 諸問題を解く上で有用な材料であるC. elegansを我が国にはじめて導入して、温度依存性 麻痺変異体分離法を確立し、アセチルコリン合成酵素遺伝子cha-1の亜種やunc-64など 神経伝達に関与する新しい遺伝子を分離した。
同門からは、岡田利彦金沢医科大学教授(生化学第1講座)、武藤明福井医科大学教授
(生化学第1講座)、犬塚学同助教授、小平憲一富山大学工学部助教授(細胞工学講座)が 輩出した。
山本博教授時代(1990年〜現在) 山本教授は着任後、血管系の細胞分子生物学という 新分野に挑み、以下の成果を挙げた。
「血管構成細胞種間相互作用」:血管を構成する種々の細胞種の初代培養系・共存培養系・
低酸素培養系を確立し、細小血管を構成する内皮細胞−周皮細胞間の相互作用とそれを担 う因子の実体を明らかにするとともに、脳血管では、星状グリア細胞が血液脳関門能を含 む脳血管内皮特異形質の誘導・維持にかかわっていることを立証した。
「血管新生機構」:発生・生殖・創傷治癒などの生理的過程やがん増殖・転移をはじめとす る病的状態の進行と密接にかかわる血管新生に関して、当該血管変化の主要因である低酸 素が、血管新生の場となる内皮細胞と周皮細胞自身で血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor、VEGF)遺伝子の発現を誘導し、産生されたVEGFのオート クリン、パラクリン作用により内皮細胞の増殖と管腔形成が促進されることを発見した。
「糖尿病性血管症発症、進展の分子機構」:高血糖状態で促進的に形成される後期糖化反応 生成物が特異レセプターを介して周皮細胞を傷害する一方、内皮細胞にも直接作用して血 管新生と血栓傾向を促すことをはじめて明らかにし、糖尿病性血管症発症、進展の新機序 を提唱した。
「高血圧発生機構に関する研究」:内科学第2講座(竹田亮祐教授)との共同研究で、血圧 調節に関係するステロイドであるアルドステロンが、ヒト動脈内皮細胞と平滑筋細胞自体 で生成されていることを発見するとともに、血管アルドステロンが平滑筋肥厚に関与し得 ることを証明した。また、本態性高血圧症モデル動物血管で発現異常を示す新しい高血圧 関連遺伝子を分離した。
細野隆次講師、金子二久講師は、それぞれ次のように久野教授時代以来の研究を発展さ せた。
「神経伝達の分子遺伝学」:シナプス前終末で働く新しい遺伝子cha-1、unc-64、ce-syntaxinなどを分離し、遺伝子産物の分子性状を明らかにした。
「ピリミジンヌクレオシドキナーゼ」:ピリミジンリボヌクレオシドをリン酸化する新しい 酵素を大腸菌から分離精製し、cytidine kinaseと命名した。
山本教授は、前記血管研究のほか以下の研究も展開した。
「遺伝子医学」:外科学第2講座(宮崎逸夫教授)・薬剤部(市村藤雄教授)と一部共同で、
がん細胞増殖・浸潤、薬剤耐性、血管新生といった、がんの悪性形質を担う遺伝子群を標 的とする各種アンチセンス標品の開発に成功した。また、 Antisense Display という新 しい機能性遺伝子スクリーニング法を開発した。
「高磁場の生体作用」:本学工学部電磁場制御実験施設(別所一夫教授、山田外史教授)と の共同研究で、現代生活で曝露の機会が増えてきている低周波変動高磁場が、個体の発 生・成長・生殖・行動・老化やDNAの複製・修復反応にどのような影響を及ぼすかを明ら かにした。
学部教育では、遺伝子診断実習、学生自身によるプレゼンテーションといった新しい試 みも成功裡に行われた。
人事面では、細野講師、金子講師がそれぞれ本学部教授(保健学科・生体情報学)、金沢 女子短期大学教授(生活文化学科)に昇任し、東北大学米倉秀人博士を助教授に迎えた。
山岸昌一博士が講師に昇任した。
現状と展望
生化学第2教室の歴史は比較的浅いが、前任教授から後任教授への円滑なバトンタッチ を示す好例であろう。久野名誉教授は、退官後も4年間にわたり講義を分担された。教授 室調度は現在も久野教授時代のままで、かつてそうであったように、久野教授愛用の机か らは今、山本教授の手によって、どんどん論文が送り出されている。
生化学第2教室は現在、「分子医学」を標榜し、引き続き現代医学生物学の中心的課題に チャレンジしている。特に、糖尿病性血管障害とその防止の分子機構に関しては、糖化蛋 白受容体遺伝子の発現調節と機能の解明、血管新生制御機構に関しては、新規血管新生抑 制因子の分離、神経系の分子遺伝学ではシナプス伝達をつかさどる遺伝子hierarchyの全 容解明を目指した研究が、積極的に進められている。
教室のモットーは「対話」である。自然や人とscientificに、公正に、建設的に対話する。
これにより、仕事と人が更に育ち、将来も金沢大学医学部生化学第2教室の歴史に、良い ページが綴られていくよう祈念している。